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第三章 原初の破壊編
#94 世良の元へ
しおりを挟む来人は走る。妹の――世良の元へ。
(世良が幻想? アークの一部? 分からない事だらけで、頭がぐちゃぐちゃだ。でも――)
ガーネが、ジューゴが、イリスが、道を作ってくれた。背中を押してくれた。
三人の契約者たちは、世良の事を覚えて――いや、元から知りすらしない。
それでも、主人を信じて、戦ってくれている。
(――それに応えなくて、何が王だ。俺は、何一つ欠かさない。全て、この手の中に――)
親友を失わない為に、鬼と戦った。
仲間たちを失わない為に、ゼノムと戦った。
今度は、妹を――家族を守るために、アークと戦う。
大した距離じゃない。
鎖のアンカーを撃ち込み、巻き取る力を使って、吹き飛ぶ様に全力で疾走。
これまでにない程の、殆ど瞬間移動に近い程の速さだ。
奴の元へ、すぐに辿り着いた。
褐色の肌で燃えるような赤い髪、アークと、その傍には対照的に真っ白な肌で白銀色の髪、世良が地べたに腰を下ろしている。
アークは世良の肩を抱くようにして、瓦礫の山を玉座として腰を下ろして、ゆったりと惨状を眺めている。
まるで面白いショーを見ている貴族様かの様に。
その少し離れた先の地べたには、ズタズタに引き裂かれて倒れた着物の女性、アナの姿。
でも、今は構ってやれる余裕はない。
来人は真っ直ぐと、
「――世良ああああああああ!!!!」
来人は叫び、全力で剣を振るう。
王の証の剣と、三十字の剣、二刀の剣がアークを襲う。
「おっと、危ねえじゃねえか。大事な大事な世良に当たったら、どうすんだ」
来人の剣は確実にアークの首を狙って振るわれたはずだ。
しかし、
(――くそっ)
来人の刃は届かない。
アークは余裕綽々と言った様子で、片手で、それも指先だけで来人の一振りを受け止めた。
そして、そのまま軽く指先を動かして、来人を振り払う。
「ぐはっ……」
来人は地に打ち付けられる。
丁度そこは、アナが倒れ、そしてウルスがゼウスに消滅させられた場所だった。
来人とアークとの戦いの勢いで、世良の白銀色の美しい髪が、風に揺れている。
その瞳は虚ろで、来人が名を呼んでも、この天界の惨状を見ても、眉一つ動かさない。
(駄目だ、完全に洗脳されている……)
今の世良には、来人の声は届かない。
本当に来人の想像から産まれた存在なのだとしても、そこにはアークの力が混在していて、来人の意志が介入する余地がない。
その濃すぎる漆黒色に、抗えない。
アークは瓦礫の玉座から動く様子を見せない。
ただ、波動の渦がアークを中心として蠢いているだけ。
来人の剣をいなした後、追撃する素振りすら見せない。
全く敵と見做されていないのだろう。
「まだ、だ……」
それでも、来人が剣を支えとして起き上がろうとする。
その時、アナはアークに聞こえない程の微かな声で、
「ライ……ト……」
「アナ様!?」
まだ息が有ったアナが意識を取り戻した。
綺麗な着物には血が滲み赤黒く染まっていて、白い肌も傷だらけ。
戦う事は愚か、立つこともままならないだろう。
そう思っていたはずのアナの様子が、最初よりも少し違っていた。
治癒なのか、修正なのか、それとも別の何かなのか、来人には分からなかった。
それでも、アークの『破壊』を受けてもなお、少しずつだが回復を見せていた。
「横の、女を狙え。今のアークはあの女を媒介として、エネルギータンクとして力を使っているに過ぎない。だというのに、あの女自身は力を振るえない、無力同然だ」
アナもまた、世良を殺そうとする。
「だから、世良は俺の妹だ」
来人は苛立ちを抑えつつ、それでも声色には怒気が帯びる。
それでも、アナは来人を諭すように、
「違う。そんな人間、存在しない。いいか? 私がまだ生きているのも、アークに力が戻り切っていないからだ。本来で有れば、魂の欠片も残らず『破壊』されてしまう。
奴は私をあえて殺さなかった様な事を言っていたが、違う。今の奴は“私を殺し切れなかった”んだ。どれだけ痛めつけようと、私を死に至らしめる事は出来ない。
時間はかかるが、今の奴の不完全な『破壊』に私の『維持』の力が作用して、やがて元の状態へと回帰する。ウルスも、魂の欠片でもあれば、時間はかかるが元に戻せる。
分かるだろう、ライト。チャンスは今だけなんだ。あの女を殺せ、アークが取り込む前に」
アナの必死の訴え。
しかし、それでも来人の想いは変わらなかった。
「――俺は世良に救われたんだ。なのに、その世良を殺せって?」
「原初の三柱が一柱、アナの命令だ! あの女を! 殺せ!!」
「ふざけんな!!」
来人は王の証の剣を、アナと肉薄する程の間近の地に突き刺す。
「何を――」
「俺は――僕は人間だ。お前ら神の命令なんか、知らない」
来人は王の証の剣を地に突き刺したまま、三十字の剣だけを握って、ふらりと立ち上がり、再びアークに向かって歩を進める。
それは決別を意味していた。
王の証――神王候補者に配られると言うその証を、来人は原初の三柱相手に、突き立てた。突き返した。
来人は何一つ諦める気は無かった。
以前に父に問われた、己の欲――来人は全てを欲する。
親友も、仲間も、そして家族も、一度でも己の器に乗った全てを、来人はただ一欠片すらも取りこぼさない様に、囲い込む。
「で、相談は終わったか? まあ、何やっても無駄なんだが」
再びアークの前に立つ来人を、アークが嘲笑う。
来人は右手で絆の三十字の剣を握る拳を『鎖』で巻き、決して離さぬようにぎゅっと縛り上げる。
「――世良を返してもらうぞ」
「お前じゃあ相手にならん。せめて、あの時見せた『憑依混沌・完全体』くらいは、してもらわないと」
「何故、お前がそれを知っているんだ?」
アークの口から出たその言葉に、来人は驚いた。
それは、ガイア界でのあの戦いを知っている者にしか分からない事だ。
あの場、メーテルの塔の頂上に居たのは、来人と三人の契約者、そして通信を介していたメガとその助手のギザだけのはず。
(――いや、違う。それだけじゃない)
あの場には、もう一人――正確には、もう二人居た。
「まさか、ゼノム……!!」
来人と相対していた、ゼノムとファントムだ。
来人がその可能性に至ると、アークはにやりと口角を上げた。
「ご名答。俺が復活する為のピースに、必要だったんだ。
一つ、大量の波動。――“始まりの島”へのゲートを開く為のエネルギーとして、大量の波動が必要だった。
二つ、混線するゲートを閉じる。――エネルギーが有っても、目的地までのルートが無い。今この世界に数多に張り巡らされたゲートの網が、邪魔だった。
三つ、俺とコイツが再び一つになる為の手段。――元は俺の力の半分だと言っても、お前の作った魂の器に入っちまったせいで、俺といまいち同調しねえ。だから、“融合する手段”が必要だった。
そんで四つ目――は、別にいいか」
アークは愉しげに、指折り数えて行く。
それらはアークがこれまでにやって来た、自信の復活に至るまでの過程でやってきた、裏で動いていた数々のパズルのピース。
一つ目、それは白い雨合羽の通り魔だ。
その正体は、アークに操られていた世良。
波動の強い者を襲い、意識を失うまで波動を吸い尽くしていた。
二つ目、それはゲートの破壊だ。
各地で起こっていた、謎のゲートの破壊すらも、アークの仕業だった。
幻想である世良はどこにでも居て、どこにも居ない。
各地にふらりと現れて人を襲ったりゲートを破壊するなど、造作もない事だっただろう。
そして、三つ目――。
「――『憑依混沌』と『遺伝子』の色」
三つ目、アークが世良と再融合するための手段。
それが『憑依混沌』と『遺伝子』の色、ガイア界でキーとなった二つのピースだった。
「ゼノムの復活――ファントムを唆したのは、お前か」
「ああ。お友達がバラバラにされて、欠片を集めても肉の塊、哀しみに暮れていた猿に、教えてやったんだ。“氷の大地に丁度いい肉体が落ちてるぞ”ってな」
ガイア界で感じていた違和感に、合点がいった。
地下空間アビスプルートで突如現れた鬼。
鬼とは死した人間の魂が歪に歪んだ存在、ガイア界に存在するはずが無い。
(――だというのにあの場に現れたということは、地球の何者かが介入していた証拠じゃないか)
地球の何者か、つまり世良だろう。
そして、ゼノムが最後の瞬間に見せた、漆黒の波動。
その漆黒の翼を携えたゼノムの姿が、アークと被る。
しかし――、
「だが、残念だったな。お前の求めていた『遺伝子』の色はこっちの手の内に有る」
ゼノムの『遺伝子』の色は回収し、メガが培養してクローン人間として作り変えられ、今はゼノとしてゴールデン屋でアルバイトをしている。
アークの求める世良と再融合するためのピースの一つとしては、機能しない。
「いいや、ピースは既に揃った」
そう言って、アークは片手を上げる。
その手の平の上の景色が、ぼんやりと揺らめいて、そして一つの肉塊が現れた。
その肉塊はドクンドクンと脈打ち、それに合わせて周囲の景色が揺らめく。
「――『蜃気楼』!!」
「バーガ、ゼノム、ファントムの混ぜ合わさった、混沌の欠片。予めファントムに俺の力の一部を埋め込んでおいて、そして回収した」
来人が回収したのは、宙に舞う僅かな灰であり、ゼノムの全てでは無かった。
こんなにも大きな肉塊が残っていれば、それを回収したはず。
だから、その場にはそんなものなかった――いや、見えなかった。認識出来なかった。
ファントムの色『蜃気楼』だ。それによって、アークの力の一部がその肉塊を覆い、それを『蜃気楼』の幻が隠した。
かつての戦いでウルスの目すら欺き生き延びたファントムの力だ、その程度造作もなかっただろう。
アークはその混沌の欠片を二本の指で摘んで持ち上げ、そして世良の肩を抱く腕の力を強めて、ぴったりと抱き寄せる。
何をしてようとしているのか、来人にもすぐに分かった。
「それじゃあ、頂きます」
来人は話の最中、密かに地の下を這わして仕込んでおいた『鎖』の包囲網を展開させ、そして自身も地を蹴り、アークへと襲い掛かる。
アークは指で摘まんでいた混沌の欠片を落とし、大きく開いた口に落とし、ごくりと呑み込んだ。
同時に、来人が展開していた『鎖』の包囲網、その鎖の切先のアンカーが、アークの身体を貫く。
しかしそれも意に介さず、黒き漆黒の波動の奔流が渦巻き、アークと世良を包み込んで行く。
その勢いに押され、来人は弾かれてしまう。
間に合わない。
世良が、混沌の闇に呑まれて行く。
渦巻く波動、その轟音でか細い誰かの声なんて聞こえるはずも無い。
それでも、来人には世良の声が聞こえた気がした。
『たすけて、らいにい――』
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