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第5章
朱里②
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結局、午前の講義のあと哲平のクラスへ行ってみたが、すでに姿はなかった。昼ご飯を食べに大通りへ出て、ふと今朝の女性のことを思い出した。
あの人は、本当に公園にいるだろうか。
ただの通りすがりなのか、何か怪しい人間なのか気になって、朱里はコンビニでおにぎりを買うと、公園の見える橋へと向かった。
欄干から下を覗き込むと、右側の土手に、あの女性が座っていた。白いブラウスに、濃い紫のロングスカートを履いている。芝生の上に腰を下ろし、長い黒髪を風になびかせながら、わずかに天を見上げていた。
「……本当に、公園を探してたんだ……」
やはり、怪しい人ではなかった。そう思いつつ、どうも違和感がぬぐえない。
悩んだ末に、朱里はきゅっとコンビニの袋を握りしめると、土手へと降りる階段へ足を向けた。女性を視界に捉えながら歩き出したとき、にわかに背後が騒がしくなってきた。遠くのほうで、男の叫ぶ声が聞こえる。
「そっちだ、そっちに行ったぞ!」
周囲の者たちがざわつき始めたとき、突然人波をかき分けてひとりの少女が朱里の前に飛び出した。よけきれずにぶつかった衝撃で、朱里の手元からコンビニの袋が飛ばされる。
「あ……っ」
あたしの昼ごはん!
袋が欄干を超えて宙に舞う。
「ご、ごめんなさいっ!」
背後で少女の声が聞こえた。袋を掴もうと身を乗り出した朱里の体に、ドン、と更なる衝撃が加わった。その瞬間、朱里は一気に欄干を乗り越えてバランスを崩した。一瞬体が無重力のようにふわりと浮き、周囲から悲鳴があがる。
橋の下へと落ちるとき、体が反転して橋の上がスローモーションのようにはっきりと見えた。黒い制服のような格好の男が数人、ちらりと朱里を見ながら走り去っていく。ぶつかった少女の姿はもうなく、自分を見つめているのは野次馬のような知らない人間ばかりだ。
……嘘でしょ、こんなのってあり?
すべてが止まったように見えた次の瞬間、盛大な音を立てて朱里は深い川へと転落した。泳ぐのは得意だが、ジーンズ生地のタイトスカートと、まとわりつく長袖のカットソーを着て、心の準備もできないままに背中のリュックごと落ちてしまっては、そんなことも無意味だ。水面にあがろうと腕を伸ばすが、リュックの肩紐が中途半端に絡みついて腕が上がらない。焦ってうっかり息をしてしまい、その瞬間鼻から口から水が入る。
誰か。誰か、助けて。
激しい痛みや苦しさの中で、どこからか声が聞こえた。
『あらまあ、とんだ災難。仕方ないわね、あなたに死んでもらったら困るから』
女の声だ。どこかで聞き覚えがある気もする。
遠くなる意識の中で、不意に何かが朱里を包んだ。視界が暗くなり、直後、誰かに腕を掴まれる。
『しっかりしてちょうだい、お嬢さん』
女の声も遠のいていく。水面に出る前に、朱里は意識を失った。
あの人は、本当に公園にいるだろうか。
ただの通りすがりなのか、何か怪しい人間なのか気になって、朱里はコンビニでおにぎりを買うと、公園の見える橋へと向かった。
欄干から下を覗き込むと、右側の土手に、あの女性が座っていた。白いブラウスに、濃い紫のロングスカートを履いている。芝生の上に腰を下ろし、長い黒髪を風になびかせながら、わずかに天を見上げていた。
「……本当に、公園を探してたんだ……」
やはり、怪しい人ではなかった。そう思いつつ、どうも違和感がぬぐえない。
悩んだ末に、朱里はきゅっとコンビニの袋を握りしめると、土手へと降りる階段へ足を向けた。女性を視界に捉えながら歩き出したとき、にわかに背後が騒がしくなってきた。遠くのほうで、男の叫ぶ声が聞こえる。
「そっちだ、そっちに行ったぞ!」
周囲の者たちがざわつき始めたとき、突然人波をかき分けてひとりの少女が朱里の前に飛び出した。よけきれずにぶつかった衝撃で、朱里の手元からコンビニの袋が飛ばされる。
「あ……っ」
あたしの昼ごはん!
袋が欄干を超えて宙に舞う。
「ご、ごめんなさいっ!」
背後で少女の声が聞こえた。袋を掴もうと身を乗り出した朱里の体に、ドン、と更なる衝撃が加わった。その瞬間、朱里は一気に欄干を乗り越えてバランスを崩した。一瞬体が無重力のようにふわりと浮き、周囲から悲鳴があがる。
橋の下へと落ちるとき、体が反転して橋の上がスローモーションのようにはっきりと見えた。黒い制服のような格好の男が数人、ちらりと朱里を見ながら走り去っていく。ぶつかった少女の姿はもうなく、自分を見つめているのは野次馬のような知らない人間ばかりだ。
……嘘でしょ、こんなのってあり?
すべてが止まったように見えた次の瞬間、盛大な音を立てて朱里は深い川へと転落した。泳ぐのは得意だが、ジーンズ生地のタイトスカートと、まとわりつく長袖のカットソーを着て、心の準備もできないままに背中のリュックごと落ちてしまっては、そんなことも無意味だ。水面にあがろうと腕を伸ばすが、リュックの肩紐が中途半端に絡みついて腕が上がらない。焦ってうっかり息をしてしまい、その瞬間鼻から口から水が入る。
誰か。誰か、助けて。
激しい痛みや苦しさの中で、どこからか声が聞こえた。
『あらまあ、とんだ災難。仕方ないわね、あなたに死んでもらったら困るから』
女の声だ。どこかで聞き覚えがある気もする。
遠くなる意識の中で、不意に何かが朱里を包んだ。視界が暗くなり、直後、誰かに腕を掴まれる。
『しっかりしてちょうだい、お嬢さん』
女の声も遠のいていく。水面に出る前に、朱里は意識を失った。
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