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第一章 百鬼夜行編
#39 陸VS『藍』の鬼
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日本の百鬼夜行、その大異界の主は炭のように焦げて黒くなった人型の身体を、“青い炎”で覆った姿をした、『蒼』の鬼に酷似した鬼だ。
その主さえ倒していまえば、天界軍の勝利だ。
「――おい、てめェら! 全部まとめてぶっ殺せ!!」
「「うおおおおおお!!!!」」
神化した陸の荒々しい号令に鼓舞された天界軍の戦士たちは、一斉に突撃。
その先頭を切るのもまた、他ならぬ指揮官の陸自身だ。
「おらおらァ! 邪魔だ邪魔だァ!!」
赤き炎を纏う大鎌をぶんぶんと大きく振り回し、骸骨の姿をした鬼の軍勢をまるで雑魚の様に蹴散らしていく。
陸は正面しか見ていない。
サイドから襲い掛かって来る骸骨たちは、肩に乗る相棒モシャの『風』の色によって作られた鎌鼬の暴風壁によって阻まれる。
陸はそれらの雑魚を相棒に任せる事で意識からシャットアウト。
『風』を纏い、突っ走る。
全てをを無視して、『蒼』の鬼に似た“青い炎”を纏う鬼を目指して猪突猛進。
そして、後ろに続く神々の戦士たちが陸が放置したその骸骨の鬼の軍勢の相手をする。
百を超える屈強な神の戦士たちは次々と骸骨を骨の山に変えて行く。
間違いなく、陸の家族と幼馴染の命を奪った『蒼』の鬼はもうこの世にはいない。
あれは似て非なる別物だ。
しかし、それでも陸の心をざわつかせるには充分な存在だ。
そこに在ってはならない。
陸のその手で、殺してやらなければ気が済まない。
そして、陸は蹴散らされ骨の山を飛び越え、青い炎を纏うこの大異界の主の元へと辿り着く。
「よう、殺しに来たぜ」
陸は地に転がる骸を片足で踏みつけ、大異界の主を見下す。
「グ、ギリリリ……」
主は青い炎を揺らめかせ、奇怪な鳴き声を上げる。
そして、一瞬の見合いの後、両者は同時に動き出す。
陸の赤い炎と、鬼の青い炎。
二つの炎がぶつかり合う。
「おらあああァ!!!」
陸は柱たる王の証を大鎌の形に変え、大ぶりな動きでそれを振るう。
鬼は炎を纏った両腕、そこから生えた長い爪でその大鎌の攻撃を弾き、受け流す。
相手は大異界の主、百鬼夜行を成す鬼の上位個体。
一筋縄で行く相手ではない。
その後も、荒廃し崩壊したビル群を駆けまわり、幾度にも渡る打ち合い。
陸はすんでのところで致命傷は避けるが、身体には傷が増えて行く。
そして、再び陸は何度も見せた同じ大鎌の大振りで単調な薙ぎ払い攻撃。
勿論鬼はもうその大鎌の薙ぎ払いの軌道を見切っている。
避けようと後方へバックステップで回避を試みる。
しかし――、
「俺の事、忘れがちだよね。ま、だから刺さるんだけど」
陸の肩に乗り、主の鬼との戦いの間ずっと息を潜めていた相棒、イタチのモシャ。
モシャの色は『風』だ。
それを使い、鬼の背後に風圧の層を作り出していた。
結果、背後への回避を試みた鬼はそれを許されず、逆に前方へ押し戻される。
「悪いなァ、元から二対一なんだよォ!」
鬼の右腕が大鎌の斬撃によって刈り取られ、宙を舞う。
「ギ、ググ、ギグァァァ!!!」
鬼は雄叫びを上げ、傷口を左腕で押さえて苦悶し、膝を付く。
血液の代わりに、鬼の腕の傷口からは青い炎が吹き上がる。
「こいつ、やっぱり『蒼』の鬼じゃねぇな。親父と互角のアイツと、コイツが同じな訳はねェ……」
「だから言っただろう。こんなやつ、陸の敵じゃないよ」
陸は膝を付く鬼向かって、もう一度大鎌を振り終ろし、今度は左の腕も刈り取った。
傷口からは同じく青い炎が溢れ、ぼとりと落ちた左腕は炭化して塵と成って消失。
「終わりだ、失せろ」
そして、陸はトドメの刃を振る為に大鎌を振り上げる。
しかし、その時。
「何ッ――!?」
鬼の両腕から漏溢れる青い炎の火力が一気に強まり、天へと向かって吹き上がり始める。
「陸、危ない!」
咄嗟に反応した陸は、モシャの言葉と同時に後方に退避。
「ギ、ググ、ギグ、ギグ、ギグ――リ゛ク!!」
鬼は青い炎を吹き荒らし、暴れ回る。
そして、その炎の嵐が収まれば、失った両腕の代わりとして“藍色の炎”で腕を形作り、それを補っていた。
『蒼』の鬼に見紛う姿、名付けるならば――『藍』の鬼。
「なあ、モシャ。今アイツ、オレ様の名前を読んだ気がしたんだが――」
「まさか。鬼が喋る訳無いだろう? 気のせいだよ」
「そう、だよな……」
しかし、陸はどこかでそれを感じていた。
間違いなく、目の前の鬼が自分を呼んだのだと。
「ドウシテ……、ドウシテ。イタイ、イタイ……!!」
やはり、藍色の炎を纏う鬼は間違いなく言葉を喋っている。
そして、傷の痛みを陸に訴えながら、本能のままに藍色の炎で出来た両腕の爪を振るい、再び襲い掛かって来る。
陸はその爪を鎌の柄で受け詰める。
互いの力と力、色と色、波動と波動をぶつけ合った両者。
その結果、魂同士が触れ合い、『藍』の鬼の核の内側にあった生前の魂を呼び起こした。
「オマエ……、藍なのか?」
鍔迫り合いを続ける中、陸は無意識の内に口からそう溢していた。
「陸、何言って――」
戦いの最中にそんな事を口走る陸に、モシャは困惑する。
そんな訳がない。
禍々しい炎を纏った鬼の姿で、見た目も声も何もかも違う。
しかし、それでも核の内に秘めた魂の色に触れた陸には解ってしまった。
鬼とは、殺された物の魂が歪に変質した存在だ。
つまり、鬼に殺された者もまた、鬼になる可能性が有るという事。
どうして今までその可能性に至らなかったのだろうか。
まさかそんな事有るはずが無いと、考えもしなかった。
しかし、間違いない。
目の前の鬼の核の内に有るのは、幼き頃に『蒼』の鬼に殺された幼馴染、藍の魂だ。
そう認識してしまうと、陸の鎌を握る力が緩んでしまう。
そして、それが隙となって押し負ける。
「陸!!」
肩の上に乗るモシャは堪らず弾き飛ばされ、地面に転がる。
『風』で反撃を試みるが、その小さな体躯では『藍』の鬼には敵わない。
炎の爪の一振りで一蹴される。
「ドウシテ! リク! リク!!」
相も変わらず陸の名前を叫び続け、そして言葉とは裏腹に鬼の肉体は暴れ回り、炎の爪を振り回す『藍』の鬼。
しかし、一度相手が幼馴染の藍だと認識してしまえば、陸は鎌を振るうことが出来なかった。
防戦一方で、最初よりも力を増した『藍』の鬼の攻撃を受け続ける陸。
(駄目だ、“僕の藍”が、消えて行く……)
そして、陸が自身の器のリソースの半分を賭して作り上げていた藍の幻想もまた、同時に消えようとしていた。
その幻想は既に幼馴染の藍本人が亡くなっている、もうこの世に居ないという前提の元産み出されていた、心の穴を埋める為の慰めだった。
しかし、現に今目の前には本物の藍の魂が存在する。
前提が崩れ、イメージが崩壊。
陸は『藍』の鬼の攻撃を何とか凌ぎながらも、自身の内側から幻想が零れ落ちて行くのを感じていた。
(ああ、駄目だ。待って、消えないで、居なくならないで……)
そして、最後の一滴が零れ落ちる。
陸の器の半分は、空っぽの真っ白な穴となってしまった。
それと同時に、『藍』の鬼の攻撃を受けきれずに、陸の身体は炎を纏う爪の斬撃を受けて投げ出される。
心にぽっかりと虚無の穴が産まれ、その場に崩れ落ちる陸。
「陸! 陸!!」
もはや虚ろな陸の意識に、モシャの声がどこか遠く響いて来る。
ここまでか、とそう思い、陸は目を閉じかける。
しかし、その時小さく、そして今にも泣きそうな声で、『藍』の鬼の呟く声が聞こえて来た。
「ねェ、りク、たスけテ……」
薄く瞼を上げて見上げれば、『藍』の鬼は――いや、藍は藍色の炎の涙を流している様に見えた。
(ははっ……、好きな女にそんな顔されて、おちおち寝てられる訳ねェよなァ)
倒れた陸の懐の内にあった、“御守り”が淡く光り輝く。
それは幼い藍が大切にしていたという、くたびれた小さな熊のぬいぐるみだ。
陸は薄れ行く意識の中、気合いで踏ん張り、自身を鼓舞。
そして、その御守りを新たな柱として、新たな色を構築した。
器の空きは、幸い腐る程有った。
元々藍の幻想が居た器の真っ白な心の穴を、新たな色が埋めて行く。
倒れた陸の身体を、“蒼い炎”が包み込む。
「陸!」
炎に包まれた陸の身体は、ゆっくりと立ち上がる。
そして、炎が掻き消え、新たな姿の陸が現れた。
黒い毛皮のマントを背に羽織り、そして大鎌に纏う炎は“蒼”。
陸の色のルーツは、幼き日に『蒼』の鬼に焼き払われた大切な物たちだ。
だから、これは陸の元々の色。
今まで器の半分を藍の幻想の創造と維持に充てていた陸は、それこそ全力の半分の力しか発揮していなかった。
これが、陸の全力の『炎』だ。
王の証という一つ目の柱を大鎌とし、くたびれた熊のぬいぐるみという二つ目の柱をマントとし、蒼き炎を纏う陸。
覚醒した、愛を求める半神半人の王子。
「――なあ、藍。辛かったよな、そんな姿になって、あの日からずっと、炎で焼かれ続けて。でも、もう大丈夫だ。オレ様が、終わらせてやる」
これまで荒々しい炎を纏う陸とは違う。
静かに、揺らめく、蒼い炎。
対して、『藍』の鬼の炎は轟々と燃え盛る藍色の炎。
蒼と藍が、対峙する。
「――リクゥゥ!!」
『藍』の鬼は激しく炎を吹き荒す。
しかし、その攻撃が陸に届く事は無かった。
「言っただろ、もう大丈夫って」
陸は優しく『藍』の鬼へと語り掛ける。
『藍』の鬼の身体は、地面から伸びる『影』によって拘束されて、動くを封じられていた。
「オレ様の二つ目の柱――その色は『影』。影を操り、影になる」
幻想を――過去の幻影を追っていた、陸の心の穴がルーツとなった新たな色。
陸がマントを振りかざせば、その姿は忽然と消える。
そして、蒼い炎と共に再び『藍』の鬼の傍に現れた。
陸は足元に落ちる影の道を通り、瞬時に移動したのだ。
そして、蒼い炎を纏った大鎌を、『藍』の鬼へと振るう。
愛する人への、最後の一撃。
「――『影炎の鎮魂歌』」
蒼き影の炎が、『藍』の鬼を焼いて行く。
それはかつて命を奪った『蒼』の鬼の炎では無い。
陸の神の力が産み出す、魂を癒し浄化する鎮魂の炎。
優しい蒼い炎に包まれて、『藍』の鬼の身体は端から炭化して――、
「――待った、まだ彼女を助けられるよ」
その時、陸の耳に知らない男の声が入って来る。
驚いて声の方を向けば、そこには片腕に顎を開いた鬼の顔を象った砲身を持った鬼の姿。
陸が初めて見る鬼だ。
『藍』の鬼を焼こうとしていた陸の炎が、すっと消えて行く。
炭化も止まり、ボロボロで弱々しい藍色の炎が僅かに灯る身体。
「オマエは……何者だ?」
「鬼人――我々を呼称するなら、そう呼ぶと良いよ」
その人の言葉を話す鬼は、自身を鬼人を名乗った。
そして、意識を失いもう動かない『藍』の鬼の身体を抱える。
「おい、待て。藍をどうするつもりだ」
「言っただろう。まだ彼女を助けられる、と。我々に任せてはくれないか?」
陸はしばらくの間黙り、考え込む。
相手は言葉を喋ると言っても鬼だ、信用していい物か。
そして同時に、鬼の姿でありながらも確かに自分の名を呼んだ藍の事を思い返す。
今目の前に居る鬼人程はっきりと意識が有った訳では無いが、確かに藍もまた生前の魂を呼び起こしかけていた。
もし仮に、『藍』の鬼もまたこの鬼人の様にはっきりと意志を持って会話の出来る様になるのなら、それは陸の求める物に最も近しいのではないだろうか。
例え肉体が鬼の姿であろうとも、幻想よりも、より理想に近いのではないか。
「……分かった。君に任せてみるよ」
陸の髪色から、白金が抜けて行く。
「でも、もし藍にまた会えなければ、その時は――殺す」
「分かった、約束しよう。こちらにもまだ死ねない理由が有る。――あ、そうそう。我々の事は口外厳禁だ、彼女は君が倒した事にすると良い」
そう言って、鬼人は一つの大きな核を陸の足元へと放る。
陸はそれを拾い上げて、静かに頷く。
「最後に、君の名を聞いてもいいかな」
「――『顎』の鬼。そう呼ばれているらしいよ」
そして、『顎』の鬼と名乗る鬼人は、『藍』の鬼を抱きかかえたままその姿を消した。
異界の膜が、じんわりと溶けて降りて行く。
日本の百鬼夜行は、去った。
「モシャ、行こうかー」
「陸、あれは――」
「僕たちは百鬼夜行を倒したんだよー。ね?」
「ああ、そうだね」
有無を言わさぬ陸の主張にモシャは頷き、いつもの定位置である陸の肩の上へと乗る。
いつもと違う所が在るとすれば、それは陸の腕にはくたびれた小さな熊のぬいぐるみだけ。
陸は歩いて、周囲の骸骨の姿をした鬼の軍勢を倒し終わり、疲弊し一息付いていた天界軍の元へと戻る。
その姿を見つけた神々は、陸の元へと駆け寄る。
「リク様、ご無事でしたか! その様子だと、大異界の主は――」
「うん。倒したよー。僕にかかれば楽勝だったよー」
ボロボロの姿でそう大口を叩いて、証拠に手に持った大きな核を皆へと見せつける陸。
それを見た神々は、一斉に勝利の雄叫びを上げる。
陸の率いる日本部隊は、無事百鬼夜行を討ち取って勝利した。
記録上はそうなる事だろう。
(あの『顎』の鬼が何者かなんてどうでもいい。でも、僕は藍とまた会うんだ)
もう、あの家に帰っても幻想の藍は居ない。
陸の望みは『顎』の鬼に託された。
故に、陸は神々に嘘を吐き、鬼人の存在を秘匿する事を選んだ。
陸にとって、藍が人間の姿であろうと鬼の姿であろうとそれは関係の無い事だ。
しかし、神々はそうではない。
人間の血が混じる事さえ嫌う者がいるのだから、無暗にこの事を話してしまえば、鬼というだけで処されてしまう未来が容易に想像できる。
陸もまた半神半人、神であると同時に、人でもある。
そして、人であるが故に、神であれば絶対に選ばない選択肢。
人の心に従って、鬼を見逃すという選択を取ったのだ。
そして、日本の百鬼夜行が討たれたのと同時刻。
ゼウス率いるヨーロッパ部隊は『巨人』の鬼を討ち、百鬼夜行を撃破。
ライジンが北米で『双頭』の鬼を撃破。
それぞれの一報が入った。
そして、陸は『藍』の鬼を撃破したと報告した。
残すは来人の中国と、そしてティルの南極のみ。
終わりは近い。
その主さえ倒していまえば、天界軍の勝利だ。
「――おい、てめェら! 全部まとめてぶっ殺せ!!」
「「うおおおおおお!!!!」」
神化した陸の荒々しい号令に鼓舞された天界軍の戦士たちは、一斉に突撃。
その先頭を切るのもまた、他ならぬ指揮官の陸自身だ。
「おらおらァ! 邪魔だ邪魔だァ!!」
赤き炎を纏う大鎌をぶんぶんと大きく振り回し、骸骨の姿をした鬼の軍勢をまるで雑魚の様に蹴散らしていく。
陸は正面しか見ていない。
サイドから襲い掛かって来る骸骨たちは、肩に乗る相棒モシャの『風』の色によって作られた鎌鼬の暴風壁によって阻まれる。
陸はそれらの雑魚を相棒に任せる事で意識からシャットアウト。
『風』を纏い、突っ走る。
全てをを無視して、『蒼』の鬼に似た“青い炎”を纏う鬼を目指して猪突猛進。
そして、後ろに続く神々の戦士たちが陸が放置したその骸骨の鬼の軍勢の相手をする。
百を超える屈強な神の戦士たちは次々と骸骨を骨の山に変えて行く。
間違いなく、陸の家族と幼馴染の命を奪った『蒼』の鬼はもうこの世にはいない。
あれは似て非なる別物だ。
しかし、それでも陸の心をざわつかせるには充分な存在だ。
そこに在ってはならない。
陸のその手で、殺してやらなければ気が済まない。
そして、陸は蹴散らされ骨の山を飛び越え、青い炎を纏うこの大異界の主の元へと辿り着く。
「よう、殺しに来たぜ」
陸は地に転がる骸を片足で踏みつけ、大異界の主を見下す。
「グ、ギリリリ……」
主は青い炎を揺らめかせ、奇怪な鳴き声を上げる。
そして、一瞬の見合いの後、両者は同時に動き出す。
陸の赤い炎と、鬼の青い炎。
二つの炎がぶつかり合う。
「おらあああァ!!!」
陸は柱たる王の証を大鎌の形に変え、大ぶりな動きでそれを振るう。
鬼は炎を纏った両腕、そこから生えた長い爪でその大鎌の攻撃を弾き、受け流す。
相手は大異界の主、百鬼夜行を成す鬼の上位個体。
一筋縄で行く相手ではない。
その後も、荒廃し崩壊したビル群を駆けまわり、幾度にも渡る打ち合い。
陸はすんでのところで致命傷は避けるが、身体には傷が増えて行く。
そして、再び陸は何度も見せた同じ大鎌の大振りで単調な薙ぎ払い攻撃。
勿論鬼はもうその大鎌の薙ぎ払いの軌道を見切っている。
避けようと後方へバックステップで回避を試みる。
しかし――、
「俺の事、忘れがちだよね。ま、だから刺さるんだけど」
陸の肩に乗り、主の鬼との戦いの間ずっと息を潜めていた相棒、イタチのモシャ。
モシャの色は『風』だ。
それを使い、鬼の背後に風圧の層を作り出していた。
結果、背後への回避を試みた鬼はそれを許されず、逆に前方へ押し戻される。
「悪いなァ、元から二対一なんだよォ!」
鬼の右腕が大鎌の斬撃によって刈り取られ、宙を舞う。
「ギ、ググ、ギグァァァ!!!」
鬼は雄叫びを上げ、傷口を左腕で押さえて苦悶し、膝を付く。
血液の代わりに、鬼の腕の傷口からは青い炎が吹き上がる。
「こいつ、やっぱり『蒼』の鬼じゃねぇな。親父と互角のアイツと、コイツが同じな訳はねェ……」
「だから言っただろう。こんなやつ、陸の敵じゃないよ」
陸は膝を付く鬼向かって、もう一度大鎌を振り終ろし、今度は左の腕も刈り取った。
傷口からは同じく青い炎が溢れ、ぼとりと落ちた左腕は炭化して塵と成って消失。
「終わりだ、失せろ」
そして、陸はトドメの刃を振る為に大鎌を振り上げる。
しかし、その時。
「何ッ――!?」
鬼の両腕から漏溢れる青い炎の火力が一気に強まり、天へと向かって吹き上がり始める。
「陸、危ない!」
咄嗟に反応した陸は、モシャの言葉と同時に後方に退避。
「ギ、ググ、ギグ、ギグ、ギグ――リ゛ク!!」
鬼は青い炎を吹き荒らし、暴れ回る。
そして、その炎の嵐が収まれば、失った両腕の代わりとして“藍色の炎”で腕を形作り、それを補っていた。
『蒼』の鬼に見紛う姿、名付けるならば――『藍』の鬼。
「なあ、モシャ。今アイツ、オレ様の名前を読んだ気がしたんだが――」
「まさか。鬼が喋る訳無いだろう? 気のせいだよ」
「そう、だよな……」
しかし、陸はどこかでそれを感じていた。
間違いなく、目の前の鬼が自分を呼んだのだと。
「ドウシテ……、ドウシテ。イタイ、イタイ……!!」
やはり、藍色の炎を纏う鬼は間違いなく言葉を喋っている。
そして、傷の痛みを陸に訴えながら、本能のままに藍色の炎で出来た両腕の爪を振るい、再び襲い掛かって来る。
陸はその爪を鎌の柄で受け詰める。
互いの力と力、色と色、波動と波動をぶつけ合った両者。
その結果、魂同士が触れ合い、『藍』の鬼の核の内側にあった生前の魂を呼び起こした。
「オマエ……、藍なのか?」
鍔迫り合いを続ける中、陸は無意識の内に口からそう溢していた。
「陸、何言って――」
戦いの最中にそんな事を口走る陸に、モシャは困惑する。
そんな訳がない。
禍々しい炎を纏った鬼の姿で、見た目も声も何もかも違う。
しかし、それでも核の内に秘めた魂の色に触れた陸には解ってしまった。
鬼とは、殺された物の魂が歪に変質した存在だ。
つまり、鬼に殺された者もまた、鬼になる可能性が有るという事。
どうして今までその可能性に至らなかったのだろうか。
まさかそんな事有るはずが無いと、考えもしなかった。
しかし、間違いない。
目の前の鬼の核の内に有るのは、幼き頃に『蒼』の鬼に殺された幼馴染、藍の魂だ。
そう認識してしまうと、陸の鎌を握る力が緩んでしまう。
そして、それが隙となって押し負ける。
「陸!!」
肩の上に乗るモシャは堪らず弾き飛ばされ、地面に転がる。
『風』で反撃を試みるが、その小さな体躯では『藍』の鬼には敵わない。
炎の爪の一振りで一蹴される。
「ドウシテ! リク! リク!!」
相も変わらず陸の名前を叫び続け、そして言葉とは裏腹に鬼の肉体は暴れ回り、炎の爪を振り回す『藍』の鬼。
しかし、一度相手が幼馴染の藍だと認識してしまえば、陸は鎌を振るうことが出来なかった。
防戦一方で、最初よりも力を増した『藍』の鬼の攻撃を受け続ける陸。
(駄目だ、“僕の藍”が、消えて行く……)
そして、陸が自身の器のリソースの半分を賭して作り上げていた藍の幻想もまた、同時に消えようとしていた。
その幻想は既に幼馴染の藍本人が亡くなっている、もうこの世に居ないという前提の元産み出されていた、心の穴を埋める為の慰めだった。
しかし、現に今目の前には本物の藍の魂が存在する。
前提が崩れ、イメージが崩壊。
陸は『藍』の鬼の攻撃を何とか凌ぎながらも、自身の内側から幻想が零れ落ちて行くのを感じていた。
(ああ、駄目だ。待って、消えないで、居なくならないで……)
そして、最後の一滴が零れ落ちる。
陸の器の半分は、空っぽの真っ白な穴となってしまった。
それと同時に、『藍』の鬼の攻撃を受けきれずに、陸の身体は炎を纏う爪の斬撃を受けて投げ出される。
心にぽっかりと虚無の穴が産まれ、その場に崩れ落ちる陸。
「陸! 陸!!」
もはや虚ろな陸の意識に、モシャの声がどこか遠く響いて来る。
ここまでか、とそう思い、陸は目を閉じかける。
しかし、その時小さく、そして今にも泣きそうな声で、『藍』の鬼の呟く声が聞こえて来た。
「ねェ、りク、たスけテ……」
薄く瞼を上げて見上げれば、『藍』の鬼は――いや、藍は藍色の炎の涙を流している様に見えた。
(ははっ……、好きな女にそんな顔されて、おちおち寝てられる訳ねェよなァ)
倒れた陸の懐の内にあった、“御守り”が淡く光り輝く。
それは幼い藍が大切にしていたという、くたびれた小さな熊のぬいぐるみだ。
陸は薄れ行く意識の中、気合いで踏ん張り、自身を鼓舞。
そして、その御守りを新たな柱として、新たな色を構築した。
器の空きは、幸い腐る程有った。
元々藍の幻想が居た器の真っ白な心の穴を、新たな色が埋めて行く。
倒れた陸の身体を、“蒼い炎”が包み込む。
「陸!」
炎に包まれた陸の身体は、ゆっくりと立ち上がる。
そして、炎が掻き消え、新たな姿の陸が現れた。
黒い毛皮のマントを背に羽織り、そして大鎌に纏う炎は“蒼”。
陸の色のルーツは、幼き日に『蒼』の鬼に焼き払われた大切な物たちだ。
だから、これは陸の元々の色。
今まで器の半分を藍の幻想の創造と維持に充てていた陸は、それこそ全力の半分の力しか発揮していなかった。
これが、陸の全力の『炎』だ。
王の証という一つ目の柱を大鎌とし、くたびれた熊のぬいぐるみという二つ目の柱をマントとし、蒼き炎を纏う陸。
覚醒した、愛を求める半神半人の王子。
「――なあ、藍。辛かったよな、そんな姿になって、あの日からずっと、炎で焼かれ続けて。でも、もう大丈夫だ。オレ様が、終わらせてやる」
これまで荒々しい炎を纏う陸とは違う。
静かに、揺らめく、蒼い炎。
対して、『藍』の鬼の炎は轟々と燃え盛る藍色の炎。
蒼と藍が、対峙する。
「――リクゥゥ!!」
『藍』の鬼は激しく炎を吹き荒す。
しかし、その攻撃が陸に届く事は無かった。
「言っただろ、もう大丈夫って」
陸は優しく『藍』の鬼へと語り掛ける。
『藍』の鬼の身体は、地面から伸びる『影』によって拘束されて、動くを封じられていた。
「オレ様の二つ目の柱――その色は『影』。影を操り、影になる」
幻想を――過去の幻影を追っていた、陸の心の穴がルーツとなった新たな色。
陸がマントを振りかざせば、その姿は忽然と消える。
そして、蒼い炎と共に再び『藍』の鬼の傍に現れた。
陸は足元に落ちる影の道を通り、瞬時に移動したのだ。
そして、蒼い炎を纏った大鎌を、『藍』の鬼へと振るう。
愛する人への、最後の一撃。
「――『影炎の鎮魂歌』」
蒼き影の炎が、『藍』の鬼を焼いて行く。
それはかつて命を奪った『蒼』の鬼の炎では無い。
陸の神の力が産み出す、魂を癒し浄化する鎮魂の炎。
優しい蒼い炎に包まれて、『藍』の鬼の身体は端から炭化して――、
「――待った、まだ彼女を助けられるよ」
その時、陸の耳に知らない男の声が入って来る。
驚いて声の方を向けば、そこには片腕に顎を開いた鬼の顔を象った砲身を持った鬼の姿。
陸が初めて見る鬼だ。
『藍』の鬼を焼こうとしていた陸の炎が、すっと消えて行く。
炭化も止まり、ボロボロで弱々しい藍色の炎が僅かに灯る身体。
「オマエは……何者だ?」
「鬼人――我々を呼称するなら、そう呼ぶと良いよ」
その人の言葉を話す鬼は、自身を鬼人を名乗った。
そして、意識を失いもう動かない『藍』の鬼の身体を抱える。
「おい、待て。藍をどうするつもりだ」
「言っただろう。まだ彼女を助けられる、と。我々に任せてはくれないか?」
陸はしばらくの間黙り、考え込む。
相手は言葉を喋ると言っても鬼だ、信用していい物か。
そして同時に、鬼の姿でありながらも確かに自分の名を呼んだ藍の事を思い返す。
今目の前に居る鬼人程はっきりと意識が有った訳では無いが、確かに藍もまた生前の魂を呼び起こしかけていた。
もし仮に、『藍』の鬼もまたこの鬼人の様にはっきりと意志を持って会話の出来る様になるのなら、それは陸の求める物に最も近しいのではないだろうか。
例え肉体が鬼の姿であろうとも、幻想よりも、より理想に近いのではないか。
「……分かった。君に任せてみるよ」
陸の髪色から、白金が抜けて行く。
「でも、もし藍にまた会えなければ、その時は――殺す」
「分かった、約束しよう。こちらにもまだ死ねない理由が有る。――あ、そうそう。我々の事は口外厳禁だ、彼女は君が倒した事にすると良い」
そう言って、鬼人は一つの大きな核を陸の足元へと放る。
陸はそれを拾い上げて、静かに頷く。
「最後に、君の名を聞いてもいいかな」
「――『顎』の鬼。そう呼ばれているらしいよ」
そして、『顎』の鬼と名乗る鬼人は、『藍』の鬼を抱きかかえたままその姿を消した。
異界の膜が、じんわりと溶けて降りて行く。
日本の百鬼夜行は、去った。
「モシャ、行こうかー」
「陸、あれは――」
「僕たちは百鬼夜行を倒したんだよー。ね?」
「ああ、そうだね」
有無を言わさぬ陸の主張にモシャは頷き、いつもの定位置である陸の肩の上へと乗る。
いつもと違う所が在るとすれば、それは陸の腕にはくたびれた小さな熊のぬいぐるみだけ。
陸は歩いて、周囲の骸骨の姿をした鬼の軍勢を倒し終わり、疲弊し一息付いていた天界軍の元へと戻る。
その姿を見つけた神々は、陸の元へと駆け寄る。
「リク様、ご無事でしたか! その様子だと、大異界の主は――」
「うん。倒したよー。僕にかかれば楽勝だったよー」
ボロボロの姿でそう大口を叩いて、証拠に手に持った大きな核を皆へと見せつける陸。
それを見た神々は、一斉に勝利の雄叫びを上げる。
陸の率いる日本部隊は、無事百鬼夜行を討ち取って勝利した。
記録上はそうなる事だろう。
(あの『顎』の鬼が何者かなんてどうでもいい。でも、僕は藍とまた会うんだ)
もう、あの家に帰っても幻想の藍は居ない。
陸の望みは『顎』の鬼に託された。
故に、陸は神々に嘘を吐き、鬼人の存在を秘匿する事を選んだ。
陸にとって、藍が人間の姿であろうと鬼の姿であろうとそれは関係の無い事だ。
しかし、神々はそうではない。
人間の血が混じる事さえ嫌う者がいるのだから、無暗にこの事を話してしまえば、鬼というだけで処されてしまう未来が容易に想像できる。
陸もまた半神半人、神であると同時に、人でもある。
そして、人であるが故に、神であれば絶対に選ばない選択肢。
人の心に従って、鬼を見逃すという選択を取ったのだ。
そして、日本の百鬼夜行が討たれたのと同時刻。
ゼウス率いるヨーロッパ部隊は『巨人』の鬼を討ち、百鬼夜行を撃破。
ライジンが北米で『双頭』の鬼を撃破。
それぞれの一報が入った。
そして、陸は『藍』の鬼を撃破したと報告した。
残すは来人の中国と、そしてティルの南極のみ。
終わりは近い。
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