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第三章 原初の破壊編

#133 赫

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「折角だから、こいつを使わせてもらおう」

 そう言ったアークの手の内には、秋斗の――『顎』の鬼の核が握られていた。

「何をする気だ!? 秋斗を、その核を、返せ……!」

 しかし、来人たちが手を伸ばすよりも早く、アークはその手の内に在る核を握り締める。
 『顎』の鬼の核は脆くも砕け散り、握ったアークの拳の周囲を欠片の粒が舞う。

「俺は神格を持つ神を選んで引き入れた。何故だか分かるか?
 名は体を成す。名とはその者を表すものであると同時に、縛り付ける鎖でも有る。
 そういう分かりやすい、張り付けられたレッテルが有る方が再定義しやすい」
 
 再定義――それはつまり、再臨。
 
「人の血を拒みながらも、人の想像した神の名という信仰に縛られるが故に、俺に支配された。愚かな者どもよ。
 ――しかし、だ。神格とはつまり、信仰だ。それは何も、神に対してだけではなかろう?
 人はあらゆる物、あらゆる事象に対して神秘を見出し、そして畏れ、崇め奉る。
 それは時に神の様な神聖な上位の存在だけでなく、“醜く邪な悪に堕ちた者”に対してもだ。祈れれば、願えれば、縋れれば、何でも良いのだ」

 その核の欠片の粒はそのまま霧散する事は無く、拳の周囲の空間を漂い続け――収束した。
 『破壊』と“再構築”――再臨だ。

 瞬間。アークの握り拳の隙間から、どろりと泥の様なものが溢れ出て、地にぼとぼとと音を立てて落ちて行く。
 親友の核が砕かれ、直後起こった現象。来人とテイテイはその様子をただ見ている事しか出来なかった。

 落ちた泥はひとりでに動き出し、形を成して行く。
 アークは新しい玩具を自慢する子供の様に、自慢げに演説を続ける。

「つまり、だ。神格――それは信仰を受ける名だ。名へと向けられた想いが力となる。しかし、信仰とは神に対して以外にも働くものだ。
 例えば、幽霊や妖怪の類の伝承。――例えば、悪魔崇拝」

 “悪魔崇拝”。――アークがそんな不吉が言葉を口にしたと同時に、ぼんやりと不定形だった泥に、しっかりとした輪郭が生まれる。
 山羊の様な頭部に捻じれた角が側頭部に二本と、額にはもう一本の折れた角。蝙蝠の様な翼。四肢には鋭い爪と蹄。
 しかし、依然泥の様な質感を残している。

「――フン。足りないか。鬼を悪魔に――文脈としては悪くないと思ったんだがな。
 なら、もう一押しだ。この核に……そうだな、お前らの“一番嫌な記憶”の色で塗り、飾り付けてやろう」
 
 アークは握る方と逆の手を手刀とし、自身の拳を握ったままの手を容赦なく切り落とした。
 手首が地に落ち、傷口からは鮮血が吹き上がる。そして、その真っ赤な血のペンキが、泥の悪魔を彩って行く。
 ――秋斗の核から産まれた悪魔が、“赫”の色でどろりと塗り固めて行くのだ。

「こういうのは言葉遊び、連想ゲームなんだよ。てめえら神は使い方が下手くそだ。手本を見せてやるよ。――神格の、信仰の複合だ」

 そう言って、アークは更なる詠唱を重ねる。

「――お前は鬼である。悪魔である。サタンである。――否、赫く染まったお前はサンタである。お前のあぎとは悉くを奪い去る。お前は未来を奪う怪物である。お前は――」

 ――『あか』の悪魔、サンタクロースである。

 瞬間。二本の捻じれた山羊の角は更に枝葉を伸ばす木々の様に広がり、大きなトナカイの様に。
 しかしその形はあまりにも歪で、自身の肉に先が突き刺さっている。
 山羊の頭部だったその口は大きく裂け、発達したあごは胸まで垂れる様に落ちている。
 全身も赤黒く染まり、もはや元の面影はどこにもない。

「コゥ……、シュゥゥ……」

 口が裂け顎の垂れ落ちた赫の悪魔は、浅い呼吸音だけを喉の奥から漏れ出している。
 
 ――『あぎと』の鬼は、その核を『破壊』され再構築――再臨した。
 そして、悪魔崇拝という信仰から産まれた神格を押し付けられた。

 それだけではない。
 未来を担う子の希望、そこへ集まる信仰、その想いを踏み躙った。
 その上、彼ら三人の恨みや怒り、その想いを、感情を一身に受けた『あか』の鬼。そのイメージを神格としてでっち上げて、鍍金として上塗りした。

 親友が、絶望の怪物へと変貌してしまった。

「あ、あ……あき、と……」
「……」
 
 来人も、テイテイも、言葉が無い。
 赫く染まった『あぎと』の鬼――否、『あか』の悪魔は吠える。

「――ガア゛ア゛ア゛ア゛アアアァァァァァ!!!!!!」
 
 満足に声を発する事も難しいその喉の奥から、絶叫。
 それは痛みからか、悲しみからか、それともただの本能なのか、もはや分からない。
 秋斗はもう、そこに居ないのだから。

 来人も、テイテイも、それは分かっていた。
 魂の器を通して、秋斗の存在を感じられないのだ。
 目の前に居るのは、ただの怪物だ。否応なしにその現実が突き付けられる。

 赫の悪魔はその咆哮を狼煙として、来人たちに襲い掛かって来る。
 それには、テイテイが応戦。

「来人! こいつは俺が! お前は、アークを……!!」
「テイテイ君ッ!」

 テイテイは爪の一撃を鎖を巧みに操り受け、赫の悪魔を蹴り飛ばす。
 そのまま来人の答えも聞かないまま、赫の悪魔へ追撃を叩き込むべく地を蹴った。
 場に残ったのは来人とアーク。

 アークは戦うテイテイと赫の悪魔を一瞥した後、

「フン。一匹では、少しばかり寂しいか」
 
 気づけば自身で切り落とした手首も、既に再構築されていた。
 アークがその両の手を握り、次に開いた時。――そこには、無数の“核”が在った。
 
「お前、その核……」

 それらは秋斗の核とは違う。それぞれ大きさも色も、バラバラだ。
 何なら、これまで鬼を何体も退治して輪廻の輪に返してきた来人が見た事も無いほど色が澄んでいて、歪さの欠片も感じさせない粒も在った。
 それが何なのか、来人も本能的に分かっていただろう。
 
「俺が傀儡とした世良が地球で暴れまわって集めて来た魂だ。もっとも、俺の復活に殆ど使っちまって空っぽ同然だが――」

 アークの手から、先ほどと同じ黒い泥。
 その泥が溢れ流れ落ちるその流れと共に、その大量の核が地面に零れ落ちる。
 核に泥がまとわりつき、形を成す。

「まあ、さっき見ただろう? 初めの一体が産まれて、俺に、お前らに、世界に、認識された。だから、次は簡単だ。――悪魔崇拝、その神格を授けよう」
 
 赫の悪魔が産まれた時とは違い、今形を成した泥の輪郭ははっきりとした物だ。
 山羊の様な頭部に捻じれた角が側頭部に二本。蝙蝠の様な翼。四肢には鋭い爪と蹄。表皮は赫の悪魔と同じ赤黒い血の色だ。
 悪魔崇拝の神格を用いて再構築され、再定義され、再臨した。

 悪魔然としたその怪物は、一体ではない。
 アークの手から零れ落ちた無数の核。一体何人の人間の魂を、そして何体の鬼の核を、犠牲にしたのだろうか。
 しかしそのすべてが、今はもう“悪魔”となって、更には分裂でもしているかの様に増殖し、アレスで見た『軍』よりも遥かに多くの群れが崩界の荒野を埋め尽くしている。

「ふん、所詮は人の魂、至らぬものもある、か」

 見れば、悪魔の群れの中にはやがて輪郭が溶け自壊して行く個体も在った。
 人の魂と言う器に無理やり悪魔という存在を押し込め、再定義したのだ。
 そんな事に、耐えられる訳が無い。その魂は時期に耐えきられずに壊れてしまうだろう。
 魂が歪んで鬼になるなんて次元ではない。壊れてしまえば、破壊されてしまえば、もう輪廻の輪には帰れない。
 
「まあ良い、遊びにはこの程度で十分だろう。どうだ? 賑やかになっただろう?」
「……趣味が悪いな」
「そりゃどうも」
 
 アークは満足げに口角を上げる。
 
 赤黒い肉の波に囲まれるようにして、来人はアークと対峙する。
 悪魔の群れが迫る。もはやテイテイの方を気にしていられる余裕も既無い。
 今は親友の勝利を信じて、ただ今は目の前の敵を討つのみだ。
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