75 / 150
第二章 ガイアの遺伝子編
#75 蜃気楼のファントム
しおりを挟む猿の姿をしたガイア族はバーガの墓である氷塊の上に座し、来人たちを見下ろす。
そのぎょろりとした瞳と浮かべる笑みはどこか不気味で、底が見えない。
「お前は、何者だ?」
来人が問えば、猿はその口角を更に吊り上げる。
「――ファントム」
「!?」
来人たちの間に衝撃が走る。
“ファントム”、それは来人もガイア界へ発つ前にメガから聞いた名だ。
かつてゼノムと共に神々から離反した原初のガイア族の一人。
しかし、メガから聞いた話と違う。
「あなたは、古の戦いで死んだはずですわ」
そう。かつてゼノムとファントムは神々と戦い、そして二代目神王ウルスとその相棒アッシュの憑依混沌によって討たれた。
天界の記録にはそう記されているし、それは実際にウルス自身が目にした列記とした事実だ。その筈だ。
しかし、今現在来人達の目の前に現れた猿のガイア族はその反逆のガイア族“ファントム”の名を名乗っている。
「驚いている様だね。こうも容易く俺の『蜃気楼』に騙されるとは、愚かな神々だ」
そうファントムが口にした、次の瞬間。
ファントムの身体はぼんやりと輪郭を失っていき、霧の様に消える。
そして、再び現れたのは来人の背後だった。
何の気配も予備動作も無く消え、そして現れたファントム。
来人は咄嗟に柱を変化させた金色の剣を振るい、ファントムに斬りかかる。
しかし――、
「また、消えた――!?」
来人の剣の描く金色の弧は何の手ごたえも無く空を切る。
そして、再び霧の様に溶け現れたファントムは氷柱の枝の上に腰を下ろしていた。
「俺を捉えられはしないよ。それが『蜃気楼』――」
そうファントムが言葉を紡ぎ切る前に『光』の矢がファントムを射抜く。
しかし先程の来人の剣の一振りと同じ様に、矢はファントムを何の抵抗も無く通過した後、氷柱を砕くに終わった。
「ティル!!」
「様子を見ていれば――。これは、どういう事だ? こいつが黒幕――、二代目すら欺いて、氷の大地に身を潜めていたのか」
背後に控えて来人たちの様子を窺っていたティルも流石に黙って見てはいられない状況と成り、参戦。
しかし、『光』の矢が射抜いたファントムもやはり『蜃気楼』の幻。
ファントムはまた場所を変え、霧の様に現れ、そして初めと同じような事を口にする。
「だから、違うと言っただろう? 俺が潜んでいたのは氷の大地では無い。アビスプルートだよ」
「何だと?」
「言っただろう? 開門ご苦労だった、と。――俺はこの氷の大地に入る為に、これまで動いて来た。そしてお前たちは愚かにも俺の期待通りに動き、見事“門”を開いてくれた!」
ファントムは片手に持つ黒い靄を纏う肉塊を天に掲げ、声を荒らげる。
「ゼノム! 我が友よ! やっと……、やっとだ! ついにこの時が来た! 今こそ、愚かな神々に復讐を果たす時!!」
来人たちはまんまとファントムに嵌められたのだと知る。
これまでのファントムの動きから、氷の大地に潜んでいるのではないかと推測“させられた”。
本来であれば氷の大地には何人たりも立ち入る事は出来ない。そんな事、分かっていた。
それでも、正体不明の黒幕というフィルターが来人たちの視野を曇らせ、そう推測させられてしまった。
「――これまでのガイア族たちの暴走も、ここに誘導する為の陽動か」
来人が問えば、ファントムはぎょろりと眼球だけを動かして来人を見据える。
「それも有る。そして、もう一つ」
ファントムは手に持つ肉塊を来人たちに見せつける様に前方へ差し出す。
「この黒い靄に、見覚えは無いか?」
「それは、暴走したガイア族から出て来た――」
「その通り。ここには彼らの魂の“遺伝子”――翼のカタチが記憶されている」
『遺伝子』それは原初のガイア族ゼノムの色だ。
そして来人がここガイア界へ来た目的でも有る。
来人はその肉塊に視線がくぎ付けとなった。
もしかしたら、あの肉塊こそが来人が求めていた物なのではないか、と。
そんな来人の考えを察した契約者たちは、来人の傍に寄り視線を見合わせる。
「らいたん」
「坊ちゃま」
「王様!」
全てのピースが綺麗に嵌った。
来人の個人的な目的――『遺伝子』の色の入手、そしてガイア界で起こる異変の解決。
それら二つの目的、その二つのゴールが今一つになった。
“ファントムを倒す事”、それが二つの目的を同時に達成する共通のゴールだ。
この猿のガイアを倒し、黒い靄を纏う肉塊を奪い取るのだ。
来人は剣を構え直し、ファントムに切先を突き付ける。
「――開門がお前の思惑だったとしても、それはこちらも好都合だ。――お前を倒し、その肉塊も奪わせて貰う」
“全て”を欲する来人。
親友秋斗を人間に戻し、またあの頃の様にテイテイも共に三人で笑い合う為に。
そして契約者であり仲間たち、ガイア族たちの故郷の平和の為に。
何一つ、取りこぼす気は無かった。
何も奪わせない、何も諦めない、全てを手に入れる。――それが来人の覇道だ。
「――かかって来い、若き神よ!」
戦闘が始まった。
「はあああっ!!!」
周囲は樹氷の森、その氷柱の木々と枝全てが“隙間”だ。
来人は『鎖』の色をフルパワーで展開し、鎖の波を生み出す。
物量で、そ数百数千に及ぶ鎖の奔流をぶつけ、圧し潰さんとする。
しかしファントムは猿の姿を生かし身軽に木々を跳び回り、鎖の波を踏みつけて跳躍し回避。
鎖のアンカーを打ち付けて、巻き取る勢いでの高速移動。
来人はファントムに接近し斬り付ける。
しかしその攻撃もまた『蜃気楼』により産み出された幻影に往なされ、手ごたえ無く空を切る。
ファントムは再び別の場所に現れる。
「大人しく、観念なさい!」
イリスは四肢を獣に変え、その鋭い爪に『虹』を纏う。
その七色の波動を以て相反する色をぶつける事で、相手の色を中和し弱体化させる。
しかしその攻撃ものらりくらりと躱され、有効打と成らない。
「ジューゴ、行くネ!」
「はい! ガーネ先輩!」
ガーネはジューゴに跳び乗り、共に宙を泳ぐ。
そのまま接近し、ガーネは咥えた日本刀から『氷』の斬撃を放つ。
ジューゴは『岩』の鎧を纏い、体当たり。
だがやはり、そのガーネたちが相手しているファントムも実体では無い。
ガーネの斬撃も空を切り、ジューゴは体当たりの勢いのまま氷の地面にぶつかって滑って行く。
「くそう。やはり、まずは『蜃気楼』を攻略しないと駄目か……」
ファントムはバーガの墓の氷塊の周りを現れたり消えたりを繰り返し、来人たちの攻撃をまるで嘲笑うかの様に躱していく。
『蜃気楼』の色が産み出す幻覚、それを攻略しファントムの実体を引きずり出さなければ話にならない。
来人たちが攻めあぐねていると、それを見かねたティルも参戦して来る。
「これだから混血は――。私に任せて下がっていろ」
そう言って、ティルは顎で相棒のダンデに無言の指示を出す。
すると、ダンデは一歩前に出て大きく息を吸い――、
「ガオオオオオオ――!!!」
ライオンの咆哮が、氷の大地に響き渡る。
ビリビリと大気を震わせるその音圧が来人たちの肌にも伝わって来る。
その咆哮が木霊すると、ある一か所――氷塊の上にぼんやりと半透明の影が浮かび上がって来た。
バチリ、バチリと静電気の様な火花を散らしながら、その半透明の影は実体を浮かび上がらせる。
「――馬鹿な。俺の『蜃気楼』が破られた、だと……!?」
ファントムは最初に現れたバーガの墓の氷塊の上から、来人たちを見下ろすように座っていた。
「終わりだ、反逆者」
ティルは弓の弦を引き絞り、ファントム目がけて真っ直ぐと『光』の矢を放つ。
それは文字通り光速の矢だ、森羅万象あらゆる物を粉砕する最強の一撃。
光速の矢を見切り避けるなんて芸当不可能だ、一度放たれてしまえば確実のその命を仕留めるだろう。
「がはっ……!!」
ファントムの身体を、『光』の矢が貫く。
綺麗な円形の風穴が猿の胴の中心にぽっかりと空き、そこからは赤黒血が滴る。
そして、その矢の衝撃はファントムの下に在ったバーガの墓にも及び、氷塊に亀裂が走る。
亀裂は段々と広がり、ついには砕け散ってしまう。
バーガの墓は粉々と成り、まるで宝石箱をひっくり返した様なキラキラと輝く氷の粒の雨を降らせた。
氷塊の中に封じられていたバーガの遺体も露わと成り、氷の大地の外気に晒される。
その遺体はまるで水に沈む様に、ゆっくりと宙を降りて行く。
「――ふん。所詮ガイア族、神には及ばない」
ティルはそう吐き捨てる。
しかしファントムは息も絶え絶えに、血を吐き出しながらも、不気味に笑う。
「何が可笑しい」
「……いいや。ここまで上手く事が進むと、流石に笑いを堪えられなかった」
「ふん。強がりを」
実際、ファントムはどう見ても致命傷を負っている。
このまま僅かな間も経たぬうちに絶命するだろう。
しかし、ファントムは最後の力を振り絞り持っていた黒い靄を纏う肉塊を掲げる。
そして、にやりと口角を不気味に吊り上げて、こう呟いた。
「――『憑依混沌』」
肉塊からは黒い靄が大量に溢れ出す。
そしてその靄はファントムと、そしてバーガの遺体を包み込み――。
0
お気に入りに追加
238
あなたにおすすめの小説
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
angel observerⅢ 大地鳴動
蒼上愛三(あおうえあいみ)
ファンタジー
審判の時が再び訪れた。試されるのは神か人か・・・。
ヒルデたちの前に立ち塞がるのはガイア、今なお心を探す彼女にガイアの圧倒的な力が猛威を振るう時人々は何を思うのか。
少女たちは死地へと赴く。
angel observer の第3章「大地鳴動編」開幕!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
強制フラグは、いりません! ~今いる世界が、誰かの二次小説の中だなんて思うかよ! JKと禁断の恋愛するなら、自力でやらせてもらうからっ!~
ハル*
ファンタジー
高校教師の俺。
いつもと同じように過ごしていたはずなのに、ある日を境にちょっとずつ何かが変わっていく。
テスト準備期間のある放課後。行き慣れた部室に向かった俺の目の前に、ぐっすり眠っているマネージャーのあの娘。
そのシチュエーションの最中、頭ん中で変な音と共に、俺の日常を変えていく声が聞こえた。
『強制フラグを、立てますか?』
その言葉自体を知らないわけじゃない。
だがしかし、そのフラグって、何に対してなんだ?
聞いたことがない声。聞こえてくる場所も、ハッキリしない。
混乱する俺に、さっきの声が繰り返された。
しかも、ちょっとだけ違うセリフで。
『強制フラグを立てますよ? いいですね?』
その変化は、目の前の彼女の名前を呼んだ瞬間に訪れた。
「今日って、そんなに疲れるようなことあったか?」
今まで感じたことがない違和感に、さっさと目の前のことを終わらせようとした俺。
結論づけた瞬間、俺の体が勝手に動いた。
『強制フラグを立てました』
その声と、ほぼ同時に。
高校教師の俺が、自分の気持ちに反する行動を勝手に決めつけられながら、
女子高生と禁断の恋愛?
しかも、勝手に決めつけているのが、どこぞの誰かが書いている某アプリの二次小説の作者って……。
いやいや。俺、そんなセリフ言わないし!
甘い言葉だなんて、吐いたことないのに、勝手に言わせないでくれって!
俺のイメージが崩れる一方なんだけど!
……でも、この娘、いい子なんだよな。
っていうか、この娘を嫌うようなやつなんて、いるのか?
「ごめんなさい。……センセイは、先生なのに。好きに…なっちゃ、だめなのに」
このセリフは、彼女の本心か? それともこれも俺と彼女の恋愛フラグが立たせられているせい?
誰かの二次小説の中で振り回される高校教師と女子高生の恋愛物語が、今、はじまる。
悪行貴族のはずれ息子【第2部 魔法師匠編】
白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
※表紙を第一部と統一しました
★作者個人でAmazonにて自費出版中。Kindle電子書籍有料ランキング「SF・ホラー・ファンタジー」「児童書>読み物」1位にWランクイン!
★第1部はこちら↓
https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/822911083
「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」
幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。
東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。
本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。
容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。
悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。
さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。
自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。
やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。
アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。
そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…?
◇過去最高ランキング
・アルファポリス
男性HOTランキング:10位
・カクヨム
週間ランキング(総合):80位台
週間ランキング(異世界ファンタジー):43位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる