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第5章

追っ手

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 瞬時に緊張が走った。紺碧と向き合うように立つ桔梗が、ちらりと目をあげる。

「あら、本当。橋から繋がる階段の陰に……三人は、いるわね。紺碧。あなたを追っていたのは何人?」
「三人だ。だが、インカムで別の仲間と連絡を取り合っていた。今ごろは増援があるかもしれない」
「それは厄介ね。人間三人ならどうにでもなるけど、それ以上で、こちらにも人間がいるとなると……早く動いたほうが、よさそう」

 哲平は階段のほうを見た。距離にして、五十メートルほどしか離れていない。

「早く動くって、つまり、逃げるってこと?」

 小声で訊くと、桔梗が意味ありげに笑った。

「攻撃、してもいいけど」

 予想外の言葉と冷静な言い方に、少しだけ背筋が寒くなる。しかしそれを流すように紺碧が続けた。

「攻撃は最終手段だ。哲平、反対方向に逃げ道はあるか?」
「えっと、しばらくは河川敷が続いて、次に上へあがれるのは、もうあと数百メートルは先だよ。遊歩道だから、隠れる場所もない。上がってしまえば、また入り組んだ道に入れるとは思うけど」
「決まりだな」
「え、決まりって、何が?」

 紺碧は全員の顔を見渡した。

「とにかく、反対方向へ逃げるしかない。挟み撃ちや追いつかれたら、攻撃もやむなしだ。人間が捕まったら俺たちの身も危うくなる。自分のパートナーの人間は、自分で守れ。いいな?」

 反論する間もなかった。紺碧たちが走り出すと同時に、階段の陰から黒服の男たちが飛び出してきた。人数は、五人。

「対象が逃走! VC三名、市民三名!」
「応援はまだか⁉」
「VCだ、VCを追え! 市民はそのあとだ!」

 その言葉に、全身が粟立った。

 紺碧のいうとおりだ。彼らはVCだけでなく、自分たち人間も捕えるつもりだ。

「朱里、走れ!」

 呆然とする朱里の手を引いて、哲平は走り出した。そのすぐ後ろを華が、さらに遅れて紅が走る。だが、女の足では到底逃げ切れない。男たちがみるみる距離を詰めてきた。

「哲平くん!」

 必死に走る紅が手を伸ばす。そのすぐ後ろで、男が懐から小型の銃のようなものを取り出すのが見えた。

「……紅、危ない!」

 紅が振り返る。銃が向けられた瞬間、紅は一瞬にして気化し、空へ舞い上がった。それを追うように銃が上へ向き、引き金が引かれた。予想とは違う、レーザーガンのような空気を斬る音がしたかと思うと、突然赤い靄が再び人間態の紅に戻り、そのままどさりと地面に投げ出された。
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