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第三章 原初の破壊編
#87 神々の歴史
しおりを挟む仲間たちに送り出された来人は、相棒のガイア族――犬のガーネと共に、王の間へと続く長い廊下を歩いて行く。
真っ白な壁に、識読不可能な文字で世界創生の歴史が刻まれた、長い長い廊下。
それがどうしてか、王位継承戦を控えた来人には、今日はいつもよりも一段と長く感じた。
「あの時はイリスさんに強引に送り出されたけど、よく考えたら王の間に直通のゲートって防犯上まずいよなあ……」
初めてここへ来た時はこの廊下をショートカットして、自宅の扉から直接、この王の間の扉へと繋がるゲートを潜って来た。
そんな事を思い出し、来人はそうぼやく。
「多分、ジンさんが知ってる裏口みたいなもんだネ」
「ああ、やっぱり父さんの仕業か。今何してるんだろうね」
「あの人なら心配要らないネ」
来人はゆっくりと歩きながら、壁面に描かれた文字や絵を見る。
「そう言えば、何だかんだ神様になってからずっと忙しかったから、結局ここに描かれている事も調べず終いだったなあ。これから王様になろうっていうのに、その歴史も何も知らないや」
「でも、らいたんはこれまでの戦いの中で、何となくその歴史に触れて、知って来たんじゃないかネ?」
「まあ、そう言われると、断片的にはね。そう、確か――」
来人はこれまでの事を思い出しながら、壁画をなぞる。
目の前に散らばったパズルのピースを、ぴったりと嵌る様に並べて行く――。
原初の三柱、世界創生の瞬間に産まれた、三人の神。
王の間の泉に住む、水の精霊の様な姿をした少年の様な雰囲気を纏う男、初代神王、アダン。
そんなアダンを支える、神王補佐である真面目で厳しい、着物姿の女性、アナ。
そして、名だけは聞く三人目、破壊の神、アーク。
その原初の三柱は天の世界で生きる神々――自らの血族たちを増やし、繫栄して行った。
そして、後の世界で産まれた翼を持つ一族――今では、ガイア族と呼ばれている。
彼らガイア族は戦闘に秀でた一族で、強い力を持っていた。
ガイア族たちは神との共生の道――天の使いとなる事を選び、翼を失った。
しかし、ある時アークはアダンたちと決別した。
アークはアダンたちと戦い、多くの神々を、そしてアダンの相棒であり、ガーネの祖父であるガイア族、バーガを殺した。
しかし、アークがどれだけ強大な力を持っていても、所詮は一人。
結果としては、アダンたちに敗れ、二度と陽の目を浴びられぬ様に封印されたという。
アダンはアークとの戦いで勝利するも、それは辛勝であり、勝利の代償として身体を失った。
そして今ではあの泉から出られない。
その後、そうして王としての役割を果たせなくなったアダンは、子孫にその座を譲った。
二代目候補者はアダンの血を継ぐ三柱の神。
ウルス、ゼウス、カンガスの三人で、その時の王位継承戦に勝利したのはウルスだった。
その後、原初のガイア族、ゼノムとファントム――かつては竜であったはずの二人のガイア族は、その翼を取り戻すために、神々への反逆を起こし、大義の為に戦った。
その戦いには当時神王であったウルスと、その相棒のガイア族、アッシュが当たったが、ゼノムたちの力は強大だった。
全力を出さねば勝利は無いと判断したウルスは、アッシュと『憑依混沌』で融合し、器を重ねた力を用いてゼノムの魂を『分解』した。
この時、ファントムだけは瀕死の重傷を負いながらも、最後の力を振り絞り、『蜃気楼』の色で自身の死を偽装し難を逃れ、地下空間アビスプルートへ身を潜めていた。
反逆のガイア族を倒したウルス。
しかし、この時の『憑依混沌』は、まだそのリスクまで把握されていなかった。
ゼノムとの戦いの中で、シンクロ率100%の全力を出したウルスは、相棒のアッシュの器を呑み込んでしまい、その後永遠に融合が解かれる事は無かった。
ウルスの魂に、アッシュの魂が混ざり合う。
こうして、身体を失い力を失った初代神王アダンに続き、二代目神王ウルスまでもが、魂に不純物が混じり混濁した影響で、王の力を行使する事が出来なくなってしまった。
再び、新たな王を擁立する必要が有る。
次に候補者として選ばれたのは、ウルスの子たちだった。
後の来人の父であるライジン、陸の父であるリューズ、ティルの父である――、
「――えっと、ティルのお父さんって誰なんだ? そういえば、あいつとあんま仲良くないから、良く知らないな」
「ティルの父親の名はソル。ティルと違って、話しやすい良い人だネ」
「へえ。あまり他の人からも話を聞かないけれど、なんか有るの? もしかして、陸のお父さんみたいに――」
「いいや、大丈夫だネ」
一瞬来人の脳裏に嫌な想像が浮かぶが、ガーネはそれをすぐに否定した。
「ジンさんの代だと、どんな神もその極光で霞んじゃうからネ。その時代の武勇は全部ジンさんが独り占めしちゃって、他の二人は伝わる話が残っていないんだネ」
「やっぱ父さんって、規格外というか、何と言うか……」
「今は色んな神が持っている神格も、全盛期はジンさんが全部独り占めしていたって話も有るしネ」
「それは初耳」
ということは、あのゼウスやイリスというギリシャの神の名を冠する神格も、一時はライジンが持っていたという事だ。
「まあ、きっとソルも今日の王位継承戦を見に来ると思うネ」
「うちの父さんと違ってな」
「だネ」
そう言って、二人は笑い合う。
――ライジン、リューズ、ソル、三人のウルスの子たちで行われた、当時の旧三代目王位継承戦。
その戦いは一瞬で決着がついた。
当然、ライジンが圧倒的な力の差を見せつけ、勝利を収めた。
しかし、ライジンが神王と成る事はなかった。
どういう訳か、ライジンは継承の直前にその場を逃げ出したのだと言われている。
こうして、王の力を継承する権利は破棄された。
一度王位継承戦へと参加した者に二度目のチャンスは与えられない。
王の力が敗者を認める事は無いからだ。
よって、更に次の世代へと王の力の継承は託された。
そして、今日。
新三代目神王候補者たちによる、王位継承戦が行われる。
最強と謳われ最も王に近かった神、ライジンの子であり、人間の母を持つ半神半人の鎖使い、天野来人。
その色は『鎖』と『泡沫』。
そして、二人の人間と三人のガイア族という前代未聞の複数契約を成している。
リューズの子、大熊陸。
来人と同じく半神半人であり、その色は『炎』と『影』。
蒼い炎を操り、大鎌を振るう。姿はまさに“死神”の二つ名に相応しいだろう。
ソルの子、ティル。
母親はゼウスの娘であり、王の血を濃く受け継いだサラブレッド、純潔の王子だ。
その色は『光』。
光速の矢は万物を一撃で消し去るだろう。
――そうして壁画を見ながら、ガーネと話しながら、神々の歴史をなぞりながら。
長い廊下を歩いていると、しばらくすれば、正面に扉が見えて来た。
とても長く感じたはずの廊下も、気付けばあっという間だ。
「着いたネ」
「ああ。行くよ、ガーネ」
「ネ!」
来人は振り返る事も無く、その扉を開けた。
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