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【第六部:終わりと始まり】第六章
ティーダの居場所
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「――なるほど。じゃあ今は、ナイシェもディオネもかけらを手放して、この少年だけが、創造のかけらを持っている、と。そしてそれが敵にバレて、追われているわけか……」
コクトーが難しい顔をして顎をさすった。
店の奥にある休憩室でコクトーの淹れた茶を一杯飲むころには、三人とも落ち着きを取り戻していた。
「あなたがいなかったら、今ごろ私たち……」
ナイシェが言葉を詰まらせる。ここにたどり着くまでの恐怖を思い出すと、体が震えた。
「ツァラに、君たちに会ったことは聞いていたよ。サラマ・アンギュースと縁が切れたとか切れてないとか、よくわからんことをいっていたが、こういうことだったんだな」
ティーダが、終始落ち着かない様子でコクトーを眺めている。それを察して、ディオネがティーダにいった。
「大丈夫、彼は神の民の理解者だよ。以前、彼のおじいさんが守っていた神のかけらを譲り受けたことがあるの。あたしたちの味方だよ」
ティーダがほっとしたようにうなずく。
「しかし、厄介だな……。あの男たちは、その芸能一座のテントのほうへ戻っていった。そこで待ち伏せるつもりだろう。その悪魔の手先というのが本当に血で繋がっているなら、今ごろは敵も三人どころではなくなっているかもしれない」
コクトーがいう。
「それに、たとえテントにたどり着いても、その一座にいる限りこの子は狙われ続けるぞ」
するとティーダが声を荒げた。
「僕はずっとあそこにいたいんだ! 何も悪いことしてないのに、どうして逃げなきゃいけないの」
「ティーダは、リューイ一座が好きなのよ……。彼の、大事な居場所なの」
ナイシェが歯切れ悪く補足する。
ティーダは一座の一員になる前、ずっと独りぼっちだった。それは恐らく、親か、親代わりだった大人に、棄てられたからだ。彼はやっと手に入れた第二の居場所を、今度こそは失うまいとしている。また独りになることを恐れているのだ。
しかし、ティーダが自ら語ろうとしない過去を、ナイシェが詮索するわけにはいかないかった。
「だが、仮に一座にいられるとしても、それでは解決しないんじゃないか? 彼はサラマ・アンギュースなんだ。一刻も早く、エルシャたちと合流すべきなんじゃないか?」
コクトーがはっきりと核心に触れた。
「ツァラがいっていたよ。君たちは、求めれば与えらえる、と。それはつまり、エルシャの助けを求めれば、道が開けるということなのでは? 逃げてばかりではうまく行かない。今が、そのときなんじゃないのか」
ナイシェは何もいえなかった。
コクトーのいったことは、ティーダが神の民ではないかと気づいたときから、ずっと心のどこかにくすぶっていた考えだ。それからあえて目を背けてきたのには、理由がある。ティーダの、一座にいたいという気持ちを、一番大切にしたかった。それは本当だ。だが、それだけではなかった。今のナイシェとディオネには、何もない。ただの非力な女二人だ。いや、それ以下だ。ディオネはいまだに手足の筋力が戻らず、走ることもままならない。そんな状態で、創造の力を持つとはいえまだ幼い少年を、エルシャのもとに無事届けられるのか。
ティーダを守りたい。姉を危険に曝したくない。
どちらも気持ちは本物だ。だが、本当にできるかというのとは別問題だ。すでに追手が執拗につけ狙う今となっては、両方を成し遂げるのは到底無理だ。それどころか、どちらか一方ですら難しい。しかし、エルシャのもとに向かおうがそうでなかろうが、事態が好転する状況は望めない。
「――俺の村にかくまってあげられたら、それが一番いいんだろうが」
コクトーがティーダをまじまじと見つめていった。
「あの山奥まで歩くには、まだ小さすぎるな……。俺が、あのゼムズという奴くらい大きければ、おぶってもやれるんだがな」
コクトーや神の民の子孫が暮らす村、サラマ・レーナのことだ。創造の民と操作の民が力を合わせて創り上げた、秘密の村。エルスライの北東の山奥に存在するが、外からではその視覚を操作され、見ることができない。以前訪れたとき、ラミはゼムズにおぶってもらい、夜通し歩き続けた。大人の足でも辛かったのを覚えている。
リューイ一座を出たところで、かくまってあげられる場所はない。
完全に、行き詰っていた。
「……嫌だ。どこにも行きたくない」
ティーダが震える声で呟く。
重苦しい沈黙が流れたとき、酒場の裏口の扉が開いた。
「マリッサ……戻ったのか」
先ほど出ていった酒場の女性だった。
「やだ、まだいたの? 面倒はごめんだってば。面倒といえば、あっちのほうもなんか騒ぎになってるし」
マリッサが右のほうへ顎をしゃくる。
「騒ぎ?」
「そう。なんか、火事みたいよ? 広い敷地だから、こっちまでは来なそうだけど。ほら、最近できた、あの大きなテント。何かの巡業で来てるっていう」
弾かれたようにナイシェとディオネが立ち上がった。
「まさか……」
ティーダが不安げに二人を見上げる。
「私、見てくるわ!」
「待って、あいつらがいるよ、危険すぎる――」
ディオネが止めるのも聞かず、ナイシェは酒場を飛び出した。
コクトーが難しい顔をして顎をさすった。
店の奥にある休憩室でコクトーの淹れた茶を一杯飲むころには、三人とも落ち着きを取り戻していた。
「あなたがいなかったら、今ごろ私たち……」
ナイシェが言葉を詰まらせる。ここにたどり着くまでの恐怖を思い出すと、体が震えた。
「ツァラに、君たちに会ったことは聞いていたよ。サラマ・アンギュースと縁が切れたとか切れてないとか、よくわからんことをいっていたが、こういうことだったんだな」
ティーダが、終始落ち着かない様子でコクトーを眺めている。それを察して、ディオネがティーダにいった。
「大丈夫、彼は神の民の理解者だよ。以前、彼のおじいさんが守っていた神のかけらを譲り受けたことがあるの。あたしたちの味方だよ」
ティーダがほっとしたようにうなずく。
「しかし、厄介だな……。あの男たちは、その芸能一座のテントのほうへ戻っていった。そこで待ち伏せるつもりだろう。その悪魔の手先というのが本当に血で繋がっているなら、今ごろは敵も三人どころではなくなっているかもしれない」
コクトーがいう。
「それに、たとえテントにたどり着いても、その一座にいる限りこの子は狙われ続けるぞ」
するとティーダが声を荒げた。
「僕はずっとあそこにいたいんだ! 何も悪いことしてないのに、どうして逃げなきゃいけないの」
「ティーダは、リューイ一座が好きなのよ……。彼の、大事な居場所なの」
ナイシェが歯切れ悪く補足する。
ティーダは一座の一員になる前、ずっと独りぼっちだった。それは恐らく、親か、親代わりだった大人に、棄てられたからだ。彼はやっと手に入れた第二の居場所を、今度こそは失うまいとしている。また独りになることを恐れているのだ。
しかし、ティーダが自ら語ろうとしない過去を、ナイシェが詮索するわけにはいかないかった。
「だが、仮に一座にいられるとしても、それでは解決しないんじゃないか? 彼はサラマ・アンギュースなんだ。一刻も早く、エルシャたちと合流すべきなんじゃないか?」
コクトーがはっきりと核心に触れた。
「ツァラがいっていたよ。君たちは、求めれば与えらえる、と。それはつまり、エルシャの助けを求めれば、道が開けるということなのでは? 逃げてばかりではうまく行かない。今が、そのときなんじゃないのか」
ナイシェは何もいえなかった。
コクトーのいったことは、ティーダが神の民ではないかと気づいたときから、ずっと心のどこかにくすぶっていた考えだ。それからあえて目を背けてきたのには、理由がある。ティーダの、一座にいたいという気持ちを、一番大切にしたかった。それは本当だ。だが、それだけではなかった。今のナイシェとディオネには、何もない。ただの非力な女二人だ。いや、それ以下だ。ディオネはいまだに手足の筋力が戻らず、走ることもままならない。そんな状態で、創造の力を持つとはいえまだ幼い少年を、エルシャのもとに無事届けられるのか。
ティーダを守りたい。姉を危険に曝したくない。
どちらも気持ちは本物だ。だが、本当にできるかというのとは別問題だ。すでに追手が執拗につけ狙う今となっては、両方を成し遂げるのは到底無理だ。それどころか、どちらか一方ですら難しい。しかし、エルシャのもとに向かおうがそうでなかろうが、事態が好転する状況は望めない。
「――俺の村にかくまってあげられたら、それが一番いいんだろうが」
コクトーがティーダをまじまじと見つめていった。
「あの山奥まで歩くには、まだ小さすぎるな……。俺が、あのゼムズという奴くらい大きければ、おぶってもやれるんだがな」
コクトーや神の民の子孫が暮らす村、サラマ・レーナのことだ。創造の民と操作の民が力を合わせて創り上げた、秘密の村。エルスライの北東の山奥に存在するが、外からではその視覚を操作され、見ることができない。以前訪れたとき、ラミはゼムズにおぶってもらい、夜通し歩き続けた。大人の足でも辛かったのを覚えている。
リューイ一座を出たところで、かくまってあげられる場所はない。
完全に、行き詰っていた。
「……嫌だ。どこにも行きたくない」
ティーダが震える声で呟く。
重苦しい沈黙が流れたとき、酒場の裏口の扉が開いた。
「マリッサ……戻ったのか」
先ほど出ていった酒場の女性だった。
「やだ、まだいたの? 面倒はごめんだってば。面倒といえば、あっちのほうもなんか騒ぎになってるし」
マリッサが右のほうへ顎をしゃくる。
「騒ぎ?」
「そう。なんか、火事みたいよ? 広い敷地だから、こっちまでは来なそうだけど。ほら、最近できた、あの大きなテント。何かの巡業で来てるっていう」
弾かれたようにナイシェとディオネが立ち上がった。
「まさか……」
ティーダが不安げに二人を見上げる。
「私、見てくるわ!」
「待って、あいつらがいるよ、危険すぎる――」
ディオネが止めるのも聞かず、ナイシェは酒場を飛び出した。
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