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第三章 原初の破壊編

#143 またね

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 ――かつて、生まれたばかりのの原初の三柱、三人の兄弟は喧嘩をした。それは些細な事がきっかけだった。

 アダンは『創造』の色を司る神だった。アナは『維持』の色を司る神だった。そして、アークは『破壊』の色を司る神だった。
 三つの柱が支え合って、世界の均衡を成していた。

 最初は三人しか居なかった。
 しかし、時の流れと共に彼ら“神”という種族は数を増やしていき、“天界”という社会を形成していった。
 アダンは王となって権力を持ち、アナはその補佐として皆を導いて行った。
 そんな時だった。

 勿論アークも兄弟たちに助力しようとした。
 しかし、アークの触れた物は、皆壊れて行った。
 美しい花も、綺麗な石も。そして、それは皆の積み上げてき建物や、更には他の命までも――。

 もはや、自分が何を壊してしまったのかすらも覚えていない。
 それが誰かだったのか、何かだったのか――、もしかすると、アダンやアナの大切な物だったかもしれない。

 気づけば、アークは糾弾されていた。
 三人だった頃だったなら、時間が解決してくれた事だろうし、素直に謝って仲を戻す事も出来たかもしれない。
 しかし、今この世界には三人だけではなかった。
 
 他の神々が居て、アダンもアナも彼らを導く立場だった。
 そんな集団意識が、同調圧力が、アークの逃げ道を塞いでいた。
 
 あいつは全てを壊してしまう、あいつは危険だ、あいつを排斥しよう――。
 そんな負の感情の波が、アークを襲った。
 誰も肩を持ってはくれなかった。

 何より不幸だったのが、アダンも、アナも、アークも、まだ生まれ落ちたばかりの子供だったという事だ。
 誰かの上に立つにも、大きな力を持つにも、何もかもが早すぎたのだ。
 彼らが最初の生命であり、そして彼らは手本とすべき先達が居なかった。もっと失敗して、もっとやり直して、学ぶ時間が必要だった。しかし、そんな猶予は与えられなかったのだ。
 
 アークは悲しんだ。アークは怒った。アークは絶望した。
 そして、感情に任せて『破壊』の力を振るった。何もかもを、滅茶苦茶にした。

 アークはアダンと、そしてその相棒のバーガと戦った。
 七日に及ぶ激闘の末に、バーガは命を落とし、そしてアダンは肉体を失った。

 そんな代償を払った末、アークは封印されたのだった――。


「ね、アーク。アダンと、アナと、兄弟たちと仲直り、しよ?」
「――仲直り、ね。でもよ、俺は全部壊しちまった。もう、無理だ……」

 世良とアークのそんな会話を聞いていた来人は、ふらりと立ち上がり、アークの元へと寄る。

「らいにい?」
 
 来人は静かに頷き、アークに刺さる神々の紋章の剣をアクセサリー状に戻す事で引き抜く。
 ふらりと倒れるアークを、世良が抱き留める。
 
「おいおい、どうする気だよ、王様さんよ……」
「どうするって、これまでとやる事は変わらないよ」

 さも当然の様にそう言う来人を嘲る様に、アークは一笑する。

「ハッ! 変わらない? そんな訳ねェだろ!! もう、全部終わったんだよ、壊しちまったんだよ……」

 言葉尻は小さく、萎んで行く。
 
 しかし、来人は諦めてはいない。
 二つの神々の紋章へと波動を注ぎ込み、想像する。イメージを練り上げる。

「想像し、創造する。それが神の力だ。そして、王と成った僕にとって、この世界は聖域だ。なら、何だって出来る。不可能だって可能になる――」

 ここは全ての世界の中心、始まりの島。
 この場所でなら、そして神々の王の力を以ってすれば――、

「――僕は、世界を“再び創造”する」

 来人は確信していた。今の自分になら、それが可能だ、と。

「おい、お前! そんな事して、お前自身が耐えられる訳がない! アダンだって、そんな事出来やしなかった!」
「らいにい!」

 来人は、世良へと微笑みかける。
 その表情は信じられない程に穏やかだ。

「世良、そのどうしようもない弟を、頼んだよ。あと……、美海ちゃんや、みんなには謝っておいて――」
「らいにい! だめ、だめ!! そんな事――」
 
 今の来人はアダンをも越えた。想像と創造の極致に在る。その力の全てを余すことなく解き放つ。
 来人を中心として、真っ白な波動の光が広がって行く。その光はガイア界を、天界を、地球を、全ての壊れてしまった世界を優しく包み込み、覆って行く。

 灰色だった世界に色が戻って行く。
 全ては無に帰す。アークの“黒”によって『破壊』された世界は、王の“白”によって再び『創造』されていく。
 空も、海も、大地も、人々も、元在った様にそこに在る。
 全ての歴史が修正されて行く。ほんの少しだけ、改変されながらも。

 それに伴って、アークと世良の身体の傷も癒えていった。
 しかし――、

「うっ……がはっ……」

 対して、“世界の再創造”なんて偉業を成した来人は、身体が白化し、ひび割れて行く。
 世界に色を与えた代償として、自身の色を失った。
 そして、そんな異形を成した上で、まだ来人の内には大きな波動が渦巻いていた。

「らい、にい……。らいにい……!!」
「お前、そこまでして……」

 来人は身体の内側から溢れ出そうとする奔流を押しとどめつつ、ふらつく身体を支えて、笑いかける。

「別に、アークの為じゃないよ。可愛い妹と、恋人と、親友と、家族と、仲間たちと――、そんな僕の大切な人々と、その人々が生きる世界が、大好きだから。
 さあ、行って。もうじき僕の内側から王の波動が溢れ出てくる。それがまた、この始まりの島の海になるんだ。
 ここに居たら、世良たちも巻き込まれてしまうよ。アーク、お前は世良の言う通り仲直りでもしてきなよ」

 そう言って、来人は神々の紋章を剣へと変えて、空を切る。
 すると、世良とアークの背後に“ゲート”が産まれた。ゲートは二人を吸い込み、始まりの島から追い出そうとする。

「待って、らいにい! らいにいも一緒に、帰らないと――」

 アークは来人の元へと走りだそうとする世良の身体を抑える。

「おい、世良! 違えだろ! お前は、生きてやらねえと!!」
「うっ、うぅ……」

 世良はアークの腕に抱かれるまま、力を抜く。
 二人はそのまま、ゲートの中へ。

「……あばよ」

 去り際に、アークは視線を逸らしつつ一言だけを残す。
 来人はとびきりの笑顔で、それに応える。
 
「――またね」

 
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