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第二章 ガイアの遺伝子編

#83 帰還

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 カンガスの助手として、そしてガイア界をゼノムの手から救った英雄として、来人は大ゲートを潜り、帰って来た。
 しかし、英雄扱いもゲートを潜るまでの事だった。

「――はい。すみませんでした……」

 来人はアナに王の間に呼び出され、お叱りを受ける事となった。
 先に帰ったティルに密入国を告げ口されていたのだ。

「くそう。ティルのやつめ……」
「何か言ったか?」
「いいえ。反省しています……」

 一応カンガスが庇ってくれるも、流石のカンガスもアナに睨まれたとあっては立つ瀬も無く、早々に白旗を上げてしまった。
 そんな訳で、来人は帰国早々王の間の畳の上で正座してアナ様のお言葉を右から左へと聞き流していた。

「――まあ、それでも、ティル共々ゼノムの復活を食い止めたのは認めるべき功績だ。今回の無断でのガイア界への渡航によって罰を与える事はしない」
「ほっ……」
「しかし、特段報酬も評価も与える気は無い。王位継承戦はもうすぐだ、これからも励みたまえ」
「はーい」

 どうやらティルは良い感じに報告していた様で、アナ目線では来人とティルの功績が半々くらいの認識らしい。
 もっとも、来人は既にガイア界へ渡った目的を果たしているので、報酬なんて鼻から求めては無い。

 来人はガイア界に行き、目的であるゼノムの『遺伝子』のスキルを構成する波動の残滓を入手した。
 後はメガの解析結果を待ち、親友の魂を救う為のピースとして利用出来る事を祈るだけだ。
 結果を待ちつつ、アナの言う通り、迫る王位継承戦に向けて準備をしていくべきだろう。

 そして、説教を聞き終えた後。
 王の間の中央にある泉の中のアダンが声を掛けて来る。
 
「あはは。災難だったねえ~」
「まあね……。それよりも、アダン君」
「うん? なんだい?」
「バーガの事、ごめんね。身体はゼノムと一緒に燃えてしまったよ。アダン君の相棒だったんでしょう?」

 バーガはガーネの祖父に当たるガイア族であると同時に、元はアダンの契約者だった。
 そして太古の戦いで力尽き死したバーガの遺体を、アダンはあの氷の大地で大切に眠らせていた。

 氷の大地の門を開けたのは来人であり、間接的にバーガの遺体の消失に手を貸した様な物だ。
 それを来人は少し心苦しく思っていた。

 しかし、そんな来人の気持ちも他所にアダンはあっけらかんと、
 
「ああ、そんな事? いいよいいよ。どちらにせよ、僕がこんな身体となってしまっている以上、もう会いにも行けなかったんだ。ほら、人間のやる火葬とか、そんな感じでさ。バーガもきっと弔われたんじゃないかな!」

 と、そう答えるのだった。

「だと、いいね」
「うん、きっとそうだよ」

 来人はまだ長時間の正座で痺れの残る足を摩りつつ、王の間の扉へと向かう。
 そして、その扉に手を掛ける直前、手を止めて、

「――そうだ、アダン君。最後に一つ」
「何かな?」

 それは、ゼノムとの戦いの後、来人の中でもやもやと残っていた、一つの疑問。
 
「――ガイア族の翼を奪ったのは、アダン君?」
 

 ガイア界での一件も終わり、しばらくして。
 身体も完治して地球に帰って来た来人は、幼い頃からの常連の錆びた看板が目印の駄菓子屋の様な雑貨屋の様な怪しい個人経営の店、ゴールデン屋で久方ぶりに地球の仲間たちと会っていた。
 無駄に広い店内に、来人、テイテイ、美海、ユウリが集まり、店主の坂田ゴールデンはレジの奥でアイスを頬張って寛いでいる。
 
 ガーネたちガイア族の契約者たちはここには居ない。
 彼らはガイア界復興が軌道に乗るまでの間、しばらくはその手伝いの為にとガイア界へと残ったのだ。
 と言っても、イリスは天野家の家事のという仕事も有るし、その内すぐに戻って来るだろう。

 来人は集まった仲間たちとガイア界での冒険の思い出話を話の肴として、久方ぶりの落ち着いた普通の時間を過ごしていた。

「もう! 来人全然連絡くれないんだから、心配したのよ? メガもギザも、いつの間にかどっか行っちゃうし!」
「ごめんごめん。はい、これお土産」
「わ、綺麗な指輪! どうしたの、これ?」

 来人が美海に渡したお土産。
 それは、角度を変えてみれば光り方が変わる、見た事も無い様な不思議な石が嵌められた指輪だった。
 
「お世話になった人の所でちょっとお手伝いをして、その間に加工技術をちょっと習ったから作ってみたんだ」
 
 来人は地球に戻るまでの少しの間、天界のカンガスの武器屋でバイトをしていた。
 仮にも助手のポジションに収まった縁と、ガイア界で世話になったお礼だ。
 
 そして、そのバイトの中で武器を作る鍛冶師としてのカンガスの加工技術を触り程度に習い、小さな余ったガイア鉱石の端材で指輪を作った。
 それをバイト代として貰ってきたので、美海にプレゼントしたのだ。

「来人が作ったの!? すごーい! ありがと、大切にするね!」
 
 キラキラ光っていて綺麗な指輪は美海の心を見事キャッチし、すぐに機嫌を直してくれた。

「それにしても、来人君、会わない間にとっても成長しましたね。いつの間にか契約者も増えていますし、原初のガイア族を倒しちゃいますし、もうわたしじゃ先生務まりませんよ」
「まあ偶々と言うか、成り行きと言うか……」
「またまた。謙遜しなくたっていいんですよ?」

 ユウリは来人とイリスの居ない間、地球に残り天野家を守ってくれていた。
 そして、その間にテイテイと共に対峙した白い雨合羽を羽織った通り魔。

「いいや。ユウリ先生、あんただって、ただ者じゃないだろう。共に戦って、よく分かった」
「うふふっ。ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですよ。でも、わたしなんて所詮は神とは言っても末端ですから」

 ユウリはまた穏やかに笑い、それに応えた。
 
 通り魔との一件の後、テイテイもユウリと共に天野家や周囲の警戒に当たり、その過程で何度か肩を並べて戦う事が有った。
 その中でテイテイはユウリの力量を直接肌で感じ、一目置くようになっていた。
 と言っても、その推し量った力量というのも、神に関して見識の深くは無いテイテイから見て、では有るのだが。

「いや、決して世辞では無いんだが。あの通り魔の時も、真っ先にユウリ先生が――」
「――そう、その通り魔よ!」

 テイテイの言葉を遮る様に、美海が大きな声を上げた。

「どうしたの、美海ちゃん?」
「メガが言うにはね、私も狙われるかもなんだって! 怖くって全然お出かけできなかったんだから! 来人、帰って来たならボディーガードがてら付き合ってよね!」
「はいはい、どこへでもお供しますとも。――それで、通り魔って?」

 どうやら来人の居ない間に何か通り魔に関する事件が起きていたらしい、と来人は詳細を訪ねる。
 
「ああ、それは――」

 そう言いかけた、その時。

「――これ、店長から」

 と、聞き慣れない声がした。
 その声の主は、お盆を持った少年だった。

 お盆の上にはグラスが四つ乗せられていて、中にはオレンジ色の液体、おそらくオレンジジュースが注がれている。
 おそらく常連への気まぐれサービスだろう。

「あ、ありがとうございます」

 ユウリがそれを受け取り、皆にグラスを配って行く。
 
「あれ? 来人君、どうしたんですか?」
 
 しかし、来人へと差し出したグラスが受け取られないのに気づき、ユウリが不思議そうに見つめる。
 来人は呆然とその少年を見つめて、固まっていた。

「来人君?」
「来人?」
「来人、どうしたの? おーい!」

 固まっていた来人も皆に呼ばれ、はっとして、

「――あっ、ああ。ごめん、ぼうっとしてた」
「まだ疲れてるんですか?」
「いいや、もう大丈夫です。ありがとうございます」

 来人はグラスを受け取り、オレンジジュースを一口。
 落ち着いた後、改めて背を向けて店主の元へと戻って行く少年を見る。

 その様子を見た美海が答えてくれる。

「ああ、あの子? ほんの数日前に来た、バイトの子? だったかな? メガコーポレーションから押し付けられたって、坂田さんぼやいてたわよ」
「そう、なんだ……」

 来人はその少年に既視感を感じていた。
 それは、つい最近感じた感覚にとてもよく似ていた。

(間違いない。あれは、ゼノムの波動だ――)

 少年から感じる既視感、その正体はゼノムの波動と同じ物だった。
 どう見ても人間の少年であるはずの彼から、何故か原初のガイア族と同じ波動を感じるのだ。

(メガ、何を企んでいるんだ……?)

 ゼノムの波動の残滓、その全てはメガに預けてある。
 メガの研究所ラボで解析し、秋斗を人間に戻す為に遺伝子のスキルを利用できるかを実験している最中だ、と来人は認識している。
 しかし、目の前の少年から感じる波動と、そして先程の美海の言。
 もしかすると、メガが何かを――。

 来人は少年に対して警戒するが、特に不審な動きをする事も無い。
 ただ店主に支持されてオレンジジュースを出して、帰って行く。それだけだ。

 しかし、少年はぴたり、と一瞬足を止めて、振り返る。
 その瞳は真っ直ぐと来人の方を見据えていて、口元は薄く口角を上げていた。
 
 ――来人には、そう見えた。
 
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