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第三章 原初の破壊編
#85 王位継承戦、開幕
しおりを挟む「凄い、大賑わいだね」
「だネ! あっち屋台も美味しそうだネ!」
今日は天界全体を上げてお祭り騒ぎだ。
何と言っても、待ちに待った王位継承戦、その当日ということもあり、道の端に並ぶ店の数もこれまでと比べ物にならないくらい多く、飾りつけも華やかだ。
そう。今日、来人たちは王位継承戦に挑むべく、天界へとやって来ている。
ガイア界の復興も一段落し、来人の契約者であるガーネ、ジューゴ、イリスも来人の元へと帰って来ていた。
天界の神々の様子を見れば、意味も無く楽器を奏でてみる者も居れば、踊ったり、歌を歌い出す者も居る。
新たな王が産まれる瞬間に立ち会おうと、各世界に散らばっていた神々が天界へと帰って来ているのだ。
「今日は坊ちゃまが主役ですわ。ここに集まった神々が皆、坊ちゃまが王に成る瞬間を祝福するために集まったのですわ」
「あはは……。イリスさんが応援してくれるのは嬉しいけど、僕が勝つと決まった訳でも無いし、みんながみんな応援してくれてる訳でも無いから……」
ちらり、と来人は横目で周囲の様子を窺う。
天界の大通りを不用心に歩く来人たちへと刺さる視線を向ける者たちの気配が、そこらに有る。
それはおそらく、来人たち半神半人を良く思わない、所謂純血派の神々だろう。
イリスもそれを解ったうえで、挑発する様に往来の中心でそんなことを言う物だから、来人も気が気では無い。
「でも、王様! 王様だって、負ける気なんてないのですよね? 僕は信じていますよ!」
「あ、ありがとう、頑張るね……」
イリスに続いて、ジューゴは純真無垢な黒くキラキラと輝く丸い瞳で主人を見つめながら、追い打ちの様にそう言った。
本当に心の底から来人の勝利を信じ、応援してくれているジューゴには、イリスの黒い腹の内なんて察する事が出来るはずも無い。
来人がイリスの方を窺えば、口元を手で押さえつつも、くすくすと堪え切れない笑いが漏れ出ていた。
やれやれと思いつつも、来人は気になった事をイリスに聞いてみる。
「そういえば、イリスさん。父さんから連絡は有りました?」
来人の父、天野来神とは百鬼夜行の一件以来連絡が取れていない。
元から家を空ける事の多かった来神だったが、今回は本当に完全に音信不通なのだ。
それを来人は少しだけ、ほんの少しだけ心配していた。
最強と謳われる自分の父に何かあったとは思えないが、それでも連絡くらいは寄越して欲しい物だ、と。
「いいえ。あのデブ……いえ、あの馬鹿は坊ちゃまにも奥様にも何も言わず、本当にどこに行っているのやら……。そんなだから、わたくしにも愛想を尽かされますのよ」
「あはは……。まあまあ、落ち着いて落ち着いて」
イリスはいつもよりもギアを上げた毒舌でぷりぷりと怒っていた。
「そうは言ってもですね、わたくしたちがガイア界に行っていた間に、ユウリ様にもご迷惑をおかけしましたし。旦那様はもっと――」
と、イリスの愚痴も長くなりそうだったので、来人はそれを放置して、「あ、そうだ」と、名前が出たのもあって、足を止めて、後方を歩いていた眼鏡をかけた黒髪ロングのエルフを向いて、改めて礼を述べる。
「ユウリ先生、その節は本当にお世話になりました。家の事も、テイテイ君の事も助けてくれて、何から何まで……」
我関せずと後方で団子やら何やら屋台で買い込んだ食事を抱えて食べ歩きしていたユウリは、突然矛先が向いて驚いた様子で、急いで口の中の物を咀嚼してから、
「い、いえ! そんな何度もお礼を言われる様な事では! ライジン様にはお世話になっていますから、これくらい! それに、来人君の活躍次第では、わたしのお給料アップも期待できますからね? わたしも応援していますよ」
そう言って、ユウリは最後に少しおどけて見せた後、機嫌よさげに、にこにことまた団子を口に頬張った。
そして、またひとつ食べ終えた後、
「でも、そうですね。テイテイ君を襲ったあの通り魔はまだ捕らえられていませんから、またいつ現れるか分かりません」
「前も言っていましたけど、そんなに警戒する相手なんですか?」
来人自身、白い雨合羽を着た通り魔についてはまた聞きでしかない。
それでも、どうやらテイテイとユウリはそれに対してかなりの警戒を見せているし、メガの解析によると波動の強い人間の中心に狙って犯行をしており、美海もその対象として含まれるのだと言う。
「わたしには分かりません。でも、ライジン様が警戒しろと、そう仰っていましたから」
「その父さんが、音信不通だからなあ……」
「そうなんですよねえ」
「全く、息子の晴れ舞台も見に来ずに、何をやっているんだか……」
と、結局最初の“来神が行方不明”という話題に戻って来てしまった。
そんな中、ガーネは自由にユウリの方へと寄って行って、
「ゆうりん、それちょーだい」
「いいですよ。はい、あーん」
「あんぐ。むぐむぐ……」
と、手に持っていた屋台飯を分けて貰っていた。
それを見たジューゴが「僕も僕もー!」と寄って行く。
ガーネは口をもぐもぐと動かしながら、来人の傍へと戻って来て、
「そういえば、ジンさんはともかく、テイテイは今日来ていないんだネ?」
「ああ、テイテイ君は――」
と、言いかけて、来人は言い留まる。
テイテイは今、秋斗に会いに行っている。
というのも、秋斗の方から器の世界を通してコンタクトが有ったのだ。
しかし、来人は今日大事な王位継承戦の日。
そんな訳で、テイテイが一人で秋斗に会いに行く事になったのだ。
きっと、テイテイの事だから、用が無ければ人間でありながらも我が物顔で天界に足を踏み入れて、応援に来てくれたことだろう。
秋斗は鬼人として、鬼でありながらも人の頃の記憶を有している存在。
その存在は神々にも知られてはいない。
知られてしまえば、神々はその魂を輪廻の輪に戻す為に他の鬼と同じ様に倒して核にしてしまおうとするだろう。
もっとも、それが自然の摂理として当然の行いでは有るのだが、来人にとってそれは都合が悪かった。
秋斗の魂を秋斗として人間に戻すことが、来人の目的だからだ。
それ故に、ここでその話題を出すわけには行かない。
ここは天界、周囲には多くの神々が居るのだから。
だから、来人はこう言った。
「――テイテイ君は、今日は用事があるってさ」
「そっか、らいたんの活躍を見られないなんて、残念だネ」
「お前もかよ。みんな応援してくれるのは嬉しいけど、そんなに期待を掛けられると、緊張するなあ……」
ガーネも、イリスも、ジューゴも、ユウリも、そしてここへ来ていないテイテイだって、皆来人の勝利を、来人が王に成るのだと、信じて、応援してくれている。
もちろん来人だって負ける気なんて更々ない。
王の力が有れば、秋斗を人間として蘇らせる事が出来るはずなのだから。
しかし、それでも不安が無い訳では無い。
相手は同じ半神半人の陸と、そして純血のティルだ。
来人はその二人よりも神としてかなり出遅れた所からのスタートだったし、二人の強さもよく知っているつもりだ。
来人がそんな風に弱音を吐くが、それでもガーネは全く来人の勝利を疑う様子は無い。
「まだ初めの頃のらいたんだったら、勝ち目の一つも無かったかもネ。でも、今のらいたんは違うネ。ゆうりんから神の力の基礎を学んで、テイテイから体術を叩き込まれ、ネから剣術を習った。そして、百鬼夜行では赫の鬼を倒し、ガイア界ではゼノムを倒したネ」
ガーネは真っ直ぐと、来人の瞳を見据える。
「今のらいたんと、あの頃のらいたんは、比べ物にならないネ。今のらいたんは、間違いなく神の王に相応しい男だネ。だから、ネは、ネの相棒が勝つって、信じてるネ!」
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