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第三章 原初の破壊編
#134 鎖、戦闘、そして
しおりを挟む周囲に溢れ湧き続ける悪魔の群れの一体が、来人へと魔の手を伸ばす。
しかし、その手が来人に届く事は無かった。
「――鎖の檻」
来人は静かに、コインの様に指で光輪を弾く。すれば、鎖が隙間から生成されて、網目状となって悪魔の信仰を阻む。
そのまま周囲の群れを無視して、地を蹴り真っすぐとアークへと斬りかかる。
「来いよ、若き王」
アークはにやりと笑い、両の手に漆黒の刃を産み出し応戦。
来人の左手には王の証の剣が一本、右手には三十字の短剣が二本。
来人は右の短剣を投擲。その柄の根本からは鎖が伸びている。
アークが漆黒の刃を振るい短剣を弾けば、短剣はアンカーとして地に打ち付けられる。
しかし、それも狙い通りだ。
来人は短剣から伸びた鎖を引き、巻き取り、加速。
宙を舞い、瞬く間にアークの背後に回り込み、金色の剣がアークの褐色の肌を、そして肉を裂く。
しかし、その傷も『破壊』の色によって、傷を負ったという事実自体が破壊されてしまい、修正されてしまう。
それでも、何度も、何度も――。
しかし、アークの力は戦いの最中にも少しずつ増していく。
世良との同調が進行しているのだ。
それは来人の王の波動を以てしても間に合わない程に。
それだけではない。
アークとの戦いの最中、周囲に群れる悪魔が邪魔を入れてくる。
爪を、蹄を、牙を、角を、翼を。獣の様に、理性すら感じさせない、本能のままに来人に食らいついて来るのだ。
一体一体は今の来人にとっては大したことのない相手だ。
アダンの力を継承し王の力を得た来人は、剣を振るえばその一撃で粉砕出来る。
それでも、アークを相手しながらのその横槍は、一つ一つは小さくても塵も積もり、少しずつ来人の体力と気力を蝕んでいった。
そして、その隙をアークは突く。
「どうした! 余所見してる場合じゃねえだろ!!」
悪魔の横槍に気を取られていた来人に、アークの蹴りが叩き込まれる。
「ぐッ、があッ……」
直撃だ。その蹴りのたった一撃すらも『破壊』の波動を帯びた致命的な一撃だ。
蹴りを受け吹き飛ばされた来人は悪魔の肉の壁に突っ込んで、倒れ伏す。
「邪魔……だ!」
来人は地に這ったまま剣を振るう。
すれば、鎖が嵐の様に吹き荒れ、周囲の悪魔を蹴散らして行った。
そうして産まれた空間。荒野に来人は剣を付いて、ふらりと立ち上がる。
「へえ。もろに入ったと思ったんだがな」
アークの『破壊』を受けても、来人の身体は壊れる事も無く、崩れる事も無い。
見れば、来人の腹部からはじゃらりと千切れた鎖の破片が落ちた。
「――鎖帷子。さっきの人間と同じ手か」
「まさか。もう一枚上だ。お前が破壊したのは、皮一枚だけって事だよ」
来人の腹部の破けた服の奥に覗くのは肌の色でも、血の赤でもなく――、
「おいおい。滅茶苦茶やるじゃねえか」
来人の腹部は鎖になっていた。
肌が、肉が、それらを構成する全てが、“編みこまれた鎖に変化していた”のだ。
そして、アークの『破壊』を受けた鎖だけを千切り取ってパージする事によって、その侵食を防いだのだ。
来人へのダメージはそれに留まり、千切れた鎖はそれぞれがまた繋がりあって再生する。
「何、初めてじゃない。それに、こんな痛みなんて――」
――こんな痛みなんて、秋斗に比べればどうって事無い。
それは、これまで来人は同じように何度も使って来た技だ。
これまでにも千切れた腕を鎖で作って補うなど、数々の離れ業を見せて来た。そのうちの一つに過ぎない。
来人がテイテイの作った鎖帷子を見て思いついた、その一枚上をいく、肉体に固執しない神であるが故のアーク対策。
しかし、それだけだ。
いく守れようと、いくら回避できようと、いくら受け流さそうと、それでアークを倒せはしない。
時間を駆ければかける程、世良はアークに呑み込まれて行く。しかし、来人にも違和感は有った。
(――同調が遅い)
正直言って、心の片隅では辿り着いた時点で手遅れだったとしてもおかしくないとすら思っていた。覚悟もしていた。
しかし、まだ世良へと手が届くだろうという感覚が有る。
時間の経過と共に、確かに同調は進行している。それは間違いない。しかし遅い。
それでも、だからと言ってどうにかできるという訳でも無い。
何より敵の数が多すぎるのだ。
アークと戦いながら、悪魔を捌いて、そんな事をしていては埒が明かない。
離れた所で赫の悪魔と戦っているテイテイの様子も、肉の壁に阻まれて窺えない。
(――全力で、波動を解放するか……? いや、しかし――)
それで何とかなるとも思えない。倒し切れずガス欠を起こしては目も当てられない。だからと言ってこのままでもジリ貧だ。
手詰まりに見えた。
――その瞬間だった。
突如、空から無数の何かが降って来る。
それらは真っすぐとアークを狙い打っている様だった。
「――あん?」
アークは軽々と腕で弾き、弾かれた『結晶』は辺りに散らばり、欠片がキラキラと輝き舞い散る。
来人は、結晶の弾丸が放たれた方へと視線を向ける。
「ああ、よかった。間に合いました」
そこに居たのは――、
「ユウリ先生!?」
箒に跨り、魔女の様に空を飛ぶユウリがそこには居た。
「はい、ユウリ先生です。教え子のピンチに馳せ参じましたとも!」
そう言って、ユウリは何かを来人へと投げてくる。
金色の「く」の字と「V」の字の開いた方同士を組み合わせた、不思議な形のアクセサリー。王の証だ。
来人は慌ててそれをキャッチする。
「先生、これは……?」
「ティルさんからの預かり物です。今これを必要としているのは、あなたでしょう?」
ユウリは優しく微笑む。
来人は受け取った王の証だけでなく、自分の王の証の剣と三十字の剣をそれぞれアクセサリー状に戻して、宙に放った。
そして、来人の背からは鎖を編み上げて出来た四本の太い腕が生まれ、それぞれの柱を掴み取る。
それらは再び金色の剣の形になって、四刀の剣を四本の鎖の腕で翼の様に構える形となった。
元の来人の二本の腕は、鎖を纏った拳として握る。
「ありがとうございます、先生」
「ええ。でも、お礼を言うのはまだ早いですよ。それに、来たのはわたしだけではありませんから」
次の瞬間。悪魔の群れの中に、猛吹雪が吹き荒れる。
悪魔たちは舞い上げられ、凍り付き、砕かれる。
続いて、輝く『金剛石』の礫が降り注ぐ。
礫に穿たれた悪魔は次々と弾け飛んで、肉と血を散らしていく。
「ガーネ! ジューゴ!」
日本刀を咥えた犬、ガーネ。
金剛石の鎧に身を包んだジュゴン、ジューゴ。
来人の相棒、ガイアの契約者たちの姿も在った。
「らいたん! お待たせだネ!」
「王様! 僕の新しい色、見ていてください!」
二人は既にボロボロながらも、主人と共に戦える喜びに任せるままに、生き生きと力を振るっていく。
崩界の荒野を埋め尽くす悪魔の群れに、風穴を開けて行く。
そして、援軍はまだまだ続く。
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