33 / 150
第一章 百鬼夜行編
#33 藍
しおりを挟む先日、メガコーポレーションの地下研究所を訪れた日の事だ。
『盾』の鬼との戦いの前に、来人は陸とある約束をした。
と言っても、端的に言えばそれは友達の家に遊びに行くというだけの、たわいのない約束だ。
そんな訳で、来人とガーネは美海と一緒に陸の家へと向かった。
「らいとぉ~、もう疲れたわよ~」
「もうちょっとで着くから、頑張って!」
陸の家、大熊家は山道を抜けた先に有った。
美海は歩きにくい山道をもう三十分も歩いてヘロヘロだ。
「みみたん、体力無いネ」
「うぅ……、もっと人間の女の子を労わって欲しいわよ……」
「しょうがないネ」
ガーネはいつもの戦闘スタイル。
大きくなった狼の様な姿になる。
「乗るネ」
「ありがと~」
結局、目的地に到着するまでのもう十分くらいの間、美海はガーネの背に乗っていた。
そうして、山道を歩いた先にある小さな家に到着。
「いらっしゃい、来人ー」
「お邪魔します」
家の中は古い日本家屋風で、土間の奥が畳み張りだ。
所々使いやすい様にリフォームした跡がある。
そして、奥からもう一人、女性が出て来た。
「その子たちが、陸のお友達?」
「うん、紹介するね。来人と宇佐見さん。で、こっちが――」
「――藍です、よろしく」
藍と名乗る綺麗な銀髪の着物姿の女性。
年齢は来人や陸と同じくらいだろうが、落ち着いた様子から少しだけ大人びて見える。
「初めまして、宇佐見美海で……す?」
ぺこりとお辞儀をして挨拶を返した美海だったが、顔を上げて藍の姿を見た瞬間、ぴたりと動きが止まる。
「美海ちゃん、どうしたの?」
「ねえ、来人! この人“ラビットさん”だよ!」
「いや、誰だよ」
「料理系動画配信者の!」
「あー……」
そういえば、前に美海が料理の勉強をしていると言ってそんな動画を見せられた覚えが来人にもある。
言われるまですっかり忘れていたが、確かそれも銀髪の女性配信者だった。
「あれ? 私の事知ってくれてるんだ、ありがと」
「知ってるも何も! 大ファンです! ていうかあれだけバズっていて知らない女の子が居るはず有りませんよ! 是非、師匠と呼ばせてください!!」
「ばず……? は良くわかないけれど、嬉しいな」
藍は穏やかににこにこと微笑み、ぐいぐいと来る美海を受け入れる。
女の子二人はすぐに仲良くなった。
「ねえ、来人。バズって何?」
「大人気って事かな」
藍のチャンネルを開いて、改めて確認してみる。
そこにはゼロが六つ並ぶ登録者数。
「わーお」
そんなこんなで、来人たちは藍の作る昼食をご馳走になった。
「めちゃくちゃ美味い!!」
「私も手伝ったのよ! ほら、この玉子焼きとか!」
「どれどれ……」
美海の指す玉子焼きも一口。
「うん、美味しい! 昔と比べて本当に上達したなあ」
「もう、昔の事は忘れてよう!」
「あはは……」
しかし、来人はある違和感を覚えていた。
それは藍に対しての物だ。
ガーネの方を見れば、ガーネも同じく違和感を覚えていた様で、二人で顔を見合わせる。
「うん? どうしたの、来人?」
「ううん、何でもないよ」
この感覚は、一体――。
食後、藍と美海は片付けに。
そしてその手伝いに陸も駆り出されていた。
そんな時に、来人とガーネの元に陸の相棒、イタチのモシャがやって来る。
「二人共、ちょっといいかい?」
「なんだネ」
「いいから、こっち」
そう言って、二人を連れて家の外へ。
外には陸と藍が育てている野菜のなる畑が有る。
自然の中の美味しい空気を吸いながら、一人と二匹は適当に腰を下ろす。
そして、モシャはこう切り出した。
「なあ、藍の事……どう思った?」
「コイバナ!? いや……、僕は美海ちゃん一筋だから……」
「違う違う。真面目な話だ」
来人は居住まいを整え、改めて答え直す。
「――存在が希薄だった」
そう、藍はそこに存在するはずなのに、気を抜けば視界から抜け落ちてしまいそうな程に存在感が希薄だった。
まるで、そこに居ないみたいに。
「というか、アレは殆ど存在しないのと同義だネ」
ガーネもほぼ同様の感想を述べる。
「ああ、そうなんだ。驚かないで聞いて欲しい。――“藍は既に死んでいる”」
「は? いや、でも、実際にそこに――」
驚かないでくれと言われたが、無理な話だ。
来人は大きな声を出さない様にしつつも、やはり動揺を見せる。
「昔、陸の家族が『蒼』の鬼に皆殺しにされたって話は、知ってるよね?」
「ああ、前に聞いた」
陸の一家は蒼』の鬼襲われ、全滅。
陸の父リューズは蒼』の鬼と相打ちになった。
「その時に、陸の幼馴染だった藍も巻き込まれて、共に殺されてしまったんだ」
でも、藍はそこに居る。
今も美海と陸と共に、台所で食器を片している。
「神の力は想像の創造。そして、陸はその力の半分のリソースを常に“それ”に充てているんだ」
つまり――、
「――今の彼女は、陸が創造した人間って事か」
モシャはこくりと頷き、肯定の意を示す。
「幻想と呼ばれる現象でね。欠けた心の一部を埋める為に、存在しない人すらも創造してしまう事が有るんだ。陸はいつの間にか、藍の幻想を作り出してしまった」
幻想――つまり、一種の逃避から起こる神の力が起こすバグだ。
「陸は、その事を知ってるの?」
「ああ、陸は全てを理解した上で、自分の持てるリソースを注いであの幻想――藍を維持し続けている」
来人にも分かる。
自身の半分ものリソースを一つの創造に充て続けるという事は、蛇口を開きっぱなしの様な物だ。流れるのは水では無く波動だが。
つまり、現在の陸はそれだけ戦闘で使えるリソースが減っている。弱体化しているのだ。
「ま、そういうわけだから。陸と藍をそっとしておいてあげて欲しいって話だよ」
「そう言う事か、分かったよ」
「しょうがないネ」
それが、陸の戦う理由。
来人が秋斗の仇を討つ為に戦う様に、陸もまた藍の為に戦うのだ。
そうしている内に、家の玄関扉が開き、美海が三人を呼びに来た。
「三人とも、食後のデザートが有るわよー」
「やったー!」
「食べるネ!」
「すぐ行くよ」
その日は束の間の休息。
美味しい食事と山の新鮮な空気で皆はうんと羽を伸ばすことが出来た。
美海も藍という料理の師を得て楽しそうだったので、来人も来た甲斐が有ったと満足気だ。
百鬼夜行、その最後の波は近い。
――その日の夜。
大熊家のある山の中。
月明りの元、陸とモシャは語らう。
「びっくりしたなあ。藍の動画、あんなに人気だったなんて」
「そうだね、色んな人が見てくれている」
「……うん、藍は確かに、そこに居るんだ。その証拠が残っている気がして、嬉しいな」
藍が動画投稿を始めたのは、無意識的な自己表現。
存在しない自分が確かに存在する証拠を、この世に残す為だったのかもしれない。
「――モシャ、藍の事、二人に話したの?」
「うん、勝手に言っちゃってごめんね」
「いいよ」
陸は白い湯気を立てるマグカップから、温かい茶を啜る。
「モシャ、僕は王に成るよ。そして、藍を生き返らせる」
「王の力がどんなものか、分からないよ。藍はもう帰って来ないかもしれない」
「それでも、もうこれしか縋る物が無いんだ。だから――」
陸は、拳を握る。
陸が王を目指す目的。
それは、幼馴染の藍を蘇らせる為だ。
もっとも、王の力を以てしても死者の蘇生が可能かどうかは分からない。
それでも、幻想を本物にする事くらいは出来るかもしれない。
王にはそれ相応の“欲”――つまり、求める物が有る。
陸が求めるもの、それは“愛”。
それが、陸の欲。
幼馴染の女の子への愛が、陸を突き動かす。
0
お気に入りに追加
238
あなたにおすすめの小説
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
angel observerⅢ 大地鳴動
蒼上愛三(あおうえあいみ)
ファンタジー
審判の時が再び訪れた。試されるのは神か人か・・・。
ヒルデたちの前に立ち塞がるのはガイア、今なお心を探す彼女にガイアの圧倒的な力が猛威を振るう時人々は何を思うのか。
少女たちは死地へと赴く。
angel observer の第3章「大地鳴動編」開幕!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
強制フラグは、いりません! ~今いる世界が、誰かの二次小説の中だなんて思うかよ! JKと禁断の恋愛するなら、自力でやらせてもらうからっ!~
ハル*
ファンタジー
高校教師の俺。
いつもと同じように過ごしていたはずなのに、ある日を境にちょっとずつ何かが変わっていく。
テスト準備期間のある放課後。行き慣れた部室に向かった俺の目の前に、ぐっすり眠っているマネージャーのあの娘。
そのシチュエーションの最中、頭ん中で変な音と共に、俺の日常を変えていく声が聞こえた。
『強制フラグを、立てますか?』
その言葉自体を知らないわけじゃない。
だがしかし、そのフラグって、何に対してなんだ?
聞いたことがない声。聞こえてくる場所も、ハッキリしない。
混乱する俺に、さっきの声が繰り返された。
しかも、ちょっとだけ違うセリフで。
『強制フラグを立てますよ? いいですね?』
その変化は、目の前の彼女の名前を呼んだ瞬間に訪れた。
「今日って、そんなに疲れるようなことあったか?」
今まで感じたことがない違和感に、さっさと目の前のことを終わらせようとした俺。
結論づけた瞬間、俺の体が勝手に動いた。
『強制フラグを立てました』
その声と、ほぼ同時に。
高校教師の俺が、自分の気持ちに反する行動を勝手に決めつけられながら、
女子高生と禁断の恋愛?
しかも、勝手に決めつけているのが、どこぞの誰かが書いている某アプリの二次小説の作者って……。
いやいや。俺、そんなセリフ言わないし!
甘い言葉だなんて、吐いたことないのに、勝手に言わせないでくれって!
俺のイメージが崩れる一方なんだけど!
……でも、この娘、いい子なんだよな。
っていうか、この娘を嫌うようなやつなんて、いるのか?
「ごめんなさい。……センセイは、先生なのに。好きに…なっちゃ、だめなのに」
このセリフは、彼女の本心か? それともこれも俺と彼女の恋愛フラグが立たせられているせい?
誰かの二次小説の中で振り回される高校教師と女子高生の恋愛物語が、今、はじまる。
悪行貴族のはずれ息子【第2部 魔法師匠編】
白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
※表紙を第一部と統一しました
★作者個人でAmazonにて自費出版中。Kindle電子書籍有料ランキング「SF・ホラー・ファンタジー」「児童書>読み物」1位にWランクイン!
★第1部はこちら↓
https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/822911083
「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」
幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。
東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。
本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。
容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。
悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。
さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。
自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。
やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。
アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。
そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…?
◇過去最高ランキング
・アルファポリス
男性HOTランキング:10位
・カクヨム
週間ランキング(総合):80位台
週間ランキング(異世界ファンタジー):43位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる