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第二章 ガイアの遺伝子編
#75 蜃気楼のファントム
しおりを挟む猿の姿をしたガイア族はバーガの墓である氷塊の上に座し、来人たちを見下ろす。
そのぎょろりとした瞳と浮かべる笑みはどこか不気味で、底が見えない。
「お前は、何者だ?」
来人が問えば、猿はその口角を更に吊り上げる。
「――ファントム」
「!?」
来人たちの間に衝撃が走る。
“ファントム”、それは来人もガイア界へ発つ前にメガから聞いた名だ。
かつてゼノムと共に神々から離反した原初のガイア族の一人。
しかし、メガから聞いた話と違う。
「あなたは、古の戦いで死んだはずですわ」
そう。かつてゼノムとファントムは神々と戦い、そして二代目神王ウルスとその相棒アッシュの憑依混沌によって討たれた。
天界の記録にはそう記されているし、それは実際にウルス自身が目にした列記とした事実だ。その筈だ。
しかし、今現在来人達の目の前に現れた猿のガイア族はその反逆のガイア族“ファントム”の名を名乗っている。
「驚いている様だね。こうも容易く俺の『蜃気楼』に騙されるとは、愚かな神々だ」
そうファントムが口にした、次の瞬間。
ファントムの身体はぼんやりと輪郭を失っていき、霧の様に消える。
そして、再び現れたのは来人の背後だった。
何の気配も予備動作も無く消え、そして現れたファントム。
来人は咄嗟に柱を変化させた金色の剣を振るい、ファントムに斬りかかる。
しかし――、
「また、消えた――!?」
来人の剣の描く金色の弧は何の手ごたえも無く空を切る。
そして、再び霧の様に溶け現れたファントムは氷柱の枝の上に腰を下ろしていた。
「俺を捉えられはしないよ。それが『蜃気楼』――」
そうファントムが言葉を紡ぎ切る前に『光』の矢がファントムを射抜く。
しかし先程の来人の剣の一振りと同じ様に、矢はファントムを何の抵抗も無く通過した後、氷柱を砕くに終わった。
「ティル!!」
「様子を見ていれば――。これは、どういう事だ? こいつが黒幕――、二代目すら欺いて、氷の大地に身を潜めていたのか」
背後に控えて来人たちの様子を窺っていたティルも流石に黙って見てはいられない状況と成り、参戦。
しかし、『光』の矢が射抜いたファントムもやはり『蜃気楼』の幻。
ファントムはまた場所を変え、霧の様に現れ、そして初めと同じような事を口にする。
「だから、違うと言っただろう? 俺が潜んでいたのは氷の大地では無い。アビスプルートだよ」
「何だと?」
「言っただろう? 開門ご苦労だった、と。――俺はこの氷の大地に入る為に、これまで動いて来た。そしてお前たちは愚かにも俺の期待通りに動き、見事“門”を開いてくれた!」
ファントムは片手に持つ黒い靄を纏う肉塊を天に掲げ、声を荒らげる。
「ゼノム! 我が友よ! やっと……、やっとだ! ついにこの時が来た! 今こそ、愚かな神々に復讐を果たす時!!」
来人たちはまんまとファントムに嵌められたのだと知る。
これまでのファントムの動きから、氷の大地に潜んでいるのではないかと推測“させられた”。
本来であれば氷の大地には何人たりも立ち入る事は出来ない。そんな事、分かっていた。
それでも、正体不明の黒幕というフィルターが来人たちの視野を曇らせ、そう推測させられてしまった。
「――これまでのガイア族たちの暴走も、ここに誘導する為の陽動か」
来人が問えば、ファントムはぎょろりと眼球だけを動かして来人を見据える。
「それも有る。そして、もう一つ」
ファントムは手に持つ肉塊を来人たちに見せつける様に前方へ差し出す。
「この黒い靄に、見覚えは無いか?」
「それは、暴走したガイア族から出て来た――」
「その通り。ここには彼らの魂の“遺伝子”――翼のカタチが記憶されている」
『遺伝子』それは原初のガイア族ゼノムの色だ。
そして来人がここガイア界へ来た目的でも有る。
来人はその肉塊に視線がくぎ付けとなった。
もしかしたら、あの肉塊こそが来人が求めていた物なのではないか、と。
そんな来人の考えを察した契約者たちは、来人の傍に寄り視線を見合わせる。
「らいたん」
「坊ちゃま」
「王様!」
全てのピースが綺麗に嵌った。
来人の個人的な目的――『遺伝子』の色の入手、そしてガイア界で起こる異変の解決。
それら二つの目的、その二つのゴールが今一つになった。
“ファントムを倒す事”、それが二つの目的を同時に達成する共通のゴールだ。
この猿のガイアを倒し、黒い靄を纏う肉塊を奪い取るのだ。
来人は剣を構え直し、ファントムに切先を突き付ける。
「――開門がお前の思惑だったとしても、それはこちらも好都合だ。――お前を倒し、その肉塊も奪わせて貰う」
“全て”を欲する来人。
親友秋斗を人間に戻し、またあの頃の様にテイテイも共に三人で笑い合う為に。
そして契約者であり仲間たち、ガイア族たちの故郷の平和の為に。
何一つ、取りこぼす気は無かった。
何も奪わせない、何も諦めない、全てを手に入れる。――それが来人の覇道だ。
「――かかって来い、若き神よ!」
戦闘が始まった。
「はあああっ!!!」
周囲は樹氷の森、その氷柱の木々と枝全てが“隙間”だ。
来人は『鎖』の色をフルパワーで展開し、鎖の波を生み出す。
物量で、そ数百数千に及ぶ鎖の奔流をぶつけ、圧し潰さんとする。
しかしファントムは猿の姿を生かし身軽に木々を跳び回り、鎖の波を踏みつけて跳躍し回避。
鎖のアンカーを打ち付けて、巻き取る勢いでの高速移動。
来人はファントムに接近し斬り付ける。
しかしその攻撃もまた『蜃気楼』により産み出された幻影に往なされ、手ごたえ無く空を切る。
ファントムは再び別の場所に現れる。
「大人しく、観念なさい!」
イリスは四肢を獣に変え、その鋭い爪に『虹』を纏う。
その七色の波動を以て相反する色をぶつける事で、相手の色を中和し弱体化させる。
しかしその攻撃ものらりくらりと躱され、有効打と成らない。
「ジューゴ、行くネ!」
「はい! ガーネ先輩!」
ガーネはジューゴに跳び乗り、共に宙を泳ぐ。
そのまま接近し、ガーネは咥えた日本刀から『氷』の斬撃を放つ。
ジューゴは『岩』の鎧を纏い、体当たり。
だがやはり、そのガーネたちが相手しているファントムも実体では無い。
ガーネの斬撃も空を切り、ジューゴは体当たりの勢いのまま氷の地面にぶつかって滑って行く。
「くそう。やはり、まずは『蜃気楼』を攻略しないと駄目か……」
ファントムはバーガの墓の氷塊の周りを現れたり消えたりを繰り返し、来人たちの攻撃をまるで嘲笑うかの様に躱していく。
『蜃気楼』の色が産み出す幻覚、それを攻略しファントムの実体を引きずり出さなければ話にならない。
来人たちが攻めあぐねていると、それを見かねたティルも参戦して来る。
「これだから混血は――。私に任せて下がっていろ」
そう言って、ティルは顎で相棒のダンデに無言の指示を出す。
すると、ダンデは一歩前に出て大きく息を吸い――、
「ガオオオオオオ――!!!」
ライオンの咆哮が、氷の大地に響き渡る。
ビリビリと大気を震わせるその音圧が来人たちの肌にも伝わって来る。
その咆哮が木霊すると、ある一か所――氷塊の上にぼんやりと半透明の影が浮かび上がって来た。
バチリ、バチリと静電気の様な火花を散らしながら、その半透明の影は実体を浮かび上がらせる。
「――馬鹿な。俺の『蜃気楼』が破られた、だと……!?」
ファントムは最初に現れたバーガの墓の氷塊の上から、来人たちを見下ろすように座っていた。
「終わりだ、反逆者」
ティルは弓の弦を引き絞り、ファントム目がけて真っ直ぐと『光』の矢を放つ。
それは文字通り光速の矢だ、森羅万象あらゆる物を粉砕する最強の一撃。
光速の矢を見切り避けるなんて芸当不可能だ、一度放たれてしまえば確実のその命を仕留めるだろう。
「がはっ……!!」
ファントムの身体を、『光』の矢が貫く。
綺麗な円形の風穴が猿の胴の中心にぽっかりと空き、そこからは赤黒血が滴る。
そして、その矢の衝撃はファントムの下に在ったバーガの墓にも及び、氷塊に亀裂が走る。
亀裂は段々と広がり、ついには砕け散ってしまう。
バーガの墓は粉々と成り、まるで宝石箱をひっくり返した様なキラキラと輝く氷の粒の雨を降らせた。
氷塊の中に封じられていたバーガの遺体も露わと成り、氷の大地の外気に晒される。
その遺体はまるで水に沈む様に、ゆっくりと宙を降りて行く。
「――ふん。所詮ガイア族、神には及ばない」
ティルはそう吐き捨てる。
しかしファントムは息も絶え絶えに、血を吐き出しながらも、不気味に笑う。
「何が可笑しい」
「……いいや。ここまで上手く事が進むと、流石に笑いを堪えられなかった」
「ふん。強がりを」
実際、ファントムはどう見ても致命傷を負っている。
このまま僅かな間も経たぬうちに絶命するだろう。
しかし、ファントムは最後の力を振り絞り持っていた黒い靄を纏う肉塊を掲げる。
そして、にやりと口角を不気味に吊り上げて、こう呟いた。
「――『憑依混沌』」
肉塊からは黒い靄が大量に溢れ出す。
そしてその靄はファントムと、そしてバーガの遺体を包み込み――。
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