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第三章 原初の破壊編
#EX4 木島秋斗
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僕は木島秋斗。
僕の特徴を挙げるとすれば、地味、冴えない、根暗、そんな悲しいくらいマイナスな事しか挙げられる特徴の無い、小学生だ。
そんな僕の、何でもないお話。
最近、うちの学校に転校生が来た。
変な時期に転校して来るんだな、と思ったし、実際来たのも変な奴だった。
「イェン・テイテイ、ちゅうごくからきた」
覚えたばかりだろう拙い日本語で話す、中国人の男の子。
顔は本当に同じ小学生なのかと疑いたくなるくらい滅茶苦茶御怖いし、背も高い。
その転校生は教室に入って来ると挨拶も早々に、すぐにある一つの席へと駆けて行って、その席の子と何やら仲良さげに話していた。
先生が授業をするって宥めても聞く耳持たず、ついには自分の席を勝手にその隣に移動させだすし、怖い。
その二人は中国語で話していたから、話の内容はさっぱり分からなかったけれど、多分仲が良い友達なんだなって言うのは、雰囲気で良く伝わって来た。
その転校生、テイテイ君が話しかけていた子。
彼が僕と同じ小学生ながら、割と流暢に中国語を話せるっていうのも驚いたけど、それと同時に、ちょっと納得かなって気もした。
確か、名前は――天野来人君。
名前と黒髪の見た目からして、多分日本人だと思う。
特別クラスの中心人物って訳でもないけど、不思議な雰囲気を纏った子で、何て言うか、オーラが有るって言うのかな? そういうイメージの子。
同じクラスだから何度か話した事は有るけれど、それくらいで、別に僕とは殆ど関わりの無い子だし、それはこれからも変わらないと思う。
それと、最近に入ってから僕の持ち物が無くなる事がよくあるんだ。
最初は自分のうっかりで無くしたのかなって思っていたんだけれど、すぐに違うんだって分かった。
初めの内は鉛筆一本とか消しゴム一個とかで、そこから靴箱から靴が無くなった辺りで流石に気づいた。
僕はいじめられていたんだ。
一応犯人も分かっていて、同じクラスの三人くらいでいつも群れている、ちょっと感じの悪いグループ。
ちょっと話を小耳に挟んだところ、「あいつは貧乏だから」とか、「うじうじしていて気持ち悪い」とか、そんなくだらない理由で標的にされたらしい。
でも、悲しいかな。
僕って引っ込み思案で、止めてって言う事も、先生に相談も、なかなか出来なかった。
その日、上履きを履いて帰ったら、親はびっくりしていた。
うちはあまり裕福な家庭じゃないから、困らせちゃうなって思いつつも、やっぱり言えなかった。
ある日の事。
廊下を歩いていると、僕の少し先で、
「わあああっ!!」
と、一人の男の子が盛大にすっ転んで、そのまま持っていたプリント用紙をばら撒いていた。
流石に見て見ぬふりは出来ないし、多分僕じゃなくってもそうすると思うけれど、
「大丈夫?」
と、傍まで駆けて行って、手近な所から散乱したプリントを数枚拾って、渡してあげた。
そして、そこで気付いた。
「いてて……。ああ、ありがとう、秋斗君。ごめんね、何も無い所で転んじゃった」
そう言ってプリントを受け取った男の子は、あの天野来人君だった。
僕の顔を見て、すぐに名前を呼んでくれた。
僕みたいな目立たない奴の名前も、覚えていてくれていたみたい。
「ううん。怪我とかない?」
「うん、大丈夫!」
「今日は、あの……、テイテイ君? は一緒じゃ無いんだ」
少し名前を呼ぶのを躊躇ってしまったのは、あの怖い顔が頭を過ったから。
下手をすれば気安く呼ぶなと怒られそうだな、なんて思ってしまった。
「ああ、テイテイ君? 別に、いつも一緒って訳じゃないよ」
「そっか」
友達の居ない僕からすれば二人セットの様に見えていたけれど、よく考えればそんな事も無かったかもしれない。
ちょっと恥ずかしくなって、僕は残りのプリントを拾う事でそれを誤魔化した。
「ありがとね、秋斗君」
「いいよ、これくらい」
それから、数日後。
靴が無くなっちゃったから、履き古したサンダルを履いて登校すると、
「……あれ?」
靴箱の蓋が、閉まっていなかった。
おかしいなって思いながらも開いてみると、中にはいっぱい物が詰まってた。
また嫌がらせかなって思ったんだけど、どうやら今日のは様子が違う。
「靴と、鉛筆と、消しゴムと……」
靴箱に詰まっていたのは、今まで無くなった僕の持ち物たちだった。
鉛筆は芯の先が折れちゃってるけど、削ればまだ全然使えるし、消しゴムもカバーは無くなっているけれど、問題無い。
いじめっ子のあいつらが殊勝に返してくれる訳が無いし……と、突然返って来た私物たちに不思議に思いつつも、僕はちょっと嬉しくなって、それらをランドセルに仕舞った。
教室に入ると、視線を感じる。
その方を見ると、いじめっ子たちが僕の方を睨んでいた。
いつもよりもその視線がきつく刺さった様に感じて、何だか居心地が悪い。
僕はそっとそいつらから目を背けて、自分の席へと座った。
すると、来人君が僕が来たことに気付いて、よく分からない視線を送って来た。
僕は曖昧に笑って返して、それだけ。
その日の放課後、僕はいじめっ子たちに呼び出された。
「おい、お前。どういうつもりだ?」
「どういうつもりって?」
彼らは凄く怒っている。
でも、それが僕にはどうしてか分からない。
「とぼけるつもりかよ。チクりやがって、生意気な!」
ああ、そういう事か。
やっと理解した。
つまり、僕の盗られた持ち物が返って来たのは、それに気づいた誰かがそれを先生に言いつけたからなのだ。
きっと彼らはそれによって説教でも受けたのだろう。
でも、それは僕ではない。
そんな事をする勇気が有るのなら、もっと早くにやっている。
僕ではない誰かが僕の代わりに先生に言ってくれたのだ。良かれと思って。
でも、それは裏目に出た。
彼らは逆上して、今まさに僕を囲んでいる。
なんとか宥めようと、僕は声を上げる。
「違うよ。僕は――」
「うるせえよ! 言い訳すんのかよ!」
駄目だった。
話を聞いてもらえる様子ではない――。
翌日。
「秋斗君、その怪我どうしたの!?」
教室へ入るなり、天野君が驚いて声を掛けて来た。
それも当然で、僕は分かりやすく隠せない怪我をしていた。
頬をガーゼで覆っているし、手にも絆創膏を貼ってある。
「……ちょっと、転んだだけだよ」
僕は親にも言ったのと同じ、適当な嘘を吐いた。
だって、そうしないと、また「チクった」といって彼らの機嫌を損ねてしまう。
天野君は少し表情を曇らせて、
「あいつらが、やったの?」
「あいつらって――、どうして、知ってるの?」
天野君は、彼らの事を知っていた。どうして?
考えれば、分かる事だった。
靴箱に押し込まれていた僕の持ち物、彼らの怒りを買った先生に言いつけた誰か。
「どうしてって――」
「君が、彼らの事を先生に言いつけたの?」
僕がそう言うと、
「……ごめん。こうなるとは思わなかった」
と、天野君はこれまで聞いたことも無い様な小さな声でそう答えた。
別に、僕は天野君を責め立てる気にもならなかった。
ただ、
「余計な事、しないで」
と、それだけ言って、脇を抜けて自分の席に向かおうとした。
すると、天野君は僕の腕を掴んで引き留めて、
「秋斗君は、それで良いの?」
そんなの――、
「……良いわけ、無いじゃん」
――放課後、また呼び出された。
でも、今度はいじめっ子の彼らじゃなかった。
「天野君、どうしたの?」
今日僕を呼び出したのは、天野君だった。
その隣には、あの怖い中国人の転校生、テイテイ君も居る。
正直、怖い。
「秋斗君、言ったよね。“良いわけない”って」
「それは、そうだけど……」
「じゃあさ、やり返さないの?」
そう言われて、少しむっと来てしまった。
「やり返すって、そんな事、出来るわけないじゃん! 僕は君たちとは違うんだ! 我慢していれば、どうせすぐに飽きて他に行ってくれるのに、君が余計な事をしたから、こうなったんだろう!」
僕は柄にもなく、声を荒げてしまう。
「それは、本当にごめんね。でも、このままじゃ駄目だよ」
天野君は、僕に手を差し伸べる。
「……放っておいてよ。僕には、無理だ……」
でも、僕は背を向けて帰ろうとする。
だって、僕には彼らにやり返す勇気も、力も、何もない。
天野君みたいに、僕は強くないから。
「――待てよ」
でも、そんな僕を引き留めたのは、テイテイ君だった。
「俺はお前の事、あんま知らないけど、来人が、お前は良い奴だから、友達だから、助けたいって言うんだ。だから、来人の手を取ってやってくれないか?」
「友達……? 僕の事?」
そう聞けば、天野君は頷いてくれた。
「秋斗君は覚えていないかもしれないけれど、僕は君に何度も助けられたんだよ」
「それって、この前プリントをばら撒いていた時の話? それだけで?」
「ううん。それだけじゃないよ。言ったでしょ、何度もって」
天野君は僕の覚えていない事まで、いっぱい、いっぱい。
「前の理科の授業で、教科書を忘れた時に見せてくれたり。日直で一緒の子がサボってた時、代わりに手伝ってくれたり。――僕にだけじゃない。秋斗君は誰にだって、そうやって、困ってる人が居たら助けてくれるんだ」
「でも、そんなのって、当たり前の事で――」
「ううん。当り前じゃないよ。それは秋斗君がとっても優しい奴だからで、僕はそんなところが良いなって思って、仲良くなりたいなって思ったんだ」
僕は別に、そういうつもりでやったわけじゃない。
本当に、当たり前にそうしただけ。
天野君は、また僕に手を指し伸ばしてくれる。
「秋斗君がみんなの事を助けてくれた分、今度は僕らが秋斗君の力になる! だから、行こう!」
僕は、天野君の手を取った。
その二人の交わした握手の上に、テイテイ君も手を重ねて、三人で顔を見合わせた。
それから、僕らは彼らいじめっ子たちに仕返しをしてやる事になった。
相手は三人で、こちらも三人。一応人数差は無くなった。
「でも、僕、喧嘩なんてしたこと無いから、不安だなあ」
「そう思って、良い物を用意したんだ」
そう言って、悪い笑みを作った天野君が取り出したのは、水鉄砲とタバスコだった。
「うわあ……」
どう使うのかすぐに理解した僕は、彼らを少し気の毒に思いつつも、多分天野君と同じ悪い笑みをしていたと思う。
そして、その仕返しは大成功。
後で先生にめちゃくちゃ怒られたけれど、酷い目にあったいじめっ子の彼らはそれから大人しくなった。
我慢していればそのうち過ぎ去ると思っていたけれど、そうじゃなかった。
僕はもう、弱虫の秋斗じゃないよ。
ありがとう、天野君、テイテイ君。
――その後も、僕は天野君――ううん、来人と、テイテイ君と一緒に、三人で遊ぶようになった。
一緒に色んな所へ遊びに行った。
お祭りにも行ったし、旅行にも行った。
旅行先の土産屋さんで、三人でお揃いの十字架のアクセサリーを買ったりもした。
土産屋の店主によると、それは“絆の三十字”と呼ばれているお守りのような物で、昔の偉い王様が戦友二人と分け合った宝を模した物らしい。
その伝説になぞらえて、同じ形のアクセサリーを分け合うのがずっと続く友情のおまじないとして伝わっているのだとか。
どこの王様の話だよとか、どこに伝わっているおまじないだよとか、言いたい事は色々有るけれど、子供騙しの観光地の土産なんてそんな物だ。
きっと、店主のお兄さん? おじさん? ――あれ、お爺さんだったかな? まあ、何でもいいや。
十中八九、その店主さんの作り話だ。
来人とテイテイ君は傍目から見てもすぐに分かる様な良い服を着ているから、きっと沢山小遣いをもらったカモが来たと思われて、土産屋の店主も声を掛けて来たんだと思う。
でも、子供の僕らにはそのかっこいい十字架と、それに準えたエピソードがとても心に刺さって、少し背伸びをしてそれを買ったんだ。
そして、その絆の三十字は今も僕らを繋いでいる。
僕は首から下げたその十字架を、左の片手で握る。
もう片手の右手は変な大砲みたいになっちゃって、握れないからね。
「――アギト」
声を掛けられて、僕は顔を上げた。
「ああ、藍さん。ごめん、今行くよ」
来人も、テイテイも、僕の為に頑張ってくれている。
あの頃と一緒だ。
でも、僕はもうあの頃の弱い秋斗じゃないよ。
だから大丈夫、二人と一緒に戦える。
僕の特徴を挙げるとすれば、地味、冴えない、根暗、そんな悲しいくらいマイナスな事しか挙げられる特徴の無い、小学生だ。
そんな僕の、何でもないお話。
最近、うちの学校に転校生が来た。
変な時期に転校して来るんだな、と思ったし、実際来たのも変な奴だった。
「イェン・テイテイ、ちゅうごくからきた」
覚えたばかりだろう拙い日本語で話す、中国人の男の子。
顔は本当に同じ小学生なのかと疑いたくなるくらい滅茶苦茶御怖いし、背も高い。
その転校生は教室に入って来ると挨拶も早々に、すぐにある一つの席へと駆けて行って、その席の子と何やら仲良さげに話していた。
先生が授業をするって宥めても聞く耳持たず、ついには自分の席を勝手にその隣に移動させだすし、怖い。
その二人は中国語で話していたから、話の内容はさっぱり分からなかったけれど、多分仲が良い友達なんだなって言うのは、雰囲気で良く伝わって来た。
その転校生、テイテイ君が話しかけていた子。
彼が僕と同じ小学生ながら、割と流暢に中国語を話せるっていうのも驚いたけど、それと同時に、ちょっと納得かなって気もした。
確か、名前は――天野来人君。
名前と黒髪の見た目からして、多分日本人だと思う。
特別クラスの中心人物って訳でもないけど、不思議な雰囲気を纏った子で、何て言うか、オーラが有るって言うのかな? そういうイメージの子。
同じクラスだから何度か話した事は有るけれど、それくらいで、別に僕とは殆ど関わりの無い子だし、それはこれからも変わらないと思う。
それと、最近に入ってから僕の持ち物が無くなる事がよくあるんだ。
最初は自分のうっかりで無くしたのかなって思っていたんだけれど、すぐに違うんだって分かった。
初めの内は鉛筆一本とか消しゴム一個とかで、そこから靴箱から靴が無くなった辺りで流石に気づいた。
僕はいじめられていたんだ。
一応犯人も分かっていて、同じクラスの三人くらいでいつも群れている、ちょっと感じの悪いグループ。
ちょっと話を小耳に挟んだところ、「あいつは貧乏だから」とか、「うじうじしていて気持ち悪い」とか、そんなくだらない理由で標的にされたらしい。
でも、悲しいかな。
僕って引っ込み思案で、止めてって言う事も、先生に相談も、なかなか出来なかった。
その日、上履きを履いて帰ったら、親はびっくりしていた。
うちはあまり裕福な家庭じゃないから、困らせちゃうなって思いつつも、やっぱり言えなかった。
ある日の事。
廊下を歩いていると、僕の少し先で、
「わあああっ!!」
と、一人の男の子が盛大にすっ転んで、そのまま持っていたプリント用紙をばら撒いていた。
流石に見て見ぬふりは出来ないし、多分僕じゃなくってもそうすると思うけれど、
「大丈夫?」
と、傍まで駆けて行って、手近な所から散乱したプリントを数枚拾って、渡してあげた。
そして、そこで気付いた。
「いてて……。ああ、ありがとう、秋斗君。ごめんね、何も無い所で転んじゃった」
そう言ってプリントを受け取った男の子は、あの天野来人君だった。
僕の顔を見て、すぐに名前を呼んでくれた。
僕みたいな目立たない奴の名前も、覚えていてくれていたみたい。
「ううん。怪我とかない?」
「うん、大丈夫!」
「今日は、あの……、テイテイ君? は一緒じゃ無いんだ」
少し名前を呼ぶのを躊躇ってしまったのは、あの怖い顔が頭を過ったから。
下手をすれば気安く呼ぶなと怒られそうだな、なんて思ってしまった。
「ああ、テイテイ君? 別に、いつも一緒って訳じゃないよ」
「そっか」
友達の居ない僕からすれば二人セットの様に見えていたけれど、よく考えればそんな事も無かったかもしれない。
ちょっと恥ずかしくなって、僕は残りのプリントを拾う事でそれを誤魔化した。
「ありがとね、秋斗君」
「いいよ、これくらい」
それから、数日後。
靴が無くなっちゃったから、履き古したサンダルを履いて登校すると、
「……あれ?」
靴箱の蓋が、閉まっていなかった。
おかしいなって思いながらも開いてみると、中にはいっぱい物が詰まってた。
また嫌がらせかなって思ったんだけど、どうやら今日のは様子が違う。
「靴と、鉛筆と、消しゴムと……」
靴箱に詰まっていたのは、今まで無くなった僕の持ち物たちだった。
鉛筆は芯の先が折れちゃってるけど、削ればまだ全然使えるし、消しゴムもカバーは無くなっているけれど、問題無い。
いじめっ子のあいつらが殊勝に返してくれる訳が無いし……と、突然返って来た私物たちに不思議に思いつつも、僕はちょっと嬉しくなって、それらをランドセルに仕舞った。
教室に入ると、視線を感じる。
その方を見ると、いじめっ子たちが僕の方を睨んでいた。
いつもよりもその視線がきつく刺さった様に感じて、何だか居心地が悪い。
僕はそっとそいつらから目を背けて、自分の席へと座った。
すると、来人君が僕が来たことに気付いて、よく分からない視線を送って来た。
僕は曖昧に笑って返して、それだけ。
その日の放課後、僕はいじめっ子たちに呼び出された。
「おい、お前。どういうつもりだ?」
「どういうつもりって?」
彼らは凄く怒っている。
でも、それが僕にはどうしてか分からない。
「とぼけるつもりかよ。チクりやがって、生意気な!」
ああ、そういう事か。
やっと理解した。
つまり、僕の盗られた持ち物が返って来たのは、それに気づいた誰かがそれを先生に言いつけたからなのだ。
きっと彼らはそれによって説教でも受けたのだろう。
でも、それは僕ではない。
そんな事をする勇気が有るのなら、もっと早くにやっている。
僕ではない誰かが僕の代わりに先生に言ってくれたのだ。良かれと思って。
でも、それは裏目に出た。
彼らは逆上して、今まさに僕を囲んでいる。
なんとか宥めようと、僕は声を上げる。
「違うよ。僕は――」
「うるせえよ! 言い訳すんのかよ!」
駄目だった。
話を聞いてもらえる様子ではない――。
翌日。
「秋斗君、その怪我どうしたの!?」
教室へ入るなり、天野君が驚いて声を掛けて来た。
それも当然で、僕は分かりやすく隠せない怪我をしていた。
頬をガーゼで覆っているし、手にも絆創膏を貼ってある。
「……ちょっと、転んだだけだよ」
僕は親にも言ったのと同じ、適当な嘘を吐いた。
だって、そうしないと、また「チクった」といって彼らの機嫌を損ねてしまう。
天野君は少し表情を曇らせて、
「あいつらが、やったの?」
「あいつらって――、どうして、知ってるの?」
天野君は、彼らの事を知っていた。どうして?
考えれば、分かる事だった。
靴箱に押し込まれていた僕の持ち物、彼らの怒りを買った先生に言いつけた誰か。
「どうしてって――」
「君が、彼らの事を先生に言いつけたの?」
僕がそう言うと、
「……ごめん。こうなるとは思わなかった」
と、天野君はこれまで聞いたことも無い様な小さな声でそう答えた。
別に、僕は天野君を責め立てる気にもならなかった。
ただ、
「余計な事、しないで」
と、それだけ言って、脇を抜けて自分の席に向かおうとした。
すると、天野君は僕の腕を掴んで引き留めて、
「秋斗君は、それで良いの?」
そんなの――、
「……良いわけ、無いじゃん」
――放課後、また呼び出された。
でも、今度はいじめっ子の彼らじゃなかった。
「天野君、どうしたの?」
今日僕を呼び出したのは、天野君だった。
その隣には、あの怖い中国人の転校生、テイテイ君も居る。
正直、怖い。
「秋斗君、言ったよね。“良いわけない”って」
「それは、そうだけど……」
「じゃあさ、やり返さないの?」
そう言われて、少しむっと来てしまった。
「やり返すって、そんな事、出来るわけないじゃん! 僕は君たちとは違うんだ! 我慢していれば、どうせすぐに飽きて他に行ってくれるのに、君が余計な事をしたから、こうなったんだろう!」
僕は柄にもなく、声を荒げてしまう。
「それは、本当にごめんね。でも、このままじゃ駄目だよ」
天野君は、僕に手を差し伸べる。
「……放っておいてよ。僕には、無理だ……」
でも、僕は背を向けて帰ろうとする。
だって、僕には彼らにやり返す勇気も、力も、何もない。
天野君みたいに、僕は強くないから。
「――待てよ」
でも、そんな僕を引き留めたのは、テイテイ君だった。
「俺はお前の事、あんま知らないけど、来人が、お前は良い奴だから、友達だから、助けたいって言うんだ。だから、来人の手を取ってやってくれないか?」
「友達……? 僕の事?」
そう聞けば、天野君は頷いてくれた。
「秋斗君は覚えていないかもしれないけれど、僕は君に何度も助けられたんだよ」
「それって、この前プリントをばら撒いていた時の話? それだけで?」
「ううん。それだけじゃないよ。言ったでしょ、何度もって」
天野君は僕の覚えていない事まで、いっぱい、いっぱい。
「前の理科の授業で、教科書を忘れた時に見せてくれたり。日直で一緒の子がサボってた時、代わりに手伝ってくれたり。――僕にだけじゃない。秋斗君は誰にだって、そうやって、困ってる人が居たら助けてくれるんだ」
「でも、そんなのって、当たり前の事で――」
「ううん。当り前じゃないよ。それは秋斗君がとっても優しい奴だからで、僕はそんなところが良いなって思って、仲良くなりたいなって思ったんだ」
僕は別に、そういうつもりでやったわけじゃない。
本当に、当たり前にそうしただけ。
天野君は、また僕に手を指し伸ばしてくれる。
「秋斗君がみんなの事を助けてくれた分、今度は僕らが秋斗君の力になる! だから、行こう!」
僕は、天野君の手を取った。
その二人の交わした握手の上に、テイテイ君も手を重ねて、三人で顔を見合わせた。
それから、僕らは彼らいじめっ子たちに仕返しをしてやる事になった。
相手は三人で、こちらも三人。一応人数差は無くなった。
「でも、僕、喧嘩なんてしたこと無いから、不安だなあ」
「そう思って、良い物を用意したんだ」
そう言って、悪い笑みを作った天野君が取り出したのは、水鉄砲とタバスコだった。
「うわあ……」
どう使うのかすぐに理解した僕は、彼らを少し気の毒に思いつつも、多分天野君と同じ悪い笑みをしていたと思う。
そして、その仕返しは大成功。
後で先生にめちゃくちゃ怒られたけれど、酷い目にあったいじめっ子の彼らはそれから大人しくなった。
我慢していればそのうち過ぎ去ると思っていたけれど、そうじゃなかった。
僕はもう、弱虫の秋斗じゃないよ。
ありがとう、天野君、テイテイ君。
――その後も、僕は天野君――ううん、来人と、テイテイ君と一緒に、三人で遊ぶようになった。
一緒に色んな所へ遊びに行った。
お祭りにも行ったし、旅行にも行った。
旅行先の土産屋さんで、三人でお揃いの十字架のアクセサリーを買ったりもした。
土産屋の店主によると、それは“絆の三十字”と呼ばれているお守りのような物で、昔の偉い王様が戦友二人と分け合った宝を模した物らしい。
その伝説になぞらえて、同じ形のアクセサリーを分け合うのがずっと続く友情のおまじないとして伝わっているのだとか。
どこの王様の話だよとか、どこに伝わっているおまじないだよとか、言いたい事は色々有るけれど、子供騙しの観光地の土産なんてそんな物だ。
きっと、店主のお兄さん? おじさん? ――あれ、お爺さんだったかな? まあ、何でもいいや。
十中八九、その店主さんの作り話だ。
来人とテイテイ君は傍目から見てもすぐに分かる様な良い服を着ているから、きっと沢山小遣いをもらったカモが来たと思われて、土産屋の店主も声を掛けて来たんだと思う。
でも、子供の僕らにはそのかっこいい十字架と、それに準えたエピソードがとても心に刺さって、少し背伸びをしてそれを買ったんだ。
そして、その絆の三十字は今も僕らを繋いでいる。
僕は首から下げたその十字架を、左の片手で握る。
もう片手の右手は変な大砲みたいになっちゃって、握れないからね。
「――アギト」
声を掛けられて、僕は顔を上げた。
「ああ、藍さん。ごめん、今行くよ」
来人も、テイテイも、僕の為に頑張ってくれている。
あの頃と一緒だ。
でも、僕はもうあの頃の弱い秋斗じゃないよ。
だから大丈夫、二人と一緒に戦える。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪行貴族のはずれ息子【第2部 魔法師匠編】
白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
※表紙を第一部と統一しました
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★第1部はこちら↓
https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/822911083
「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」
幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。
東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。
本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。
容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。
悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。
さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。
自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。
やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。
アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。
そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…?
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