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第三章 原初の破壊編
#109 純血の王子、再び
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来人たちはゲートを潜って行った。
そして『結晶』の壁を隔てた向こう側、そこにはティルとユウリが対峙していた。
「――簡単に行かせてくれるんですね。追いかけなくても、いいんですか?」
ユウリは余裕たっぷりにそう言って、穏やかに微笑む。
「お前がただ者ではない事は理解している。ここで捨て置いて奴らを追う事は不可能だと判断したまでだ」
ティルは固い表情のまま、警戒を緩めない。
それはユウリの戦いぶりを天界で見ていた故の事。
ユウリ自身は自分を“末端”と評するが、そんな言葉信じられない程のパフォーマンスを見せた。
自分の相手に相応しい強敵として、ティルは定めたのだ。
「お褒め頂き光栄です、王子様。それでは、わたしを倒して来人君を追う、という訳ですね」
「そのつもりだ。それが私の仕事だ」
「仕事、ですか……。それが、あなたのやりたい事ですか?」
ティルは心底言っている意味が分からない様に、
「やりたい事? 違う、やるべき事だ」
「いいえ。あなたもまた王と成ろうとするのなら、“欲”が有るはずですよ。今あなたが成したい事が、わたしは知りたいです」
ユウリはそう言った後、ティルの答えが返ってこないのを見るが否や、『結晶』の双剣を作り出し構えた。
戦闘体勢だ。
「――それでは、少しお勉強をしましょうか、ティルさん。家庭教師ユウリ先生、久しぶりの授業の時間です。でも、異界では他の皆さんに迷惑が掛かってしまいます。なので――」
ユウリは片手の剣を天へと掲げる。
そして――、
「――『聖域』」
その一言を境に、世界は一変した。
「ティル様!!」
相棒のダンデの声。
しかし、その声はもう届かない。
周囲の景色が変わり、現れたのは天を突く程の大樹の森だった。
ひんやりとした空気感が、ユウリとティルを包み込む。
静か。とても静かだ。
『結晶』の壁の向こう側から聞こえて来ていた喧騒もどこへやら――いや、『結晶』の壁すらもはやこの場には存在していなかった。
地を踏みしめる靴裏と砂利の鳴らす音だけでも、うるさく聞こえて来る程に静かな大樹の森だ。
大樹の幹は不自然に窪んでいて、その窪みには無数の本が所狭しと並べられていた。
天然の本棚。森の書庫。そんな表現が適切だろうか。
ティルは周囲を見回すが、共に在った相棒の姿は無い。
「これは……。まるで“異界”の発生の様だ。ユウリと言ったな、お前は何者だ」
周囲の景色が一変するという現象、ティルにはそれが鬼の上位個体が使う異界の発生と同じ様に見えた。
そしてそれは当たらずとも遠からずだ。
ユウリは不敵に微笑み、答える。
「流石、鋭いですね。“器の世界”はご存じでしょう? そうです、ここはわたしの器の世界です」
「お前の世界だと……? しかし、そんな事――」
「あり得ない、ですか? どうしてそう言い切れるのでしょうか。神と契約した者は器の世界同士に繋がりが産まれると聞きます。鬼は自身の核に残る記憶の残滓から心象世界を作り上げ、異界を産み出し世界を染め上げます。それと同じ事です。あなたはわたしの世界へと、わたしにとっての聖域へと迷い込んだのですよ」
「――ふん。二対一は不利と判断して、私とダンデを断絶したか」
ユウリは答える代わりにふっと笑い、剣を振るう。
それに呼応して木々の隙間から『結晶』の弾丸がティルへと降り注ぐ。
ティルはそれらの結晶の雨を見切り、軽いステップで躱し、放つ『光』の矢で悉くを撃ち落とす。
それを見てもユウリは様子も変えずに、双剣をまるで指示棒の様に振るって、
「ウルス様の『憑依混沌』――あれも素晴らしい技です。そしてウルス様自身が創り出した技です。
来人君も陸君も、そしてティルさんも――ですかね。祖父であり先代である師から継承した秘技。そのルーツはウルス様にあります。
さて、ここで問題です。先程わたしの見せた『聖域』、これは一体誰の技――ルーツはどこに有るでしょうか?」
ユウリは再び、剣を振るう。
次いでは地が隆起し、それらが巨人を成す。
土で構成されたゴーレムが二体現れて、ティルへと拳を振り下ろす。
ティルは片手の掌底だけでその拳の一つを打ち砕き、もう片方の弓を持つ方の手で人差し指を立てた拳銃の形を作り、指先から放つ光弾でゴーレムを消し去った。
一瞬で二体のゴーレムを制圧。
「答えも何も、問題にすらならない。ライジン様だな。お前が天界で名を出していた」
「あら、わたしとした事が。でもそうです、正解です」
ユウリはわざとらしく、しまったという様な表情を見せる。
「二代目神王ウルス様が『憑依混沌』を創り出した様に、本来三代目神王となるはずだったライジン様もまた、新たな技を産み出したのです。その名も『聖域』。
流石、王と成る者は一味も二味も違いますよね。“技”に“名”を与えて定義して、他者にも想像出来る様に、使用できるように形創った」
「何が言いたい。何の話をしている……? また、時間稼ぎか?」
ティルは露骨に苛立ちを見せる。
しかし、ユウリは表情を崩さない。
「いいえ。ですから、ユウリ先生の授業ですよ。
より強い“力”を求め、“力”を追求したウルス様。それは外に対して向けた王として上に立つ物の象徴だった事でしょう。
そして、その“力”を持っていたが故に、器の世界という内側へと目を向けたライジン様。そして産まれた『聖域』――もっとも、ライジン様がそれを使うに値する相手はこの世に存在しなかったが故に、陽の目を見る事は有りませんでしたが」
もう一度、ユウリは剣を天に掲げ振り下ろす。
すると、冷たい空気に包まれていた大樹の森に、“熱”が降り注ぐ。
「なんだ、これは……!?」
流石のティルにも驚きの表情が浮かぶ。
天を仰げば、そこに在ったのは“隕石”だ。
轟々と燃え盛る炎の球が降り注ぎ、森を焼き尽くさんとしているのだ。
「お前の色は『結晶』ではないのか!? 先程のゴーレムも、この隕石も、それに該当しない――」
そう。この『聖域』へと来てから、ユウリの使った力の数々。
ユウリの持つ色は『結晶』、そのはずだ。
しかしユウリはそのイメージにそぐわない、該当しない力の数々を披露して見せた。
「お前の様な王族でも無い神が、他にも色を隠し持っていた……? それとも、この『聖域』の力……?」
「どちらの解答も丸を付けて上げます。ここはわたしの世界ですから、わたしが“主人公”であり、わたしが“神”。なら、何だって出来ますよね? 何だって想像して、何だって創造出来る」
それが、神。
「ふん。生意気な――私を、あまり舐めるなよ」
隕石は、炎球は迫り来る。
木々の葉を燃やし、幹を割り、降り注ぐ。
ティルは燃え盛る大樹に囲まれたその中で、立ち尽くし、そして――、
「――来い!! ダンデ!!」
瞬間、雷鳴。
轟と光の瞬きが、空間を引き裂く。
ユウリはあまりの極光を前に、腕で視界を覆う。
そして『結晶』の壁を隔てた向こう側、そこにはティルとユウリが対峙していた。
「――簡単に行かせてくれるんですね。追いかけなくても、いいんですか?」
ユウリは余裕たっぷりにそう言って、穏やかに微笑む。
「お前がただ者ではない事は理解している。ここで捨て置いて奴らを追う事は不可能だと判断したまでだ」
ティルは固い表情のまま、警戒を緩めない。
それはユウリの戦いぶりを天界で見ていた故の事。
ユウリ自身は自分を“末端”と評するが、そんな言葉信じられない程のパフォーマンスを見せた。
自分の相手に相応しい強敵として、ティルは定めたのだ。
「お褒め頂き光栄です、王子様。それでは、わたしを倒して来人君を追う、という訳ですね」
「そのつもりだ。それが私の仕事だ」
「仕事、ですか……。それが、あなたのやりたい事ですか?」
ティルは心底言っている意味が分からない様に、
「やりたい事? 違う、やるべき事だ」
「いいえ。あなたもまた王と成ろうとするのなら、“欲”が有るはずですよ。今あなたが成したい事が、わたしは知りたいです」
ユウリはそう言った後、ティルの答えが返ってこないのを見るが否や、『結晶』の双剣を作り出し構えた。
戦闘体勢だ。
「――それでは、少しお勉強をしましょうか、ティルさん。家庭教師ユウリ先生、久しぶりの授業の時間です。でも、異界では他の皆さんに迷惑が掛かってしまいます。なので――」
ユウリは片手の剣を天へと掲げる。
そして――、
「――『聖域』」
その一言を境に、世界は一変した。
「ティル様!!」
相棒のダンデの声。
しかし、その声はもう届かない。
周囲の景色が変わり、現れたのは天を突く程の大樹の森だった。
ひんやりとした空気感が、ユウリとティルを包み込む。
静か。とても静かだ。
『結晶』の壁の向こう側から聞こえて来ていた喧騒もどこへやら――いや、『結晶』の壁すらもはやこの場には存在していなかった。
地を踏みしめる靴裏と砂利の鳴らす音だけでも、うるさく聞こえて来る程に静かな大樹の森だ。
大樹の幹は不自然に窪んでいて、その窪みには無数の本が所狭しと並べられていた。
天然の本棚。森の書庫。そんな表現が適切だろうか。
ティルは周囲を見回すが、共に在った相棒の姿は無い。
「これは……。まるで“異界”の発生の様だ。ユウリと言ったな、お前は何者だ」
周囲の景色が一変するという現象、ティルにはそれが鬼の上位個体が使う異界の発生と同じ様に見えた。
そしてそれは当たらずとも遠からずだ。
ユウリは不敵に微笑み、答える。
「流石、鋭いですね。“器の世界”はご存じでしょう? そうです、ここはわたしの器の世界です」
「お前の世界だと……? しかし、そんな事――」
「あり得ない、ですか? どうしてそう言い切れるのでしょうか。神と契約した者は器の世界同士に繋がりが産まれると聞きます。鬼は自身の核に残る記憶の残滓から心象世界を作り上げ、異界を産み出し世界を染め上げます。それと同じ事です。あなたはわたしの世界へと、わたしにとっての聖域へと迷い込んだのですよ」
「――ふん。二対一は不利と判断して、私とダンデを断絶したか」
ユウリは答える代わりにふっと笑い、剣を振るう。
それに呼応して木々の隙間から『結晶』の弾丸がティルへと降り注ぐ。
ティルはそれらの結晶の雨を見切り、軽いステップで躱し、放つ『光』の矢で悉くを撃ち落とす。
それを見てもユウリは様子も変えずに、双剣をまるで指示棒の様に振るって、
「ウルス様の『憑依混沌』――あれも素晴らしい技です。そしてウルス様自身が創り出した技です。
来人君も陸君も、そしてティルさんも――ですかね。祖父であり先代である師から継承した秘技。そのルーツはウルス様にあります。
さて、ここで問題です。先程わたしの見せた『聖域』、これは一体誰の技――ルーツはどこに有るでしょうか?」
ユウリは再び、剣を振るう。
次いでは地が隆起し、それらが巨人を成す。
土で構成されたゴーレムが二体現れて、ティルへと拳を振り下ろす。
ティルは片手の掌底だけでその拳の一つを打ち砕き、もう片方の弓を持つ方の手で人差し指を立てた拳銃の形を作り、指先から放つ光弾でゴーレムを消し去った。
一瞬で二体のゴーレムを制圧。
「答えも何も、問題にすらならない。ライジン様だな。お前が天界で名を出していた」
「あら、わたしとした事が。でもそうです、正解です」
ユウリはわざとらしく、しまったという様な表情を見せる。
「二代目神王ウルス様が『憑依混沌』を創り出した様に、本来三代目神王となるはずだったライジン様もまた、新たな技を産み出したのです。その名も『聖域』。
流石、王と成る者は一味も二味も違いますよね。“技”に“名”を与えて定義して、他者にも想像出来る様に、使用できるように形創った」
「何が言いたい。何の話をしている……? また、時間稼ぎか?」
ティルは露骨に苛立ちを見せる。
しかし、ユウリは表情を崩さない。
「いいえ。ですから、ユウリ先生の授業ですよ。
より強い“力”を求め、“力”を追求したウルス様。それは外に対して向けた王として上に立つ物の象徴だった事でしょう。
そして、その“力”を持っていたが故に、器の世界という内側へと目を向けたライジン様。そして産まれた『聖域』――もっとも、ライジン様がそれを使うに値する相手はこの世に存在しなかったが故に、陽の目を見る事は有りませんでしたが」
もう一度、ユウリは剣を天に掲げ振り下ろす。
すると、冷たい空気に包まれていた大樹の森に、“熱”が降り注ぐ。
「なんだ、これは……!?」
流石のティルにも驚きの表情が浮かぶ。
天を仰げば、そこに在ったのは“隕石”だ。
轟々と燃え盛る炎の球が降り注ぎ、森を焼き尽くさんとしているのだ。
「お前の色は『結晶』ではないのか!? 先程のゴーレムも、この隕石も、それに該当しない――」
そう。この『聖域』へと来てから、ユウリの使った力の数々。
ユウリの持つ色は『結晶』、そのはずだ。
しかしユウリはそのイメージにそぐわない、該当しない力の数々を披露して見せた。
「お前の様な王族でも無い神が、他にも色を隠し持っていた……? それとも、この『聖域』の力……?」
「どちらの解答も丸を付けて上げます。ここはわたしの世界ですから、わたしが“主人公”であり、わたしが“神”。なら、何だって出来ますよね? 何だって想像して、何だって創造出来る」
それが、神。
「ふん。生意気な――私を、あまり舐めるなよ」
隕石は、炎球は迫り来る。
木々の葉を燃やし、幹を割り、降り注ぐ。
ティルは燃え盛る大樹に囲まれたその中で、立ち尽くし、そして――、
「――来い!! ダンデ!!」
瞬間、雷鳴。
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