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第三章 原初の破壊編

#84 謎の少年

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 百鬼夜行も撃退に貢献し、ガイア界で原初のガイア族ゼノムをも倒した半神半人ハーフの鎖使い、天野来人らいと
 王位継承戦も迫る中、そんな数々の功績を残した彼の噂は天界中に広がっていた。
 もっとも、前者は同じく三代目神王候補者である陸も、後者はティルも貢献した物なので、来人だけが特別というわけでもない。
 しかし、来人は元々半分は人間だからと軽視され、王候補者としての支持率も低かった。
 それが今ではどうだろう。

 天界の白いタイル張りの道を駆けまわりながら、肩にカバンを下げた男が走っている。
 彼はカバンから何枚もの紙を取り出し、そこら中にバラまいて行く。

「号外! 号外だよ! 最新の王位継承戦の支持率ランクが出たよ!」

 宙を舞う紙の内の一枚を通りゆく一人の神が拾いあげてみると、少し前まではほぼ横並びだった三つのグラフの内、一つが抜きんでていた。
 そのグラフに記された名前は、もちろん天野来人だ。

「へえ。ライト様、ついにティル様を追い抜いたのか」
「リク様も最近『死神』として活躍している。ティル様の独壇場かと思っていたが……、これは、今回の王位継承戦も期待できそうだねえ」

 そんな声が、天界の端々から聞こえて来る。

 来人とティルがガイア界で奮闘していた間、地球で鬼退治を居ない来人の分まで熟していたのが陸だった。
 陸はその手に持つ大鎌と、蒼い炎、そして天山での修行を経て以前よりもどこか落ち着いた雰囲気を纏う様になったミステリアスなその姿から、死神の二つ名で呼ばれる様になっていた。
 淡々と鬼を狩り、魂を輪廻の輪に還してくその姿は、まさにその二つ名がぴったりだろう。

 号外の紙面には、王位継承戦の日取りも記されていた。
 そこに記されていた日付は、今から約一か月後だった。
 
 
 来人は今日も仕事の鬼退治を終え、帰りに休憩がてらゴールデン屋に寄った。
 今日はテイテイと二人だったので、すぐに片が付いた。
 これまでの戦いを経て来た来人にとって、もう鬼を相手に手こずる事など無く、それは来人の居ぬ間にも修行を怠る事の無かったテイテイも同じくだった。
 そうやって一か月後に迫る王位継承戦までの時間を過ごしていた来人たち。

 ゴールデン屋でいつものようにアイスキャンディーを齧りつつ、来人とテイテイは腰を落ち着ける。

「それにしても、あの小さな子供が作り物だなんて、まだ信じられないよ」

 来人はゴールデン屋で真面目に働く少年を横目で見ながら、そうぼやく。

「そうだな。来人が戦った――ゼノムだっけ。それの波動の残滓から、別の魂造っただなんて……。メガって本当に何者なんだ」

 少年は来人たちの視線に気づくと、にこりと薄く微笑みを返した後、また仕事へと戻って行った。
 来人は未だにその悪意の無いであろう微笑みにさえ、少し背筋がぞくりと冷える錯覚を覚えてしまう。
 それ程に、少年から感じる波動はゼノムと瓜二つなのだ。


 時は少し遡る。
 来人は帰還後少年の存在を知ってすぐ、メガ研究所ラボに駆け込んだのだ。
 勿論メガを問いただす為だ。

 しかし、いつもの様にメガの居る部屋へと入るも、そこには誰も居なかった。
 薄暗い部屋に青白く光る何枚ものモニターが有り、少し前までそこに居たであろう形跡だけが残されていた。
 
 そして、壁の一部に今まで来た時には無かった部屋への入り口がある事に気付いた。
 そこからは下へ、さらに下へと階段が伸びていた。
 おそらくこの下にメガたちは居るのだろうと踏んだ来人は、その階段を降りて行く。
 
 階段を降りた先は、如何にもな雰囲気を漂わせている薄暗い怪しい部屋だった。
 辺りには何本ものチューブ状の水槽が設置されており、中では何か肉塊の様な物が培養されている。
 そして、そのチューブの内の何本かには肉塊の代わりに人型をした物が浮かんでいた。

 よく見れば、それはゴールデン屋で見た少年だった。
 全く同じ少年の姿をした物が、何体も水槽に浮いているのだ。

「クローン……」

 来人がその光景を見て咄嗟に出たのは、そんなワードだった。
 そして、部屋の奥から声が返って来る。

「――その通りだヨ」
「メガ!」

 部屋の奥にはPCデスクの前に座り背のリュックから伸びたマジックアームでそれを操作しているメガと、そして助手として隣に立つタブレット端末を抱えたギザの姿が有った。

「これらはすべてゼノムの波動の残滓を培養して、少しずつ増やして、『遺伝子』のスキルを再現しようと試みた結果だ」
「それが、あの少年か?」
「ああ。スキルを固定化させる為にはそれを乗せる為の器が必要だった。だから、器を持つ魂を疑似的に生み出す為に生命から作った、それだけだ」

 メガはそう言うが、これは人道的に、倫理的にどうなのか、と来人が苦い表情をしていると、それを察してかメガは言葉を重ねた。

「これらは『遺伝子』のスキルによって産み出された存在しない人間――の、成り損ないたちだ。つまり、クローンと言っても誰かの人権を害す者では無いから、安心してくれヨ」

 これらと言って指すのは、水槽に浮かぶ少年たち。
 その全てがメガが『遺伝子』のスキルを出して再現する為に、その手で魂さえも作り出そうとした結果生まれた、成り損ないたちだ。
 その神の所業にすら肉薄する程の英知。

「つまり、ここに今居るのは魂を持てなかった……」

 成り損ない、つまりは失敗作たち。
 魂を持てなかった、ただの肉の塊。
 
「そう。そしてゴールデンに押し付けたあれが唯一の成功例、人工的に生み出した魂だよ。名を“ゼノ”とした。単純だが、覚えやすくて良いだろう」

 そして、メガはその神の所業を成し遂げた。
 たった一つとはいえ、それでも人工的に魂を作り出すことに成功したのだ。
 それがゴールデン屋で働く少年、ゼノだった。

 来人は大きく溜息を溢した後、壁にもたれ掛かる。

「まさかもうここまで進んでいるとは思わなかったよ。この分なら、秋斗の魂を元に戻すのも希望が見える……と思って、いいのかな?」
「どうだろうネ。鬼の魂というのは、ライトが思っているよりも歪んで、捻じ曲がって、ぐちゃぐちゃだ。それを一つずつ紐解いて行くんだから、人間のお行儀よく整った魂と一緒に考えない方が良いヨ」
「それでも、無駄じゃなかったと思えるだけいいよ。ありがとう、メガ」
「礼を言うのはまだ早いヨ、まだボクは結果を出していない。あの唯一の成功例がどう成長し、どうなって行くか。全てはそれ次第だ。つまり、焦らずに経過観察だネ」


 以上が、メガ研究所で来人が聞いた話だった。
 
「まあ、何にしても、光明は見えたんだ。秋斗に良い報告が出来そうで良かったよ」
「そうだな。あいつは今頃、どこで何をやっているんだろうか」
「テイテイ君も、会っていないの?」
「ああ。来人と一緒に会った時以来、一度も。まあ、確かあの時“我々鬼人”と言っていたし、きっと仲間が居るだろう。大丈夫さ」

 秋斗の言によれば、生前の記憶を取り戻した鬼、鬼人は複数人で組織を成している様な口ぶりだった。
 彼らもまた自分たちが元の人間の魂へと戻る為の手立てを、それこそ血眼になって探しているはずだ。
 
「会えないのはちょっと寂しいけれど、そうだね」
「来人は王位継承戦も有るんだ。それが終わって、落ち着いた頃にこちらから器の世界を通してコンタクトを取ってみるといい」
「ああ、前に僕とテイテイ君が見た夢の」
「そう。俺たちはこの絆の三十字で、どこに居ても繋がっているのだから」

 来人とテイテイは首から下げた十字架のアクセサリーをどちらからともなく手に取った。
 それは三人の契約の証であり、魂の柱。
 
 テイテイと秋斗は人間でありながら、来人の契約者だ。
 その契約が続いている限り、器の世界も繋がっている。
 どこで何をしていても、生きている限りその魂の絆は断ち切れることは無い。
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