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第三章 原初の破壊編
#108 出立
しおりを挟む朝。気持ちの良い陽射しで目が覚められれば良かっただろうが、ここは異界だ。
空から本物の太陽の陽射しが差し込んでくることは無い。
そして、それだけでは無かった。
早朝、全員の目が覚めるよりも早く、異界中にガラスが割れる様な甲高い音が響き渡った。
その音を目覚まし代わりとして来人たちは目を覚ます。
「なんだ!?」
テントを出て、空を見上げる。
そこには空間の亀裂が出来上がっていた。空が割れ、その裂け目から光り輝く翼を生やした一人の人物が侵入して来た。
弓を手にした、光の翼――ティルだ。
たったの一撃、たったの一矢を以て、ティルは異界の空間に風穴を空けたのだ。
「来人、何が有ったの!? さっきの音って――」
「美海ちゃんは出て来ないで。――天界の追手だ」
来人は自分の視界の端――メガ・レンズに表示された一点の情報を注視する。
そうすると、その情報がピックアップされて、大きく表示された“エネルギーの充填率97%”の文字列。
ゲートを使用可能になるまで、もうあと僅かだ。それをティルに知られて、邪魔をされてはまずい。
来人は地を蹴り、表へと出る。
それと同時に、騒ぎを聞きつけてテイテイと秋斗、鬼人の会の面々も集まって来た。
ゲートの元には最終段階へ向けてモニターしているギザの姿。しかしティルを警戒してか、メガの姿は見えず、代わりに作業していたであろう跡だけが残されていた。
ティルはライオンのガイア族ダンデを従えながら、ゆっくりと天から舞い降りて来る。
「――見つけたぞ」
ティルは地に降り立つなり弓を構えて、来人を睨みつける。
「ちょっと今取り込み中だからさ、用が有るなら後にしてほしいんだけど。それこそ、アークを倒した後に」
「ふざけるな。アナ様から命を受けている。天界への反逆者である貴様を捕縛し、天界へと連れて行く」
ティルとここで正面から戦う事は賢い選択だとは言えない。
仮に勝利を収めたとしても、消耗した状態で崩界へ乗り込むのはリスクが高い。
来人は視界の端を見る。
98%――もう少しだ。
次に、ティルの傍に立つダンデの様子を窺う。
来人の視線に気づいたダンデは少し目を伏せ、そのまま逸らした。
和解の道は無さそうだ。
ならば、ここで時間を稼いで、エネルギーの充填のタイミングでゲートに飛び込む。それが今最善の策だろう。
隣のテイテイと秋斗に目配せを送る。
二人共それだけで来人の成そうとしている作戦を理解して、小さく頷く。
来人は剣を抜き、テイテイは拳を構え、秋斗は砲身を銃を構える。
ティルは弓の弦を引き絞る。
今まさに、天界の神と地球の人間の戦いが、始まろうとしていた。
――その時だった。
森の方から、突如起こった波。
波の様に、地から巻き起こる様に、『結晶』が生えて突き上がり、壁の様に来人たちとティルを分断した。
森の木々よりも高い『結晶』の壁が出来上がり、そして壁の向こうから声が聞こえて来る。
「お待たせしました、来人君」
来人の家庭教師、ユウリの声だった。
天界で時間稼ぎを引き受け、その後の様子を知れなかったユウリが現れた。
「ユウリ先生! 無事だったんですね!」
「ええ、わたしは大丈夫です。来人君は、行くのでしょう? ここはわたしに任せてください」
壁に隔たれていて、来人からユウリの姿は見えない。
しかしその声は頼もしく、そして今ここに現れたという事はあの天界の神々を相手に戦い、無事に帰って来たという事であり、それは何よりの実力の証明だった。
だからこそ、来人は信じて、ユウリにこの場を任せる事が出来た。
99%――、そのタイミングで通信が入る。
『先輩! エネルギーの充填間もなくデス! さあ!』
ギザからのその通信は、テイテイと秋斗にも同時に送られている。
「分かった!」
『グッドラック、デスよ!』
三人は顔を見合わせ、そしてゲートへと走る。
去り際、来人は壁の向こうへと、叫ぶ。
「先生! お願いします!!」
ユウリの答えは、穏やかに返って来た。
「ええ。来人君も、お願いしますね。わたし、まだ読みたい小説も、漫画も、いっぱい有ります。だから、この世界を守ってください。頑張れ、わたしの一番弟子」
100%――ゲートの縁の内側が強い光を放ち、周囲の機器が悲鳴のような音を立て始める。
ティルは追って来ない。ユウリが足止めをしてくれている。
来人、テイテイ、秋斗はゲートとへと飛び込む――その直前、
「来人!!」
テントから出て来ていた美海だ。
そして、美海がそう声を上げると共に、何か小さな風呂敷包みを投げた。
来人は走る足を一度止め、それを受け止める。
「美海ちゃん!? これは――」
「おべんと! 昨日作っておいたの! みんなの分も有るから、一緒に食べてね!」
「ありがとう」
来人の口元がふっと綻ぶ。
「うん! 行ってらっしゃい!」
美海はとびっきりの笑顔で、送り出す。
「――ああ、行って来ます」
そして、三人は光に包まれて行った。
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