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【第六部:終わりと始まり】第一章
新しい居場所
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「サリさえよければ、その……雇ってくれないかしら? めどが立ったら、出ていくから」
途端にサリは目を輝かせた。
「よければも何も、大歓迎よ! ずっといてくれてもいいくらい! よかった、二人増えれば厨房も再開できるし、接客も増やせるし、最高よ!あなたたちを解放してくれたエルシャに感謝だわ!」
サリは早口でまくし立てると、すぐさま立ち上がって二人の手を引いた。
「母さんが出ていったから、部屋も使えるよ。前みたいに住み込みでさ、働いてくれるでしょ? そうね、厨房は明日からでいいから、今日から接客、頼める? ナイシェは覚えてるわよね。ディオネには今夜やりながら教えるわ。大丈夫、重たいものはないし、指が不自由でも楽勝よ。給料もちゃんと今日から出すから安心して」
それからも、接客用のドレスやら中簿の新メニューやらをぶつぶつ呟きながら開店準備を再開するサリを見て、ナイシェは心の中で安堵のため息をついた。
自ら決断したとはいえ、エルシャたちと離れ、女二人で生活をすることには不安があった。考えてみれば、五歳でニーニャ一座に引き取られたナイシェは、姉と二人きりで過ごした記憶がほとんどない。両親が流行り病で死んで数か月と経たないうちに、生活に困窮したディオネはナイシェを手放したのだ。思えば、ナイシェは常に誰かの庇護のもと暮らしていた。
まだ体が思うように動かない姉さんに代わって、今度は私が頑張る番だ。
ナイシェは思った。
今度は私が、姉さんに恩返しする番だ。
その夜、酒場は二人の新顔を迎えて盛況だった。中にはナイシェを覚えていた客もおり、さらにその姉が加わったとあって酒の肴にはうってつけのようだった。
「何? お姉さんはディオネっていうのかい? こりゃまたいい具合に色気のあるべっぴんさんだね!」
「うんうん、かわいいナイシェちゃんとはまた違って、いい女っぷりだねえ」
酔いが回ってはめを外す男たちは、ディオネは臆することなく捌いていく。
「そりゃあうれしい誉め言葉だよ。いい女だなんて、もうずっといわれていなかったからねえ」
溢れんばかりのビールが入ったジョッキをひとつ、落とさないよう丁寧にテーブルへ置く。両手を使えば何とか運べる重さだ。
「なあディオネ、あんたがいればここに来る楽しみも増えるよ。ほら、肉付きじゃ三人の中では一番だからなあ?」
そういいながら、男のひとりがディオネの尻へと手を伸ばす。ディオネは空いた皿を手早く片付けながら、ひらりとかわして厨房へ向かった。
「だめだめ! 簡単に触れたら、いい女っぷりが下がっちゃうだろ?」
明るく笑いながら引き上げるディオネに、男もつられて笑っている。横で常連客のひとりが男の頭を軽くはたいた。
「悪乗りするなよ! サリに追い出されるぞ」
「はいはーい! ちゃんと見てるよ、あんたは要注意人物だからね!」
カウンターの奥からサリが叫ぶ。サリの横でつまみを盛りながら、ナイシェは戻ってきたディオネに声をかけた。
「姉さん、大丈夫?」
ディオネは片目を閉じてみせた。
「余裕だよ。あんただったら、真っ赤になって悲鳴とかあげていそうだけどね」
ナイシェがうっすらと頬を赤らめる。隣で見ていたサリがくすくすと笑った。
「まったく、姉妹なのに、こうも違うんだね。でもさ、あなたみたいな人が来てくれて本当に助かるよ、ディオネ。うちの酒場は色気が足りないって、ずっと思ってたんだよね」
「行き過ぎはごめんだよ」
「大丈夫、あたしが目を光らせてるから」
苦虫を噛みつぶしたような顔でいうディオネに、サリが応じる。
三人で迎えた初めての夜は、予想以上に心地よく温かい時間だった。客たちの明るく楽し気な様子に、それぞれが手応えを感じていた。
途端にサリは目を輝かせた。
「よければも何も、大歓迎よ! ずっといてくれてもいいくらい! よかった、二人増えれば厨房も再開できるし、接客も増やせるし、最高よ!あなたたちを解放してくれたエルシャに感謝だわ!」
サリは早口でまくし立てると、すぐさま立ち上がって二人の手を引いた。
「母さんが出ていったから、部屋も使えるよ。前みたいに住み込みでさ、働いてくれるでしょ? そうね、厨房は明日からでいいから、今日から接客、頼める? ナイシェは覚えてるわよね。ディオネには今夜やりながら教えるわ。大丈夫、重たいものはないし、指が不自由でも楽勝よ。給料もちゃんと今日から出すから安心して」
それからも、接客用のドレスやら中簿の新メニューやらをぶつぶつ呟きながら開店準備を再開するサリを見て、ナイシェは心の中で安堵のため息をついた。
自ら決断したとはいえ、エルシャたちと離れ、女二人で生活をすることには不安があった。考えてみれば、五歳でニーニャ一座に引き取られたナイシェは、姉と二人きりで過ごした記憶がほとんどない。両親が流行り病で死んで数か月と経たないうちに、生活に困窮したディオネはナイシェを手放したのだ。思えば、ナイシェは常に誰かの庇護のもと暮らしていた。
まだ体が思うように動かない姉さんに代わって、今度は私が頑張る番だ。
ナイシェは思った。
今度は私が、姉さんに恩返しする番だ。
その夜、酒場は二人の新顔を迎えて盛況だった。中にはナイシェを覚えていた客もおり、さらにその姉が加わったとあって酒の肴にはうってつけのようだった。
「何? お姉さんはディオネっていうのかい? こりゃまたいい具合に色気のあるべっぴんさんだね!」
「うんうん、かわいいナイシェちゃんとはまた違って、いい女っぷりだねえ」
酔いが回ってはめを外す男たちは、ディオネは臆することなく捌いていく。
「そりゃあうれしい誉め言葉だよ。いい女だなんて、もうずっといわれていなかったからねえ」
溢れんばかりのビールが入ったジョッキをひとつ、落とさないよう丁寧にテーブルへ置く。両手を使えば何とか運べる重さだ。
「なあディオネ、あんたがいればここに来る楽しみも増えるよ。ほら、肉付きじゃ三人の中では一番だからなあ?」
そういいながら、男のひとりがディオネの尻へと手を伸ばす。ディオネは空いた皿を手早く片付けながら、ひらりとかわして厨房へ向かった。
「だめだめ! 簡単に触れたら、いい女っぷりが下がっちゃうだろ?」
明るく笑いながら引き上げるディオネに、男もつられて笑っている。横で常連客のひとりが男の頭を軽くはたいた。
「悪乗りするなよ! サリに追い出されるぞ」
「はいはーい! ちゃんと見てるよ、あんたは要注意人物だからね!」
カウンターの奥からサリが叫ぶ。サリの横でつまみを盛りながら、ナイシェは戻ってきたディオネに声をかけた。
「姉さん、大丈夫?」
ディオネは片目を閉じてみせた。
「余裕だよ。あんただったら、真っ赤になって悲鳴とかあげていそうだけどね」
ナイシェがうっすらと頬を赤らめる。隣で見ていたサリがくすくすと笑った。
「まったく、姉妹なのに、こうも違うんだね。でもさ、あなたみたいな人が来てくれて本当に助かるよ、ディオネ。うちの酒場は色気が足りないって、ずっと思ってたんだよね」
「行き過ぎはごめんだよ」
「大丈夫、あたしが目を光らせてるから」
苦虫を噛みつぶしたような顔でいうディオネに、サリが応じる。
三人で迎えた初めての夜は、予想以上に心地よく温かい時間だった。客たちの明るく楽し気な様子に、それぞれが手応えを感じていた。
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