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第二章 ガイアの遺伝子編
#64 自然の大地、リンクフォレスト
しおりを挟むカンガスと共に地下空間アビスプルートを抜け、地上へと戻って来た来人。
しかし、空間の裂け目を抜けたその場所は直前まで居た山の大地グロッグウォールでは無かった。
天を突くような高い木々の囲まれた、自然豊かな森の中。
暖かい陽射しと澄んだ空気に、来人は胸を膨らませた。
「ここは――」
「――自然の大地、リンクフォレストだな」
「自然の大地!?」
来人は驚き、ガイア界の地図を思い浮かべる。
中央には中央都市メーテル、そして来人の旅の始点は水の大地ディープメイル。
そこから順に自然の大地リンクフォレストまで辿り着こうと思うと、山の大地グロッグウォールを通って、そして炎の大地コルナポロニアをも通過する必要があったはずだ。
来人たちが地下空間アビスプルートに落ちたのは山の大地だったはずで、それなのに今居るのは自然の大地。
つまり、炎の大地を通り過ぎてしまったのだ。
「どうしよう、イリスさんたちを追い抜いてしまったかも……」
来人は想像以上に自分たちが前に先に進んでしまっていた事に戸惑いを見せるが、カンガスは落ち着いた様子でその言葉を否定する。
「いいや、大丈夫だろう。炎の大地は熱すぎて普通は長く滞在しようとは思わない。もしあいつらも先に進んでいるのなら、さっさと抜けているはずだ」
「確かに、水の大地出身のジューゴなんて特に肌に合わないですよね」
「ああ。今頃かぴかぴの乾物になってるかもしれないぜ」
「あはは……」
そんな話をしながら、来人たちは木々の合間を抜けて行く。
ぽかぽかとした温かい陽射しが先程まで居た地下空間のじめじめとした陰気で暗い雰囲気と対照的で気持ちが良く、来人の足取りもどこか軽いものとなっていた。
しばらく歩くと、大樹の上に建てられたおそらく居住区と思われる建物が見えて来た。
それらは全てツリーハウスの様になっていて、水上に暮らす水の大地の民や地に足を着けて暮らす山の大地の民たちとも異なる生活スタイルなのが伺える。
「着いたな。ここに鎖使いの仲間も居るかもしれないぞ」
二人は少し足場の悪い階段を上り、大樹の上に有るツリーハウス群へ向かう。
すると、丁度通りすがりの人――いや、ガイア族に人は居ない。通りすがりのガイア族が居た。
彼女は斑点模様の体毛と、線の細い体躯――、チーターの姿をしたガイア族だった。
何となく纏う雰囲気からメスなのだと分かる。
「すみません」
来人はチーターの女の子に声をかけた。
彼女は神である来人を見ると少し驚いた表情を見せたが、すぐにぺこりと小さくお辞儀を返した。
カンガスはガイア族の相棒と同じ顔をしているから馴染んでいるが、来人はどう見ても人型なのだから、当然だ。
「はい、神様。こんなにお客様が来られるなんて、今日は珍しい日ですね。一体どうされたのですか?」
「ええっと、人型のガイア族を見ませんでした? イリスさんって言うんですけど、あと一緒に犬とジュゴンも居ると思うんですけど」
来人がそう訊ねると、チーターの女の子はくすりと笑って答えてくれた。
「ふふっ。イリスはここでは有名人ですから、そんな風に仰られなくても分かりますよ?」
「あ、そっか」
神格を得たライジンの契約者、それだけで故郷のガイア界では英雄扱い、超有名人だ。
「ええ。それとイリスなら丁度里帰りしています。私もさっき会って来たところですが、今は可愛い犬とジュゴンの子供と一緒に長の家で挨拶をしているはずです」
「ありがとうございます! ――良かった、みんなと合流出来そうだ」
「イリスにはいい友人が沢山出来たみたいですね」
「そうですね、いっぱいお世話になってます」
来人がそう答えると、チーターの女の子はまたくすりと笑った後、「それでは、失礼します」とぺこりと小さくお辞儀をして立ち去って行った。
その後、教えてもらった通りにカンガスと共に長の家へ向かった。
長の家は巨大な大樹の幹をくり抜いた穴の中に有った。
淡い暖色の光を放つランプが天井から吊るされていて、落ち着いた空間だ。
そこには見慣れた後ろ姿が有った。
「――みんな!」
来人とカンガスが室内に入って来ると、すぐにそれに気づいたイリスたちが声を上げて駆け寄って来た。
「坊ちゃま! ご無事でしたか!」
「らいたん! 遅かったネ!」
「王様! 良かった~」
三者三様に、主人の無事を喜ぶガイア族たち。
来人は早速飛びついて来るガーネとジューゴを抱き止める。
揉みくちゃにされながら再会を一通り喜んだ後、来人は改めて周囲の様子を見て見る。
長の家の室内には、イリスたちの他にも数人が居た。
まずは奥に控える自然の大地の長。
これまでの長達と同じく神格持ちで、動物ではなく人型の姿をしている。
その姿は一見して普通の人間の女性の様で、美しいブロンド色のショートヘアが印象的だ。
しかし、ある一点だけが異なっている。
それは耳だ。その耳だけが長く尖った特徴的な形をしていたのだ。
「――エルフ?」
長の女性は所謂エルフの様な容姿をしていた。
それ自体には見覚えが有り、髪色は全く違えど来人の家庭教師の先生であるユウリもエルフだった。
「はい。このリンクフォレストの長、リーンと申します」
自然の大地リンクフォレストの長、エルフのリーンだ。
そして、その隣に控える従者。
ジャガーの姿をしたガイア族の男が一歩前に出て名乗る。
「リーン様の傍付き、ジャックだ」
「ジャックって、確か――」
来人も聞き覚えの有った名前だ。
確か、イリスがその名を口にしていたと記憶している。
「――ええ。わたくしのお兄様ですわ」
「不出来な兄だが、見ての通りリーン様に仕えさせて頂いている」
「もう、お兄様ったら。謙遜はおやめください」
片や神格を得て人型になっている所為で似ても似つかないが、そんな兄妹のやり取り。
しかし、一見仲睦まじげに見えるそれも、ジャックの表情は少し苦い物になっている様だった。
「それで、本日はどうして――」
と、リーンが来人に話しかけようとしていた、その時。
この空間には、もう二つの人影が有った。
「――おい、どうしてお前がここに居るんだ?」
「ティル!?」
そこに居たのは、ティルと相棒のライオンのガイア族ダンデの二人だった。
ティルは苛立ちを隠そうともしない声色で、来人を睨みつける。
「何も驚く事は無いだろう。私はアナ様から直々に命を受けて、ガイア界で起きている異変の調査を行っている。それに対して、お前は何故ここに居るんだ?」
そう言えば、と来人は思い出す。
来人がガイア界への来訪を却下された理由の一つに、ティルを先に調査に派遣した為という物が有った。
であれば、当然ガイア界のどこかにティル居る訳で、最初に異変の起きたここリンクフォレストに居るのも道理だ。
そして、先程のチーターの女の子は「こんなにお客様が」と言っていた。
同郷であるイリスの事をお客様とは言わない。
つまり、それは先にこの地に訪れていたティルの事を指していたのだ。
しかし、ここでティルに出会ったのは来人にとって好ましくない状況だ。
密入国がバレるのはまずい、と来人の頬に嫌な汗が伝う。
しかし、そこに割って入ったのはカンガスだった。
「――何故って、そりゃあ鎖使いは俺の助手だからな。一緒にガイア鉱石を掘りに来たんだよ。――な?」
そう言って、カンガスは来人の肩を組んで目配せをする。
「そ、そうなんだ。前に天界で知り合って、その縁でね!」
来人もカンガスの助け舟に全力で乗っかり、肯定の意を示す。
ガイア界からの帰還用、大ゲートを通る為に打合せしていたカンガスの助手という設定だったが、それがここで役に立った。
ティルもそう言われればそれ以上の追求も出て来ない。
「……ちっ。カンガス様がそう言うなら、そう言う事にしておいてやる」
と、来人たちの間を抜けて、相棒のダンデも置いてさっさとその場を去ってしまった。
その様子を見たカンガスはしてやったりという風に笑い、来人の肩を組む腕にぐっと力を入れて更に引き寄せる。
そして、
(帰ったらこの貸しの分くらいは、仕事を手伝ってもらうからな? 助手?)
と、カンガスにこっそりと耳打ちされ、来人はこくこくと静かに頷くのだった。
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