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第三章 原初の破壊編
#97 結晶
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突如、ティルたち天界軍に対して、光を反射する輝く石の様な数多の物体が飛来する。
「くそっ、何だ!?」
ティルたちは防御の体勢を取る。
――飛来した物体。それは、『結晶』だった。
同時に、空からゆっくりと、一人の女性が舞い降りた。
夜空の様な黒くて長い髪、紫紺の瞳、長く伸び尖った耳、そこに掛けられた眼鏡。
その姿は――、
「ユウリ先生!?」
来人は驚きの声を上げた。
騒動の中で有耶無耶になっていたが、ずっと安否が分かっていなかった。
王位継承戦の応援に来てくれていたユウリ。
アークの波動の波に当てられて倒れたものだと思っていたが、今ここに。
ユウリは地に降りると、軽くくいと指先で眼鏡を持ち上げる。
「ライト君、お待たせしました。ここは、わたしに任せてください」
そして、来人の方を振り向いてにこりと優しく微笑んだ。
「でも、先生! 先生じゃー―」
そう、ユウリはただの一般神。
それも、元は才能を買われて人間から召し上げられただけの、末端の神だ。
相手は王の血を濃く受け継ぐティルと、その他にも何人もの神々たち。
その数も、時間と共に増えて行っている。
状況を呑み込めていなかった神々が、時間と共に来人の敵としてティルの元に集っていっているのだ。
既に人数の壁で囲まれていた。
(――これじゃあ、ユウリ先生に勝ち目はない)
これだけの人数と一般神のユウリが戦っては、時間稼ぎにもならないだろう。
しかし、ユウリはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、ライト君は、早く地球へと向かうべきです」
「地球に……。もしかして、もう既にみんなに何かが?」
「いいえ、まだ無事で居るはずです。“ライト君のお友達”が、危機を察知して手を貸してくれました」
――お友達。地球に居て、来人を助けてくれる友人。
その時、
「ぐあああっ!!」
来人たちを包囲していた神の内が一人、悲鳴を上げてその身を宙に投げ出した。
何事かとその方を見れば、煮えたぎる“マグマ”の火柱が上がっていた。
そして、次々と神々が投げ飛ばされて行く。
グツグツと煮えたぎる灼熱の波と、ジャリンジャリンと擦れる金属音。
「来人、行くぞ」
テイテイだった。
人間であり、来人の親友。
テイテイは立ち塞がる神々を軽々と蹴散らし、来人の前に現れた。
来人はユウリとテイテイの顔を交互に見る。
どちらも、こんな状況だとは思えない程に穏やかだ。
「……任せても、良いんですよね」
「ええ、あなたの先生ですから。――必ず後を追います。ここはわたしに任せて、先へ行ってください」
来人は意を決して、
「テイテイ君、みんな、行こう」
その場をユウリに任せて、テイテイの後に続いて、来人と三人の契約者は走り出す。
「待て!!」
ティルがそこへ矢を放つが、その矢は来人たちに届く前に空間の一点で静止する。
その空間の一点が丁度矢を止められるくらい小さく結晶化し、矢を止めたのだ。
ユウリは来人たちの背を見送ってから、振り向いて改めてティルに対峙する。
「さあ、お待たせしました。役不足かもしれませんが、わたしがお相手しましょう」
ユウリは両の手に『結晶』で形作った双剣を握る。
ティルは『光』の矢を生成し、弓の弦を引き絞る。
周囲の神々もそれぞれ武器を構え、ユウリを取り囲む。
アナが口を開く。
「お前は、誰だ? ユウリと言ったか? そんな神、覚えがない」
「ふふっ。そう言われると、なんだか寂しいですね。一応、百鬼夜行でもお手伝いしたと思うんですけど……」
百鬼夜行に参加した神は百や千を超える。
そのうちの一人だと言われても、アナも把握し切れていない。
というか、アナの所有する名簿には“ユウリ”なんて神無かったはずだ。
もちろんユウリだってそんな事は分かっていて、
「でも、それも仕方がない事です。わたしは末端も末端、アナ様の目に留まる様な者では有りませんから」
ユウリは落ち着いた様子でそう答えて、白いワンピースのロングスカートの端を摘んで、お道化る様にお辞儀をして見せた。
まるでこの場の神々皆を揶揄っている様に。
アナはその様子を見て、訝しむ。
「末端の神、か。だというのに、その落ち着きようは何だ?」
原初の三柱であるアナを前にして、そして王族であるティルと、多くの自分よりも上位の神々と対峙している。
だというのに、落ち着いて、穏やかに、そしてお道化て見せるくらいに余裕一杯に見える。
「さあ、何でしょう?」
なおもユウリは笑って見せる。
その様子に、苛立ちを露わに痺れを切らしたのはティルだった。
「アナ様、問答は無用です。この程度の相手、すぐに終わらせます」
ティルにとっても、ユウリは視界の端にも入らない様な存在だった。
大した事のない相手、歯牙にかける価値もない相手だ。そのはずだ。
だというのに、一度はティルの矢を止めた。
そして、目の前に余裕綽々で立ち塞がる。
(どこからその余裕が出ているというんだ……?)
ティルの胸中にそんな疑問が浮かぶが、すぐに振り払う。
(――いいや。最初の一矢はまぐれだろう。さっさと倒して、あの混血を追うだけだ)
ティルは矢を放つ。
それは先程の一矢では無い。
三本の『光』の矢を同時に生成し、放った。
同時に放たれた光速の矢は、瞬く間にユウリの身体を――、
「無駄ですよ」
――貫く事は、無かった。
先程と同じ様に、矢は宙の一点で発生した『結晶』に当たり、相殺された。
ティルの矢はそのあまりの破壊力から“一度着弾っした時点で立ち消える”性質を持っている。
そうでなければ、対象のその先も、更にその先も、全てを貫き被害を及ぼしてしまう。
「――初めの一矢も、偶然では無かったという訳か」
「どうでしょうね?」
流石のティルにも警戒の色が浮かぶ。
ユウリは間違いなく光速の矢を見切って、その矢の軌道上を結晶化して防御している。
(――強い)
ティルは即座に自分では対処仕切れないと判断。
しかし、周りの神はそうではなかった。
「お前ら、ティル様に続け!」
ティルの矢が開戦の狼煙と思った神々は、一斉にユウリ目がけて攻撃を仕掛ける。
「待て! お前ら――」
そうティルが言いかけた時には、既に遅かった。
――全滅だ。
ユウリに斬りかかった者は、その結晶の双剣に切り返され。
弾を放った者は、ティルと同じく見切った様な一点の結晶化の限りなく小さな力で防御され、『結晶』の弾丸を打ち返される。
瞬く間に、ユウリに攻撃を仕掛けた神々は全滅した。
――正確には、まだ天界軍は何人も残っている。
だが、そうやっていく内に、次第にユウリに食って掛かろうとする者は、ただの一人も居なくなったのだ。
無駄だと、自分たちでは敵わないと理解したからだ。
戦う意志のある者は、全滅したのだ。
残ったのは、ティルだけだ。
「……アナ様」
ティルはアナの方を見る。
アナは静かに首を横に振り、ユウリに向き直る。
「改めて問おう。お前は、何者だ?」
「ですから、ただの末端ですよ。――ただ、ライジン様に良くして頂いている、とだけは言っておきます」
ユウリがライジンの名を出すと、アナは大きく溜息を吐いた。
「ライジンか、なるほど。またいあいつか……」
そして、ティルへと、
「もういい、ティル。天界の体勢を立て直すぞ」
「ですが、まだあいつが――」
「体勢を立て直して、我々は我々でアークを追い、討つ」
強くティルの言葉に被せる様にアナがそう言えば、ティルも二の句は無い。
頷き、周囲の者に手早く指示を出して行く。
この場においてティルはアナに次ぐ地位を持つ、指導者側だった。
指揮をティルに任せた後、アナは再びユウリに向き直る。
「お前がこうして動いたという事は、ライジンは生きているのか?」
アークはライジンもまた殺したと言っていた。
“アダンも、アナも、ウルスも、ライジンも”と、そう言っていた。
しかし、アナ自身役に立たない重症では有りながらも、ここにまだ生きている。
ウルスも、アナの器の内で僅かな魂の欠片が残っている。
アダンは、アナが寸での所でアークの手から逃がした。
(昔からそうだった、あいつはいい加減で、大げさだ)
アナは同じく原初の三柱であり、兄弟ともいえるアークの事を良く知っていた。
だから、きっとライジンも生きているのだろうと思っていた。
しかし、
「いいえ、分かりません。わたしはライジン様から予め頂いた言葉を頼りにしているだけですから、現状の事は、何も」
ユウリは首を横に振った。
それは敵対する者に対して情報を与えない為か、それとも本当にライジンの現状を知らないのか、アナには計りかねた。
だが、今のアナでは戦うことも出来ず、それ以上の追求をする力も残っていなかった。
その後、ユウリは「それでは、失礼します」といって、まるで近所のコンビニの帰りみたいに、徒歩でその場を去って行った。
誰一人、その背を追う事は無かった。
出来る者は、居なかった。
「くそっ、何だ!?」
ティルたちは防御の体勢を取る。
――飛来した物体。それは、『結晶』だった。
同時に、空からゆっくりと、一人の女性が舞い降りた。
夜空の様な黒くて長い髪、紫紺の瞳、長く伸び尖った耳、そこに掛けられた眼鏡。
その姿は――、
「ユウリ先生!?」
来人は驚きの声を上げた。
騒動の中で有耶無耶になっていたが、ずっと安否が分かっていなかった。
王位継承戦の応援に来てくれていたユウリ。
アークの波動の波に当てられて倒れたものだと思っていたが、今ここに。
ユウリは地に降りると、軽くくいと指先で眼鏡を持ち上げる。
「ライト君、お待たせしました。ここは、わたしに任せてください」
そして、来人の方を振り向いてにこりと優しく微笑んだ。
「でも、先生! 先生じゃー―」
そう、ユウリはただの一般神。
それも、元は才能を買われて人間から召し上げられただけの、末端の神だ。
相手は王の血を濃く受け継ぐティルと、その他にも何人もの神々たち。
その数も、時間と共に増えて行っている。
状況を呑み込めていなかった神々が、時間と共に来人の敵としてティルの元に集っていっているのだ。
既に人数の壁で囲まれていた。
(――これじゃあ、ユウリ先生に勝ち目はない)
これだけの人数と一般神のユウリが戦っては、時間稼ぎにもならないだろう。
しかし、ユウリはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、ライト君は、早く地球へと向かうべきです」
「地球に……。もしかして、もう既にみんなに何かが?」
「いいえ、まだ無事で居るはずです。“ライト君のお友達”が、危機を察知して手を貸してくれました」
――お友達。地球に居て、来人を助けてくれる友人。
その時、
「ぐあああっ!!」
来人たちを包囲していた神の内が一人、悲鳴を上げてその身を宙に投げ出した。
何事かとその方を見れば、煮えたぎる“マグマ”の火柱が上がっていた。
そして、次々と神々が投げ飛ばされて行く。
グツグツと煮えたぎる灼熱の波と、ジャリンジャリンと擦れる金属音。
「来人、行くぞ」
テイテイだった。
人間であり、来人の親友。
テイテイは立ち塞がる神々を軽々と蹴散らし、来人の前に現れた。
来人はユウリとテイテイの顔を交互に見る。
どちらも、こんな状況だとは思えない程に穏やかだ。
「……任せても、良いんですよね」
「ええ、あなたの先生ですから。――必ず後を追います。ここはわたしに任せて、先へ行ってください」
来人は意を決して、
「テイテイ君、みんな、行こう」
その場をユウリに任せて、テイテイの後に続いて、来人と三人の契約者は走り出す。
「待て!!」
ティルがそこへ矢を放つが、その矢は来人たちに届く前に空間の一点で静止する。
その空間の一点が丁度矢を止められるくらい小さく結晶化し、矢を止めたのだ。
ユウリは来人たちの背を見送ってから、振り向いて改めてティルに対峙する。
「さあ、お待たせしました。役不足かもしれませんが、わたしがお相手しましょう」
ユウリは両の手に『結晶』で形作った双剣を握る。
ティルは『光』の矢を生成し、弓の弦を引き絞る。
周囲の神々もそれぞれ武器を構え、ユウリを取り囲む。
アナが口を開く。
「お前は、誰だ? ユウリと言ったか? そんな神、覚えがない」
「ふふっ。そう言われると、なんだか寂しいですね。一応、百鬼夜行でもお手伝いしたと思うんですけど……」
百鬼夜行に参加した神は百や千を超える。
そのうちの一人だと言われても、アナも把握し切れていない。
というか、アナの所有する名簿には“ユウリ”なんて神無かったはずだ。
もちろんユウリだってそんな事は分かっていて、
「でも、それも仕方がない事です。わたしは末端も末端、アナ様の目に留まる様な者では有りませんから」
ユウリは落ち着いた様子でそう答えて、白いワンピースのロングスカートの端を摘んで、お道化る様にお辞儀をして見せた。
まるでこの場の神々皆を揶揄っている様に。
アナはその様子を見て、訝しむ。
「末端の神、か。だというのに、その落ち着きようは何だ?」
原初の三柱であるアナを前にして、そして王族であるティルと、多くの自分よりも上位の神々と対峙している。
だというのに、落ち着いて、穏やかに、そしてお道化て見せるくらいに余裕一杯に見える。
「さあ、何でしょう?」
なおもユウリは笑って見せる。
その様子に、苛立ちを露わに痺れを切らしたのはティルだった。
「アナ様、問答は無用です。この程度の相手、すぐに終わらせます」
ティルにとっても、ユウリは視界の端にも入らない様な存在だった。
大した事のない相手、歯牙にかける価値もない相手だ。そのはずだ。
だというのに、一度はティルの矢を止めた。
そして、目の前に余裕綽々で立ち塞がる。
(どこからその余裕が出ているというんだ……?)
ティルの胸中にそんな疑問が浮かぶが、すぐに振り払う。
(――いいや。最初の一矢はまぐれだろう。さっさと倒して、あの混血を追うだけだ)
ティルは矢を放つ。
それは先程の一矢では無い。
三本の『光』の矢を同時に生成し、放った。
同時に放たれた光速の矢は、瞬く間にユウリの身体を――、
「無駄ですよ」
――貫く事は、無かった。
先程と同じ様に、矢は宙の一点で発生した『結晶』に当たり、相殺された。
ティルの矢はそのあまりの破壊力から“一度着弾っした時点で立ち消える”性質を持っている。
そうでなければ、対象のその先も、更にその先も、全てを貫き被害を及ぼしてしまう。
「――初めの一矢も、偶然では無かったという訳か」
「どうでしょうね?」
流石のティルにも警戒の色が浮かぶ。
ユウリは間違いなく光速の矢を見切って、その矢の軌道上を結晶化して防御している。
(――強い)
ティルは即座に自分では対処仕切れないと判断。
しかし、周りの神はそうではなかった。
「お前ら、ティル様に続け!」
ティルの矢が開戦の狼煙と思った神々は、一斉にユウリ目がけて攻撃を仕掛ける。
「待て! お前ら――」
そうティルが言いかけた時には、既に遅かった。
――全滅だ。
ユウリに斬りかかった者は、その結晶の双剣に切り返され。
弾を放った者は、ティルと同じく見切った様な一点の結晶化の限りなく小さな力で防御され、『結晶』の弾丸を打ち返される。
瞬く間に、ユウリに攻撃を仕掛けた神々は全滅した。
――正確には、まだ天界軍は何人も残っている。
だが、そうやっていく内に、次第にユウリに食って掛かろうとする者は、ただの一人も居なくなったのだ。
無駄だと、自分たちでは敵わないと理解したからだ。
戦う意志のある者は、全滅したのだ。
残ったのは、ティルだけだ。
「……アナ様」
ティルはアナの方を見る。
アナは静かに首を横に振り、ユウリに向き直る。
「改めて問おう。お前は、何者だ?」
「ですから、ただの末端ですよ。――ただ、ライジン様に良くして頂いている、とだけは言っておきます」
ユウリがライジンの名を出すと、アナは大きく溜息を吐いた。
「ライジンか、なるほど。またいあいつか……」
そして、ティルへと、
「もういい、ティル。天界の体勢を立て直すぞ」
「ですが、まだあいつが――」
「体勢を立て直して、我々は我々でアークを追い、討つ」
強くティルの言葉に被せる様にアナがそう言えば、ティルも二の句は無い。
頷き、周囲の者に手早く指示を出して行く。
この場においてティルはアナに次ぐ地位を持つ、指導者側だった。
指揮をティルに任せた後、アナは再びユウリに向き直る。
「お前がこうして動いたという事は、ライジンは生きているのか?」
アークはライジンもまた殺したと言っていた。
“アダンも、アナも、ウルスも、ライジンも”と、そう言っていた。
しかし、アナ自身役に立たない重症では有りながらも、ここにまだ生きている。
ウルスも、アナの器の内で僅かな魂の欠片が残っている。
アダンは、アナが寸での所でアークの手から逃がした。
(昔からそうだった、あいつはいい加減で、大げさだ)
アナは同じく原初の三柱であり、兄弟ともいえるアークの事を良く知っていた。
だから、きっとライジンも生きているのだろうと思っていた。
しかし、
「いいえ、分かりません。わたしはライジン様から予め頂いた言葉を頼りにしているだけですから、現状の事は、何も」
ユウリは首を横に振った。
それは敵対する者に対して情報を与えない為か、それとも本当にライジンの現状を知らないのか、アナには計りかねた。
だが、今のアナでは戦うことも出来ず、それ以上の追求をする力も残っていなかった。
その後、ユウリは「それでは、失礼します」といって、まるで近所のコンビニの帰りみたいに、徒歩でその場を去って行った。
誰一人、その背を追う事は無かった。
出来る者は、居なかった。
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