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第一章 百鬼夜行編
#19 原初の三柱
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部屋の奥にある畳とローテーブルのスペース。
いつの間にかそこの座布団に腰掛けていた、薄い緑色の長髪をした着物姿の女性。
「私はアナ、そこの水溜まりと同じく原初の三柱が一つだよ。今はそこの王に変わって執務を執り行う補佐をやっている」
「あ、どうも……」
「まあ、君も座りたまえ」
そう言って、アナは自分の対面の座布団を指す。
「あ、じゃあボクも――」
「お前が座ると畳が水浸しになるだろう、やめなさい」
「ちぇー」
「それじゃあ、失礼します」
そんな説教を受けている初代王をよそ目に、来人はおずおずと座布団に腰を下ろす。
ガーネもとてとてと来人に近寄って来て、傍で腰を下ろす。
そうすると、アナは来人へと向き直る。
「今日はわざわざ来てくれてありがとう。ライジンは元気にしているかい?」
「あまり家に帰らないんで分かりませんが、多分元気だと思いますよ。というか、父はあまり天界へ来ないんですか?」
「そうだね。核を偶にイリスが持って来るのを見かける事は有るが、ライジンは顔を出さないよ」
何か理由が有るのだろうか、それとも天界に自分が赴く事も出来ない程忙しかったのだろうか。
そう来人が考えていると、まるで心を読んだみたいに、水の姿をしたアダンが答えてくれた。
「ライジンは神王になる権利を得ていながら、一度その権利を放棄したからね。あまりよく思わない神も居るだろうさ」
「ライジンは誰よりも王に相応しい器を持ちながら、王に成る事を拒んだ男だよ」
「……そうなんですね」
という事は、元は三代目神王は父来神が継ぐはずだったという事になる。
どうして、成らなかったんだろう。
きっと、聞いても答えてはくれない気がする。
あの父親なら、笑って適当な冗談で誤魔化してしまうだろう。
「そういえば、お爺ちゃん――いえ、二代目はここには居ないんですか? あと、三柱のもう一人も」
王の間だと聞いていて、二代目神王である祖父にも会える物だと思っていたが、どうやらここには原初の三柱のうち二柱しか居ない様だ。
どうしてか、アナは気のせいかと思う程の一瞬ぴくりと眉を顰めた後、答えてくれた。
「ああ、君の祖父――二代目のウルスは天界の端っこの山に籠っている物好きさ。全く、ライジンといいウルスといい、どいつもこいつも好き勝手に……」
と、お小言を漏らす。
来人はちらりとアダンの方を見る。
この初代も初対面で身分を隠してフレンドリーに接して来るというなかなかの曲者だったし、神様というのは皆そういう変人ばかりなのだろう。
補佐をしている真面目そうなアナは大変そうだ。
「大変そうですね」
「全くだよ。でも、君は素直そうで良かった」
「あはは……」
素直かと言われると来人自身としてはそうでもない気もするし、どちらかというと父や祖父に似ている様な気がしないでもないので、笑って誤魔化す。
「それで、もう一人の三柱は――」
来人がそう言いかけると、空気が変わる。
先程までの和やかな雰囲気から一変、ぴりっと張りつめた重い空気。
「あ、えっと、あの……」
まずい、地雷を踏んだ。
来人はそう確信した。
最初はわざと一度触れずにスルーしたのだと気づいたが、しかしもう遅い。
少しの間を置いた後、アダンが答えてくれた。
「――あいつはボクの身体をこんな風にした張本人だ。ま、君は気にしなくてもいいよ」
こんな風に、つまりアダンの身体を――アイデンティティたる姿を破壊した、張本人。
神様も一枚岩では無い、悪しき神も居るという事だろう。
その空気感から、来人にもある程度事情を察する事が出来た。
「それよりも、だ。今日はそんな話をする為に来て貰った訳じゃない」
空気を変える様に、アナが声を上げる。
「あ、そうだ」
そこで来人は手土産の存在を思い出す。
「うん? どうした?」
「ガーネ、アレ出して」
「分かったネ」
ガーネは口の奥から小型のクーラーボックスをげろりと取り出す。
そして、その中から来人はアイスキャンディーを取り出して、アナへと手渡す。
「これ、良かったらどうぞ」
「これは?」
「アイスキャンディーです、冷たくて甘くて美味しいですよ」
来人が手土産に選んだのは、近所の坂田さんのお店、ゴールデン屋で買った一本百円のアイスキャンディーだった。
急だったので冷凍庫にあった物を適当に詰め込んで持って来たのだ。
「ふむ……」
アナが早速封を開けて一口。
「どう? どう?」
アダンは興味津々といった様子だ。
「良いね、気に入ったよ」
「いいなー。僕にもちょーだい」
アナがシャリシャリと食べる様子を見て、アダンも欲しがるが――、
「アダン君、その身体で食べられるの?」
「水の中に放り込んで貰ったらいいよ」
「わかった、はいどうぞ」
来人は封を開けて泉の中にアイスキャンディーを一本放り込む。
するとシュワシュワとアイスキャンディーは水に溶けて行って、最後に残った木製の棒をぺっと吐き出した。
「うん、美味しかった! ありがとねー」
「いえいえ」
「こほん……もう一本、あるかい?」
「ええ、アナ様もどうぞ」
来人はアナにアイスキャンディーをもう一本差し出す。
来人はアイスキャンディーで重い空気を変えることが出来てほっと胸を撫で下ろした。
そして、改めてアイスキャンディーを片手に話を始めた。
「王位継承戦が近いのは君も知っての事だと思う」
「はい、そう聞いています」
「その前に、君たち三代目候補には一仕事任せようと思っているんだ」
「実力を図ろうって事ですか」
「そう捉えて貰って構わないよ」
そして、アナはシャクりとアイスキャンディーを齧った後、本題に入る。
「――百鬼夜行。そう呼ばれる、千を超える鬼の大群が一度に侵攻してくる怪現象が有る。数百年に一度起こる現象なんだが――」
「今年が、その百鬼夜行発生の年なんだよね」
百鬼夜行、鬼の大群による大侵攻。
「もしかして、それを僕ら三人? に任せるんですか?」
三人目の候補者の事を来人はまだ知らないが――確か、名前はティルと言っていたか。
しかし、千を超える鬼の大群なんて相手出来る気がしない。
「まさか、天界軍も導入されるから安心してくれ。その天界軍に交じって、君ら神王候補者にも参加してもらいたいってだけだ」
「良かった……」
その後、アナは百鬼夜行の概要について話してくれた。
「百鬼夜行は世界各地で幾つかの小さな波を起こしながら、少しずつその勢力を増していくんだ。上位個体の鬼が中心となって波を形成していて、鬼どもは異界に身を潜めていて全容が分からない。だから、万全の態勢で挑みたい」
「そして、最後の波には一際強い鬼が現れる。流石に最後の波にはウルスにも参加してもらうよう言っておくよ」
と、最後にアダンが付け加える。
その後、来人はおずおずと手を上げる。
「あの、質問いいですか?」
「ああ、構わないよ」
「その百鬼夜行の中に、『赫』の鬼が居ないかって、分かりませんか?」
秋斗の仇、『赫』の鬼。
もし、奴が百鬼夜行の中に居るのなら――。
「『赫』の鬼――確か、昔ライジンが担当していた獲物だね。しばらく姿を現していないらしいが」
「はい。親友の仇なんです」
「君は、その鬼を殺したいのか?」
「――はい」
来人は少し間を置いた後、確かな意思を込めて答た。
「先程も言った様に、百鬼夜行は異界の中に身を潜めていて全容が分からないんだ」
「そうですか……」
「でも、しばらく姿を現していないという事は、どこかに身を潜めているはずだ。そして、百鬼夜行を形成する中心となる上位個体として『赫』の鬼は打って付けだろう」
「じゃあ――」
「ああ。君の求める仇に出会える可能性は、大いにあるだろう」
可能性が有るのなら、来人の選択は決まっていた。
「――分かりました。百鬼夜行の討伐、参加させてもらいます」
「ああ、よろしく頼むよ。今は先兵を向かわせて異界の発生地点を探らせている所だ、日程は追って伝える」
そして、百鬼夜行という『赫』の鬼に近づく為の新たな目的を胸に、来人とガーネは王の間を後にした。
いつの間にかそこの座布団に腰掛けていた、薄い緑色の長髪をした着物姿の女性。
「私はアナ、そこの水溜まりと同じく原初の三柱が一つだよ。今はそこの王に変わって執務を執り行う補佐をやっている」
「あ、どうも……」
「まあ、君も座りたまえ」
そう言って、アナは自分の対面の座布団を指す。
「あ、じゃあボクも――」
「お前が座ると畳が水浸しになるだろう、やめなさい」
「ちぇー」
「それじゃあ、失礼します」
そんな説教を受けている初代王をよそ目に、来人はおずおずと座布団に腰を下ろす。
ガーネもとてとてと来人に近寄って来て、傍で腰を下ろす。
そうすると、アナは来人へと向き直る。
「今日はわざわざ来てくれてありがとう。ライジンは元気にしているかい?」
「あまり家に帰らないんで分かりませんが、多分元気だと思いますよ。というか、父はあまり天界へ来ないんですか?」
「そうだね。核を偶にイリスが持って来るのを見かける事は有るが、ライジンは顔を出さないよ」
何か理由が有るのだろうか、それとも天界に自分が赴く事も出来ない程忙しかったのだろうか。
そう来人が考えていると、まるで心を読んだみたいに、水の姿をしたアダンが答えてくれた。
「ライジンは神王になる権利を得ていながら、一度その権利を放棄したからね。あまりよく思わない神も居るだろうさ」
「ライジンは誰よりも王に相応しい器を持ちながら、王に成る事を拒んだ男だよ」
「……そうなんですね」
という事は、元は三代目神王は父来神が継ぐはずだったという事になる。
どうして、成らなかったんだろう。
きっと、聞いても答えてはくれない気がする。
あの父親なら、笑って適当な冗談で誤魔化してしまうだろう。
「そういえば、お爺ちゃん――いえ、二代目はここには居ないんですか? あと、三柱のもう一人も」
王の間だと聞いていて、二代目神王である祖父にも会える物だと思っていたが、どうやらここには原初の三柱のうち二柱しか居ない様だ。
どうしてか、アナは気のせいかと思う程の一瞬ぴくりと眉を顰めた後、答えてくれた。
「ああ、君の祖父――二代目のウルスは天界の端っこの山に籠っている物好きさ。全く、ライジンといいウルスといい、どいつもこいつも好き勝手に……」
と、お小言を漏らす。
来人はちらりとアダンの方を見る。
この初代も初対面で身分を隠してフレンドリーに接して来るというなかなかの曲者だったし、神様というのは皆そういう変人ばかりなのだろう。
補佐をしている真面目そうなアナは大変そうだ。
「大変そうですね」
「全くだよ。でも、君は素直そうで良かった」
「あはは……」
素直かと言われると来人自身としてはそうでもない気もするし、どちらかというと父や祖父に似ている様な気がしないでもないので、笑って誤魔化す。
「それで、もう一人の三柱は――」
来人がそう言いかけると、空気が変わる。
先程までの和やかな雰囲気から一変、ぴりっと張りつめた重い空気。
「あ、えっと、あの……」
まずい、地雷を踏んだ。
来人はそう確信した。
最初はわざと一度触れずにスルーしたのだと気づいたが、しかしもう遅い。
少しの間を置いた後、アダンが答えてくれた。
「――あいつはボクの身体をこんな風にした張本人だ。ま、君は気にしなくてもいいよ」
こんな風に、つまりアダンの身体を――アイデンティティたる姿を破壊した、張本人。
神様も一枚岩では無い、悪しき神も居るという事だろう。
その空気感から、来人にもある程度事情を察する事が出来た。
「それよりも、だ。今日はそんな話をする為に来て貰った訳じゃない」
空気を変える様に、アナが声を上げる。
「あ、そうだ」
そこで来人は手土産の存在を思い出す。
「うん? どうした?」
「ガーネ、アレ出して」
「分かったネ」
ガーネは口の奥から小型のクーラーボックスをげろりと取り出す。
そして、その中から来人はアイスキャンディーを取り出して、アナへと手渡す。
「これ、良かったらどうぞ」
「これは?」
「アイスキャンディーです、冷たくて甘くて美味しいですよ」
来人が手土産に選んだのは、近所の坂田さんのお店、ゴールデン屋で買った一本百円のアイスキャンディーだった。
急だったので冷凍庫にあった物を適当に詰め込んで持って来たのだ。
「ふむ……」
アナが早速封を開けて一口。
「どう? どう?」
アダンは興味津々といった様子だ。
「良いね、気に入ったよ」
「いいなー。僕にもちょーだい」
アナがシャリシャリと食べる様子を見て、アダンも欲しがるが――、
「アダン君、その身体で食べられるの?」
「水の中に放り込んで貰ったらいいよ」
「わかった、はいどうぞ」
来人は封を開けて泉の中にアイスキャンディーを一本放り込む。
するとシュワシュワとアイスキャンディーは水に溶けて行って、最後に残った木製の棒をぺっと吐き出した。
「うん、美味しかった! ありがとねー」
「いえいえ」
「こほん……もう一本、あるかい?」
「ええ、アナ様もどうぞ」
来人はアナにアイスキャンディーをもう一本差し出す。
来人はアイスキャンディーで重い空気を変えることが出来てほっと胸を撫で下ろした。
そして、改めてアイスキャンディーを片手に話を始めた。
「王位継承戦が近いのは君も知っての事だと思う」
「はい、そう聞いています」
「その前に、君たち三代目候補には一仕事任せようと思っているんだ」
「実力を図ろうって事ですか」
「そう捉えて貰って構わないよ」
そして、アナはシャクりとアイスキャンディーを齧った後、本題に入る。
「――百鬼夜行。そう呼ばれる、千を超える鬼の大群が一度に侵攻してくる怪現象が有る。数百年に一度起こる現象なんだが――」
「今年が、その百鬼夜行発生の年なんだよね」
百鬼夜行、鬼の大群による大侵攻。
「もしかして、それを僕ら三人? に任せるんですか?」
三人目の候補者の事を来人はまだ知らないが――確か、名前はティルと言っていたか。
しかし、千を超える鬼の大群なんて相手出来る気がしない。
「まさか、天界軍も導入されるから安心してくれ。その天界軍に交じって、君ら神王候補者にも参加してもらいたいってだけだ」
「良かった……」
その後、アナは百鬼夜行の概要について話してくれた。
「百鬼夜行は世界各地で幾つかの小さな波を起こしながら、少しずつその勢力を増していくんだ。上位個体の鬼が中心となって波を形成していて、鬼どもは異界に身を潜めていて全容が分からない。だから、万全の態勢で挑みたい」
「そして、最後の波には一際強い鬼が現れる。流石に最後の波にはウルスにも参加してもらうよう言っておくよ」
と、最後にアダンが付け加える。
その後、来人はおずおずと手を上げる。
「あの、質問いいですか?」
「ああ、構わないよ」
「その百鬼夜行の中に、『赫』の鬼が居ないかって、分かりませんか?」
秋斗の仇、『赫』の鬼。
もし、奴が百鬼夜行の中に居るのなら――。
「『赫』の鬼――確か、昔ライジンが担当していた獲物だね。しばらく姿を現していないらしいが」
「はい。親友の仇なんです」
「君は、その鬼を殺したいのか?」
「――はい」
来人は少し間を置いた後、確かな意思を込めて答た。
「先程も言った様に、百鬼夜行は異界の中に身を潜めていて全容が分からないんだ」
「そうですか……」
「でも、しばらく姿を現していないという事は、どこかに身を潜めているはずだ。そして、百鬼夜行を形成する中心となる上位個体として『赫』の鬼は打って付けだろう」
「じゃあ――」
「ああ。君の求める仇に出会える可能性は、大いにあるだろう」
可能性が有るのなら、来人の選択は決まっていた。
「――分かりました。百鬼夜行の討伐、参加させてもらいます」
「ああ、よろしく頼むよ。今は先兵を向かわせて異界の発生地点を探らせている所だ、日程は追って伝える」
そして、百鬼夜行という『赫』の鬼に近づく為の新たな目的を胸に、来人とガーネは王の間を後にした。
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