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第二章 ガイアの遺伝子編

#79 決戦、ガイア界

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 道中、『メガ・レンズ』を通した通信上で、メガが事の顔末について話してくれた。
 
「――ファントムの持っていた肉塊、あれこそがゼノムの波動の残滓の集積した物だったんだヨ。
 ファントムはウルスとの戦いの後、『蜃気楼』のスキルで自身の死を隠蔽し、ギリギリの所で難を逃れたのだろう。そして、友であるゼノムの『分解』され塵となった欠片を、長い年月をかけて集めていた。
 しかし、それでもウルスの『分解』のスキルを諸に受けたゼノムが完全に復活出来るはずも無い。ファントムがどれだけ身を粉にして集積しても、集まったのはあの肉塊くらいが限界だった。
 もちろんそれだけではゼノムの復活には至らない、それを収める器が必要だったんだヨ」

 そこまで言われれば、来人にも言わんとする事が分かる。

「つまり、その器として目を付けたのがバーガの遺体だった訳だ」

 メガは自分の祖父の事を、どう思っているのだろうか。
 ガーネと違い表に感情をあまり出さないメガだが、この時は少し返答に間が有った。
 
「――そうだヨ。お爺ちゃん――バーガの遺体は『氷』のスキルによって時が止まり、保存状態も良好。何より同じ原初のガイア族であるとう点において親和性も抜群だっただろう。
 しかし、それでも問題が有った。バーガの遺体は誰の手も届かぬ禁足地、閉ざされた氷の大地の最奥に後生大事に保存されていた。
 だからファントムはガイア族たちに翼を与え、事件を起こす事で神を呼び寄せた。ガイア族たちは決して開ける事の無い氷の大地の門も、神ならその限りでは無いからネ。
 そしてやって来たのがライトと、そしてティルだった。ティルなんてファントムが求めていた都合の良い神そのものだっただろうネ。何せ、あの『光』の矢ならバーガの氷塊を砕く事くらい造作も無いだろう」
 
 メガの話を聞き終え、来人は溜息を小さく溢した。

「つまり、俺たちは、まんまとあいつの策に乗ってしまった訳か」
「と言っても、ライトの目的も氷の大地にあったんだから、どちらにせよ、だろうヨ」
「なんだ、フォローしてくれるのか?」
「まさか。むしろその逆で、事実を事実として述べているだけだヨ。ライトはファントムの思惑を知っていたからと言って、自分の目的を――、望む物を諦めたのかい?」
「――いいや。俺は分かっていても、秋斗を完全に取り戻す為に氷の大地の門を開けていたよ」

 そうしてメガと通信をしながらも、来人は前へと進んで行く。
 そして瓦礫の山を飛び越え、角を曲がった先、そこには――。

「くそっ、流石にタダでは通してくれないか……」

 『メガ・レンズ』の映し出すルート上に立ち塞がる暴走状態のガイア族。
 八つの頭を持ち、それぞれの頭部から炎のブレスを放ち辺りを火の海へと変えている。
 “ヤマタノオロチ”の姿をしたガイア族だ。

「メガ、他のルートは無いのか!?」
「計算結果では、こいつを倒して行くのが最速だ。空を飛ぶ多くの飛竜を掻い潜るよりも、迂回して毒の霧を吐くヒュドラを相手にするよりも、一番マシな相手だヨ」

 地獄か地獄か超地獄か、どうやら来人たちにはろくな選択肢が無いらしい。
 この大きさのヤマタノオロチ相手に素のままで戦えばパワー負けし兼ねないし、何より相手は罪の無いガイア族の民、殺してしまってもいけない。
 シンクロ率を無暗に上げない為にゼノム戦までに温存しておきたかったが、来人が覚悟を決め、再度の憑依混沌カオスフォームで立ち向かおうかとしていた、その時――。

 どこからか、遥か空からもの凄い勢いで飛んできた二つの物体。
 それはその勢いを落とす事無く、ヤマタノオロチへと突っ込んで行った。

 激しい衝撃音と共に、立ち上がる土煙。
 そして、その煙が晴れると、その突っ込んで来たのが何者かの正体が。

「よう、鎖使い! 援軍だぜ!」
「カンガスさん!」

 現れたのは山の大地で再会して、そして共にアビスプルートで戦い、来人が助手となった、あの武器屋の神カンガスだった。
 あの時と同じ身の丈を超えるサイズの大剣を担いでいる。
 そして、カンガスの隣にもう一人カンガスが――、いや、同じ姿をした獣人の男が居る。

「と、もしかしてそっちが、言っていた――」
「おう! 俺の相棒、山の大地の長、ユキだ! どうだ、格好いいだろう!」
「……」

 ユキはカンガスと違い寡黙な男の様で、こくりと頷くだけでそれを返事の代わりとした。

「俺たちがこいつを引き受ける! お前らは先に行きな!」
「ありがとうございます! 気を付けて!」
「おうよ! 帰ったらうちの店、手伝ってもらうからな!」

 カンガスとユキ、二人の獣人に任せて来人たちは先へと進む。
 しかし、少し進めばまた暴走状態のガイア族が立ち塞がり、倒して進めばまた同じ様に行く道の先に現れる。

「切りが無い。ゼノムの元まで、もう少しだって言うのに……!」
 
 レンズに映し出されているルートはもう少し。
 あと少しだというのに、道中に立ち塞がる竜たちが、来人たちの進行を鈍らせる。

「なあ、メガ!」
「落ち着け、そろそろだヨ」

 焦りからメガに当たる来人だったが、対してメガは落ち着いた調子で、“そろそろ”と、まるで何かを待っていたかの様だった。
 そして、そのメガの言葉通り、待ち人は現れた。

「ジューゴ、待たせたな!」
「我々も戦うのですぞ!」

 水の大地からジュゴイチとジュゴツー、宙を泳ぐ二人のジュゴンの兵士。

「ジュゴイチ兄さま! ジュゴツー兄さま!」

 その姿を見たジューゴはぱっと表情を弾けさせる。
 そして、

「我々もライト様の為に、道を切り開くのだ! 皆の者、かかれ!」
「「うおおおおおお!!!!」」

 自然の大地からは、ジャックと率いる部下の獣たち。
 ジャックはイリスの元へと降り立ち、声を掛ける。

「心配をかけたな、イリス」
「お兄様、ご無事で何よりですわ。もう大丈夫なんですの?」
「ああ。メガというガイア族に助けられた。そして、力を貸せと言われ、今こうして駆けつけたんだ。ここは俺たち自然の大地の戦士たちが引き受ける、イリスはライト様と共に」
「ええ、分かりましたわ。お兄様も、ご武運を」

 立ち塞がるガイア族の竜の群れを、水の大地と自然の大地の戦士たちが薙ぎ払って行き、来人たちの道が産まれる。

「らいたん、今の内に!」
「ああ、行くぞ!」

 そうして、ついにレンズの示すルートの先、目的地へ到着。
 そこは中央都市メーテル、円形に作られた都市の中央部に位置する、高くそびえる塔だった。
 その頂上に、ゼノムは居る。

 螺旋階段を上り、中腹程に差し掛かると、大きなホールに出た。
 その部屋の中心に、バチバチと弾ける電気を纏った鳥が翼を羽ばたかせていた。

「ここにも居るか」
「あれを倒さないと、先に進めないみたいだネ」
「どう致しますか? 先程までの様に、わたくしが囮となって引き受けて、坊ちゃまたちだけ先に進むという手も――」
「いいや。イリスも、そして皆も俺と共に来てもらう必要が有る。そうでなければ、ゼノムは倒せない」

 来人には有る考えが有った。
 それはゼノムとファントムを見て思いついた秘策であり、それはイリスたち来人の契約者たちの力が必要だった。
 
「王様! なら、全員で力を合わせてさっさと倒してしまいましょう!」
「ああ。すぐに片を付けるぞ!」

 そう意気込み、電気を纏った鳥――サンダーバードへと斬りかかる来人。
 しかし、

「なっ――!? 速い、速過ぎる!?」

 サンダーバードは自身の身体の全てが電気となり、まさに稲妻のごとくホールの空間を縦横無尽に飛び回る。
 その間にもバチバチと電気のオーラを放ち、それに触れた来人たちはダメージを受けてしまう。

 速さ、それは圧倒的なアドバンテージであり、その速さをそのままぶつけるだけで必殺の威力となる。
 四人がかりでも手こずってしまう。

憑依混沌カオスフォームを使えば――いや、しかし、今やるわけには行かない」
「――じゃあ、邪魔だから、どいてなよ」

 そんな時、声と共に一閃。
 その瞬きの間の一閃――『光』の矢は、サンダーバードの身体を掠め、僅かに動きを鈍らせた。

「ティル!!」

 現れたのは、ゼノムの漆黒の一閃で受けた傷を包帯で覆った痛々しい姿のティルと、そして相棒のダンデだった。
 氷の大地での戦いで倒れたティルが、今は弓と矢を手に、立ち上がり、来人たちの前に現れたのだ。

「大丈夫なのか!?」
「腹立たしい事に、見ての通りだ」

 ティルが憎々し気に来人を睨み、ふんと鼻を鳴らすと、傍に居たライオンのガイア族、ダンデは主人にへりくだる様に、

「――どうやら、彼らは”この程度“の相手にすら手こずっている様ですね」
「なっ――!? ダンデ! あなた――」

 そのダンデの言葉にイリスが抗議しようとするが、ダンデはイリスがそれを言い終える前に言葉を被せて、

「――『電気』の鳥。しかし、自分の『雷』の前では、そしてティル様の『光』の前では、その速さなど止まっているも同然」

 そう言って、スキルを発動させて『雷』を纏ったライオンは来人たちの方に軽く目配せをする。
 そして、

「彼らの代わりに、我々が見せてあげましょう! 真の“速さ”というものを!!」
「ふん。元よりそのつもりだ。――行くぞ、相棒ダンデ
「はい。ティル様」

 ティルは弓の弦を引き絞り、ダンデは地を蹴る。
 ダンデは主人を駆り立て、来人たちの為に道を切り開く役目を買って出たのだ。
 
 本来であればティルは決して請け負わず、本丸を目指しただろう。
 しかし、一度漆黒の一閃を受けて傷は深く、完全に力を発揮出来ない事をティル自身が理解していた。
 だからこそ、ダンデは主人のプライドを傷つけない形で、“来人たちが勝てないガイア族を相手にする”という建前を用意して、主人を動かしたのだ。
 
 ティル自身だってそれを理解していない程愚かでは無い。
 しかし、それでもティルは相棒の意を汲み、それに乗ってやる。
 
 ――これは、神々に綽名す反逆者を粛正する為の戦いだ。
 結果として、ゼノムが討たれればそれはティルの手柄となって返って来るのだから。

「――ここはダンデたちに任せて、行きましょう、坊ちゃま」
「ああ」

 来人たちは螺旋階段を上る。
 その先は、塔の頂上――つまり、ゼノムの元。
 
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