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【第六部:終わりと始まり】第六章
ティーダの生い立ち
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翌朝、水汲みへ出たところで、やっとディオネと二人きりになった。あたりを窺いながら、ディオネのほうから話しかけてきた。
「ねえ、昨日のあれ、どう思う? あんたと話さなきゃと思ってたのに、昨夜はいつの間にか寝ちゃっててさ」
「……姉さんは、どう思う?」
逆に聞いてみる。ディオネの意見は決まっているようだったが、あえて慎重に間を取る。
「……やっぱり、そうだと思うよ。それなら、本番用の小道具が少ないことだってうなずける」
そうなのだ。パテキアは無からモノを創り出せるのだから、種などいらない。
ナイシェもそう思っていた。
「……私、昨夜、本人に訊いちゃったの」
「ええ!? いきなり、あんな小さい子に!?」
ディオネが心底びっくりする。ナイシェは慌てて姉を制しながら、声を落として続けた。
「なんていうか、流れで訊いちゃったんだけど……。すごく、気分を悪くさせちゃった。そんな大嘘二度というな、一座を追い出される、って」
「そりゃそうだよ。例え本当だとしても、簡単にはい、そうです、なんて誰も認めないよ」
ナイシェは姉の顔を見つめた。
「そうなの? やっぱり、ティーダが隠してるってこともあり得るのかしら?」
ディオネは半分呆れ顔だ。
「あのねえ。世の中、あんたみたいに綺麗な心の人間ばかりじゃないの。今まで、散々見てきたでしょ? みんな、その人の内面なんて見やしない。ただ神の民だとわかっただけで、鼻つまみ者にする。あたしだって、ひとりで暮らしてる間、絶対ばれないように、絶対力は使わないように気をつけてた」
「そうよね……。でも、もし彼がパテキアなら、どうしてばれたくないのに人前で使うの?」
「そりゃ、ばれないと思ってるからでしょ。手品として堂々と見せれば、誰だって種があると思い込む」
「でも、おかしいのよ。ティーダはね、毎晩こっそり、手品の練習をしているのよ。力なんて使わない、ちゃんとした手品。姉さんも見たでしょ?」
「毎晩? 夜もやってるの、あの子?」
ディオネも不思議に思ったようだ。しばらく宙を見て考え込んでいる。
「理由はよくわからないけど……。やっぱりあたしには、創造の力にしか見えなかったよ。もし本当に手品だとしても、あんなに光るやつはやめたほうがいい」
ナイシェも同感だった。
すべての神の民は、今や悪魔の手先に狙われている。彼らの目に留まるようなことがあってはならない。でないと――。
ナイシェの脳裏に、ティルセロ・ファリアスの運命が蘇った。彼は、かけらなど持っていなかったのに、神の民しか知らないはずのナリューン語を発したがために、神の民と誤解されて惨殺されたのだ。
「私もティーダにそういったわ。でもすごく怒ってて、聞いてくれなかった」
「困ったね。ちゃんと伝えるには、かなり踏み込んだ話をしなくちゃならない。でもその様子だと、無理そうだね。なんせ、まだ子供だしね……」
二人は顔を見合わせた。いい案が浮かばず、ため息しか出ない。
背後から誰かやってきたので、話は終わりになった。後悔や不安がぐるぐると入り混じる中、ナイシェは仕事に戻った。
中テントの楽屋に戻ったところで、ティーダに鉢合わせした。
「……おはよう、ティーダ」
いつものように笑顔で話しかける。ティーダはナイシェを見上げると、にこりともせずに通り過ぎていった。
まだ怒っている。
ため息が漏れた。
自分の軽率な行動のせいだ。あんなににこにこと話しかけてくれていた少年が、今や完全に心を閉ざしている。胸が痛かった。拒絶されたことも悲しかったし、ティーダの心を少なからず傷つけてしまったことも苦しかった。
「ナイシェ! 昨日はお疲れ様」
ぽんと肩を叩かれ、振り返るとリューイが立っていた。ナイシェの視線の先にティーダがいることに気づいたようだ。
「あの子の手品、見た? ちょっと変わってるでしょ。昨日が初舞台だったんだけど、まあ堂々としたもんだったわね」
「……ティーダは、いつからここに?」
「うーん、半年前くらいかな? シャクソンの町にいたときにね。手品ができるから雇ってください! って、その場で手品を見せられたのよ。そう、昨日舞台でやってたやつね。だから、まずは見習いとして雇ったわけ。今思えば、あのときから度胸はあったわね。あんな小さい子供が、ひとりで来たんだから」
「家族は反対しなかったのかしら」
「それがね、家族はいないらしいの」
そこまでいうと、リューイは声を潜めて耳打ちした。
「あんただから話すけどね。あの子、家族も家もなくて、コソ泥してた浮浪児だったのよ。本当は、あの子がテントに入り込んで物を漁ってるところを捕まえたの。もう何日もお風呂に入ってなくて、薄汚れた子だった。そのままつまみ出すつもりだったんだけど、ちょっとこらしめてやろうと思って脅かしたら、手品師として働くから許してくれ、って。実は、そういうわけ」
「家族は、どうしていないのかしら」
リューイは肩をすくめた。
「さあね。訊かれたくなさそうだったから、訊いてないけど。ま、雇ってみたら明るくて元気で練習熱心で、なかなかいい子だよ。もう二、三新しい手品ができるようになったら、出番も増やしてやろうかな」
リューイは上機嫌だ。ナイシェは複雑な気持ちで遠くからティーダを見ていた。また、ステッキとハンカチの練習をしている。昨日より動きにキレが出て、成功率も上がっていた。
早くに家族を失い、家もなく生き延びてきた子供が、やっとのことで手に入れた居場所。ここを追われたら、ティーダはまた路上での生活に逆戻りだ。
考えるだけで胸が苦しくなった。
「ねえ、昨日のあれ、どう思う? あんたと話さなきゃと思ってたのに、昨夜はいつの間にか寝ちゃっててさ」
「……姉さんは、どう思う?」
逆に聞いてみる。ディオネの意見は決まっているようだったが、あえて慎重に間を取る。
「……やっぱり、そうだと思うよ。それなら、本番用の小道具が少ないことだってうなずける」
そうなのだ。パテキアは無からモノを創り出せるのだから、種などいらない。
ナイシェもそう思っていた。
「……私、昨夜、本人に訊いちゃったの」
「ええ!? いきなり、あんな小さい子に!?」
ディオネが心底びっくりする。ナイシェは慌てて姉を制しながら、声を落として続けた。
「なんていうか、流れで訊いちゃったんだけど……。すごく、気分を悪くさせちゃった。そんな大嘘二度というな、一座を追い出される、って」
「そりゃそうだよ。例え本当だとしても、簡単にはい、そうです、なんて誰も認めないよ」
ナイシェは姉の顔を見つめた。
「そうなの? やっぱり、ティーダが隠してるってこともあり得るのかしら?」
ディオネは半分呆れ顔だ。
「あのねえ。世の中、あんたみたいに綺麗な心の人間ばかりじゃないの。今まで、散々見てきたでしょ? みんな、その人の内面なんて見やしない。ただ神の民だとわかっただけで、鼻つまみ者にする。あたしだって、ひとりで暮らしてる間、絶対ばれないように、絶対力は使わないように気をつけてた」
「そうよね……。でも、もし彼がパテキアなら、どうしてばれたくないのに人前で使うの?」
「そりゃ、ばれないと思ってるからでしょ。手品として堂々と見せれば、誰だって種があると思い込む」
「でも、おかしいのよ。ティーダはね、毎晩こっそり、手品の練習をしているのよ。力なんて使わない、ちゃんとした手品。姉さんも見たでしょ?」
「毎晩? 夜もやってるの、あの子?」
ディオネも不思議に思ったようだ。しばらく宙を見て考え込んでいる。
「理由はよくわからないけど……。やっぱりあたしには、創造の力にしか見えなかったよ。もし本当に手品だとしても、あんなに光るやつはやめたほうがいい」
ナイシェも同感だった。
すべての神の民は、今や悪魔の手先に狙われている。彼らの目に留まるようなことがあってはならない。でないと――。
ナイシェの脳裏に、ティルセロ・ファリアスの運命が蘇った。彼は、かけらなど持っていなかったのに、神の民しか知らないはずのナリューン語を発したがために、神の民と誤解されて惨殺されたのだ。
「私もティーダにそういったわ。でもすごく怒ってて、聞いてくれなかった」
「困ったね。ちゃんと伝えるには、かなり踏み込んだ話をしなくちゃならない。でもその様子だと、無理そうだね。なんせ、まだ子供だしね……」
二人は顔を見合わせた。いい案が浮かばず、ため息しか出ない。
背後から誰かやってきたので、話は終わりになった。後悔や不安がぐるぐると入り混じる中、ナイシェは仕事に戻った。
中テントの楽屋に戻ったところで、ティーダに鉢合わせした。
「……おはよう、ティーダ」
いつものように笑顔で話しかける。ティーダはナイシェを見上げると、にこりともせずに通り過ぎていった。
まだ怒っている。
ため息が漏れた。
自分の軽率な行動のせいだ。あんなににこにこと話しかけてくれていた少年が、今や完全に心を閉ざしている。胸が痛かった。拒絶されたことも悲しかったし、ティーダの心を少なからず傷つけてしまったことも苦しかった。
「ナイシェ! 昨日はお疲れ様」
ぽんと肩を叩かれ、振り返るとリューイが立っていた。ナイシェの視線の先にティーダがいることに気づいたようだ。
「あの子の手品、見た? ちょっと変わってるでしょ。昨日が初舞台だったんだけど、まあ堂々としたもんだったわね」
「……ティーダは、いつからここに?」
「うーん、半年前くらいかな? シャクソンの町にいたときにね。手品ができるから雇ってください! って、その場で手品を見せられたのよ。そう、昨日舞台でやってたやつね。だから、まずは見習いとして雇ったわけ。今思えば、あのときから度胸はあったわね。あんな小さい子供が、ひとりで来たんだから」
「家族は反対しなかったのかしら」
「それがね、家族はいないらしいの」
そこまでいうと、リューイは声を潜めて耳打ちした。
「あんただから話すけどね。あの子、家族も家もなくて、コソ泥してた浮浪児だったのよ。本当は、あの子がテントに入り込んで物を漁ってるところを捕まえたの。もう何日もお風呂に入ってなくて、薄汚れた子だった。そのままつまみ出すつもりだったんだけど、ちょっとこらしめてやろうと思って脅かしたら、手品師として働くから許してくれ、って。実は、そういうわけ」
「家族は、どうしていないのかしら」
リューイは肩をすくめた。
「さあね。訊かれたくなさそうだったから、訊いてないけど。ま、雇ってみたら明るくて元気で練習熱心で、なかなかいい子だよ。もう二、三新しい手品ができるようになったら、出番も増やしてやろうかな」
リューイは上機嫌だ。ナイシェは複雑な気持ちで遠くからティーダを見ていた。また、ステッキとハンカチの練習をしている。昨日より動きにキレが出て、成功率も上がっていた。
早くに家族を失い、家もなく生き延びてきた子供が、やっとのことで手に入れた居場所。ここを追われたら、ティーダはまた路上での生活に逆戻りだ。
考えるだけで胸が苦しくなった。
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