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第三章 原初の破壊編
#106 ねえ、行かないで
しおりを挟む鬼人の会が作り出す異界に集結した地球の連合戦力。
地球防衛組、陸たちA班とガーネたちB班は、地球上で暴れる十二波動神を止める為、異界を発った。
そして、今異界に残っているのは来人、テイテイ、秋斗の崩界突入組の三人と、メガたち技術班と美海たち補給班からなる、支援組の面々だ。
メガとギザが急ぎで作業を進めてはいるが、崩界へ繋がるゲートの開通にはもうしばらく時間がかかる。
崩界突入組は今しばらくの待機となり、束の間の休息が与えられた。
しかし、今この瞬間にも世良はアークに取り込まれ、そして地球の各所は戦場となっている。
急く気持ちも有りゆっくりと何もせずにはいられなかった来人は、一人異界の森――あの時の湖の畔で剣を振るっていた。
「――はあっ!!」
金色の剣が弧を描き、周囲に『泡沫』を散らす。
光を乱反射するバブルに、歪んだ来人の像が映し出され、そして他にもう一人の姿がバブルに映っていた。
「あれ? 美海ちゃん、どうしたの?」
何となく、一人で鍛錬していた所を見られてしまった来人は気恥ずかしくなって、すぐに剣を仕舞った。
金色の剣は絆の三十字へと戻り、来人の首にネックレスの形として納まった。
「うん、えっと、来人どこに居るかなって探したてたら、秋斗がこっちに居るんじゃないかって。ごめん、邪魔だった?」
「ああ、秋斗にはお見通しか。ううん、大丈夫。何か動いてないと落ち着かなかっただけだから。丁度そろそろ休もうと思ってたんだ」
そう言って、来人は近くの木陰に腰を下ろして、手招きして美海を呼ぶ。
美海もそのまま来人のすぐ隣へと腰を下ろした。
その後、しばらくの間が有ってから、おずおずと美海は話し始めた。
「ねえ、来人」
「なあに?」
「本当に、行っちゃうの?」
行く――それはつまり、崩界へ。世良を救いに。アークと戦いに。
来人は優しく、穏やかに答える。
「うん。行くよ」
「相手、強いんでしょ? 来人よりも、ずっと」
「うん」
来人が頷き短く肯定すると、美海はぴくりと身体を震わせ、またしばらくの間。
そして、身を乗り出して近づいて、来人の顔を覗き込み、ぴたりと視線を合わせて、
「じゃあさ、やめようよ!」
「やめるって、それは、戦う事を?」
「そうだよ! メガもさ、言ってたじゃん! あっちが次に現れるのは、百年後かもしれないって!」
メガは言っていた。
アークの居る世界――崩界とこちらとでは、世界と世界の距離が遠く、時間の流れが異なる。
よって、アークが世良と完全な融合を果たして再び現れるのがいつになるのか分からないのだ。
明日現れて世界が滅ぶかもしれないし、百年先か千年先かも分からない。
もしかすると今から向かっても手遅れかもしれないし、どうなっているか、どうなるか分からない。
「じゃあさ、その百年、私と一緒に居てよ! 私、世良って子の事、全然知らないよ! だから、その子がどれだけ来人にとって大切なのか、分からない。分からないから、諦めてなんて簡単には言えない。――でもね!」
美海は言葉を続け、来人はそれを静かに聞いていた。
「でもね、私は今ここに居て、これかれも来人の傍に居てあげられるよ! 今も、そしてこれからも、来人の傍に居るのは、居られるのは私!」
美海は縋りつくように来人の腕を掴み、目に涙の粒を浮かべている。
「……来人、私、来人が死ぬのは嫌よ。絶対に嫌。ねえ、来人。私がお婆ちゃんになって、死ぬまで、ずっと一緒に居てよ」
我慢できなくなって、決壊して、涙が溢れ出る美海。
そんな美海を、来人は優しく抱き止める。
「――美海ちゃん。僕は、最初からそのつもりだよ」
「え? でも、だって、行っちゃうんでしょ……?」
崩界へ行くという事は、アークと戦うという事は、それ即ち死と殆どイコールだ。
大前提として、崩界へのゲートが正常に開通するかどうかも分からない。
ゲートの先は無の空間で、そこに放り出されて死ぬかもしれない。
仮に無事崩界に辿り着けたとしても、あっけなくアークに殺されて終わる可能性だって有る。
そしてそのあまりにも細い糸を通して無事に勝利出来たとしても、帰って来られるのは百年後かも千年後かもしれない。
無事帰り着いたとしても、時の流れの違う地球にはもう美海は居ないかもしれない。
美海は神の事情に詳しい訳では無いはずが、こういう事態だ、仲の良い友人であるギザから詳しい話を聞いたのだろう。
そして、勝算なんて殆ど無い戦いだという事を理解したのだ。
だから、美海は止めに来た。
来人は優しく美海の頭を撫でる。
「好きだよ、美海ちゃん。お爺ちゃんとお婆ちゃんになって、死ぬまで、一緒にいよう」
「じゃあ――」
美海の表情がぱっと明るくなり、顔を上げる。
じゃあ――しかし、その先の言葉は続かなかった。
「でもね、僕は行くよ」
「え……。なん、で……?」
――どうして、私を置いて行ってしまうの?
「僕はアークを倒して、世良を救って、そして美海ちゃんの元に帰って来る。だから、大丈夫。僕は、何一つ諦めない」
「そんな! そんなのって――」
出来る訳が無い。そう思った。
でも、それを口にするのは来人に対しての裏切りな気がして、思っていても、その先を言う事は出来なかった。
来人はそれも分かっていて、美海の気持ちも全てわかっていて、それでも――、
「ねえ、美海ちゃん。僕が今戦いを諦めて、アークを放置して、地球の十二波動神や天界の追手を何とかして、それで運よく生き延びて、美海ちゃんと一緒に人間として、百年の時間を過ごしたとするよ」
「うん……」
「じゃあ、その後、僕たちの子供はどうなるんだろう?」
美海は驚き、来人を見る。
来人は未来を思い描いていた。
「きっと、僕たちは死ぬまで一緒に過ごして、幸せだったって言って死ぬと思う。
まあ、僕は神様だから、美海ちゃんよりももっと長く生きる事になってしまうだろうけれど、美海ちゃんと一緒の人間としての人生は、きっと無事に幸せに過ごせるんだろうと思う」
美海はそう来人が話す間も、「うん、うん……」と小さく相槌を打っていた。
「でもね、そんなあり得そうな未来の、もっと未来の事も、考えてみたんだ。
きっと僕たちの間には子供が居るだろうし、孫だって出来ると思うんだ。
そして、僕は長生きするだろうから、神様の僕はその先までも見て行く事になるはずなんだ」
来人の言わんとする事を察し始めた美海は「来人……」と、そう小さく溢す。
「そうするとね、僕は見る事になるんだ。
僕が世良を、アークを倒す事を諦めて、ただ目先の幸せに縋ると、その先の未来を見る事になってしまうんだ。
僕の子供が、孫が、子孫が、大切な人達の生きる世界が、世良と融合を果たして完全な力を取り戻したアークが、その全てを破壊し尽くすその様を、見る事になるんだ」
全ては仮定の話だ。
十二波動神を倒して、アークが百年以上も現れず、来人が人間として美海と過ごし生きるという、そんな有るかも知れない未来の話。
しかし、そんな未来はあり得ない。
「僕は美海ちゃんの事が大切だ、それは嘘じゃないよ。でも、それと同じくらい、美海ちゃんと一緒に作って行く未来も大切なんだ。
それは美海ちゃんだけじゃない。友達も、一緒に戦った仲間たちも、そして家族も、全部が全部、その全てが大切だ」
美海は溢れる雫を抑えきれず、泣きじゃくり、ぎゅっと手に力を込める。
来人の服に寄った皺を、小さな掌で掴む。
「僕はその全てを諦めない。一つ一つの全てを大切にしたい。
僕は必ず帰って来るよ、美海ちゃん。だから、笑顔で送り出して欲しいな。
それでね、帰ってきたら、おかえりって、また笑顔で迎えて欲しい」
美海は手の甲で必死に涙の雫を拭い取り、泣き腫らした赤い瞳で、来人を見上げて、
「うん……わかった。わかったよ、来人……」
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