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第二章 ガイアの遺伝子編

#58 起こる異変、暗躍する影

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 契約の儀。
 ジューゴがヒレを伸ばして来人の手を取ろうとした、その時。

 ――ドゴオオオン!!
 
 轟音が響き渡り、海底の塔を揺らす。
 
「なんだ!?」

 地震――では無いだろう。
 揺れと轟音は断続的に響き、それは何か大きな物が塔にぶつかっている様だ。

「坊ちゃま、外の様子を見に行きましょう」
「はい!」

 イリスの先導の元、一行はスイの部屋を出る。

「私たちも様子を見に行きましょう。ジュゴイチ! ジュゴツー! 行きますよ!」
「「はい、姫様!」」

 来人たちの後ろをスイと併進も二人も追う。
 
 行きと同じエレベーターで地上へと戻る間も、同じ揺れは何度か続いていた。
 電気で動いている訳では無い、魔法の様なガラスの筒なので止まる事は無いだろうが、それでも不安感は消えない。

 地上へ出れば、水上都市は崩れていた。
 火の手が上がっている場所も有り、ガイア族たちはある一体の大きな怪物と戦っていた。

 長い巨体をしならせる、大きな蛇の様な姿。
 海だけでなく、その巨体は空にまで身体を伸ばしている。

「あれは――竜? にしては、背びれとかは魚っぽい?」
「リヴァイアサン、ですわね」

 神話上の怪物、海竜リヴァイアサン。
 それを見たジューゴが声を上げる。

「あれは――、ジュゴロク!?」
「え!? あれ、ジューゴの弟!?」
「間違いありません! あの姿は変化したジュゴロクの姿です! しかし、あれほど大きくもないし、暴れている理由も分かりません」

 ジュゴイチとジュゴツーも口を揃えてジュゴロクの名を呼ぶ。
 つまり、あの暴れている海竜は彼らの末の弟で間違いはないらしい。
 しかし、我を忘れて暴れている。

「ガイア族が突然暴走する怪現象――。ジャック兄さまからの手紙の内容と一致しますわ」

 イリスがガイア界へ帰省したきっかけ、家族からの手紙。
 そこに記されていた怪現象の内容と、今眼前で起こっているジュゴロクの暴走、それらが一致する。

「ジュゴロク! ジュゴロク! 聞こえないの!?」

 その間もジューゴは弟に声を掛け続ける。
 しかし、答えは返って来ず、その代わりに暴れて海上都市を破壊して行く。
 幸い堅牢な中央塔はまだ無事だが、このまま放置しておけば時期に塔も崩壊し、海に沈むだろう。

「ジューゴ、最初の仕事だ。あいつを止めるぞ」
「でも、あれは弟なのです……」
「分かってる、だからこそだ。止めなければ、全て破壊し尽くすか、あいつが死ぬまであのままだぞ」

 来人の髪が、白金に染まる。

「俺に任せて、お前はその身を預けろ。お前の弟は、助け出す」
「王様――。はい、分かりました!」

 来人は手を差し出し、ジューゴはヒレでそれを握る。
 
 ――二人は、眩い光に包まれる。

 契約の儀の完了。
 そして、来人の姿が変化する。

 全身を覆うまるで岩のように硬い堅牢な装甲。
 背中からは鎖で出来た腕が生え、そこにはいつもの二本の金色の剣が握られている。
 それは、ジューゴと『憑依混沌カオスフォーム』した姿だ。

『王様、この姿は!? あれ? 僕が王様で、王様が僕で?』

 状況が呑み込めず慌てるジューゴの声が来人の頭に響いてきて、その微笑ましさに頬を緩ませる。
 そして、来人は自身の視界の端へと目をやる。
 そこにはメガから貰った新たなデバイス『メガ・レンズ』と名付けられたコンタクトレンズによって、リアルタイムで来人の状況をモニターしたデータが数値として表示されていた。
 そこに表示されている“シンクロ率”は20パーセント。
 この数値が高ければ高い程、重ねた器を呑み込んでしまうリスクが高まる。
 出会ったばかりのジューゴとのシンクロ率はそれ程高い物では無く、これならジューゴを呑み込んでしまう心配も無く、安心して戦える。

「行くぞ、ジューゴ」

 そして、ジューゴの器を重ねた来人はリヴァイアサンとなったジュゴロクに向かって行く。
 そのまま硬質化した全身を使って全力のタックルをリヴァイアサンの額にぶつける。
 互いのぶつかる衝撃で、水面に大きな波紋が起こる。

 ふらつくリヴァイアサンだったが、そのまま反撃。
 首を震わせて口から水のブレスを放ち、来人はそのブレスに呑み込まれる。

「らいたん!」
「坊ちゃま!」

 ガーネとイリスは助けに入ろうと体勢を取るが、すぐにその動きを止めた。
 何故なら、来人はリヴァイアサンのブレス攻撃を受けてもなお、無傷でそこに立っていたのだ。

『僕のスキルは『岩』なのです! 全身を堅く、硬く、そして固くする! 防御なら任せてください!』

 兄たちがジュゴン族らしくない、鍛錬が足りないと評したジューゴのスキルは防御の力。
 本来水系の能力を得意とする水の大地に暮らすガイア族らしくない、地味な能力だ。
 それでも、その鉄壁の防御は他にはないジューゴ独自の色であり、そして今暴走するジュゴロクを殺す事無く諫める為には最も適した力だ。

 そして、来人の周囲には“バブル”が浮かんでいる。
 食らった水のブレスを、そのまま『泡沫』で反射する。

『くらえ! ジューゴカッター!』

 『岩』で出来た刃状の礫を放ち、リヴァイアサンの巨体を打つ。
 
 来人とジューゴ、二人の力を合わせる事で戦闘の手札は多く、あらゆる手段でリヴァイアサンの攻撃を往なしていく。
 しかし、相手がジューゴの弟ジュゴロクだとなると本気の攻撃を加える訳にも行かず、どれも決定打になり得ない。

「おい、こいつはどうやったらこの暴走状態の変身が解けるんだ!?」
『意識を失わせるのが一番手っ取り早いです! 殺さない程度に、ぶちかましましょう!』
「いいのか?」
『僕たちはガイア族、この程度で死ぬほどヤワじゃありません! 手加減無用です!』
「……わかった、行くぞ」

 来人は『鎖』を練り上げ、大きなハンマーを作り上げた。
 そして、『岩』のスキルでコーティングして強化、自身の身の丈の何倍もある巨大な鎚を、両腕で握る。

「――いっけええええええ!!!!」

 そして、全力でリヴァイアサンに向かって振り落とす。
 その衝撃でリヴァイアサンの肉体は崩れ、中から灰色の表皮をしたジュゴン――ジュゴロクの姿が出て来る。
 来人は剣でジュゴロクの身体をリヴァイアサンの肉体から切り離し、助け出した。

 戦闘終了。
 来人はジューゴとの『憑依混沌カオスフォーム』を解く。
 解除時点でシンクロ率は30パーセントにまで上がっており、回数を重ねるごとに危険度が上がるというこの技の性質をきちんと表していた。

 リヴァイアサンの肉体は溶けて、波動となって大気に消えて行く。
 そして、その中から“黒い何か”が溢れ、漏れ出て来た。

「なんだ、あれは……?」

 来人がそれに警戒を示しいると、それは周囲のガイア族たちの人混みの中に居た“誰か”の元まで這って行った。
 その誰かが何者なのか、確認しようとする前にそれは人混みの中に消えて行き、見失ってしまう。

 きな臭い物を感じた来人だったが、ジュゴロクの治療が先だ。
 ガーネとイリスとも合流してから、腕に抱き上げたジュゴロクをジュゴイチとジュゴツーの元へと連れて行く。

「ライト様! ありがとうございます!」
「大丈夫か、ジュゴロク!」
 
 未だ意識を失ったまま薄く呼吸をするジュゴロクをジュゴイチたちに引き渡すと、長の人魚姫スイが来人に声を掛ける。

「ライト様、ありがとうございました。おかげで水の大地の被害は最小限で済みました」
「お礼を言われる様な事では……。それに、街もこんなに壊れちゃいましたし」
「いいえ、この塔さえ無事なら、我々は何度でも立ち上がれます」

 リヴァイアサンとなったジュゴロクによって、街の茅葺き屋根の建物はいくつも倒壊していた。
 復興にはしばらく時間がかかるだろう。

 そう話していると、ジューゴが不安そうにスイに向かって、

「ジュゴロクは、大丈夫ですか? 何か罪に問われたりとか……」
「いいえ、大丈夫です。彼は心の優しい戦士です、悪意を持って街を破壊する様な真似をしない事は私も理解しています。明らかにあの時のジュゴロクは普通では無い、暴走状態に有りました」

 暴走状態。
 来人は戦闘後に見た、黒い何かと何者かの影を思い出す。

「――誰かに操られていた。もしくは、何かされた」
「ええ、私もそう睨んでいます」
「実は、犯人と思われる人物が現場に居たかもしれないんです。残念ながら、すぐに姿を見失ってしまったのですが……」

 その言葉に、イリスも反応を示す。

「坊ちゃま、本当ですか!? ジャック兄さまの手紙に有った件と、同じ犯人でしょうか……」
「かもしれない。でも、各地でガイア族を意図的に暴走させていいるとして、その目的が分からないけれど」
 
 穴を埋めるパズルのピースが足りない、圧倒的情報不足だ。
 イリスと共にうんうんと頭をひねってみるが、何も出て来ない。

 そうしていると、スイはくすりと笑って、また来人に向き直る。

「――ともかく、水の大地とジュゴロクを救ってくださりありがとうございました。ライト様、是非お礼をしたいのですが、何かお望みの物は有りますでしょうか?」
「そんな、大丈夫ですよ」
「そうですか? 何か些細な事でも仰っていただければ、可能な限り協力させて頂きますよ」

 スイはどうしてもお礼をしようと、引き下がろうとはしない。
 なので、来人は改めて考えてみる。

「――じゃあ、氷の大地に行ってみたいんですけど……。禁足地なのは分かっています。でも、どうしても行かなくちゃならないんです」

 来人はダメ元で自身の望みを言ってみる。
 水の大地の長であるスイならば、氷の大地に立ち入る為の何かしらの手段を有しているだろうと思ったのだ。
 それに。駄目だと言われれば、すぐに引き下がろうと思っていた。
 
「でしたら、これをお持ちください」

 そう言って、スイは懐から小さな海の様に深い青色の石の玉を来人に手渡した。

「これは、なんですか?」
「各大地の長が持たされている物の内の一つ、これは“水の宝玉”です。それぞれの大地を行き来する交通証のような役割が有り、長が認めた者には渡して良いという決まりになっているのです」
「これがあれば、氷の大地にも入れるんですか!?」
「いいえ、氷の大地は特別な場所ですから、四つ全ての大地の宝玉を集める必要が有ります。――ですが、その宝玉は私があなたを認めたという証です。それ単体でも、持っているだけで他の大地に行ってもスムーズに事が進むでしょう」

 なるほど、つまり本来密入国しなくてはならなかった他の大地にも、合法的に立ち入る事が出来る。
 そして、中央都市と氷の大地を除いた、水、山、炎、自然、その全ての大地を巡って宝玉を集めれば、目的である禁足地氷の大地に入ることが出来るのだ。

「ありがとうございます。使わせてもらいます」

 来人が礼を言うと、スイはにこりと微笑んだ。

 来人はジューゴという新たな仲間を加えて、次の大地を目指す。
 全ての大地を巡り、長達に認めてもらう事で宝玉を集めて、氷の大地を目指すのだ。
 
 次なる地は山の大地、グロッグウォールだ。
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