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第三章 原初の破壊編
#111 『0030』
しおりを挟む来人、テイテイ、秋斗、三人はゲートの光りの中へと呑まれて行く。
しばらくの浮遊感に包まれるだけの時間。
その間、まともに目を開けることも出来なかった。
しかしその中でも僅かに捉えられた、来人の視界へと入ってきた情報。
「テイテイ君! 秋斗!」
自分とは違う“出口”へと吸い込まれて行く、二人の姿。
その声は、伸ばした手は、虚空へと呑まれ、二人へとは届かない。
光に目を焼かれ、耐えられず瞼を閉じる。
すると瞼の裏にはメガ・レンズの映し出すインターフェイス。そこには見慣れないコードが表示されていた。
“0030”
来人は出口の穴に呑まれ、ゲートを抜ける
そして、来人の視界は開けた。
「――ここ、は……」
真っ白な空間。
一歩踏み出せば、水の音。足元を見れば、来人の足首辺りまで水に浸かっていた。
周囲を見回す。
海だ。真っ白――いや、無色透明な海と、白い砂。
ただそれだけの、小さな島だ。
その小さな島に、見覚えのある物の残骸が転がっていた。
食器棚や、畳や、ティーセットや、白いタイルや、そういった物だった物の破片、残骸。
アークによって『破壊』された王の間、その跡がここには在った。
そんな島に、来人は流れ着いていた。
ここは目的の“崩界”では無いだろう。
ゲート通過の道中でテイテイと秋斗とは逸れてしまった事は理解していた。
ひとまず二人と合流しなくてと考え、来人はメガ・レンズの探知機能を使う。
本来であれば視界の簡易マップに二人の位置が表示される筈だが、何も映し出さない。
つまり、この世界、この空間に二人は居ないという事。
せめてここが二人と同じ世界の別の座標であったなら位置情報から簡単に合流出来ただろうが、そうは行かなかった。
全く違う世界に来人は飛ばされてしまったのだ。
元々目的地に辿り着けない可能性もメガからは聞かされていたから、驚きはしなかった。
しかしそれで運が悪かったと片付ける様なら、来人はこんな所に来ていない。
状況を打破する為に動き出す。
まずは島の捜索だ。
と言っても、来人には当てがあった。
確かに不運な状況ではあるのだが、見ようによっては不幸中の幸いどころか、運が良かったと言っても良いかもしれない。
ここに王の間の残骸が漂着していているのなら、居る筈なのだ。
むしろ、そうでなければおかしい。
そして、居てくれれば状況は変わる。
来人は白い砂を踏み締めて、島の奥へと進んで行く。
そして、すぐにそれを見つけることができた。
「泉……」
泉――王の間の中央にあった筈の、あの泉だ。
そこだけの空間ががぽっくりとくり抜かれたみたいに、島の上に置かれていた。
他の物と違い、その状態は不変。何も変わらず、綺麗なまで『維持』されている。
泉の傍には、千切られた鎖の残骸。
来人はその泉に向かって声をかける。
「アダン君、居るんでしょ」
返答の代わりに、ちゃぷんと小さな水音。
そして、泉の内から水面が盛り上がる。
来人の想像通り、そこに居た。
まるで泉の精霊のような姿。
アークによって肉体を『破壊』され液状となった初代神王、原初の三柱――アダン。
「やっぱり。よかった、生きてたんだ」
あの優秀な神王補佐アナが即座に対処に向かって、アダンをむざむざ殺させたとは考え難かった。
アナはアダンを活かす為に、この世界へと逃がしていた。
それは同時に、アークの完全ではない『破壊』の力では王の血統を殺し切る事は不可能である事を証明していた。
何よりもまず殺すべきアダンも、アナも、殺し損ねているのだから。
アダンは水面を揺らめかせながら、来人に答える。
「……ライト。どうして、ここに……? いや、そんな事はいいや。
うん、僕はまだ生きているよ。と言っても、こんな僕では戦うことも出来ない。天界を、皆を守れない……」
液状化した形を成さない身体。不安定な魂の形。そんな状態のアダンには力を振るうことが出来居ない。
アナに命を救われたと言っても、この世界から終焉を見届ける事しかな出来ない。
「今、アークは世良――あ、世良って言うのは」
と、アダンに状況を説明しようとする来人だったが、アダンはそれを「いや、大丈夫」と制する。
「ここから見ていた。全部分かっている」
「そっか。――ねえ、アダン君」
来人は胸の内で密かに引っ掛かっていた事を、アダンへと問う。
「アークとの、原初の三柱の本当の歴史を、教えて欲しい」
「本当の歴史? 本当も何も、伝わっている物が全てだよ。アークは僕ら神々から離反して対立、そして暴れ回っていた所を、僕らが封印した」
嘘では無い。しかし、それが全てでも無いはずだ。
「でも、その歴史は結果としての事実の記録に過ぎない。気持ちが、想いが乗っていない。――言ってる事、分かるよね?」
アダンは押し黙る。
その伝わる歴史の裏に隠された彼らの、当時の神々の“想い”それが来人は気になっていた。
水面が小さく波打つだけで、返答が無い。来人は続ける。
「ガイア界から帰った後、僕はアダン君に聞いたよね。『ガイア族の翼を奪ったのは、アダン君?』って。その時、アダン君はこう答えてくれた――」
以下、回想。
『――そうだよ。彼ら名もなき天使に、僕が“ガイア族”という名を与えた。名で縛った』
『君もよく知る神格と同じ要領だ。名が体を表す。ガイア――つまり、大地の名を彼らに与える事で、地に堕とした』
『どうしてそんな事って? 彼ら“竜”はあまりにその存在が強大だった。
実際、翼無き今でも、その強さは戦闘種族として謳われる程。それは君もよく知っているだろう。
だから、僕は翼を奪った。彼らを従えるにあたって、反乱を恐れた――と言うと分かりやすいかな』
『ああ、ガーネがその竜の力を使えるのは――って、それは君だってもう分かっているだろう?
そうさ、彼はバーガの子孫だ。僕は信用できる選りすぐった者たちからは翼を奪わなかった。彼らガイア族をまとめる者――“長”が必要だからね。
ああ、そうだね。今は代わりに神格を得た者たちがその役割をしているだろう』
『もっとも、名で縛るというのはそれ程拘束力の強い物ではない。
実際、初めにゼノムが反乱を起こした際に、コルナポロニアのガイア族たちの魂の遺伝子に干渉されて、一部の者の竜の力は解放されてしまった』
『力を持てば、使いたくもなるだろう。僕が彼らの翼を奪っていなければ、ゼノムだけじゃない、より多くの者たちが同じ様に反乱を企て、今の我々神の座には彼らガイア族が座っていたかもしれないね』
『うん? ああ、バーガは僕の友だった。それは嘘じゃない。だからリップバーンに彼の亡骸を眠らせていたんだ。
……未練が有った、というのが正直な所だね。いつの日か僕の力が戻る事が有れば、バーガを生き返らせることが出来るかもしれない。そう思っていた。
しかし、それもゼノムの復活に利用されてしまったのだから、僕の認識が甘かった、甘さが仇となった訳だ』
『ともかく、ゼノムを倒してくれてありがとう。これで僕ら神々の平穏は保たれるよ』
回想、以上。
「――だからね、僕は今回のアークの件も同じなんじゃないかって、そう思ってしまうんだ。翼を捥がれたゼノムの怒りと同じ様に、ね。
ゼノムも、アーク、やった事は許されない。だけれど、その行動の原因くらいは、理由くらいは知っておきたい。
まあ、知った所で、やる事は変わらないけれど――、もしアダン君がアークにした“何か”を隠しているんだとしたら、教えて欲しい。
戦う前に、それを知っておきたい」
それが、勝利への鍵となるかもしれない。そうでなくとも、何か取っ掛かりの一つくらいにはなるだろう。
しばらくアダンからの返事は無かった。
何かを思い悩むように、水面だけがゆらゆらと揺らめいていた。
来人も答えを急かす事無く、その様子を見守っている。
それから、アダンはやっとの事で重い口を開いた。
大きな溜息と共に――。
「――と、まあそんな感じだ。どうしようもなくくだらない、なんて事無い話だっただろう」
来人は特段感想も述べない。
ただ一つ、さっきのアダンと同じ様に溜息を吐いた。
「ライト、こっちへおいで」
来人はアダンに呼ばれるがまま泉へと近づき、その縁に手を掛けて泉を覗き込んだ。
泉の水は澄んでいて、その奥底まで見通せそうな程だ。
「そのまま、泉の水を飲むんだ。本当は、この役目はティルだと思っていたんだけれどね。でも、ここへ来たのは君だ。だから、これは君のものだ」
来人は泉へと手を伸ばす。
その手の平の柄杓で泉の水を掬い取り、口へと含む。
(――何の味もしない、ただの水だ)
ただの“無色透明”の水。それをごくりと嚥下する。
「これでいいの? アダン君」
「ああ。後は任せたよ、ライト」
すると、泉の中からすっとアダンの気配が消えて行く。
「アダン君?」
返事は返ってこない。
「アダン君、ねえ、アダン君?」
泉の水が波打つ事も無い。
もうそこには、誰も居ない、何も無い。
血が巡る。魂に水が浸透して行く。
「ぐっ……うぐ……」
来人の身体が熱くなって行き、その場に倒れて悶えてしまう。
頭の中に様々な情報、そしてイメージが流れ込んでくる。
しばらくすると、そのイメージの奔流は収まってきた。
そして、来人は理解した。
「そうか、ここが、“始まりの島”――」
白。無色。透明。
そんな言葉で言い表すのが最も適切であろう、無限に広がる海と小さな島だけが存在する世界。
来人は立ち上がり、既に主無き泉の傍に落ちていた千切れた鎖を拾い上げる。
ここは“始まりの島”。
アークが封印されていた場所。原初の三柱が産まれた場所。
そして、宇宙、空間、世界、その全ての始まった場所。
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