100 / 150
第三章 原初の破壊編
#96 追放
しおりを挟む天野来人の人生において、挫折や失敗、敗北と呼べる事柄は数える程も無い。
半神半人――つまり、半分が神である来人にとって、人の世で生きること自体は容易な事だっただろう。
それでも起こった来人の人生の挫折。
一つ目は、『赫』の鬼だ。
親友である木島秋斗が『赫』の鬼に殺された。
大切な物を、奪われたのだ。
当時の来人は無力な子供であり、抵抗の余地など無かった。
二つ目は、此度の一件。原初の三柱が一柱、『破壊』の神アークだ。
義理の妹の世良――正確には、来人の神の力の“バグ”によって産み出された幻想だが、それでも来人にとっては、親友を失い傷心した来人を優しく包み込み立ち直らせてくれた、大切な妹だ。
その世良が、奪われた。
(――二度目だ)
二度も、他者の手によって大切な存在が奪われた。
敗北、絶望、目の前が真っ暗になった。
二度と親友や、大切な人たちを失わない為に、来人は神としてこれまで努力を重ねて来た。
(なのに、世良を守れなかった――)
来人自身、無意識下では世良が幻想だと気づいていたのかもしれない。
思い返して見れば、これまで誰かの前で世良について触れたことは無かった。
いつも二人きりで会話をし、二人きりで同じ物を食べた。
でも、来人はその事実から目を背け続けた。正面から向き合うことが出来なかった。
(僕のせいで、世良が……。でも――)
でも、まだ終わった訳では無い。
アークは“同調が完全ではない”と言っていた。そして、事実として戦いの最中その身体は崩れ落ちた。
不完全であるのなら、まだ世良を救い出せる。
「――挫けている場合じゃない、よな……」
来人は立ち上がり、そして周囲を見やる。
瓦礫の中に倒れる、神王補佐アナと、その傍に刺さる王の証の剣。
それを横目に、ゆっくりと歩いて行く。
王の間の跡地を後にして、しばらく歩けば、開けた大通り。
そこには、彼らは先程の戦いで負傷した何人もの神が横に寝かされていた。
動ける者たちは負傷者の治療に当たっている様だが、無事な物の人数に対して、横たわる人数の方がはるかに多い。
やがて、見慣れた後ろ姿が目に入った。
向こうも来人の存在に気付いた様で、声を掛けて来る。
「らいたん!!」
「王様! ご無事だったんですね!」
ガイア族の契約者たち、犬のガーネとジュゴンのジューゴだった。
しかし、もう一人居るはずだ。
「イリスさんは――」
と言いながら近づいて、気付いた。
二人の傍に、横たわるメイド服をボロボロにしたイリスの姿が有った。
来人は傍に駆けて寄る。
「イリスさん!? 大丈夫!?」
イリスは薄く目を開けると、優しく微笑み、何とか身体を起こそうとする。
その背中をジューゴがぐいぐいと鼻先で押して手助けする。
「ええ、坊ちゃまもご無事で、なによりですわ。あのアークと対峙してもなお生きて戻られる――流石、わたくしの主ですわ」
それほど、イリスが一目見て分かってしまうほどに、来人の表情は曇っていたのだろう。
自分だってボロボロだというのに、真っ先に来人を慮って、来人を励まそうとする。
もしするとまだ泣いていたのだろうか、と来人は焦って腕で顔を擦ってから答える。
「……いいや。ごめん、世良を取り返せなかった。そっちは?」
「わたくしたちは、神ポセイドンと対峙しました。――そして、負けましたわ」
イリスは静かに首を振る。
「いいえ! あいつは勝敗が着く前に逃げ出したので、まだ負けていません! 次会った時は、必ず倒すのです!」
「ふふっ、そうですわね。次は、必ず――」
ジューゴが明るく励ませば、イリスも微笑みを返す。
そうしていると、
「ティル様!!」
周囲の神々の声がした。
どうやらティルが戻ったらしい。
「イリスさん、立てる?」
「ええ、問題ありませんわ」
来人の肩を借りつつ、イリスは立ち上がる。
そして、三人の契約者と共に来人はティルの元へ。
ティルは来人の顔を見るなり、怒りを露わに踏み込んで来た。
「――お前!!」
「……なんだよ」
ティルが来人の胸倉を掴む。
「どういうつもりだ。アナ様の命令は“あの女を殺す”だ」
「僕はアナ様の部下じゃあない。僕は、妹を救う」
「目を覚ませ! あれは存在していない! あの女――幻想を殺すだけで、他の全てが救われるんだぞ!」
「なら、ティルはそうするといいよ。――でも、僕はそれを許さなない」
来人はティルの手を振りほどき、剣を抜く。
「混血が……」
「お前の慕うお師匠様も、同じような事を言ってアークに下ったぞ」
「すぅ――」
ティルはもう言葉は要らないとでも言う様に、静かに怒り小さく息を吐く――と同時に、素早い動作で矢を放つ。
光速で放たれた『光』の矢、本来であれば視認する間もなく、回避不可能だ。
ましてや、ティルが対峙ていた来人は“髪色が明るい茶”だった。
それは人間の側面が表へと現れ出ている事の証であり、戦闘体勢がまだ整い切っていないという事。
最初の一矢が来人を射抜き、それで終わり。そのはずだった。
キィィィィンーー、甲高い音が、天界に響き渡る。
「何ッーー」
来人の三十字の剣の切先が、ぴったりとティルの放った『光』の矢とぶつかり合い、そして弾いた。
ティルは二の矢を放とうとする。
その時――、
「ティル様!」
重症のアナを背に乗せたライオンのガイア族、ダンデが遅れてやって来た。
その様子を見るに、どうやら来人が放置してきたアナを救助してきたようだ。
周囲の神々から声が上がる。
「アナ様……、アナ様だ!」
「ウルス様は……?」
「ソル様の姿も見えない」
その周囲からのどよめきに紛れた疑問に、アナが近くに居た神に肩を借りつつ起き上がり、そして答える。
「王の力を失っていたウルスは『破壊』への耐性が無かった。故に、その身体はもう――。だが、魂の欠片だけは何とか保護した。時間はかかるが、私の『維持』の力で元に戻すことも可能だろう。だが――」
アナはちらりと、ティルの方を見る。
ティルは静かに構えていた弓を降ろし、
「ソル様――父は、戦死しました。私とダンデを庇って、ゼウスの手によって、殺されました……」
ソル、ティル、ダンデの三人はアークという闇に染まったゼウスと対峙し、敗北した。
その戦いの結果、前衛をしていたソルが二人を庇い、死んだ。
そしてアークが来人の前を去ったのと同じタイミングで、ゼウスもまた天界を去った。
「そして、ゼウスは、去り際にこう言っていました『――次は、地球だ。神を拐かせ、血を濁らせる人間を滅ぼすのだ』と」
その言葉に、来人は咄嗟に走り出そうとする。
地球には、家族が、友人が、恋人が、沢山の“大切なもの”が有る。
傍に居た三人の契約者たちも、それに続こうとする。
しかし、その足をアナの声が止めた。
「――待て、ライト」
来人は静かに、声に振り返る。
「命令したはずだ、“あの女を殺せ”と。お前は、それが出来る場所に居た。あの女を――たった一つを犠牲にすれば、他の全てを救う事が出来た。だというのに、お前はその命を無視して、そしてこの有様だ」
この有様――アークと十二波動神によって天界はボロボロだ。
多くの神が死に、天界の戦力は半減した。
「話によれば、あの女はお前の幻想だと言う。それに間違いはないか?」
「世良は、僕の妹です」
アナの問いに、来人は首を横に振る。
「本来アークは決して復活しえなかった。そんな事、起こりようもなかった」
しかし、実際にアークは復活した。
何故か?
アナは言葉を続ける。
「王の血を持つライトの作り出した強い幻想が、アークの一部と交じり合い、魂を得た。
それによって、アークは外界で動く為の駒を手に入れてしまった。
そして、ガイア界での行いもそうだ。
お前の干渉によって氷の大地が開かれ、ゼノムが復活し、それがアーク復活の一助となった。
お前の勝手な行いの数々が、この結果を産んだ」
そんな事、分かる訳がないだろう。そう思ったが、口にしたところで何も変わりはしない。
来人自身、結局こういう状況なるだろうと思っていた。
だから、王の証を突き返すなんて真似をした。
勢い任せの行動では有ったが、結局来人の意志と天界の方針は噛み合わないのだ。
彼らは、来人にとっての世良という存在を理解出来ないのだから。
世良諸共アークを殺すとする天界側と、世良を救い出そうとする来人。
一生平行線だ。
アナは、最後の言葉を言い放つ。
「――三代目神王候補者、天野来人。アーク復活の一助となり、三柱の命に背きし者。お前を、罪人として捕縛する」
その言葉に、周囲の神々に動揺のどよめきが波及する。
「ライト様が……」
「あの鎖使いが、そんな……」
狼狽える神々。
その中で、ティルだけが強く声を上げた。
「聞いていただろう! こいつは、今この時をもって、我々の敵だ! 私に続け!」
その言葉に、数人の神がティルの周りに集まって来た。
来人を捕えるための包囲網。
しかし、その数はこれまでの天界軍に比べれば、ほんの僅かだ。
主力級であったゼウス含む十二波動神はアーク側へと堕ち、王族も殆どが殺されたか機能不全。
動ける者は、ティルとごく僅かな兵士のみ。
「みんな、まだやれる?」
来人は三人の契約者たち――唯一この場に居る、自分の仲間たちを見る。
「もちろん。ネは大丈夫だネ!」
「神様と戦うのはちょっと怖いけど――僕も、いけます!」
「わたくしは、万全とは言えませんが――この程度の数、何てこと有りません」
来人は頷く。
『憑依混沌・完全体』――その秘技が、今なら使える。
相手は数人の神と、ティルだけ。
アークにやられたアナは戦えるような状態じゃないし、ティルの相棒のダンデはアナの傍に居て、戦力外だ。
(――それなら、勝てる)
たった二か月ほど、ただの人間の人生を送っていた来人が神に成ってから、その程度の時間しか経っていない。
それでも来人はその短期間で努力し、強くなった。
来人一人なら、分からないかもしれない。
でも、ここには仲間が居る。
仲間たちと力を合わせれば、遥か先を歩いてたはずの純血の王子ティルすらも、追い抜ける。
来人はそう確信していた。
(でも――)
でも、先程のティルの言葉。
ゼウスたち十二波動神が、地球へと向かったのだ。
地球に居る大切な人達の元へ、今すぐにでも向かわなくてはならない。
しかし、来人の前にはティルが立ち塞がる。
こうしている間にも、もしかすると誰かにその魔の手が及んでいるかもしれない。
この場でティルと戦い勝利したとしても、大切な物が零れ落ちてしまえばそれは来人にとっての敗北だ。
何が最善手か。
逡巡していると、その時――。
0
お気に入りに追加
238
あなたにおすすめの小説
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
angel observerⅢ 大地鳴動
蒼上愛三(あおうえあいみ)
ファンタジー
審判の時が再び訪れた。試されるのは神か人か・・・。
ヒルデたちの前に立ち塞がるのはガイア、今なお心を探す彼女にガイアの圧倒的な力が猛威を振るう時人々は何を思うのか。
少女たちは死地へと赴く。
angel observer の第3章「大地鳴動編」開幕!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!
IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。
無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。
一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。
甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。
しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--
これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話
複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています
悪行貴族のはずれ息子【第2部 魔法師匠編】
白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
※表紙を第一部と統一しました
★作者個人でAmazonにて自費出版中。Kindle電子書籍有料ランキング「SF・ホラー・ファンタジー」「児童書>読み物」1位にWランクイン!
★第1部はこちら↓
https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/822911083
「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」
幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。
東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。
本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。
容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。
悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。
さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。
自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。
やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。
アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。
そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…?
◇過去最高ランキング
・アルファポリス
男性HOTランキング:10位
・カクヨム
週間ランキング(総合):80位台
週間ランキング(異世界ファンタジー):43位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる