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第二章 ガイアの遺伝子編
#74 氷の大地、リップバーン
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来人が台座の窪みに四色の宝玉を嵌め込むと、凍り付いていた石の壁が地鳴りと共に淡く輝きを放ち始める。
その淡い光は壁の切れ目――つまり“門”の隙間から漏れ出て、だんだんと眩く強い光へとなっていく。
「うっ……」
来人は光を受けて咄嗟に目を伏せる。
そうしていたのは一瞬の間だ。
来人が再び目を開けると、目の前に合った石の壁はどこへやら、門は開かれ先へ続く道が現れていた。
「坊ちゃま、先へ進みましょう」
「ああ」
来人はその壮大な光景に圧倒されつつも、先へ進む。
そして門を潜れば、壁の先の景色が視界に飛び込んで来た。
一面の銀世界。
冷たく凍てつくような、それでいて澄んだ空気。
しかし空は晴れ渡り、先程までの雪景色とは打って変わって暗雲一つ無い。
足元を見ればまるで磨かれた鏡の様に美しく空を反射する氷の地表。
「すごい。綺麗だ……」
そんな素直な感想が来人の口を突いて漏れ出る。
これまでの人生で、これ程までに美しい光景を見た事が無い。
肌を撫でる空気はこんなにも冷たいというのに、どこか暖かく落ち着いた心地にさせてくれる様だ。
「お爺ちゃんが、ここに眠っているんだネ」
「ガーネはお爺ちゃん――バーガに会いに、ここに来た事は無かったの?」
「これが初めてだネ。お爺ちゃんと言っても、らいたんが思っているよりとっても遠い昔に生きていたから、会った事も無いネ」
来人はそうガーネと会話をしつつも、ちらりと背後の方に意識を向ける。
そこには藍も変わらず来人たちと距離を置きつつも、視界に入る範囲で後を付いて来るティルたちが居た。
来人はティルたちに聞こえない様に、おもむろにガーネを抱き上げて小声で耳打ちする。
(僕はここで『泡沫』の色を使ってゼノムの残滓を拾えないか試さないといけない)
(だネ。その為に来たもんネ)
(でも、後ろのティルが邪魔だ。僕の目的を知られる訳にも行かない)
ティルの事だ、来人が怪しい行動を取っていればまた突っかかって来るに決まっているし、もし鬼人の事がバレてしまえば最悪の場合ティルと王位継承戦前に戦う事に――。
いや、もっと酷ければ鬼の魂を輪廻の輪に還そうとする神々とそのまま人間に戻そうとする来人の間で揉め、そのまま天界と敵対する可能性もあり得なくはない。
だから、来人は秘密裏に目的を果たす必要が有った。
直ぐには動けない、機を窺う必要が有る。
(それと、異変の黒幕だ。どこに潜んでいるか分からない)
それに、目の上のたん瘤――正体不明の黒幕の存在も来人の目的達成の障害となっていた。
相手はガイア族を暴走させるという不思議な術を用いて来る。
つまり、イリスたち来人の契約者たちも危険に晒される可能性が有るのだ。
まずはガイア界の平穏と仲間たちの安全の為にも、黒幕の排除からだ。
「らいたん、まずはお爺ちゃんのお墓に行ってみるネ」
「わたくしも賛成ですわ。相手がどこに居るか分かりませんが、ここ氷の大地において目ぼしい探索箇所もそこしか有りませんし」
来人も二人の意見に首肯し、一行はバーガの墓を目指して氷の大地を進んで行く。
歩き出してしばらくは、一面何も無い天と地が鏡合わせの景色が続いているだけだった。
しかし、背後を見ればそこに在った高い壁も遠く小さくなって来た頃、少しずつ辺りの様子も変わって来た。
それは氷柱だ。
文字通りの、氷の柱。
まるで木々の様に、鏡の地面から結晶の様な氷の幹が生えている。
樹氷が葉の様になっていて、本当の樹木が丸々凍り付いたのではないかと錯覚する程。
歩く来人達の姿が足元だけでなく、周囲のその氷の柱の幹に反射して映り、不思議な感覚に陥りそうだ。
「なんか、変な所ですねー」
ジューゴは氷の幹の合間を縫って泳ぎながら、そんな呑気な感想を述べる。
「そうですわね。ちゃんと真っ直ぐと進んでいるのか、不安になってしまいますわ」
「でも、そろそろこの森? も抜けられそうですよ。ほら」
来人が指す先に、樹氷の森の切れ目が見えていた。
先を抜けると、氷の柱に囲まれた一際開けた空間が現れた。
そして、その広い空間の中心に、大きく背景まで透かす程に透き通った氷の塊。
その氷の塊はからは、まだ少し距離のある来人たちが圧されそうになる程に強い波動が放たれている。
「――すごい、なんだこれは……」
「近づくだけで、ぺしゃんこにされそうです!」
「間違いありませんわ、これが――」
皆一様に理解した。
肌で感じる感覚が、嫌でもそれを解らせて来た。
「――お爺ちゃんの、お墓だネ」
これこそが初代神王アダンの相棒にして原初のガイア族の一人、バーガの墓なのだと。
間違いない。この氷の塊を中心に、この世界は彩られている。
来人たちはその波動の圧に気圧されそうになりつつも、ゆっくりとその氷の塊に近づいて行く。
すると、透き通る氷の中に何かが在るのが見えて来た。
それは犬だ。
ガーネと似ている様で、どこか違う。
白い体毛に耳の辺りのワンポイントが特徴的な犬が、氷漬けになって眠っている。
「これが、ガーネのお爺ちゃん?」
来人たちは氷の中で眠るバーガの遺体を見上げる。
まるで生きたまま氷漬けになったみたいに、綺麗な状態で眠っている様だ。
「初めて会ったのに、初めてじゃないみたいだネ。――お爺ちゃん、お爺ちゃんだネ」
ガーネは噛み締める様に、そう呟く。
「本当に、バーガ様は死んでいるんですの? だって、この波動――」
来人もイリスの言いたい事がよく分かる。
死んでいてもなお綺麗な状態で残る肉体から、これだけの量の波動を放出し続けている。
それらはすべて通常ではあり得ない事だ。
「間違いなく、もう死んでいるネ。空っぽの器から、それでもまだ『氷』の色の波動の残滓が溢れているんだネ」
「そう言えば、ガーネもバーガと同じ色を持っているって言ってたな」
「だネ。同じ『氷』――でも、ここまで出力が違うと、ちょっと自信無くすネ」
ガーネは少し悲しそうにそう呟く。
祖父であるバーガの『氷』の色をガーネは自らの力で再現して見せ、そして来神に認められて三代目神王候補である来人の相棒となった。
その来人の相棒であるという事実はガーネの自信の源だった。
ジューゴが、そしてイリスが、引いてはテイテイが、秋斗が、来人の契約者が増えたとしても、ガーネは来人の相棒だと。
それでも、本物の『氷』の色、その一片でしか波動の残滓にすら、ガーネは及ばないのだと自覚してしまった。
偉大なる祖父を誇りに思うと同時に、ほんの少しの寂しさがガーネの胸を突いた。
そんなガーネを見て、来人はそっと頭を撫でる。
「いいや。お前は最高の相棒だよ」
「ネ……えへへ」
ガーネは照れ臭そうに笑って頭を来人の手に押し付けて来た。
その様子を見たジューゴが「いいなー!」と来人にくっついて来る。
そうしてじゃれていると、突然どこかからパキリとガラスが割れるような甲高い音。
来人はその音に聞き覚えがあった。
地下空間アビスプルートと同じ、空間の崩落だ。
そして、ふと視界に何かが過る。
周囲の鏡の様な氷に反射した何かの影。
一瞬で空気が変わる。
皆に緊張が走り、背中合わせで皆が臨戦態勢を取る。
来人の髪色も白金に染まる。
「相手はガイア族を暴走させる、気を付けろ」
来人はガイア族の仲間たちに注意を促し、そして周囲の気配を探る。
しかし、バーガの墓である氷塊から放たれる強い波動が、その全てを掻き消してしまう。
強すぎる色が、周囲の気配すらも塗り潰してしまう。
「――そう言う事か」
来人は気づく。
この氷の大地リップバーンを異変の黒幕が隠れ蓑としていた理由を。
「どういう事ですの!?」
「“奴”はバーガの墓から溢れる波動をカモフラージュとする為に、氷の大地に自分の身を隠していたんだ!」
ここなら、どれだけ不審な動きを見せても誤魔化せる。
決して補足される事は無い。
そう来人が声を上げた時、
「――惜しいな。少し違う」
聞き慣れない声が耳に入る。
「――!?」
声の元へ視線を向けると、声の主はバーガの墓である氷の塊の上に座っていた。
その姿は、ボロ切れの様なフードを被ったガイア族。
氷の大地の冷たい風がそのフードを煽り、姿が露わとなる。
フードのガイア族、異変の黒幕。
その正体は、“猿”だった。
猿の姿をしたガイア族。
傷だらけで、どこか老いて見える。
その手には、黒い靄に覆われどくんどくんと脈打つ不気味な肉塊。
「――氷の大地の開門、ご苦労だったね」
猿のガイア族は不気味に笑い、そう言って来人たちを見下ろす。
その淡い光は壁の切れ目――つまり“門”の隙間から漏れ出て、だんだんと眩く強い光へとなっていく。
「うっ……」
来人は光を受けて咄嗟に目を伏せる。
そうしていたのは一瞬の間だ。
来人が再び目を開けると、目の前に合った石の壁はどこへやら、門は開かれ先へ続く道が現れていた。
「坊ちゃま、先へ進みましょう」
「ああ」
来人はその壮大な光景に圧倒されつつも、先へ進む。
そして門を潜れば、壁の先の景色が視界に飛び込んで来た。
一面の銀世界。
冷たく凍てつくような、それでいて澄んだ空気。
しかし空は晴れ渡り、先程までの雪景色とは打って変わって暗雲一つ無い。
足元を見ればまるで磨かれた鏡の様に美しく空を反射する氷の地表。
「すごい。綺麗だ……」
そんな素直な感想が来人の口を突いて漏れ出る。
これまでの人生で、これ程までに美しい光景を見た事が無い。
肌を撫でる空気はこんなにも冷たいというのに、どこか暖かく落ち着いた心地にさせてくれる様だ。
「お爺ちゃんが、ここに眠っているんだネ」
「ガーネはお爺ちゃん――バーガに会いに、ここに来た事は無かったの?」
「これが初めてだネ。お爺ちゃんと言っても、らいたんが思っているよりとっても遠い昔に生きていたから、会った事も無いネ」
来人はそうガーネと会話をしつつも、ちらりと背後の方に意識を向ける。
そこには藍も変わらず来人たちと距離を置きつつも、視界に入る範囲で後を付いて来るティルたちが居た。
来人はティルたちに聞こえない様に、おもむろにガーネを抱き上げて小声で耳打ちする。
(僕はここで『泡沫』の色を使ってゼノムの残滓を拾えないか試さないといけない)
(だネ。その為に来たもんネ)
(でも、後ろのティルが邪魔だ。僕の目的を知られる訳にも行かない)
ティルの事だ、来人が怪しい行動を取っていればまた突っかかって来るに決まっているし、もし鬼人の事がバレてしまえば最悪の場合ティルと王位継承戦前に戦う事に――。
いや、もっと酷ければ鬼の魂を輪廻の輪に還そうとする神々とそのまま人間に戻そうとする来人の間で揉め、そのまま天界と敵対する可能性もあり得なくはない。
だから、来人は秘密裏に目的を果たす必要が有った。
直ぐには動けない、機を窺う必要が有る。
(それと、異変の黒幕だ。どこに潜んでいるか分からない)
それに、目の上のたん瘤――正体不明の黒幕の存在も来人の目的達成の障害となっていた。
相手はガイア族を暴走させるという不思議な術を用いて来る。
つまり、イリスたち来人の契約者たちも危険に晒される可能性が有るのだ。
まずはガイア界の平穏と仲間たちの安全の為にも、黒幕の排除からだ。
「らいたん、まずはお爺ちゃんのお墓に行ってみるネ」
「わたくしも賛成ですわ。相手がどこに居るか分かりませんが、ここ氷の大地において目ぼしい探索箇所もそこしか有りませんし」
来人も二人の意見に首肯し、一行はバーガの墓を目指して氷の大地を進んで行く。
歩き出してしばらくは、一面何も無い天と地が鏡合わせの景色が続いているだけだった。
しかし、背後を見ればそこに在った高い壁も遠く小さくなって来た頃、少しずつ辺りの様子も変わって来た。
それは氷柱だ。
文字通りの、氷の柱。
まるで木々の様に、鏡の地面から結晶の様な氷の幹が生えている。
樹氷が葉の様になっていて、本当の樹木が丸々凍り付いたのではないかと錯覚する程。
歩く来人達の姿が足元だけでなく、周囲のその氷の柱の幹に反射して映り、不思議な感覚に陥りそうだ。
「なんか、変な所ですねー」
ジューゴは氷の幹の合間を縫って泳ぎながら、そんな呑気な感想を述べる。
「そうですわね。ちゃんと真っ直ぐと進んでいるのか、不安になってしまいますわ」
「でも、そろそろこの森? も抜けられそうですよ。ほら」
来人が指す先に、樹氷の森の切れ目が見えていた。
先を抜けると、氷の柱に囲まれた一際開けた空間が現れた。
そして、その広い空間の中心に、大きく背景まで透かす程に透き通った氷の塊。
その氷の塊はからは、まだ少し距離のある来人たちが圧されそうになる程に強い波動が放たれている。
「――すごい、なんだこれは……」
「近づくだけで、ぺしゃんこにされそうです!」
「間違いありませんわ、これが――」
皆一様に理解した。
肌で感じる感覚が、嫌でもそれを解らせて来た。
「――お爺ちゃんの、お墓だネ」
これこそが初代神王アダンの相棒にして原初のガイア族の一人、バーガの墓なのだと。
間違いない。この氷の塊を中心に、この世界は彩られている。
来人たちはその波動の圧に気圧されそうになりつつも、ゆっくりとその氷の塊に近づいて行く。
すると、透き通る氷の中に何かが在るのが見えて来た。
それは犬だ。
ガーネと似ている様で、どこか違う。
白い体毛に耳の辺りのワンポイントが特徴的な犬が、氷漬けになって眠っている。
「これが、ガーネのお爺ちゃん?」
来人たちは氷の中で眠るバーガの遺体を見上げる。
まるで生きたまま氷漬けになったみたいに、綺麗な状態で眠っている様だ。
「初めて会ったのに、初めてじゃないみたいだネ。――お爺ちゃん、お爺ちゃんだネ」
ガーネは噛み締める様に、そう呟く。
「本当に、バーガ様は死んでいるんですの? だって、この波動――」
来人もイリスの言いたい事がよく分かる。
死んでいてもなお綺麗な状態で残る肉体から、これだけの量の波動を放出し続けている。
それらはすべて通常ではあり得ない事だ。
「間違いなく、もう死んでいるネ。空っぽの器から、それでもまだ『氷』の色の波動の残滓が溢れているんだネ」
「そう言えば、ガーネもバーガと同じ色を持っているって言ってたな」
「だネ。同じ『氷』――でも、ここまで出力が違うと、ちょっと自信無くすネ」
ガーネは少し悲しそうにそう呟く。
祖父であるバーガの『氷』の色をガーネは自らの力で再現して見せ、そして来神に認められて三代目神王候補である来人の相棒となった。
その来人の相棒であるという事実はガーネの自信の源だった。
ジューゴが、そしてイリスが、引いてはテイテイが、秋斗が、来人の契約者が増えたとしても、ガーネは来人の相棒だと。
それでも、本物の『氷』の色、その一片でしか波動の残滓にすら、ガーネは及ばないのだと自覚してしまった。
偉大なる祖父を誇りに思うと同時に、ほんの少しの寂しさがガーネの胸を突いた。
そんなガーネを見て、来人はそっと頭を撫でる。
「いいや。お前は最高の相棒だよ」
「ネ……えへへ」
ガーネは照れ臭そうに笑って頭を来人の手に押し付けて来た。
その様子を見たジューゴが「いいなー!」と来人にくっついて来る。
そうしてじゃれていると、突然どこかからパキリとガラスが割れるような甲高い音。
来人はその音に聞き覚えがあった。
地下空間アビスプルートと同じ、空間の崩落だ。
そして、ふと視界に何かが過る。
周囲の鏡の様な氷に反射した何かの影。
一瞬で空気が変わる。
皆に緊張が走り、背中合わせで皆が臨戦態勢を取る。
来人の髪色も白金に染まる。
「相手はガイア族を暴走させる、気を付けろ」
来人はガイア族の仲間たちに注意を促し、そして周囲の気配を探る。
しかし、バーガの墓である氷塊から放たれる強い波動が、その全てを掻き消してしまう。
強すぎる色が、周囲の気配すらも塗り潰してしまう。
「――そう言う事か」
来人は気づく。
この氷の大地リップバーンを異変の黒幕が隠れ蓑としていた理由を。
「どういう事ですの!?」
「“奴”はバーガの墓から溢れる波動をカモフラージュとする為に、氷の大地に自分の身を隠していたんだ!」
ここなら、どれだけ不審な動きを見せても誤魔化せる。
決して補足される事は無い。
そう来人が声を上げた時、
「――惜しいな。少し違う」
聞き慣れない声が耳に入る。
「――!?」
声の元へ視線を向けると、声の主はバーガの墓である氷の塊の上に座っていた。
その姿は、ボロ切れの様なフードを被ったガイア族。
氷の大地の冷たい風がそのフードを煽り、姿が露わとなる。
フードのガイア族、異変の黒幕。
その正体は、“猿”だった。
猿の姿をしたガイア族。
傷だらけで、どこか老いて見える。
その手には、黒い靄に覆われどくんどくんと脈打つ不気味な肉塊。
「――氷の大地の開門、ご苦労だったね」
猿のガイア族は不気味に笑い、そう言って来人たちを見下ろす。
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