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第三章 原初の破壊編
#132 顎
しおりを挟むアークは漆黒の『破壊』の波動を練り上げ、二本の刃を作り出す。
来人の金色の剣と、アークの漆黒の刃が、ぶつかり合う。
「全く欲深いな、若き王。お前が世良という一を諦め、他の全だけを取ったのならば、束の間の幸せくらい味わえたかもしれないというのに。お前はその欲深さ故に、全てを失うのだ!」
「僕の器の上に有る物は、ただの一つも取りこぼさない。それが僕の覇道だ!」
漆黒の刃は、白き王の波動を帯びた剣によって砕かれる。
しかし砕いても、砕いても、ただの波動を凝縮しただけの刃は何度でも生成され続ける。
「来人、避けて!」
秋斗の声とほぼ同時に、来人は既に動いていた。
鎖のアンカーを打ち出し、巻き取る勢いで加速。
瞬く間にアークの視界から姿を消す。
その代わりに、一発の銃弾が来人が居たはずの空間に放たれていた。
来人を隠れ蓑として、『腐り』の弾丸がアークに迫る。
「ちいッ」
アークは回避が間に合わなかった。
片腕で自身の身体を庇うが、その銃弾を受けた腕は瞬く間に腐り落ちた。
びちゃりと水音を立てて、肉が地に落ちる。
アークはその腕に傷口を破壊し再構築しようと、もう片方の手で抑えつける。
『破壊』の波動が傷口を覆い、その傷を作った王の波動を溶かして、瞬く間に腕は形作られる。
しかし、その一瞬。
一瞬だけ、アークの両腕から自由が失われた。
――その好機を、逃さない。
「『炎鎖葬滅』!!!!」
テイテイの拳から放たれる、『鎖』と『マグマ』の二重奏。
太陽をも凌駕する圧倒的熱の嵐と、切断への絶対耐性を持つ最強の鎖。
テイテイのフルパワーを、その隙に叩き込む。
(――入った!!)
テイテイは確かな手ごたえを感じていた。
しかし、それと同時に――、
がくりと、テイテイは膝を付く。
アークを燃やし尽くさんとしたはずが、同時にテイテイ自身の身体が燃える様に熱を帯び、火傷の様に身体に斑の発疹が浮かび上がっていた。
その斑模様からはしゅうしゅうと音を立てて、白い煙が上がる。
「「テイテイ君!」」
「大丈夫だ。俺の修行不足だ」
そう言いながらも、テイテイの表情は苦し気だ。
(――来人の波動、これほどまでとは……)
テイテイは来人から契約を通して流れてくる王の波動を、全力で自身の技に込めた。
その結果、どれだけ強いとは言っても所詮は人間の身であるテイテイの身体は耐えられなかった。
魂から体中をめぐる波動の脈が悲鳴を上げ、ショートした。
しかし、確実にその一撃はアークを捉えた。
下手すれば殺しているかもしれないと思うほどに、強力な一撃だった。
捨て身で放ったその技に価値はあっただろう。
やがて、硝煙は晴れて行く。
それに伴って、テイテイの身体もだんだんとその熱を冷まして行った。
硝煙の奥に、アークは居なかった。
正確には、散らばる肉片だけがそこには在った。
血肉の焼ける嫌な匂い。
やったのか? 殺してしまった? ――そんな思考が、三人の間に走る。
しかし、それも一瞬にも満たない間だけだった。
「後ろだ!!」
テイテイは振り返る。しかし――、
「おせえよ」
漆黒の波動を纏った拳が、テイテイの腹部を打つ。
テイテイは咄嗟に地を蹴って、殴られた衝撃を逃がす事でダメージを抑えるに徹する。
その身は勢いのまま吹き飛ばされ、数度地を転がった。
テイテイはその身に鎖を編み込んだ鎖帷子を纏っていた。
鎖は来人と繋がり、王の波動を帯びている。『破壊』を直接受けることなく、被害はその鎖帷子の鎧が砕けるに留まった。
しかし、その一撃で終わるはずが無かった。
更なる追撃。
「人間のお前じゃ、相手にならん。死ね」
漆黒の一閃。
地に降すテイテイは、回避しようと鎖を伸ばす。
しかし、間に合わない。もう鎖の鎧は無い。次の一撃を受ければ、命は無い。
来人は――間に合わない。
その黒の閃きが、その身を、穿つ――。
しかし、その一閃はテイテイへと届かなかった。
穿たれたのは――秋斗のだった。
アークとテイテイの間に、三本角の鬼が立っていた。
胴には穴が開き、そこからどくどくと混沌色の血液が溢れ出している。
傷口からは『破壊』が侵食していき、だんだんとその身を崩して行く。
「秋斗!!!!」
「どうして、秋斗……。どうして俺を庇った!」
来人は駆け寄るが、間に合わなかった。
テイテイの元に辿り着くもその足を止め、愕然としている。
秋斗は今すぐにでも倒れてもおかしくないというのに、必死に二本の足で立ち、首だけを後ろに向けて来人とテイテイを見る。
「どうしてって、親友を助けるのに、理由なんて要らないだろう……」
『顎』の鬼は崩れ落ちて行く。
角が折れ、地に落ちる。
「折角、折角また会えたのに、また――」
――また、居なくなってしまうのか。
来人は手を伸ばす。しかし、その手はもう秋斗へは届かない。
「ごめんね、来人。折角助けてくれようとしていたのに、またお別れだ。でもね――」
秋斗の右腕、鬼の形相の砲身もが壊れ行く。
それでも、左手には絆の三十字が握り締められている。
「僕は鬼だ、もう死んでいるんだよ。今のこの時間は、おまけみたいなものさ。だから泣かないで、来人、テイテイ君。今を生きている二人の為に、僕はこの命、この力を使うよ」
秋斗は最後の力を振り絞り、左手を真っすぐと前へ。
三十字は光と共にフリントロック式の銃へと変わり、一発の銃弾――いや、『鎖』のアンカーを打ち出した。
その最後の一発はアークへと、真っすぐと放たれる。
「……フン」
壊す事も、避ける事も出来ただろう。しかしアークはその鎖を右手で受ける。
打ち込まれた鎖はアークの右腕に巻き付き、締め上げる。
しかし、それが限界だった。
アークはそのまま鎖ごと右手を握りこみ、その拳を秋斗へと叩き込んだ。
「「秋斗おおおぉぉぉッッ!!!!」」
二人の声は、もう届かない。
漆黒の一閃によって秋斗を蝕んでいた『破壊』は、その拳の一撃の追撃で瞬く間に全身に。
『顎』の鬼は塵となって消え去り、最後には――、
アークが右拳を開けば、そこにいは一つの混沌色の石ころ――『顎』の鬼の“核”が握られていた。
そして、秋斗の左手に握られていたフリントロック式の銃は三十字へと戻り、カランと音を立てて地に落ちた。
来人とテイテイは、親友の二度目の死を目の当たりにする事になったのだ。
「アーク、お前ッッッ!!!!」
「……絶対に、許さない。焼き尽くしてやる!!」
来人とテイテイ、二人は激昂。
感情のままに、剣と拳を振るう。
来人が怒り斬りかかる。テイテイは怒り殴りかかる。
しかしそんな直情的な攻撃がアークに通用するはずもない。
「良い顔だ。お前らも絶望し、そして壊れて行け」
余裕の笑みで応戦。
地を蹴り、天を駆け、攻防を続ける。
しかし、先ほどまでの三体一ですら及ばなかったというのに、今は二人だけ。
やがて、力及ばず、二人は叩き落とされる。
「ぐあっ……。ぐ、クソっ……」
地に降す来人。
そして、そこは丁度秋斗が死した場所だった。
来人の視界には、金色の輝く十字架が在った。
「秋斗……、秋斗……」
来人は手を伸ばし、落ちた秋斗の絆の三十字を拾い、ぎゅっと力強く握り締める。
そこに、ふらふらとしながらもテイテイが来て、来人に手を伸ばした。
「まだ、立てるか」
「……ああ。勿論だよ。負けられない」
テイテイの手を取り、来人は再び立ち上がる。
来人は秋斗の三十字もその形を愛刀と同じ金色の剣に変化させた。しかしそのサイズはいつもよりも小さく、短剣と呼べる物だ。
左手には陸から託された王の証を柱とした剣。右手には二本の三十字の短剣。
秋斗の想いも背負う様に、左に一本、右に二本の三刀を以って、アークに立ち向かう。
アークは以前立ち塞がる二人を前に、不敵に笑う。
そして、数度自分の手を握り、開き、感触を確かめる様に。
戦いの中でも、世良との同調は少しずつ進んでいた。しかし、やはり最後のピースが足りず、完全には至らない。
そして、その右腕には、秋斗が最後に放った鎖がまだ巻き付いたままだ。
力を込め破壊しようと試みるも、依然鎖はそこに在る。
それはただ、想いが作り出した幻想だ。そこに物理としての鎖は存在せず、呪いの様に鬱陶しくまとわりついているだけ。
害すらも無いその鎖が、アークにとっては忌々しかった。
「……フン」
アークはそんな呪いの鎖を些事だとでも言うかのようにつまらなさそうに鼻で笑い飛ばす。
そして手の内にある核に視線を移して、今度は新しい玩具を見つけたみたいに口角を吊り上げた。
アークは秋斗の核を前に突き出して、来人とテイテイに煽る様に見せびらかしながら、
「折角だから、こいつを使わせてもらおう」
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