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第三章 原初の破壊編

#126 黄金の遺伝子

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「――お前ら、楽しそうに遊んでんな」

 ワックスで固めた金髪、アロハシャツ。ゴールデン屋の店主、坂田ゴールデンだ。

「俺の店を滅茶苦茶にしやがってよ、全く……」
 
 ゴールデンはがしがしと乱雑に頭を掻く。
 セレスは手を止めて、ゴールデンに視線を移した。

「ライジンの契約者。あなたに戦う力が無い事は、調査済みよ。大人しくそこで見ていなさい、この子の後で楽にしてあげる」
「確かにライジンのダチってのは間違いねえが、俺にはゴールデンっていう最高にイカした名前があんだよ」
「そう。それで?」
「ったく、ノリ悪ぃな……」

 そう言って、ゴールデンは話にならんとばかりにセレスを無視して、しゃがみ込んでゼノを抱き起す。

「大丈夫か、ゼノ」
「問題ないよ、店長」
「腕無ぇけどな」
「そうだね」

 ゴールデンは大きな溜息を吐く。

「まだ、やれるな」
「もちろん」

 そう数度短い言葉を交わした後、ゴールデンはゼノを抱く腕に有りったけの波動を込める。
 白い光が、ゼノを包み込んで行く。

「――ライジンから貰った力、お前に託す。後は任せたぜ」

 白い光の柱が、公園に立ち昇る。
 セレスはその動きに危機感を覚え、動く。

「させないわ!」

 漆黒に染まった太い蔦を白い光へ向けて伸ばす。
 しかし、その蔦は光に触れると焼き切れた。

 ――やがて、光の柱は集束して行く。
 そして、現れた姿は――、

「――フハハハハ!!」
 
 二足の足で立ち、頭部は犬。
 猿の身体に犬の頭部が付属した、人間の子供くらいの背丈の姿。
 まるで無理やり生物のパーツを切り貼りした様で、不揃いで、違和の塊。
 まさに混沌と称するに相応しい姿。
 
 ――“ゼノム”、ここに三度復活。

 この場に、かつてのこの姿を目撃した者は居ない。
 それでも、分かってしまった。それ程の存在感を放っていた。

「よう、ゼノ。それが、お前の真の姿か」

 自身の波動を出し尽くしたゴールデンは、その場に倒れこみながら眼前の混沌の獣を見上げる。
 ゼノは高笑いを少しずつ収め、首だけでゆっくりと振り返る。
 
「そうであり、同時にそうでもない。俺はゼノムであり、ファントムであり、バーガであり――そして、お前の元で働く少年ゼノでもある。何が真で、何が偽かも分かったものではない――」

 ゼノはセレスと対峙する。
 片手で拳銃の形を取り、指先をセレスへと向ける。

「――が、しかし。“この俺”の心は店長を助けろと、そう言っている。今はそれで充分だ」
 
 そう言うと同時に、白い光の一閃が放たれる。
 ガイア界で来人と対峙した時の漆黒の一閃ではなく、それは白き光。
 ゴールデンを通して受け取った、ライジンの王の波動の力。

 セレスは黒い蔦を幾重にも重ねて壁を作り、防御の構えを取る。
 しかし、その分厚い壁はいとも容易く焼き払われる。

「なんなのよ! お前はなんなのよ!」

 セレスは想定外の事態に酷く動揺を見せる。
 アークから授かった『破壊』が通用しない。ただの人間の少年だと思っていた相手に、負け――。

 圧倒的だった。
 腕をグリフォンの爪に変え、脚をペガサスの蹄に変え、背から虫の様な腕を生やし、ありとあらゆる変貌を遂げし混沌。

「なんで! なんで、なんで、なんで!!」

 セレスは感情のままに、滅茶苦茶に蔦の鞭を振るう。
 しかし、その鞭もまた空を切る。
 確かにゼノの身体の中心を捉えたはずだった。しかし、ゼノの身体はぼんやりと消えて――、

「――『蜃気楼ファントム』」

 セレスの背後に現れた。
 そのまま、ゼノは軽くセレスの頬を触る。

「やめてっ! 私の顔に、さわ――」

 ごぽり、ごぽり。
 不気味で耳障りな音を立てて、セレスの頬が膨張する。
 その膨張はそれで留まる事は無かった。そこから首に、胸に、腕に、腰に、だんだんと広がっていく。

「いや、いやだ、いやああああッ!!!」

 セレスの悲鳴。
 しかし、その声は無常に響くばかりで、身体の歪な変化は止まらない。
 やがてその悲鳴も低く籠った枯れた物へと成って行く。
 美しいその端正な顔も爛れ落ち、亜麻色の髪も引き千切れ、フリルのゴシックロリータドレスも膨張した肉体に耐えられず弾け飛び、もはや面影も無い。

 セレスの『遺伝子』は、ゼノが触れただけで改変され、醜い化け物へと変貌した。
 もはや地を這うしか出来ないセレスに、ゼノは歩いて近づいて行く。
 
「ほら、“再臨”するが良い。何度でも、醜い姿へと変えてやろう」

 しかし、醜い肉塊となったセレスはもぞもぞと蠢きながら、低い声で、

「いやだ、いや。しにたくない。こわい……」

 セレスは、再臨しなかった。出来なかった。
 一度死を経て魂を一段階上へと引き上げる再臨。死に対しての恐怖がセレスを支配し、再臨に踏み切ることが出来なかった。
 まだ若く、神格を得ながらもそれ以前の名を捨てきれない、十二の柱の末席であるセレスは未熟だった。覚悟が足りなかった。
 
 ただ膿なのか涙なのかもつかない液体を垂れ流しながら、「いやだ、こわい、しにたくない」と、延々と呟いていた。
 もはや、戦意すら無い。勝敗は明らかだった。

 やがて、ゼノの身体から白い光が抜けて行く。

「――時間、か」

 その混沌の姿は光とともに抜け落ち、元の短髪の少年へと戻って行った。
 そのゼノの元へ、まだふらふらとした様子のゴールデンがやって来る。

「おう、お疲れさん」
「はい、店長。少し、眠ります」

 そう言って、すぐにゼノはふらりと倒れこむ。
 ゴールデンが受け止めれば、一度薄く目を開いて、

「メガに、連絡を」

 と、それだけを言い残して、眠りについた。
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