243 / 371
【第五部:聖なる村】第八章
ハル
しおりを挟む
エルシャの口から突然ハーレルの名前が出て、皆一瞬言葉に詰まった。その間に、姿勢を変えたエルシャの視界へ、すぐ近くの寝台で横になったままのハルの姿が入り込む。
「ハル……」
エルシャはふらりと立ち上がった。その瞬間、膝に力が入らず床に手をついた。気が遠くなるようなめまいもする。すぐ起き上がろうとしたが、体がいうことをきかない。
「エルシャ! 無理をするな、一週間も寝たきりだったんだぞ」
ルイが体を支えながら声をかける。しかしエルシャは首を振った。
「大丈夫だ……。それより、ハルは……」
どのみち、隠すことはできない。
フェランは、鉛のように重く沈んだ心を奮い立たせるようにして、やっとの思いで口を開いた。
「ハーレルは……あのときの人間に襲われて……医師によると、もう――助からない、と……。ハルもあれからずっと眠り続けて……あと数日ではないか、と。僕たちは、目覚めるのを信じて、待っているのですが……」
「助からない、だと……?」
だんだんと思い出してきた。
ラミを助けるために無我夢中で飛び込んだとき、男は、ラミに刃物を突きつけながら、もう一方の手で、ハルの首を――
はっきりと、思い出した。エルシャは勢いよく立ち上がった。よろめきながら、静かに眠っているハルの体に触れる。
温かい。
「ハル……ハル!」
肩を揺さぶった。しかしハルは、主のいない操り人形のように、ぐらぐらとその体を揺らすだけだった。エルシャは膝を落とした。
「ハル……目を覚ませ……頼むから……!」
その額に触れ、頬に触れる。ほんのりと紅色をしたその頬は、とても死にゆく人間のそれとは思えない。目を閉じたまま、ゆっくりと呼吸をしている。しかし、首に触れ、手を握りながら見つめると、その呼吸はひどく浅く、首筋の拍動はとても弱いことがわかった。
握った拳に、力が入った。体を震わせながら、エルシャはその拳を自らの膝に叩きつけた。
「……くそっ。くそっ、くそ……っ!」
こうべを垂れ、何度も何度も叩きつける。見かねてフェランがその腕を押さえた。
「やめてください! 体に障ります、エルシャ」
「だったら、なんだ!」
エルシャが叫んだ。
「俺はこうして生きている。だが、ハルは……ハルは、俺のせいで……!」
その声は怒りに満ちていた。そしてそのすべては、迷うことなく自らへ向けられていた。
「あなたのせいじゃない!」
ナイシェがいった。
「あなたのおかげで、助かった命がある。あなたがいなかったら、ラミはどうなっていたことか……。お願いだから、自分を責めるのはやめて!」
「だが、あのとき俺が――」
立ち上がろうとして急激なめまいに襲われ、エルシャはしりもちをついた。
「落ち着いて、エルシャ! あんただって病み上がりなんだよ。まずはしっかり休んで体力を取り戻さなきゃ!」
ディオネが怒鳴る。重苦しい空気に耐え切れず、ラミがすすり泣き始めた。その声で、エルシャは我に返った。
「とにかく今は、休むんだ」
ルイの肩を借りて、エルシャは再び寝台へ腰を下ろした。
「……一度にたくさんのことが起こりすぎて、まだ受け入れられないかもしれないけど……私たちだって、諦めたわけじゃないわ。奇跡が起きて、ハルが目を覚ますかもしれない。あなたが、こうして目覚めたみたいに。だから……今はとにかく、体を休めてちょうだい、エルシャ」
ナイシェがやさしく語りかける。エルシャは何もいわずに、苦渋の表情でうつむいた。
……奇跡が、起きるかもしれない……?
皆勇気づけるように声をかけてくれるが、エルシャにはわかっていた。
――奇跡は、起きないだろう。
「ハル……」
エルシャはふらりと立ち上がった。その瞬間、膝に力が入らず床に手をついた。気が遠くなるようなめまいもする。すぐ起き上がろうとしたが、体がいうことをきかない。
「エルシャ! 無理をするな、一週間も寝たきりだったんだぞ」
ルイが体を支えながら声をかける。しかしエルシャは首を振った。
「大丈夫だ……。それより、ハルは……」
どのみち、隠すことはできない。
フェランは、鉛のように重く沈んだ心を奮い立たせるようにして、やっとの思いで口を開いた。
「ハーレルは……あのときの人間に襲われて……医師によると、もう――助からない、と……。ハルもあれからずっと眠り続けて……あと数日ではないか、と。僕たちは、目覚めるのを信じて、待っているのですが……」
「助からない、だと……?」
だんだんと思い出してきた。
ラミを助けるために無我夢中で飛び込んだとき、男は、ラミに刃物を突きつけながら、もう一方の手で、ハルの首を――
はっきりと、思い出した。エルシャは勢いよく立ち上がった。よろめきながら、静かに眠っているハルの体に触れる。
温かい。
「ハル……ハル!」
肩を揺さぶった。しかしハルは、主のいない操り人形のように、ぐらぐらとその体を揺らすだけだった。エルシャは膝を落とした。
「ハル……目を覚ませ……頼むから……!」
その額に触れ、頬に触れる。ほんのりと紅色をしたその頬は、とても死にゆく人間のそれとは思えない。目を閉じたまま、ゆっくりと呼吸をしている。しかし、首に触れ、手を握りながら見つめると、その呼吸はひどく浅く、首筋の拍動はとても弱いことがわかった。
握った拳に、力が入った。体を震わせながら、エルシャはその拳を自らの膝に叩きつけた。
「……くそっ。くそっ、くそ……っ!」
こうべを垂れ、何度も何度も叩きつける。見かねてフェランがその腕を押さえた。
「やめてください! 体に障ります、エルシャ」
「だったら、なんだ!」
エルシャが叫んだ。
「俺はこうして生きている。だが、ハルは……ハルは、俺のせいで……!」
その声は怒りに満ちていた。そしてそのすべては、迷うことなく自らへ向けられていた。
「あなたのせいじゃない!」
ナイシェがいった。
「あなたのおかげで、助かった命がある。あなたがいなかったら、ラミはどうなっていたことか……。お願いだから、自分を責めるのはやめて!」
「だが、あのとき俺が――」
立ち上がろうとして急激なめまいに襲われ、エルシャはしりもちをついた。
「落ち着いて、エルシャ! あんただって病み上がりなんだよ。まずはしっかり休んで体力を取り戻さなきゃ!」
ディオネが怒鳴る。重苦しい空気に耐え切れず、ラミがすすり泣き始めた。その声で、エルシャは我に返った。
「とにかく今は、休むんだ」
ルイの肩を借りて、エルシャは再び寝台へ腰を下ろした。
「……一度にたくさんのことが起こりすぎて、まだ受け入れられないかもしれないけど……私たちだって、諦めたわけじゃないわ。奇跡が起きて、ハルが目を覚ますかもしれない。あなたが、こうして目覚めたみたいに。だから……今はとにかく、体を休めてちょうだい、エルシャ」
ナイシェがやさしく語りかける。エルシャは何もいわずに、苦渋の表情でうつむいた。
……奇跡が、起きるかもしれない……?
皆勇気づけるように声をかけてくれるが、エルシャにはわかっていた。
――奇跡は、起きないだろう。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
41
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる