【完結】天野来人の現代神話 ~半神半人の鎖使い、神々を統べる王となる~

赤木さなぎ

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第三章 原初の破壊編

#100 鬼人の会

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 首に絆の三十字をぶら下げた、『顎』の鬼。木島秋斗。

「――秋斗っ!!」

 緊急時ではあるが――いや、こんな時だからこそ、久方ぶりの再会に思わず喜びを抑えられなかった。
 来人は勢いよく駆け出し、秋斗へと抱き着いた。「あ、待って」と言いかけた秋斗の制止も聞かぬまま。

「うぐ、痛い……」

 今の秋斗は鬼人、『顎』の鬼だ。
 そんな秋斗の見た目は人間のそれではなく、とげとげとした異形の姿。
 それ故に、抱き着いた来人はその硬くとげとげとした、お世辞にも抱き心地の良いとは言えない秋斗に突き刺さる形となってしまった。

「だから言ったのに……。いや、言う前だったけどさ」

 ただでさえ傷だらけの来人に、不要なダメージが刺さる。
 出血するまでではないものの地味な痛みに、来人はずるりとずり下がって膝を付いた。
 
 秋斗は少し呆れた様にそう言った後、テイテイの方へと向いて、

「テイテイ君も、ここまで誘導お疲れ様」
 
 と言って、テイテイと拳と拳を重ねた。
 その様子を見て、来人は改めて秋斗のとげとげに当たらない様に気を付けながら、テイテイと秋斗の肩を組んだ。
 そして、改めてぎゅっとその腕に力を込めた。

「……テイテイ君、秋斗、僕……」

 そこから先の言葉が、出てこなかった。
 言いたい事は山ほど有った。
 有り過ぎて、気持ちが溢れて、詰まった。

 ――妹が、世良が攫われたんだ。でもその妹も幻想イマジナリーで、実在して居なくて、でも、助けたくって――。
 天界に喧嘩を売って、敵対してきちゃった。
 
 聞きたい事も、沢山あった。

 ――どうして、秋斗たちは助けに来てくれたの?
 テイテイ君も、ユウリ先生も、それに陸だって。
 このハッキング・ゲートが有るって事は、メガもここに?
 それに、この異界って?

 そんな言葉の奔流が溢れ出る前に、口火を切ったのは秋斗だった。
 優しく爪の尖った鬼の手で、来人の背を軽く叩き、

「来人、傷だらけだ。まずは休まなきゃ。一先ずは、みんなの所へ行こう。きっと、温かい食事も用意してくれているよ」

 そう言われて、改めて自分の状態を意識する。
 来人の片腕はまだ完全に治り切っておらず、どこか薄っすらと鎖のままだった。
 動かすと、重く鈍い音が鳴る。
 
 どうしてこの状態で動いているのか分からないような、酷い状態だ。
 それでも、それは来人のイメージによって形を成している物だ。
 それを来人自身が疑ってしまえばその鎖の腕は、元の骨と肉の腕へと戻る前に瓦解してしまう。

 来人は首を振って余計な事を考えまいと意識を腕から逸らして、先導する秋斗の後を付いて行く。
 テイテイと、三人のガイア族の契約者、そして陸とモシャもそれに続いて行った。

 しばらく歩いて、まるで世界と世界が分断された様な、まるで景色の違う二つの世界の境目の様な場所へと出た。
 こちら側は先程までとおなじ森の景色、向こう側は荒れた荒野の様な開けた空間。

「ここは僕の異界と、他の鬼人の作る異界の境界線だ。この異界は皆で力を合わせて作り、維持しているんだ」

 と、秋斗が説明をしてくれた。
 
 そして来人たちは荒野の側へ。
 そこにはテントや何やら怪しげな装置の様な物まで、雑多に並べられていて、何人かの鬼――おそらく鬼人の姿と、そして来人の見知った人たちの姿も有った。

「あ、来人! 待ってたよ――って、酷い怪我! 大丈夫?」
「美海ちゃん、どうしてここに……?」
「どうしてって、メガとギザに連れて来られたのよ。危ないから一緒に居ようってね。あ、奈緒も一緒よ! あのね、なんか怖い恰好した鬼人……? っていう人たちも居るけど、みんな親切だし大丈夫よ!」
「……そっか。美海ちゃんの元気な声聞いたら、何か元気貰ったよ。ありがと」
「えっ。う、うん。なら良かったわ?」

 そう言って、美海は少し照れ臭そうに自分の髪に触れたりとしてみた後、来人の手を取った。

「ほら、とりあえず食事にしよ! 師匠と一緒に、カレー作ったのよ!」
「師匠って、藍さん?」
「そうそう。……そうそう! 師匠、凄い事になっちゃってて!」

 美海はそう言って、一人の鬼人を紹介してきた。
 全身細い焼けて炭になった樹木の様な姿で、そんな心許ない四肢の至る箇所が青い炎で彩られている。
 寂しく、儚くもどこか美しい、そんな印象を受ける姿をしていた。
 その鬼人が女性であることは、その姿や立ち振る舞いからすぐに分かった。

「この人は?」
「師匠」
「え?」
「だから、師匠よ!」

 美海の隣に居たその青い炎を纏う鬼人は、ぺこりとお辞儀をした後、来人の後方へと視線を向けた。
 来人の後ろからは秋斗と、そして陸。

「ただいまー、藍」
「おかえり、陸。カレーあるから、食べてね」
「うん、ありがとー」

 陸も当然の様に、その鬼人を藍と呼んで親し気に接している。
 しかし来人の記憶の上では、藍とは世良と同じ白銀色の髪をした綺麗な女性で、幻想イマジナリーだったはずだ。
 そんな風に目をぱちくりと瞬かせて困惑している来人に、秋斗が説明をしてくれた。

「彼女は彼が百鬼夜行で戦った『あお』の鬼。その正体こそが、かつて『あお』の鬼に殺された彼の幼馴染、藍さんだったんだ。後は僕と来人と同じさ、生前に近しかった魂同士が共鳴して、記憶を取り戻した。もっとも、藍さんの場合は少し僕ら鬼人の会でサポートをしたけれどね」

 どうやらここに集まった鬼人たちを総称して“鬼人の会”と呼ぶらしいと来人はここで初めて知った。
 しかし、会と呼ぶには人数があまり多くは無い印象を受けた。
 
「それで……。そっか、陸は本当の藍さんとまた会えたんだね」

 その後、皆でそれとなく集まってカレーを食べた。
 藍は陸との共鳴で幻想イマジナリーの藍と半ば融合した様な形になっており、本物の藍との両方の記憶を有していた。
 それ故に、美海と共に料理を振舞う事も容易だった。
 
 カレーを食しつつ、情報共有と現状の確認を行っていく。
 秋斗が率先して音頭を取る。

「各々知らない顔も居るだろうし、まずは皆を軽く紹介して行こうか」
 
 この異界に揃った面々。
 まずは来人、そしてガイア族の契約者ガーネ、ジューゴ、イリス。
 親友のテイテイ、鬼人の秋斗。
 陸とモシャ、そして鬼人の藍。
 裏で何か作業をしているメガとギザ。
 美海とその友人の奈緒。
 そして十数人の言葉を解する鬼、鬼人たち。

 これが現状の来人たち地球連合軍の戦力だった。

「多分、無事ならユウリ先生も」

 と、来人が付け加える。
 そうして顔合わせを終えた後、

「それで、世良という幻想イマジナリーの少女についてだ――」

 と、秋斗が切り出した。

「秋斗は、世良の事を知っているの?」

 来人は僅かな期待を込めて、そう聞いてみる。
 しかし、秋斗は静かに首を横に振った。

「いいや。残念ながら、来人の思っている様な“知っている”とは違う。僕ら鬼人の会の者も、何人か件の通り魔の被害を受けたんだ。人間と違い、鬼は正常な肉体を持たない。襲われた仲間たちは皆、消滅してしまった……」

 秋斗、そして鬼人たちは沈痛な表情を浮かべる。
 しかしそれも僅かな間だけの事で、すぐに調子を戻して、
 
「それで犯人を調べていた所、来人と同じ色の波動を持つ存在である事が判明した。それで話をしようと思ってコンタクトを取った訳だけれど――タイミングが悪かったね。まさか、王位継承戦の日だったとは。そして、その会場にアークと共に現れた事も、予想を遥かに超えて来た」

 ここまでの話を聞いて、来人にある一つの不安が過った。
 世良は天界の宿敵たる破壊の神アークの半身であり、神々はその死を望んでいる。
 そして、鬼人の会の仲間たちの仇でも有ると言うのだ。
 もしかすると、彼ら鬼人もまた世良の命を狙っているのではないか。
 だとすれば――。

「秋斗、一つ確認しても大丈夫?」
「ああ、何だい?」
「秋斗たちは、世良をどうするつもり?」

 その答え次第では――。
 少しの間。そして、秋斗が口を開く。

「来人は、その世良ちゃんが大切なんだろう?」

 来人は強く頷く。

「うん。大切だ。僕以外の誰も覚えていないとしても、知らないとしても、世良は僕の妹だ」

 その答えに、秋斗は満足気に頷いた。

「じゃあ、何も問題は無い。僕は親友の大切を守るために、力になるよ。そして、それは鬼人の会も同じだ」
「鬼人の会が、手を貸してくれる理由が分からない。どうして?」

 来人は周囲の鬼人の面々の顔を見る。
 彼らはまるで仮面を被った様で、その異形の姿から表情を読み取ることは難しい。
 その内の一人が、声を上げた。
 
「わしらは皆独りぼっちの、ただの鬼じゃった。それがアギトに集められ、この異界を作り、仲間と成った。故に、その恩を返したいだけじゃよ」

 他の鬼人も、それに続く。

「そもそも鬼は元より死人。世良という嬢ちゃんが同胞を殺したのだとしても、それは本来我々の魂が在るべきところへ帰っただけの事。仲間を失った事を悲しみこそすれ、恨む事など有りはしないよ」

 そして、陸も。

「僕も藍の幻想イマジナリーと共に生きて来たから、来人の気持ちは分かるよー。それに、僕も秋斗には藍を助けてもらった恩があるんだ。一緒に、アークと戦おう」

 来人の目に、熱い物が込み上げて来た。
 治りかけの鎖の手で、目尻を抑えるも、耐えられなかった。
 それは一気に決壊し、溢れ出す。

「みんな……。ありがとう、ありがとう……」
「秋斗は昔から変わって無いな。優しくて、他人思いで。だからこうやって色んな人が秋斗の元には集まるんだろうな」
 
 そう言って、テイテイは皆の前に立つ親友を誇らしげに見ていた。
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