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【第六部:終わりと始まり】第二章
久しぶりの女装
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鏡台の前に座り、鏡に映った自分を見つめる。
男らしいとはいえないが、ちゃんと男の顔をしていると自分では思う。
化粧箱を開けながら、複雑な気持ちになった。
五歳でエルシャに拾われてから、つい一年ほど前まで、ずっと女性のふりをして生きてきた。女の姿になるのは久しぶりだが、今さらスカートを履いたり化粧をすることに抵抗はない。だが、自ら進んでしようと思ったことは一度もない。今だってそうなのだ。エルシャやゼムズはああやってからかうけれど、好きで化粧をするわけではないのだ。もう二十歳も過ぎてこんなことをするはめになったこちらの心情も、察してほしいものだ。
たくさん並ぶ化粧道具の中から、慣れた手つきでひとつ、ふたつと選んでいく。一年ぶりの化粧だが、腕はなまっていなかった。肌を整え、借りてきたドレスを見やる。どの色を選ぼうか悩み、ふとバスコの家に会った絵を思い出す。フェランは薄い桃色の服を手に取った。それに合わせて頬紅や口紅を選ぶ。一通り化粧を終えると、いつもの癖で髪を留めようと耳のあたりから髪をすくい取った。そこで不意に鏡を見て、手を止める。少し迷ったあと、髪は下ろすことに決めた。女性らしい髪の留め方や飾りのつけ方も心得てはいたが、結局は丁寧に櫛を入れて胸元へふわりと垂らす。服も着替え改めて鏡を見ると、フェランは納得したように小さくうなずいた。
いつの間にか、隣の部屋は静かになっていた。恐る恐る扉を開けて隙間から覗いてみると、気づいたエルシャが振り向いた。
「終わったのか? ……なんだ、宮殿にいたときと雰囲気が違うな」
別人のように変わったフェランの顔から足先までまじまじと見ながらいうが、先ほどと違ってからかう素振りはない。フェランは注意深くあたりを見回した。
「……ラミと、ゼムズは?」
「ああ、あの二人なら、さっき公園に出かけたぞ」
エルシャが紅茶を飲みながらくつろいだ様子でいう。
「おまえの女装姿、めちゃくちゃ見たがってたけどな」
そして意味ありげに笑った。そこでフェランは気づいた。口ではあんな風にからかっていたけれど、本当はエルシャもわかっているのだ。それで、二人を追い出したに違いない。ありがたい気遣いだった。エルシャにこの姿を見られても今更どうということはないが、れっきとした男である姿しか知らない人間にこんなところを見られるのは、どうしても避けたい。相手が女性ならなおさらだ――たとえラミのような子供だとしても。
すっかり安心しきった様子で身支度をするフェランを眺めながら、エルシャがぼそりと呟いた。
「久しぶりに見たが……おまえ、やっぱり美人だな」
フェランが横目でにらむ。
「それ、誉めていませんから」
「そうか? 誉めているつもりだが」
さらりと返す。
「いつもより色気があると思ったら、髪型のせいか? いつもみたいに結ばないのか」
「迷ったんですが……アデリアさんに、少しでも似ているほうがいいかな、と思って……」
あのとき見た絵の中のアデリアは、桃色の服に身を包み、豊かな髪を胸元まで下ろしていた。宮殿では、なるべく目立たないように地味な化粧と清潔感ある髪型を心がけていたが、今回は目的が違う。別に色気を出したいわけではないが、仕方ない。
仏頂面で支度を終えたフェランを見て、エルシャは微笑みながらその肩をぽんと叩いた。
「おまえ、いい奴だな」
フェランが怒ったように顔を赤らめる。
「もう、行きますから」
「ああ、あいつらが戻ってくる前に早く行け」
そこでまた、エルシャの気遣いに気づく。自然と緩んだ口元で、フェランは微笑んだ。
「ありがとうございます、エルシャ」
今度はエルシャが赤くなる番だった。すぐに背を向けると、エルシャは追い払うように片手を振った。
「そんな顔でいうな、さっさと行け」
フェランは笑いを噛み殺すと、そそくさと宿を出てバスコの家へ向かった。
男らしいとはいえないが、ちゃんと男の顔をしていると自分では思う。
化粧箱を開けながら、複雑な気持ちになった。
五歳でエルシャに拾われてから、つい一年ほど前まで、ずっと女性のふりをして生きてきた。女の姿になるのは久しぶりだが、今さらスカートを履いたり化粧をすることに抵抗はない。だが、自ら進んでしようと思ったことは一度もない。今だってそうなのだ。エルシャやゼムズはああやってからかうけれど、好きで化粧をするわけではないのだ。もう二十歳も過ぎてこんなことをするはめになったこちらの心情も、察してほしいものだ。
たくさん並ぶ化粧道具の中から、慣れた手つきでひとつ、ふたつと選んでいく。一年ぶりの化粧だが、腕はなまっていなかった。肌を整え、借りてきたドレスを見やる。どの色を選ぼうか悩み、ふとバスコの家に会った絵を思い出す。フェランは薄い桃色の服を手に取った。それに合わせて頬紅や口紅を選ぶ。一通り化粧を終えると、いつもの癖で髪を留めようと耳のあたりから髪をすくい取った。そこで不意に鏡を見て、手を止める。少し迷ったあと、髪は下ろすことに決めた。女性らしい髪の留め方や飾りのつけ方も心得てはいたが、結局は丁寧に櫛を入れて胸元へふわりと垂らす。服も着替え改めて鏡を見ると、フェランは納得したように小さくうなずいた。
いつの間にか、隣の部屋は静かになっていた。恐る恐る扉を開けて隙間から覗いてみると、気づいたエルシャが振り向いた。
「終わったのか? ……なんだ、宮殿にいたときと雰囲気が違うな」
別人のように変わったフェランの顔から足先までまじまじと見ながらいうが、先ほどと違ってからかう素振りはない。フェランは注意深くあたりを見回した。
「……ラミと、ゼムズは?」
「ああ、あの二人なら、さっき公園に出かけたぞ」
エルシャが紅茶を飲みながらくつろいだ様子でいう。
「おまえの女装姿、めちゃくちゃ見たがってたけどな」
そして意味ありげに笑った。そこでフェランは気づいた。口ではあんな風にからかっていたけれど、本当はエルシャもわかっているのだ。それで、二人を追い出したに違いない。ありがたい気遣いだった。エルシャにこの姿を見られても今更どうということはないが、れっきとした男である姿しか知らない人間にこんなところを見られるのは、どうしても避けたい。相手が女性ならなおさらだ――たとえラミのような子供だとしても。
すっかり安心しきった様子で身支度をするフェランを眺めながら、エルシャがぼそりと呟いた。
「久しぶりに見たが……おまえ、やっぱり美人だな」
フェランが横目でにらむ。
「それ、誉めていませんから」
「そうか? 誉めているつもりだが」
さらりと返す。
「いつもより色気があると思ったら、髪型のせいか? いつもみたいに結ばないのか」
「迷ったんですが……アデリアさんに、少しでも似ているほうがいいかな、と思って……」
あのとき見た絵の中のアデリアは、桃色の服に身を包み、豊かな髪を胸元まで下ろしていた。宮殿では、なるべく目立たないように地味な化粧と清潔感ある髪型を心がけていたが、今回は目的が違う。別に色気を出したいわけではないが、仕方ない。
仏頂面で支度を終えたフェランを見て、エルシャは微笑みながらその肩をぽんと叩いた。
「おまえ、いい奴だな」
フェランが怒ったように顔を赤らめる。
「もう、行きますから」
「ああ、あいつらが戻ってくる前に早く行け」
そこでまた、エルシャの気遣いに気づく。自然と緩んだ口元で、フェランは微笑んだ。
「ありがとうございます、エルシャ」
今度はエルシャが赤くなる番だった。すぐに背を向けると、エルシャは追い払うように片手を振った。
「そんな顔でいうな、さっさと行け」
フェランは笑いを噛み殺すと、そそくさと宿を出てバスコの家へ向かった。
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