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第7章
青年と洸太郎④
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すっかり油断して、背後から迫る気配にまったく気づかなかった。びくんと指を離す。振り返りざま、黒服の男と目が合った。
「見つかった!」
紅がするりとリュックの中に戻り、哲平が走り出した瞬間、本棚から勢いよくオレンジ色の気体が湧き出して天井を這うように出口へと向かった。
「いた! いたぞ! オレンジのVC発見! 紅のパートナーの人間も発見!」
哲平より一足先に、オレンジの気体はドアの隙間から本屋の外へと逃げ出した。あとを追うように哲平も走るが、自動ドアが開くのを待つ間に黒服に追いつかれ、ぐいとリュックを掴まれる。
「はっ、離せ!」
男の腹に渾身の蹴りをお見舞いし、ひるんだ隙にリュックを抱えて走り出る。
「オレンジのVCは気体で上空へ逃走、紅のパートナーが今本屋から逃走!」
背後の男がインカムで指令を送っているのが聞こえた。駅のロータリーへ戻ると、そこにはすでに数人の黒服が待ち構えていた。後ろからは、腹を抱えながらもうひとり。本屋から出てくる人の気配はほかにない。朱里や華は、見つからずに済んだに違いない。ロータリーの男たちが次々に上空を飛ぶオレンジの靄に向かって小銃を放つが、靄は巧みにそれを避けながら遥か高くへと舞い上がった。
ここは逃げるか、それとも大人しくしたほうが得策か?
一瞬迷って足が止まったとき、背後の男が大声で叫んだ。
「紅のパートナーの確保を最優先しろ!」
「……マジか!?」
オレンジのVCはもう、彼らを無力化するレーザー銃のようなものすら届かないところへ行ってしまった。
「切り替え、はやっ」
哲平は全力で走った。
「紅、俺が捕まったら、おまえだけでも逃げろよ!?」
そっと背中に囁いて、一目散に逃げる。待ち構えていた男の手がかかる寸前で何とかかわし、ロータリーから横に伸びる通りに出た。
とにかく、角をたくさん曲がって、どこか入れる店があったら入って、この際誰か人のいるところへ――
しかし、液体の紅を背負って走る哲平の背後に男たちが瞬く間に迫り、次の瞬間、哲平の太腿に激痛が走った。
「あ……っ」
走る勢いそのままにもんどりうって地面に転がる。右の太腿の裏を抱え込みながら目を凝らすと、警棒を握りしめた男がとびかかるように哲平に馬乗りになった。
「確保! 紅のパートナー確保!」
「くそっ、離せよっ」
『哲平くんを離せ!』
声が聞こえたかと思うと、暴れる哲平の背後から紅が飛び出し、液体のまま男の顔を取り囲んだ。
「ぐっ、むぐ……っ⁉」
まるで真っ赤なスライムのように男の顔をボール状に包み込む。男はごぼごぼと口から音を立てながら倒れこんだ。紅を振り払おうとするが、首を振っても手で払っても赤い液体はまったく乱れない。さながら、陸上にいながらにして溺水しているかのようなその光景に、哲平も言葉を失う。やがて呼吸困難に陥り男が倒れた瞬間、追いついた別の黒服の放ったレーザー銃が紅に命中した。空気を斬るような音の後、赤い液体が人間態の紅に戻ってどさりと倒れた。
「紅!」
哲平が手を伸ばす。
「VC紅発見! 速やかに確保だ!」
河川敷での記憶が蘇った。突然の事態に動くことができなかった自分と、ボトルに収納された桔梗と。
……二度目は、ないぞ。
右足を引きずるようにして、哲平は黒服たちよりわずかに早く、紅の指先に触れた。倒れた紅の体が光り輝く。
「紅! 逃げろ! 空だ!」
「見つかった!」
紅がするりとリュックの中に戻り、哲平が走り出した瞬間、本棚から勢いよくオレンジ色の気体が湧き出して天井を這うように出口へと向かった。
「いた! いたぞ! オレンジのVC発見! 紅のパートナーの人間も発見!」
哲平より一足先に、オレンジの気体はドアの隙間から本屋の外へと逃げ出した。あとを追うように哲平も走るが、自動ドアが開くのを待つ間に黒服に追いつかれ、ぐいとリュックを掴まれる。
「はっ、離せ!」
男の腹に渾身の蹴りをお見舞いし、ひるんだ隙にリュックを抱えて走り出る。
「オレンジのVCは気体で上空へ逃走、紅のパートナーが今本屋から逃走!」
背後の男がインカムで指令を送っているのが聞こえた。駅のロータリーへ戻ると、そこにはすでに数人の黒服が待ち構えていた。後ろからは、腹を抱えながらもうひとり。本屋から出てくる人の気配はほかにない。朱里や華は、見つからずに済んだに違いない。ロータリーの男たちが次々に上空を飛ぶオレンジの靄に向かって小銃を放つが、靄は巧みにそれを避けながら遥か高くへと舞い上がった。
ここは逃げるか、それとも大人しくしたほうが得策か?
一瞬迷って足が止まったとき、背後の男が大声で叫んだ。
「紅のパートナーの確保を最優先しろ!」
「……マジか!?」
オレンジのVCはもう、彼らを無力化するレーザー銃のようなものすら届かないところへ行ってしまった。
「切り替え、はやっ」
哲平は全力で走った。
「紅、俺が捕まったら、おまえだけでも逃げろよ!?」
そっと背中に囁いて、一目散に逃げる。待ち構えていた男の手がかかる寸前で何とかかわし、ロータリーから横に伸びる通りに出た。
とにかく、角をたくさん曲がって、どこか入れる店があったら入って、この際誰か人のいるところへ――
しかし、液体の紅を背負って走る哲平の背後に男たちが瞬く間に迫り、次の瞬間、哲平の太腿に激痛が走った。
「あ……っ」
走る勢いそのままにもんどりうって地面に転がる。右の太腿の裏を抱え込みながら目を凝らすと、警棒を握りしめた男がとびかかるように哲平に馬乗りになった。
「確保! 紅のパートナー確保!」
「くそっ、離せよっ」
『哲平くんを離せ!』
声が聞こえたかと思うと、暴れる哲平の背後から紅が飛び出し、液体のまま男の顔を取り囲んだ。
「ぐっ、むぐ……っ⁉」
まるで真っ赤なスライムのように男の顔をボール状に包み込む。男はごぼごぼと口から音を立てながら倒れこんだ。紅を振り払おうとするが、首を振っても手で払っても赤い液体はまったく乱れない。さながら、陸上にいながらにして溺水しているかのようなその光景に、哲平も言葉を失う。やがて呼吸困難に陥り男が倒れた瞬間、追いついた別の黒服の放ったレーザー銃が紅に命中した。空気を斬るような音の後、赤い液体が人間態の紅に戻ってどさりと倒れた。
「紅!」
哲平が手を伸ばす。
「VC紅発見! 速やかに確保だ!」
河川敷での記憶が蘇った。突然の事態に動くことができなかった自分と、ボトルに収納された桔梗と。
……二度目は、ないぞ。
右足を引きずるようにして、哲平は黒服たちよりわずかに早く、紅の指先に触れた。倒れた紅の体が光り輝く。
「紅! 逃げろ! 空だ!」
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