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第三章 原初の破壊編
#140 王の証と絆の三十字
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ピシリと音を立てて、凍り付いたシャボン玉に亀裂が走る。
その亀裂からパリパリと殻を剥ぐようにして、シャボン玉の殻は崩れ落ちて行く。
やがて、中から一人の男が倒れ出て来た。――天野来人だ。
来人と共には六つの金色のアクセサリーが在り、それが倒れ出た勢いで辺りに散らばる。
「けほっ、けほっ……」
聖域の結界から解き放たれて、息を吸うが、どうにも辺りの空気が悪い。
来人はすぐに噎せ返ってしまう。
「ここは……?」
来人は周囲の様子を見回してみる。
もうどれだけの時間を凍結され隔絶された聖域の結界の中で過ごしてきたか分からない。
もはや今がいつで、ここがどこなのか、それも分からなかった。
空を見上げれば、星一つ無いべた塗り、黒の一色だけが広がっていた。
それが今が夜だからなのか、それとも光という概念すら破壊されてしまったのか、それすらも判別がつかない。
見ていると目がおかしくなってしまいそうな程に、真っ黒な深淵だけが広がっている。
辺りにには瓦礫が転がっていたり、何か建物だったであろう物の跡だけが所々見る事が出来た。
どれも色を失ったみたいに灰色で、その色は“崩界”を思い起こさせた。
「ここは、崩界……?」
長い間世界を、空間をさ迷い漂っていた気がしたが、ずっと崩界に留まっていたのだろうか?
しかし、あの終わった世界にこんな瓦礫やあの大きな城以外の建造物が在っただろうか?
そして、来人は思い至る。
「――ああ、そうか。全部壊れてしまったのか」
別に、どこが崩界だとかそういう話ではないのだ。
もはやこの世界に存在するあらゆる空間、その全てが完全再臨したアークの黒い奔流に呑まれて壊れてしまい、崩れてしまい、崩界となってしまったのだ。
ここは来人の戦ったあの世界ではないのだろう。しかし、それと同じ終わった世界なのだ。
来人はとぼとぼと、灰色と黒で塗られた終焉の地を歩いて行く。
建物の残骸、葉の付いて居てない裸の枯れ木、割れた地面、何かだった鉄柱。
虚無でしかないそれらを見送って行き、やがて武骨で大きな鉄製の物体が倒れているのを見つけた。
その周囲にはチューブ状の何かがいくつか転がっている。
休むのに丁度良さそうだ。来人はそれを椅子として腰かける。
そして、ふと思い出して自分の懐をまさぐる。
「よかった、あった……」
アルミホイルで巻かれた包み。
それは美海が出立の前に持たせてくれたお弁当だ。
少し潰れて形は歪になっているが、確かにそこに在った。
「本当はテイテイ君と、秋斗とも一緒に食べられたら良かったんだけど……なぁ……」
二人とも、死んでしまった。
それだけじゃない。ガーネも、ジューゴも、イリスも、そして父ライジンも。
共に戦った仲間たちは、皆アークの黒い奔流に呑まれて『破壊』されてしまった。
包みを開けば、中からは大きなおにぎりが顔を出した。
少し潰れてしまったせいで、具として中に詰められていた唐揚げがはみ出て存在を覗かせている。
「はむっ……、うぅ、うぐぅ……」
来人は夢中で、美海の残してくれたおにぎりにかぶりつく。
頬を伝う雫がアルミホイルに落ちて、小さく揺れる。
そうして半分くらいを食べ終えた頃だろうか、ふと後ろから声がした。
「ねえ、来人! どう? 美味しい?」
来人は食べる手を止めて、それから振り返る事無く、それに答える。
「うん……。とっても、美味しいよ」
「ほんと? よかったー! ま、おにぎりなんて握るだけなんだけどね。でも、唐揚げはいっぱい練習したのよ?」
「うん。前食べた時も美味しかったけど、今回のはもっともっと美味しくなってるよ。泣いちゃうくらい、美味しい」
「もう、大げさだってば! これもね、師匠に教えてもらって――あ、でもね! 師匠ってばいつの間にか鬼? になっちゃって、炎すっごくて、焦がしちゃったりしてて、ちょっと珍しくて。あれはあれで面白かったわ」
「うん。うん……」
そして、来人は咀嚼を再開して、その間のしばらくの間。
その後、
「――ねえ、来人。早く帰って来てよ。私、待ってるのよ?」
「そう、だね……」
「こんなところで油打ってないでさ、それ食べ終わったら、しゃんとして立ちなさいよ!」
すると、背中をとんと叩かれたような感触。
丁度来人が最後の一口を口に入れたと同時だったから、勢いのまま呑み込んでしまった。
「わっ、ちょっと! 勿体ないじゃん!」
「何言ってるのよ? そのくらい、また作ってあげるんだから。だから――」
来人は振り返る。
しかし、そこには誰も居なかった。居るはずも無かった。
ただ無情にも生ぬるい風が吹いているばかり。
「……美海ちゃん」
全ては、来人の産み出す幻想に過ぎない。
アルミホイルを握り潰し、自分の足元に在る鉄製の何かとチューブ状の物を見る。
それはまるでドアの枠縁の様な形をしていた。
軽く埃を払ってみれば、見覚えのあるマークが現れる。――それはメガコーポレーションのマークだ。
これは、異界でメガとギザが一生懸命来人たちの為に作り上げてくれたゲートだ。
これがここに在るという事は、ここは――、
「――地球、か」
他の全てが終わってしまったというのなら、等しく地球もまた終わっているのだ。
分かっていた事だ。
崩界も、天界も、地球も、関係ない。
完全に力を取り戻したアークから溢れ出る奔流はこの世全てを覆いつくし、破壊しつくしたのだ。
すべてを失った。
それでも、現実を直視してしまうと挫けそうになる。
「――でも、まだ終わっていない」
来人の手元には三つの王の証と、三つの絆の三十字が在った。
それを来人は地面の上に広げて、一つ一つ、正しい配置に並べて行く。
「く」の字と「V」の字の開けた側を合わせた不思議な形をした王の証を、「く」の字の辺同士を合わせる様に。
十字型の絆の三十字の短い方を背中合わせにするように。
カチリ、カチリ。
そして、二つの紋章が浮かび上がった。
逆三角形の上に「人」の字を重ねた様な、そんな形の紋章だ。
王の証が、そして絆の三十字が、それぞれ“同じ物”になったのだ。
来人の手の中には、今二つの神々の紋章が在る。
――来人は再び、歩き出す。
その亀裂からパリパリと殻を剥ぐようにして、シャボン玉の殻は崩れ落ちて行く。
やがて、中から一人の男が倒れ出て来た。――天野来人だ。
来人と共には六つの金色のアクセサリーが在り、それが倒れ出た勢いで辺りに散らばる。
「けほっ、けほっ……」
聖域の結界から解き放たれて、息を吸うが、どうにも辺りの空気が悪い。
来人はすぐに噎せ返ってしまう。
「ここは……?」
来人は周囲の様子を見回してみる。
もうどれだけの時間を凍結され隔絶された聖域の結界の中で過ごしてきたか分からない。
もはや今がいつで、ここがどこなのか、それも分からなかった。
空を見上げれば、星一つ無いべた塗り、黒の一色だけが広がっていた。
それが今が夜だからなのか、それとも光という概念すら破壊されてしまったのか、それすらも判別がつかない。
見ていると目がおかしくなってしまいそうな程に、真っ黒な深淵だけが広がっている。
辺りにには瓦礫が転がっていたり、何か建物だったであろう物の跡だけが所々見る事が出来た。
どれも色を失ったみたいに灰色で、その色は“崩界”を思い起こさせた。
「ここは、崩界……?」
長い間世界を、空間をさ迷い漂っていた気がしたが、ずっと崩界に留まっていたのだろうか?
しかし、あの終わった世界にこんな瓦礫やあの大きな城以外の建造物が在っただろうか?
そして、来人は思い至る。
「――ああ、そうか。全部壊れてしまったのか」
別に、どこが崩界だとかそういう話ではないのだ。
もはやこの世界に存在するあらゆる空間、その全てが完全再臨したアークの黒い奔流に呑まれて壊れてしまい、崩れてしまい、崩界となってしまったのだ。
ここは来人の戦ったあの世界ではないのだろう。しかし、それと同じ終わった世界なのだ。
来人はとぼとぼと、灰色と黒で塗られた終焉の地を歩いて行く。
建物の残骸、葉の付いて居てない裸の枯れ木、割れた地面、何かだった鉄柱。
虚無でしかないそれらを見送って行き、やがて武骨で大きな鉄製の物体が倒れているのを見つけた。
その周囲にはチューブ状の何かがいくつか転がっている。
休むのに丁度良さそうだ。来人はそれを椅子として腰かける。
そして、ふと思い出して自分の懐をまさぐる。
「よかった、あった……」
アルミホイルで巻かれた包み。
それは美海が出立の前に持たせてくれたお弁当だ。
少し潰れて形は歪になっているが、確かにそこに在った。
「本当はテイテイ君と、秋斗とも一緒に食べられたら良かったんだけど……なぁ……」
二人とも、死んでしまった。
それだけじゃない。ガーネも、ジューゴも、イリスも、そして父ライジンも。
共に戦った仲間たちは、皆アークの黒い奔流に呑まれて『破壊』されてしまった。
包みを開けば、中からは大きなおにぎりが顔を出した。
少し潰れてしまったせいで、具として中に詰められていた唐揚げがはみ出て存在を覗かせている。
「はむっ……、うぅ、うぐぅ……」
来人は夢中で、美海の残してくれたおにぎりにかぶりつく。
頬を伝う雫がアルミホイルに落ちて、小さく揺れる。
そうして半分くらいを食べ終えた頃だろうか、ふと後ろから声がした。
「ねえ、来人! どう? 美味しい?」
来人は食べる手を止めて、それから振り返る事無く、それに答える。
「うん……。とっても、美味しいよ」
「ほんと? よかったー! ま、おにぎりなんて握るだけなんだけどね。でも、唐揚げはいっぱい練習したのよ?」
「うん。前食べた時も美味しかったけど、今回のはもっともっと美味しくなってるよ。泣いちゃうくらい、美味しい」
「もう、大げさだってば! これもね、師匠に教えてもらって――あ、でもね! 師匠ってばいつの間にか鬼? になっちゃって、炎すっごくて、焦がしちゃったりしてて、ちょっと珍しくて。あれはあれで面白かったわ」
「うん。うん……」
そして、来人は咀嚼を再開して、その間のしばらくの間。
その後、
「――ねえ、来人。早く帰って来てよ。私、待ってるのよ?」
「そう、だね……」
「こんなところで油打ってないでさ、それ食べ終わったら、しゃんとして立ちなさいよ!」
すると、背中をとんと叩かれたような感触。
丁度来人が最後の一口を口に入れたと同時だったから、勢いのまま呑み込んでしまった。
「わっ、ちょっと! 勿体ないじゃん!」
「何言ってるのよ? そのくらい、また作ってあげるんだから。だから――」
来人は振り返る。
しかし、そこには誰も居なかった。居るはずも無かった。
ただ無情にも生ぬるい風が吹いているばかり。
「……美海ちゃん」
全ては、来人の産み出す幻想に過ぎない。
アルミホイルを握り潰し、自分の足元に在る鉄製の何かとチューブ状の物を見る。
それはまるでドアの枠縁の様な形をしていた。
軽く埃を払ってみれば、見覚えのあるマークが現れる。――それはメガコーポレーションのマークだ。
これは、異界でメガとギザが一生懸命来人たちの為に作り上げてくれたゲートだ。
これがここに在るという事は、ここは――、
「――地球、か」
他の全てが終わってしまったというのなら、等しく地球もまた終わっているのだ。
分かっていた事だ。
崩界も、天界も、地球も、関係ない。
完全に力を取り戻したアークから溢れ出る奔流はこの世全てを覆いつくし、破壊しつくしたのだ。
すべてを失った。
それでも、現実を直視してしまうと挫けそうになる。
「――でも、まだ終わっていない」
来人の手元には三つの王の証と、三つの絆の三十字が在った。
それを来人は地面の上に広げて、一つ一つ、正しい配置に並べて行く。
「く」の字と「V」の字の開けた側を合わせた不思議な形をした王の証を、「く」の字の辺同士を合わせる様に。
十字型の絆の三十字の短い方を背中合わせにするように。
カチリ、カチリ。
そして、二つの紋章が浮かび上がった。
逆三角形の上に「人」の字を重ねた様な、そんな形の紋章だ。
王の証が、そして絆の三十字が、それぞれ“同じ物”になったのだ。
来人の手の中には、今二つの神々の紋章が在る。
――来人は再び、歩き出す。
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