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第7章
移動①
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静かな車内にひとりきりになり、哲平の頭の中をぐるぐるといろんな考えが巡る。
桔梗が、人間を傷つけた。彼らは助かるのだろうか。朱里は無事なのか。華や洸太郎は。紅は、ちゃんと逃げたのだろうか。このあと自分はどうなるのだろうか。
手錠のかけられた右手を引いてみる。本物なのだろうか。鍵は恐らく山辺が持っているのだろうし、いずれにしても自分にできることはない。
ガシャガシャといたずらに動かしていると、突然声が聞こえた。
『哲平くん!』
びくん、と姿勢を正す。
「べ……紅……?」
『哲平くん、今ひとり?』
「うん、そうだよ」
『そっち行くから!』
しばらくして、前部座席のエアコンの吹き出し口から、赤い煙が噴き出し、目の前に紅が現れた。
「哲平くん! あたしのせいでごめんね、大丈夫?」
紅は今にも泣きそうな顔をしている。
「大丈夫だよ、何もされてない。紅のことも、しゃべってない」
「あたしのことはいいの! 哲平くん、早く逃げよう! ……何これ、手錠?」
紅が力を込めて押したり引いたりするが、びくともしない。
「無理だ、鍵がないと開かないよ。山辺っていう奴が戻ってこないと、たぶん俺は出られない」
「そんな……」
「大丈夫、紅は先に安全なところに逃げて。俺はそのうち放してもらえるから」
「でも……!」
食い下がる紅を見て、ふと思い出す。
そうか、紅は俺がいないとエネルギーの補給ができない。そのうち、なんて悠長なことはいってられなくて、今すぐ俺を取り戻したいに違いない。
妙に冷静に考える自分に気づき、はっとする。
違う、そうじゃない。焦って右往左往する紅の姿は、俺を本気で心配してくれている証拠だ。自分のことじゃなくて、俺のことを心配してくれているってことだ。
突然足音が近づいてきた。
「ヤバい紅、隠れろ!」
「え? え?」
紅はキョロキョロした末に、さっと液化して哲平の座席の下に潜り込んだ。同時に運転席の扉が開く。山辺だった。
「部下を二人収容して、医療施設へ向かう。ちょっと付き合ってもらうぞ」
勢いよく発進する。
『哲平くん、今襲っちゃおっか?』
「だ、ダメだよ、今襲ったら車が事故るだろ」
小声で返答する。車はすぐ停まり、今度は一番後ろの扉が開いて男たちが口々に何かいいながら負傷した二人を運んできた。後部座席に横たわった二人を見て、ぎょっとする。
顔が、血だらけだ。判別もつかないくらいになっている。それに、黒い作業服も色が濃くなっていて、たまにベージュの座席に擦れるとそこが真っ赤になり、それも血なのだと悟る。
これを、桔梗が。
背筋が冷たくなった。
「早く病院へ!」
「いや、会社の医療所が近い、そちらへ行く」
「しかし隊長――」
「この怪我を、病院に運んで医者になんて説明するつもりだ」
男が口をつぐんだ。それから今さらのように哲平の姿に気づくと、吐き捨てるようにいった。
「きさまの庇った奴がやったんだぞ。どうしてくれるんだ!」
「やめないか!」
男はちっと舌打ちをして、それきり話さなかった。
『……桔梗が……?』
紅の声が聞こえた。答えてあげたいが、今は返事をできない。
『……きっとあいつらが先に、何かしてきたんだよ』
紅が話し続けた。
『河川敷のとき、桔梗はちゃんと手加減してた。死んでないから大丈夫、っていってた。紺碧だって。きっと何か、理由があるんだよ』
哲平もそう思いたかった。だが、桔梗は紅と違って、研究所で散々な目に遭っている。人間なんて信用ならない。そう考えている。やっと自由を得た桔梗が、これまで自分を散々に扱ってきた人間に仕返ししようと考えたって、なんの不思議もない。
……今、話せない状況でよかった。
哲平は安堵した。
今紅と話したら、きっとぎくしゃくしてしまう。
桔梗が、人間を傷つけた。彼らは助かるのだろうか。朱里は無事なのか。華や洸太郎は。紅は、ちゃんと逃げたのだろうか。このあと自分はどうなるのだろうか。
手錠のかけられた右手を引いてみる。本物なのだろうか。鍵は恐らく山辺が持っているのだろうし、いずれにしても自分にできることはない。
ガシャガシャといたずらに動かしていると、突然声が聞こえた。
『哲平くん!』
びくん、と姿勢を正す。
「べ……紅……?」
『哲平くん、今ひとり?』
「うん、そうだよ」
『そっち行くから!』
しばらくして、前部座席のエアコンの吹き出し口から、赤い煙が噴き出し、目の前に紅が現れた。
「哲平くん! あたしのせいでごめんね、大丈夫?」
紅は今にも泣きそうな顔をしている。
「大丈夫だよ、何もされてない。紅のことも、しゃべってない」
「あたしのことはいいの! 哲平くん、早く逃げよう! ……何これ、手錠?」
紅が力を込めて押したり引いたりするが、びくともしない。
「無理だ、鍵がないと開かないよ。山辺っていう奴が戻ってこないと、たぶん俺は出られない」
「そんな……」
「大丈夫、紅は先に安全なところに逃げて。俺はそのうち放してもらえるから」
「でも……!」
食い下がる紅を見て、ふと思い出す。
そうか、紅は俺がいないとエネルギーの補給ができない。そのうち、なんて悠長なことはいってられなくて、今すぐ俺を取り戻したいに違いない。
妙に冷静に考える自分に気づき、はっとする。
違う、そうじゃない。焦って右往左往する紅の姿は、俺を本気で心配してくれている証拠だ。自分のことじゃなくて、俺のことを心配してくれているってことだ。
突然足音が近づいてきた。
「ヤバい紅、隠れろ!」
「え? え?」
紅はキョロキョロした末に、さっと液化して哲平の座席の下に潜り込んだ。同時に運転席の扉が開く。山辺だった。
「部下を二人収容して、医療施設へ向かう。ちょっと付き合ってもらうぞ」
勢いよく発進する。
『哲平くん、今襲っちゃおっか?』
「だ、ダメだよ、今襲ったら車が事故るだろ」
小声で返答する。車はすぐ停まり、今度は一番後ろの扉が開いて男たちが口々に何かいいながら負傷した二人を運んできた。後部座席に横たわった二人を見て、ぎょっとする。
顔が、血だらけだ。判別もつかないくらいになっている。それに、黒い作業服も色が濃くなっていて、たまにベージュの座席に擦れるとそこが真っ赤になり、それも血なのだと悟る。
これを、桔梗が。
背筋が冷たくなった。
「早く病院へ!」
「いや、会社の医療所が近い、そちらへ行く」
「しかし隊長――」
「この怪我を、病院に運んで医者になんて説明するつもりだ」
男が口をつぐんだ。それから今さらのように哲平の姿に気づくと、吐き捨てるようにいった。
「きさまの庇った奴がやったんだぞ。どうしてくれるんだ!」
「やめないか!」
男はちっと舌打ちをして、それきり話さなかった。
『……桔梗が……?』
紅の声が聞こえた。答えてあげたいが、今は返事をできない。
『……きっとあいつらが先に、何かしてきたんだよ』
紅が話し続けた。
『河川敷のとき、桔梗はちゃんと手加減してた。死んでないから大丈夫、っていってた。紺碧だって。きっと何か、理由があるんだよ』
哲平もそう思いたかった。だが、桔梗は紅と違って、研究所で散々な目に遭っている。人間なんて信用ならない。そう考えている。やっと自由を得た桔梗が、これまで自分を散々に扱ってきた人間に仕返ししようと考えたって、なんの不思議もない。
……今、話せない状況でよかった。
哲平は安堵した。
今紅と話したら、きっとぎくしゃくしてしまう。
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