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第二章 ガイアの遺伝子編

#52 シンクロ率

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「――先輩、どうぞ、お茶デス」
「ありがとう。なんか社長さんがお茶く汲みしてるのも、違和感あるなあ」
「社長と言っても、メガさんの代理デスから。ワタシはメガさんの助手が本業なのデス」

 来人はメガコーポレーションの地下研究所ラボ、通称メガラボに来ていた。
 ガイア族でありながら戦闘能力を持たず、代わりにあらゆる英知をその器に集約した犬、メガの会社だ。
 
 そのメガの助手であるサイボーグ女子高生社長代理のギザが、客人である来人にお茶を入れてくれた。
 身体の殆どをメガブラックと呼ばれる特殊素材で作られているギザだが、こう一見した限りでは普通の人間と全く見分けは付かない。
 来人にとっては、金髪ショートの可愛い後輩だ。
 
 あれ以降もガーネの弟であるメガとは親交が有り、度々この場所を訪れていた。
 ここにしかない最先端のトレーニング施設は来人だけでなくテイテイも度々利用しているし、メガの開発した特殊な機器を用いて身体だけでなく魂の器まで診れる健康診断も可能と、地球に有るとは思えない程のハイテクさで、足を運ばない理由も無い。

「それで、どうだった?」
「特に問題は無いヨ。激しい波動の波の跡が見られるが、それだけだネ」

 来人は今日、二代目神王しんおうウルスの天山てんざんから下山して帰って来てすぐの来人は、一見した限りでは怪我も治っていて疲労も取れて来た頃だが、万が一の可能性も有るので健康診断に来た次第だ。
 そして、今健康診断を終えてメガの隠し部屋で結果を聞いている所だ。

「そりゃよかった、ちょっと心配だったから」

憑依混沌カオスフォーム』を修得し使用した来人は、強くなった喜びと同時に少しビビっていた。
 ウルスに散々危険だの使いどころは見極めろだの脅されていたのだから、もしかすると何か不都合が起きていないかと思ってしまうのも仕方のない事だろう。

「心配? まあこんな激しく波動を消費するなんて、余程の事がないとあり得ないからネ。ガタが来ていてもおかしくはないけど……、何かあったのかい?」
「あはは……。まあ、実はその件でちょっとメガに相談がありまして……」

 そう、来人は健康診断ついでにメガに相談を持ち掛ける為に来ていたのだ。
 『憑依混沌カオスフォーム』は重ねた器同士のシンクロ率が上がり過ぎる、つまり完全に同調してしまうと契約者が主人に呑まれてしまうというデメリットを抱えている。
 しかし、逆に言えばそのシンクロ率を管理出来てしまえばそのデメリットに怯える事なく、手札を出し惜しみせずに戦える。
 そう考えた来人は、もっともそういったデータや分析の分野に秀でているであろうメガを頼ったのだ。

 来人がそう相談を切り出して、『憑依混沌カオスフォーム』を修得した事とその制御手段としていい方法が無いかをメガに尋ねる。
 そうすると、メガは待ってましたと言わんばかりに、にやりと口角を上げる。

「そう言うと思って、既に用意してあるヨ」
「え?」
「ギザ、アレを用意したまえ」

 そして、メガに指示されたギザは「はい、メガさん」と二つ返事ですぐにどこかから小さな箱を持って来た。
 それは名刺入れ程度の大きさのスチールケースで、手前の小さなボタンを押すと開きそうだ。
 ギザはそれを来人に手渡す。

「どうぞ、先輩」
「え、うん。――これは?」

 来人は小さなスチールケースを受け取り、メガの表情を窺う。

「開けてみるといいヨ」

 来人は頷き、ケースの手前のボタンを押してみる。
 ぱかりと開き、現れたのは丁度指先に乗る程度のサイズの、二つの透明な丸いフィルムの様な物。
 つまるところ、それは――、

「……コンタクトレンズ?」
「その通りだヨ。どこからどう見てもコンタクトレンズだろう」

 メガは少し意地悪に言葉を返す。

「違うって! そうじゃなくて、なんでコンタクトレンズを?」
「付けてみると良いヨ」

 来人はメガに促されるまま、恐る恐るコンタクトレンズを手に取って目に嵌めてみる。
 元々裸眼で生きている来人にとって慣れない物で少々手間取ったが、なんとか目に収まった所で、ぱちぱちと何度か瞬きをしてみる。

「どうだネ? 左上にゲージが見えるだろう」

 メガの言う様に、来人の視界にはまるでゲームのステータス画面の様に幾つかのゲージと数値の羅列が映し出されている。

「今、0%ってなってるけど、これは?」
「だから、シンクロ率だヨ」
「え? いや、だからって――、もしかして『憑依混沌カオスフォーム』の?」
「そうだヨ」

 メガはさも当然という様に大きく頷く。

「ええ……。今相談したばかりなのに、何で用意してあるの……」
「天才とは、常に二手も三手も先を読んで動くものだヨ、ライト」

 サプライズ成功。
 驚く来人に対してメガは気を良くして鼻高らかだ。
 ギザも「流石です、メガさん」と適当に褒めているものだから、更にメガの機嫌は良くなる。

「名付けるなら『メガ・レンズ』だネ。これを装着していればお兄ちゃんと『憑依混沌カオスフォーム』をした際のシンクロ率がリアルタイムで管理出来るヨ。他にも心拍や血圧なんかの体調面のモニタリング出来るモードも有るヨ」
「すごい、これ普通にそういう用途で商品化出来るんじゃないの?」

 相変わらず命名は少々ダサいが、それでも素直に舌を巻く代物だ。
 
「というか、元々その健康管理の用途で当社で開発していた物をメガさんが先輩向けに魔改造したのデスよ」
「そうだったのか」
 
 メガたちの他とは一線を画す技術力に、改めて感心した来人。
 そして、思案する。

 “もしかして、メガなら秋斗を鬼から人間に戻す手段に心当たりがあるのではないか”と。
 
 心当たりは無くとも、何かしら新たの手段を講じられるかもしれない。
 そう思わせるだけの英知が、メガには有った。

 だからこそ、来人は問う。

「――ねえ、メガ」
 
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