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【第六部:終わりと始まり】第二章

形見①

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 翌日は、本人の希望でフェランはバスコを噴水公園まで連れだした。噴水公園といえば、ラミのお気に入りの遊び場だ。広い公園とはいえ、長居しているとゼムズやラミに見つかる可能性がある。しかし、ミルドから遠ざけ、バスコの本音を聞き出すには、彼の望みを叶えてやるしかない。
 バスコは、噴水から少し離れた木陰に腰を下ろした。フェランも付き添う。
 風が木々の間で冷やされて、ほどよく涼しい。噴水や池の水面は、太陽の光が反射して輝いている。バスコは、まぶしそうに目を細めた。

「……ここは、わしが母さんに結婚を申し込んだ場所なんじゃ。忘れもしない、一回目と、五回目じゃ」
「そんなにたくさん?」

 フェランは笑ってしまった。

「そう、なんせ、四回も断られたからの。母さんは、自分と一緒になると不幸になると、そればかり。いくらわしの気持ちは変わらないといっても、聞かんでな。一年かけて説得して、やっと五回目に、承諾してくれたんじゃ。あなたを信じます、とね」

 自慢げに話す。
 なるほど、くだんの『形見』を持っていたから、母親もはじめは結婚を固辞していたということか。

「お母さんにそれだけいわれても、お父さんは、お母さんを愛し続けて幸せにする自信があったんですね?」

 バスコはうなずいた。

「母さんは最高の女性じゃった。おまえと同じで、心優しくてな。母さんはもう死んでしまったが、最期にこういってくれたんじゃ。あなたと一緒になってよかった、と。あんなものを持っていても、わしは母さんを幸せにした。だからこそ、おまえにはあんな重荷を捨ててほしかったんじゃがな……」

 フェランにはどうしても理解できなかった。本人自身の問題ならともかく、持っているだけで不幸になるものなんてあるのだろうか。

「おまえ……まだ持っておるといっておったの」

 フェランを凝視してバスコがいう。いやな予感がしながらも、フェランはうなずいた。するとバスコがいった。

「今すぐ出しなさい。おまえに捨てられないというなら、わしが預かってもいい。母さんが死んだとき、おまえは使命感に燃えて受け取ったかもしらん。じゃが、冷静に考えればわかることじゃ。おまえだけでなく、子やその末裔まで不幸にすることはない。わしが……老い先短いこのわしが、母さんを愛した責任として、引き受ける。ミルドはこのことを知らんからな。おまえさえ黙っておれば、わしが死んだとき、かけらは一緒に埋葬され、もう誰も不幸になることはない」

 今すぐ出せといわれても無理だ。何とか言い訳を考えなければ。

 そう焦っていたフェランは、あやうくバスコの言葉を聞き逃すところだった。

「早く渡せ。今、あるんじゃろ?」

 二の腕を掴んで必死の形相で迫ってくるバスコを見ながら、フェランは息を呑んだ。

 今、この老人は、何といった? 確かに聞こえた――かけら、という言葉が。

 めまぐるしく頭が回転する。

 持っているだけで、末裔までもが不幸になる形見。まさか。
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