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【第六部:終わりと始まり】第六章
神の力を
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ナイシェは一瞬、理解できずにぽかんと口を開けた。
「……死なない、って……」
ディオネはにやりと笑った。
「大丈夫。あたしは絶対死なない。だから、あたしを失うかもしれないなんて考えずに、やりたいことをやりな」
ナイシェは意味がわからないとでもいうようにかぶりを振った。
「何いってるの姉さん。どうして死なないなんていい切れるの」
「根拠なんてない。でも、不思議と、自信があるんだ。あんたは強いけど、まだまだあたしがいないとダメなんだって、ルイとの一件で気がついたの。あんたがもっと強くなるまで、あたしは死ねない。あんたを独りぼっちなんかにはさせないよ。だから、あたしを信じて、あんたが本当にしたいようにすればいい」
「……わからない。どうして信じてなんていえるの。私はもう二度と、あんな――姉さんを失う恐怖を、味わいたくない。こんな状況なのに、死なないなんていい切れるはずない!」
「ナイシェ。あんただって、いい切ったじゃない。あの子に、何があっても味方だ、自分があの子の居場所になる、って」
ディオネが静かにいう。ナイシェははっとして言葉を飲み込んだ。
「あの子、なかなか信じない頑固者だよね。信じられなくなるような経験を、過去にしたからね。……あんた、あの子に説明できる? 自分を信じていい理由。……うまく説明できないんでしょ? でも、自信がある。……あたしも、それと同じなんだ。あたしはね、あんたのために、絶対死なないって約束する。あんたがするべきことは、あたしを信じること。そしたら、次の道が見えてくる」
ナイシェはディオネの目を見つめた。不思議だった。さっきまでは怒りや不安に満ちてくすんでいた姉の瞳が、とても澄んで輝いて見えた。一縷の迷いもない、自信と決意に溢れた目だ。その目を見ていると、混乱し行き先を見失っていた心が、自然と落ち着きを取り戻すようだった。
なぜだろう。状況は何も変わっていない。相変わらず追い詰められて希望はほとんどないはずなのに、心の中はさっきまでとは全然違った。
きっと、できる。
体の奥のほうから、忘れかけていた力が少しずつ戻ってくるようだった。
「姉さん」
言葉を発したナイシェの目に、もはや怒りや苦渋はなかった。
「私、ティーダを守りきって、絶対エルシャのもとへ連れていく」
強い意志を宿して、そう告げた。
ティーダを説得し、エルシャと引き合わせるのだ。ティーダを守るためにも、神の民の使命を全うするためにも、それが一番いい。エルシャなら、ティーダの気持ちをすべて汲み取って、彼が納得する形での方策を考えてくれるに違いない。そして、この計画を成功させるには――。
ナイシェが姉の目を見る。姉は、ナイシェの考えをすべて理解しているように見えた。ナイシェは左手の中のペンダントを握りしめた。
「かけらを――ショーのかけらを、埋める」
決意を自らいい聞かせるように、ナイシェはいった。
「一度かけらを手放した私を、神が許してくれるかわからないけれど……。本当はエルシャに渡さなければいけない、ショーとサリの思いが詰まったこのかけらが、私を受け入れてくれるかわからないけれど」
ナイシェはペンダントの蓋を開けた。中から、小指の爪ほどの光り輝く破片が姿を現す。
「ティーダを守るために、私に力を貸してください――」
祈るように口が動いた。
「ナイシェ。それは、破壊のかけらだよ。あんたが持っていた創造の力とは違って、物を壊す力だ。あんたみたいなきれいな心の持ち主には、少し――きついかもしれない」
ディオネが静かにいう。ナイシェはうなずいた。
初めて破壊の力を見たのは、姉が暴漢から自分を守るために使ったときだ。姉はその力を、物にではなく、人に使った。あのおぞましい光景は、今でも脳裏に焼き付いている。あまりに一方的で非情なその所業に、嫌悪すら覚えたほどだ。だが、今、その力を手にすることに、ためらいはなかった。ティーダを守り、ディオネを守るには、破壊の力を借りる以外に手立てはないと思った。
懐から短剣を取り出そうとして、昼間の戦いで失ったことを思い出した。
「――あたしが、やるよ」
ディオネが自分のナイフを取り出した。まだ指先がしびれて、果物ナイフ程度のものしか握れない。それも、長時間は無理だ。だが、かけらを埋めるための小さな傷口を作るくらいはできる。
「大丈夫。これくらいなら、失敗はしないよ」
ディオネが笑っていった。
「なんせ、かけらを埋めるのはこれで三回目だからね」
ナイシェもつられて笑った。
「慣れたものね。まさか姉さんに二回も埋められるなんて、思ってもみなかったけど」
ナイシェは服を脱ぎ、左半身を肩から露出した。腕を上げると、左の脇の下に小さな傷跡があった――かつて、創造のかけらが埋まっていた場所だ。
体が小刻みに震えてきた。寒さのせいだろうか。
「――なるべく早く、小さい傷で済ませるから」
ディオネがいった。
「……もし、埋まらなかったら――」
ナイシェが小さな声で呟く。神のかけらは、体内に埋められるとき、神の力が働いてその傷口は速やかに治癒する。しかし、かけらに拒絶されると、傷は塞がらない。体とかけらが反発しあって、激しい痛みと大きな傷を残すこともあるという。
「大丈夫。あんたは絶対、受け入れられる」
ディオネが力強くいった。かけらを左手にとり、右手でナイフを握る。
ナイシェは固く目を閉じた。
「……初めてあんたにかけらを埋めたときは――」
ナイフを持ったまま、ディオネがいった。
「あとから、後悔した。あんたに背負わせるべき運命ではなかった、って。でも、今は――これが絶対正しいって、信じてる。あんたを信じてる。だから絶対、後悔はしないよ。ナイシェ、何があっても、あたしは最後まで、あんたに付き合う」
ナイシェはきつく目を閉じたまま、小さくうなずいた。ディオネはナイフをしっかりと握り直すと、ナイシェの傷跡をなぞるように、その刃先を動かした。
「……死なない、って……」
ディオネはにやりと笑った。
「大丈夫。あたしは絶対死なない。だから、あたしを失うかもしれないなんて考えずに、やりたいことをやりな」
ナイシェは意味がわからないとでもいうようにかぶりを振った。
「何いってるの姉さん。どうして死なないなんていい切れるの」
「根拠なんてない。でも、不思議と、自信があるんだ。あんたは強いけど、まだまだあたしがいないとダメなんだって、ルイとの一件で気がついたの。あんたがもっと強くなるまで、あたしは死ねない。あんたを独りぼっちなんかにはさせないよ。だから、あたしを信じて、あんたが本当にしたいようにすればいい」
「……わからない。どうして信じてなんていえるの。私はもう二度と、あんな――姉さんを失う恐怖を、味わいたくない。こんな状況なのに、死なないなんていい切れるはずない!」
「ナイシェ。あんただって、いい切ったじゃない。あの子に、何があっても味方だ、自分があの子の居場所になる、って」
ディオネが静かにいう。ナイシェははっとして言葉を飲み込んだ。
「あの子、なかなか信じない頑固者だよね。信じられなくなるような経験を、過去にしたからね。……あんた、あの子に説明できる? 自分を信じていい理由。……うまく説明できないんでしょ? でも、自信がある。……あたしも、それと同じなんだ。あたしはね、あんたのために、絶対死なないって約束する。あんたがするべきことは、あたしを信じること。そしたら、次の道が見えてくる」
ナイシェはディオネの目を見つめた。不思議だった。さっきまでは怒りや不安に満ちてくすんでいた姉の瞳が、とても澄んで輝いて見えた。一縷の迷いもない、自信と決意に溢れた目だ。その目を見ていると、混乱し行き先を見失っていた心が、自然と落ち着きを取り戻すようだった。
なぜだろう。状況は何も変わっていない。相変わらず追い詰められて希望はほとんどないはずなのに、心の中はさっきまでとは全然違った。
きっと、できる。
体の奥のほうから、忘れかけていた力が少しずつ戻ってくるようだった。
「姉さん」
言葉を発したナイシェの目に、もはや怒りや苦渋はなかった。
「私、ティーダを守りきって、絶対エルシャのもとへ連れていく」
強い意志を宿して、そう告げた。
ティーダを説得し、エルシャと引き合わせるのだ。ティーダを守るためにも、神の民の使命を全うするためにも、それが一番いい。エルシャなら、ティーダの気持ちをすべて汲み取って、彼が納得する形での方策を考えてくれるに違いない。そして、この計画を成功させるには――。
ナイシェが姉の目を見る。姉は、ナイシェの考えをすべて理解しているように見えた。ナイシェは左手の中のペンダントを握りしめた。
「かけらを――ショーのかけらを、埋める」
決意を自らいい聞かせるように、ナイシェはいった。
「一度かけらを手放した私を、神が許してくれるかわからないけれど……。本当はエルシャに渡さなければいけない、ショーとサリの思いが詰まったこのかけらが、私を受け入れてくれるかわからないけれど」
ナイシェはペンダントの蓋を開けた。中から、小指の爪ほどの光り輝く破片が姿を現す。
「ティーダを守るために、私に力を貸してください――」
祈るように口が動いた。
「ナイシェ。それは、破壊のかけらだよ。あんたが持っていた創造の力とは違って、物を壊す力だ。あんたみたいなきれいな心の持ち主には、少し――きついかもしれない」
ディオネが静かにいう。ナイシェはうなずいた。
初めて破壊の力を見たのは、姉が暴漢から自分を守るために使ったときだ。姉はその力を、物にではなく、人に使った。あのおぞましい光景は、今でも脳裏に焼き付いている。あまりに一方的で非情なその所業に、嫌悪すら覚えたほどだ。だが、今、その力を手にすることに、ためらいはなかった。ティーダを守り、ディオネを守るには、破壊の力を借りる以外に手立てはないと思った。
懐から短剣を取り出そうとして、昼間の戦いで失ったことを思い出した。
「――あたしが、やるよ」
ディオネが自分のナイフを取り出した。まだ指先がしびれて、果物ナイフ程度のものしか握れない。それも、長時間は無理だ。だが、かけらを埋めるための小さな傷口を作るくらいはできる。
「大丈夫。これくらいなら、失敗はしないよ」
ディオネが笑っていった。
「なんせ、かけらを埋めるのはこれで三回目だからね」
ナイシェもつられて笑った。
「慣れたものね。まさか姉さんに二回も埋められるなんて、思ってもみなかったけど」
ナイシェは服を脱ぎ、左半身を肩から露出した。腕を上げると、左の脇の下に小さな傷跡があった――かつて、創造のかけらが埋まっていた場所だ。
体が小刻みに震えてきた。寒さのせいだろうか。
「――なるべく早く、小さい傷で済ませるから」
ディオネがいった。
「……もし、埋まらなかったら――」
ナイシェが小さな声で呟く。神のかけらは、体内に埋められるとき、神の力が働いてその傷口は速やかに治癒する。しかし、かけらに拒絶されると、傷は塞がらない。体とかけらが反発しあって、激しい痛みと大きな傷を残すこともあるという。
「大丈夫。あんたは絶対、受け入れられる」
ディオネが力強くいった。かけらを左手にとり、右手でナイフを握る。
ナイシェは固く目を閉じた。
「……初めてあんたにかけらを埋めたときは――」
ナイフを持ったまま、ディオネがいった。
「あとから、後悔した。あんたに背負わせるべき運命ではなかった、って。でも、今は――これが絶対正しいって、信じてる。あんたを信じてる。だから絶対、後悔はしないよ。ナイシェ、何があっても、あたしは最後まで、あんたに付き合う」
ナイシェはきつく目を閉じたまま、小さくうなずいた。ディオネはナイフをしっかりと握り直すと、ナイシェの傷跡をなぞるように、その刃先を動かした。
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