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第5章
反撃③
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朱里は溺れそうになりながら、必死に蓋を回した。ゴボゴボと水を飲んでむせ返りながら、何とかキャップを外す。溢れ出す紫の液体に、指を触れた。さらさらなのにまとまりを失わないその液体は、川面に広がった瞬間に、光を放った。
『ありがとう、お嬢さん』
あの声が聞こえた。ボトルから液体が出たのを見届けた瞬間、体が水中に沈む。
一日に、二度も溺れるなんて。
そんなことを思ったとき、デジャブのように、誰かに腕を掴まれた。今度ははっきりとわかった。水中で、桔梗が朱里の腕を掴んでいた。長い黒髪を揺らめかせ、水の中とは思えない微笑を浮かべている。そして、その体は光り輝いていた。
すごい。まるで、美しく輝く水中花のようだ。
意識が遠のきそうになったところで、ぐいと力強く引っ張られ、朱里は水面に顔を出した。
「大丈夫よ、朱里さん」
穏やかな桔梗の声がする。しかし、岸へ向かおうとする桔梗に向かって山辺が腕を伸ばした。
「待てっ、おまえだけでも……っ」
男の手が桔梗に触れた。
「……命知らずですね、あなたも」
いまだ自分の体が発光しているのを確認すると、桔梗は静かに左手をあげた。
「『氷矢の舞』」
そう告げた瞬間、川の水面がざわつき細かな水柱が立ったかと思うと、瞬時に凍てつき男に向かって無数の氷柱となって突き刺さった。
「ぐわあっ⁉」
氷柱に射抜かれるようにして、男の体は一気に川岸へと叩きつけられた。黒い服に血が滲み、顔には無数の切り傷が浮かぶ。男がそれ以上動けないのを確認し、桔梗はゆっくりと朱里を岸へ引き上げた。
「朱里! 大丈夫か!」
激しく咳込む朱里に哲平が肩を貸す。朱里を抱え上げながら、哲平は男たちのほうを見た。それは、にわかには信じがたい凄惨な光景だった。芝生の地面が大きくえぐれ、クレーターのようになっている。その周りに男が四人、呻きながら転がっていて、そのうちのひとりはいまだに両耳を押さえて悶えている。少し離れた川岸には、全身に血の滲んだ山辺が倒れていた。
「大丈夫、死んではいないわ」
言葉を失う哲平の耳元で、桔梗が囁いた。
「それより、早く立ち去ったほうが賢明ね」
上を見上げると、騒ぎを聞きつけた野次馬たちが、それこそ欄干から転落しそうな勢いでざわざわと人だかりを作っていた。
「紺碧、あなたの力は?」
小声で訊く桔梗に、紺碧が答える。
「『部分変化』……だが華がこの状態では、どうやら使うことはできないようだ」
華はいまだ動けず、紺碧に横抱きにされたままうっすらと目を開けていた。
「なら、歩いて逃げるしかないわね」
「私の――」
少しだけ頭をもたげ、華が掠れた声で呟いた。
「私の、家に……」
紺碧が小さくため息をついた。
「面倒な奴らが来る前に、さっさと行くぞ」
『ありがとう、お嬢さん』
あの声が聞こえた。ボトルから液体が出たのを見届けた瞬間、体が水中に沈む。
一日に、二度も溺れるなんて。
そんなことを思ったとき、デジャブのように、誰かに腕を掴まれた。今度ははっきりとわかった。水中で、桔梗が朱里の腕を掴んでいた。長い黒髪を揺らめかせ、水の中とは思えない微笑を浮かべている。そして、その体は光り輝いていた。
すごい。まるで、美しく輝く水中花のようだ。
意識が遠のきそうになったところで、ぐいと力強く引っ張られ、朱里は水面に顔を出した。
「大丈夫よ、朱里さん」
穏やかな桔梗の声がする。しかし、岸へ向かおうとする桔梗に向かって山辺が腕を伸ばした。
「待てっ、おまえだけでも……っ」
男の手が桔梗に触れた。
「……命知らずですね、あなたも」
いまだ自分の体が発光しているのを確認すると、桔梗は静かに左手をあげた。
「『氷矢の舞』」
そう告げた瞬間、川の水面がざわつき細かな水柱が立ったかと思うと、瞬時に凍てつき男に向かって無数の氷柱となって突き刺さった。
「ぐわあっ⁉」
氷柱に射抜かれるようにして、男の体は一気に川岸へと叩きつけられた。黒い服に血が滲み、顔には無数の切り傷が浮かぶ。男がそれ以上動けないのを確認し、桔梗はゆっくりと朱里を岸へ引き上げた。
「朱里! 大丈夫か!」
激しく咳込む朱里に哲平が肩を貸す。朱里を抱え上げながら、哲平は男たちのほうを見た。それは、にわかには信じがたい凄惨な光景だった。芝生の地面が大きくえぐれ、クレーターのようになっている。その周りに男が四人、呻きながら転がっていて、そのうちのひとりはいまだに両耳を押さえて悶えている。少し離れた川岸には、全身に血の滲んだ山辺が倒れていた。
「大丈夫、死んではいないわ」
言葉を失う哲平の耳元で、桔梗が囁いた。
「それより、早く立ち去ったほうが賢明ね」
上を見上げると、騒ぎを聞きつけた野次馬たちが、それこそ欄干から転落しそうな勢いでざわざわと人だかりを作っていた。
「紺碧、あなたの力は?」
小声で訊く桔梗に、紺碧が答える。
「『部分変化』……だが華がこの状態では、どうやら使うことはできないようだ」
華はいまだ動けず、紺碧に横抱きにされたままうっすらと目を開けていた。
「なら、歩いて逃げるしかないわね」
「私の――」
少しだけ頭をもたげ、華が掠れた声で呟いた。
「私の、家に……」
紺碧が小さくため息をついた。
「面倒な奴らが来る前に、さっさと行くぞ」
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