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【第六部:終わりと始まり】第二章
人探しの老人
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「朝よ! 起きて! いつまで寝てるの?」
突然耳元で少女の大声がし、目を開けるとあまりのまぶしさにエルシャはもう一度目を瞑った。
「起きて! もうフェランと朝ごはん作ったんだから、冷めないうちに食べてよ」
怒りの中に少しの寂しさを感じ取り、エルシャは身を起こした。
「ああ……ありがとう、ラミ、いただくよ」
そういって寝台から足を下ろす。部屋を出ると、ちょうどゼムズが伸びをしながら食卓につくところだった。フェランはすっきりとした表情で食器を並べている。
「おはようございます。今日のサラダは、ラミがほとんど作ってくれたんですよ」
目を落とすと、こんがり焼けた食パンの横に、サラダが盛り付けてある。色とりどりのおいしそうな野菜だが、よく見ると、キュウリの薄切りが何枚も繋がっていたり、トマトの厚みもまちまちだ。
思わず、顔がほころんだ。
「ありがとう、ラミ。とてもおいしそうだ」
ラミは得意げな顔で胸を張った。
「ラミね、包丁だってちゃんと使えるんだから」
四人で食卓を囲む。やっと見慣れてきた朝の風景だった。
ナイシェとディオネがいなくなったことで、ラミへの影響を心配していたエルシャだったが、意外にもラミは落ち込む様子を見せず、むしろその穴を自分こそが埋めようと張り切っているようだった。それまでナイシェとフェランが買って出ていた食事の支度を積極的にするようになり、今では母親然としてきたほどだ。
……いや、顔に出さないだけで、ラミも本当は無理をしているのかもしれない。あるいは、この状況に適応するために、駆け足で大人にならざるを得ないのかもしれないな……。
ふとそんな思いがよぎるが、エルシャはかぶりを振った。
フェランといるときのラミは笑顔だ。フェランが支えになっているのだろう。心配はいらないはずだ。
ナイシェとディオネをアルマニア宮殿で見送ったあと、四人はシャクソンに来ていた。最近はフェランやゼムズが予見することも少なくなり、何の手がかりもない一行は、まだ訪れたことのない町へ行くことにしたのだ。
未来が確定しにくくなっている。
以前、ナイシェの夢の中の少年が、そんなことをいっていた。それは、悪魔の復活が近いということなのかもしれない。未来が神の制御から外れようとしている。だから、予見も叶わないのではないだろうか。
エルシャはそんなことを考えていた。
だとしたら、残るサラマ・アンギュースを、急いで探し出さなければならない。
エルシャは記憶を整理しようとした。
自らの記憶と、神の記憶。
神のかけらを体に埋めた直後は、これらが入り乱れて混沌と化し、夜も頻繁にうなされていた。今では、だいぶ記憶の断片が整い、それが誰の記憶なのか、あるいはただの妄想や悪夢の類なのか、区別がつくようになっていた。だが、これらを並べ替え、一枚の絵として解釈するには、まだ時間が必要だ。
「エルシャ、大丈夫ですか?」
フェランが顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
「ん……ああ、ただの考え事だ」
エルシャはあたりを見回した。朝食後、町を探索しようと出てきたが、大通りは予想以上に人が多く、ゼムズはラミを肩車してやや後方を歩いていた。今、そばにいるのはフェランだけだ。
フェランはわずかに微笑んだ。
「ならいいのですが。何でもひとりで抱え込むのはなしですよ?」
こういう会話を、フェランはラミの前ではけっしてしない。そして、ナイシェたちと別れたあとも、フェランは今までどおり穏やかで笑顔を絶やさない。
ゼムズとは、アルマニア宮殿で言い合いになり、エルシャには珍しく手が出そうなほど感情的になってしまった。なぜ姉妹を引き留めなかったのかと責められたのだ。だが、それもあの一時だけで、ゼムズもその後はいつもと変わらず陽気にしている。
……結局、一番引きずっているのは、俺なのかもな……。
エルシャはそんなことを考えていた。
雑踏の中、何やら老人が叫んでいるのに気づいたのは、だいぶ経ってからだった。悲鳴とは違う。誰かを呼んでいるようだ。
声の出所を探していたフェランが、前方を指さした。
「あそこですね。誰か探しているようですが」
人ごみに紛れて、背の低い老人が見える。人の流れに逆らってこちらに向かおうとしているせいで、なかなか前に進まない。むしろ、小柄なその体は少しぶつかっただけでも容易に倒れてしまいそうだ。
「……リア! アデリア!」
しきりに手を伸ばして叫んでいる。女性を呼んでいるようだ。老人はフェランたちのほうを見ているが、あたりを見回してもそれらしき女性は見当たらない。
エルシャとフェランは顔を見合わせると、人をかき分けて老人へ近づいた。
「誰かお探しで――」
声をかけたフェランの腕を、老人は強い力で掴んだ。
「アデリア!」
まっすぐにフェランの目を見つめて、老人が叫んだ。
突然耳元で少女の大声がし、目を開けるとあまりのまぶしさにエルシャはもう一度目を瞑った。
「起きて! もうフェランと朝ごはん作ったんだから、冷めないうちに食べてよ」
怒りの中に少しの寂しさを感じ取り、エルシャは身を起こした。
「ああ……ありがとう、ラミ、いただくよ」
そういって寝台から足を下ろす。部屋を出ると、ちょうどゼムズが伸びをしながら食卓につくところだった。フェランはすっきりとした表情で食器を並べている。
「おはようございます。今日のサラダは、ラミがほとんど作ってくれたんですよ」
目を落とすと、こんがり焼けた食パンの横に、サラダが盛り付けてある。色とりどりのおいしそうな野菜だが、よく見ると、キュウリの薄切りが何枚も繋がっていたり、トマトの厚みもまちまちだ。
思わず、顔がほころんだ。
「ありがとう、ラミ。とてもおいしそうだ」
ラミは得意げな顔で胸を張った。
「ラミね、包丁だってちゃんと使えるんだから」
四人で食卓を囲む。やっと見慣れてきた朝の風景だった。
ナイシェとディオネがいなくなったことで、ラミへの影響を心配していたエルシャだったが、意外にもラミは落ち込む様子を見せず、むしろその穴を自分こそが埋めようと張り切っているようだった。それまでナイシェとフェランが買って出ていた食事の支度を積極的にするようになり、今では母親然としてきたほどだ。
……いや、顔に出さないだけで、ラミも本当は無理をしているのかもしれない。あるいは、この状況に適応するために、駆け足で大人にならざるを得ないのかもしれないな……。
ふとそんな思いがよぎるが、エルシャはかぶりを振った。
フェランといるときのラミは笑顔だ。フェランが支えになっているのだろう。心配はいらないはずだ。
ナイシェとディオネをアルマニア宮殿で見送ったあと、四人はシャクソンに来ていた。最近はフェランやゼムズが予見することも少なくなり、何の手がかりもない一行は、まだ訪れたことのない町へ行くことにしたのだ。
未来が確定しにくくなっている。
以前、ナイシェの夢の中の少年が、そんなことをいっていた。それは、悪魔の復活が近いということなのかもしれない。未来が神の制御から外れようとしている。だから、予見も叶わないのではないだろうか。
エルシャはそんなことを考えていた。
だとしたら、残るサラマ・アンギュースを、急いで探し出さなければならない。
エルシャは記憶を整理しようとした。
自らの記憶と、神の記憶。
神のかけらを体に埋めた直後は、これらが入り乱れて混沌と化し、夜も頻繁にうなされていた。今では、だいぶ記憶の断片が整い、それが誰の記憶なのか、あるいはただの妄想や悪夢の類なのか、区別がつくようになっていた。だが、これらを並べ替え、一枚の絵として解釈するには、まだ時間が必要だ。
「エルシャ、大丈夫ですか?」
フェランが顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
「ん……ああ、ただの考え事だ」
エルシャはあたりを見回した。朝食後、町を探索しようと出てきたが、大通りは予想以上に人が多く、ゼムズはラミを肩車してやや後方を歩いていた。今、そばにいるのはフェランだけだ。
フェランはわずかに微笑んだ。
「ならいいのですが。何でもひとりで抱え込むのはなしですよ?」
こういう会話を、フェランはラミの前ではけっしてしない。そして、ナイシェたちと別れたあとも、フェランは今までどおり穏やかで笑顔を絶やさない。
ゼムズとは、アルマニア宮殿で言い合いになり、エルシャには珍しく手が出そうなほど感情的になってしまった。なぜ姉妹を引き留めなかったのかと責められたのだ。だが、それもあの一時だけで、ゼムズもその後はいつもと変わらず陽気にしている。
……結局、一番引きずっているのは、俺なのかもな……。
エルシャはそんなことを考えていた。
雑踏の中、何やら老人が叫んでいるのに気づいたのは、だいぶ経ってからだった。悲鳴とは違う。誰かを呼んでいるようだ。
声の出所を探していたフェランが、前方を指さした。
「あそこですね。誰か探しているようですが」
人ごみに紛れて、背の低い老人が見える。人の流れに逆らってこちらに向かおうとしているせいで、なかなか前に進まない。むしろ、小柄なその体は少しぶつかっただけでも容易に倒れてしまいそうだ。
「……リア! アデリア!」
しきりに手を伸ばして叫んでいる。女性を呼んでいるようだ。老人はフェランたちのほうを見ているが、あたりを見回してもそれらしき女性は見当たらない。
エルシャとフェランは顔を見合わせると、人をかき分けて老人へ近づいた。
「誰かお探しで――」
声をかけたフェランの腕を、老人は強い力で掴んだ。
「アデリア!」
まっすぐにフェランの目を見つめて、老人が叫んだ。
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