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【第五部:聖なる村】第十一章
毒
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現れたのは、ディオネだった。
「何事かと思ったら、まさか、ルイが裏切り者だったとはね……」
その目は怒りに満ち、頬は紅潮している。
「ディオネ……かけらは取り返したんだ。今は、戻ってナイシェたちの無事を確認すべきだ」
ディオネの出現に、ルイは更に後ずさった。表情が変わる。
ディオネはナリューン――破壊の民だ。エルシャの剣とは違い、距離をとっても無意味なことはわかっていた。
「あんたがハーレルを殺し、エルシャを苦しめたんだ。あんただけは、絶対に許せない」
ディオネが右の手のひらをルイへ向けた。
「やめろ、ディオネ!」
エルシャが静止に入るのと、ルイが踵を返して走り出すのは、ほぼ同時だった。
「うあ……っ!」
突然、ルイが右肩を押さえて転がった。押さえる指の間から、真っ赤な血が溢れ出している。
「ディオネ……!」
ルイに向けられた右手を掴み、エルシャはディオネの異変に気がついた。
ディオネは片膝をつき、不思議なものを見るような目で自分の両手を見つめた。
「力が……入らない……」
ディオネはエルシャの顔を見上げていった。
「指が……思うように動かないの。足の感覚も……何かおかしい……」
事態を飲み込めず戸惑うエルシャの背後で、ルイの笑い声が聞こえた。
「ははっ、計画は失敗……てわけでもなさそうだ」
「どういうことだ!?」
エルシャが振り返る。ルイは痛みに顔を歪めながら答えた。
「毒さ。俺が盛った毒を飲んだ結果だ。もっともその様子じゃ、ほんの少ししか口をつけていないようだがな」
エルシャは驚いてディオネの顔を見た。ディオネは悔しそうに唇を噛んだ。
「ごめん……ナイシェにいわれたときには、もう……」
ルイは楽しそうに笑いながらふらりと立ちあがった。
「こりゃいい。あのスープをすべて飲めば楽に死ねたものを。中途半端に飲んでも、死ぬのは変わらない。ただゆっくり、じっくりと毒が効くだけだ。全身の筋肉を麻痺させる毒が、ね。おまえの体は徐々にいうことをきかなくなり、やがて話すことも息をすることもできなくなる。苦しみと恐怖を、じっくり味わうがいいさ」
エルシャは再び剣をルイへ向けた。
「何の毒だ!? 解毒剤をよこせ!」
ルイは恐れもせずにそのまま後ずさった。
「それはいえない。いったところで、手には入らない。その辺の町医者など役には立たない。あと一日か、二日か……? 絶望しながら死んでいくといいさ。俺に構ってる暇があったら、せいぜいあるはずもない解毒剤を探すんだな」
ルイがふらつく足取りで遠ざかっていくのを待たずに、エルシャは剣を収めるとすぐにディオネを抱きかかえた。
「大丈夫か? すぐ戻るぞ」
「平気よ、歩くくらいできる……」
最後まで聞かずに、エルシャはディオネを横抱きにして抱え上げた。人のまばらになってきた大通りを抜け、宿へ急ぐ。
思いのほか息が早く上がった。予想以上に、ディオネの体が重く感じる。自身の体も、けして万全ではない。だが、エルシャは走り続けた。走りながら、懸命に頭を働かせた。
ディオネは絶対に助ける。何か、道があるはずだ――。
「何事かと思ったら、まさか、ルイが裏切り者だったとはね……」
その目は怒りに満ち、頬は紅潮している。
「ディオネ……かけらは取り返したんだ。今は、戻ってナイシェたちの無事を確認すべきだ」
ディオネの出現に、ルイは更に後ずさった。表情が変わる。
ディオネはナリューン――破壊の民だ。エルシャの剣とは違い、距離をとっても無意味なことはわかっていた。
「あんたがハーレルを殺し、エルシャを苦しめたんだ。あんただけは、絶対に許せない」
ディオネが右の手のひらをルイへ向けた。
「やめろ、ディオネ!」
エルシャが静止に入るのと、ルイが踵を返して走り出すのは、ほぼ同時だった。
「うあ……っ!」
突然、ルイが右肩を押さえて転がった。押さえる指の間から、真っ赤な血が溢れ出している。
「ディオネ……!」
ルイに向けられた右手を掴み、エルシャはディオネの異変に気がついた。
ディオネは片膝をつき、不思議なものを見るような目で自分の両手を見つめた。
「力が……入らない……」
ディオネはエルシャの顔を見上げていった。
「指が……思うように動かないの。足の感覚も……何かおかしい……」
事態を飲み込めず戸惑うエルシャの背後で、ルイの笑い声が聞こえた。
「ははっ、計画は失敗……てわけでもなさそうだ」
「どういうことだ!?」
エルシャが振り返る。ルイは痛みに顔を歪めながら答えた。
「毒さ。俺が盛った毒を飲んだ結果だ。もっともその様子じゃ、ほんの少ししか口をつけていないようだがな」
エルシャは驚いてディオネの顔を見た。ディオネは悔しそうに唇を噛んだ。
「ごめん……ナイシェにいわれたときには、もう……」
ルイは楽しそうに笑いながらふらりと立ちあがった。
「こりゃいい。あのスープをすべて飲めば楽に死ねたものを。中途半端に飲んでも、死ぬのは変わらない。ただゆっくり、じっくりと毒が効くだけだ。全身の筋肉を麻痺させる毒が、ね。おまえの体は徐々にいうことをきかなくなり、やがて話すことも息をすることもできなくなる。苦しみと恐怖を、じっくり味わうがいいさ」
エルシャは再び剣をルイへ向けた。
「何の毒だ!? 解毒剤をよこせ!」
ルイは恐れもせずにそのまま後ずさった。
「それはいえない。いったところで、手には入らない。その辺の町医者など役には立たない。あと一日か、二日か……? 絶望しながら死んでいくといいさ。俺に構ってる暇があったら、せいぜいあるはずもない解毒剤を探すんだな」
ルイがふらつく足取りで遠ざかっていくのを待たずに、エルシャは剣を収めるとすぐにディオネを抱きかかえた。
「大丈夫か? すぐ戻るぞ」
「平気よ、歩くくらいできる……」
最後まで聞かずに、エルシャはディオネを横抱きにして抱え上げた。人のまばらになってきた大通りを抜け、宿へ急ぐ。
思いのほか息が早く上がった。予想以上に、ディオネの体が重く感じる。自身の体も、けして万全ではない。だが、エルシャは走り続けた。走りながら、懸命に頭を働かせた。
ディオネは絶対に助ける。何か、道があるはずだ――。
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