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第一章 百鬼夜行編

#9 契約

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 二人と一匹は窪地を後にし、場所を移す。

「ここ、まだやってんのか」

 テイテイがそう懐かし気に古びた建物を見上げる。
 そこは来人たちが幼い頃から利用している、雑貨屋の様な駄菓子屋の様なよく分からない店だ。
 錆びた看板には“ゴールデン屋”と書かれている。

 気の良い店主が一人で経営している店で、近所の子供たちに大人気だった。
 過去形で、最近では客入りもぼちぼちだ。
 横に小さなゲームセンターを併設しているが、古い筐体しか置いていないので最近ではそれで遊んでいる子供を見た記憶が無いので、来人は見る度に電気代の無駄だと思っている。
 
 来人は成長した今も店主と駄弁る為に偶に顔を出しているので、慣れた様子でからんと鈴の音を鳴らしながら入口扉を開ける。
 店主は奥に引っ込んでいるのだろう、レジは無人だ。
 
 来人は無遠慮にレジ横にあるクーラーボックスからアイスキャンディーを三本取ってレジ前に三百円を適当に置いた後、そのまま二人と一匹は“カフェスペース”に陣取った。
 ちなみにカフェスペースというのは店主が勝手に言っているだけで、実際には布製カバーの破れた木製の椅子と机が置いてあるだけだ。

「このアイスキャンディーまだ有るのか、懐かしいな」

 テイテイは少し驚きつつ来人からアイスキャンディーを一本受け取る。
 そのまま二人と一匹はアイスキャンディーを齧りながら、客の居ない店内でくつろぐ。
 
「ここはずっと変わらないよ」
 
 と言っても、変わった物も有るには有る。
 二人が小学生だった頃はこのアイスキャンディーは一本五十円で買っていたが、今は一本百円だ。
 成長した今ではキッズ割引サービスなるもの対象外となってしまったので、少し割高だ。
 
「――それで、さっきの話。僕のおかげって?」

 先程ガーネの言っていた事。
 テイテイの強さ、あの力が来人のおかげだと言う話。

「ああ、多分らいたんとテイテイが昔“契約けいやく”してたんじゃないかなって事だネ」
「契約?」

 来人の頭に再び疑問符が浮かぶ。
 
「ほら、昔三人でこの十字架を買った時に、誓い合ったじゃないか」

 テイテイに言われて、思い出す。

 ――これは、友情の証。僕たちは、これからもずっと親友だ!

 そんな今思い返すと少し照れ臭くなるような、幼き日の思い出。
 幼い来人が無意識に行った、神の契約。

「あれが、契約?」
「神と人間のちぎり。契約を交わす事で、その人間は神の器を間借りして力を振るう事が出来るネ。謂わば人に神の寵愛ちょうあいを与える行為だネ」

 過去に存在したであろう聖人や聖女と呼ばれて来た超常の力を振るう人間もまた、神と契約しその寵愛を受けていたのかもしれない。

「ちなみに、ネもらいたんと契約してるネ」
「まじかよ、お前もいつの間に……」

 十字架に友情を誓い合ったテイテイと秋斗、そして相棒のガーネ。
 知らぬ間に契約者がたくさん居た。
 
「ま、そういう事。俺は人間だが、来人と契約して同じ柱を持っているおかげで、このスキルを使える」

 テイテイはそう言って、袖口から鎖をじゃらりと出して見せる。
 つまり、テイテイは人間の身でありながらも神の力を振るうことが出来るのだ。
 
「そうなんだ。――だけど、僕よりもその鎖を使い熟していた様な……」

 指の先で鎖をまるで手足の様に自在に操るあの技術は、来人には無い物だ。

「それは俺がこの八年で修得した技、修行の成果。『鎖拳さけん』――中国の裏の歴史で受け継がれて来た、幻の拳法だ」

 テイテイは来人を守るために、これまでの人生の全てをその修行に注いで来た。
 そして、身に着けた技術。
 神の力――『鎖』の色をより使い熟す為の、幻の拳法。

 テイテイは神の力と自身の身体能力、そして身に着けた技術を組み合わせる事で、あの複数体の鬼を殲滅する程の圧倒的なパフォーマンスを発揮していたのだ。
 
「この力が有れば、来人を守ることが出来る……」
「そっか、僕の為に……」
「いいや、俺の為でもある。もうあの時の様に、何も出来ないのは嫌なんだ」

 テイテイは強く鎖を握りしめる。
 
「ま、今度来人にも『鎖拳』を伝授するよ。俺は免許皆伝の師範代だから、任せてくれ」
「やった。よろしくお願いします、師匠!」
「ふん」

 テイテイは師匠と呼ばれて満更でもなさそうに鼻を鳴らす。

「らいたんの先生もこれで二人目だネ」
「二人目?」
「だネ。“ゆうりん”っていう神様の先生が居るネ」

 ゆうりんって誰だ、と来人は一瞬疑問符を浮かべる。
 しかし、それは“ユウリ先生”の事だとすぐに得心がいく。

「おい、勝手にあだ名を付けるな。ユウリ先生な」
「んネ?」

 ガーネはかわい子ぶってとぼけて誤魔化す。
 
「ふうん。まあ、来人が順調そうで良かったよ」
「うん? 順調って、何が?」
「王になるんだろう? 俺も共に戦う。その為に来たんだからな」

 そう言って、テイテイは来人に向かって拳を突き出す。

「ああ、まだ王になるって決めた訳じゃないんだけど――それでも、精一杯やってみるつもりだよ。だから、よろしく」

 来人も、テイテイの拳に自分の拳を合わせる。
 
 
 そうしていると、店の奥から店主が出て来た。
 片手で先程来人が置いたアイスキャンディー代の百円玉を弾いて、手遊びしている。

「よう、来人。青春してるねえ」
「あ、坂田さん。ども」
「おいおい、ゴールデンお兄さんと呼べと言ってるだろう」

 金色のつんつんヘアー、アロハシャツの陽気なおじ――お兄さん、坂田ゴールデン。
 おじさんと呼ぶと怒るし、名字で呼ぶと文句を垂れる、変な人だ。
 
 来人に染髪を勧めたのもこの悪いお兄さんである。
 何だかんだ相談に乗ってくれたりと、来人はお世話になっていた。

 来人はそんな坂田の抗議を「はいはい」と軽く流す。
 幼い頃からの付き合いで、そんな気さくな距離感だ。

「それで、そっちの強面のあんちゃんは――うん? もしかしてテイテイか?」
「よく分かったな」

 最後に会ったのなんて小学生の時だと言うのに、坂田はすぐにテイテイの正体を言い当てた。
 と言っても、やはり判断材料は首から下げた十字架なのだが。
 
「クソ久しぶりだが――、相変わらず可愛くねえな、お前」
「“おじさん”だって、全然変わってないな」
「お前なあ……」

 そんな二人の様子を、来人は「あはは」と乾いた笑いを浮かべながら、一歩引いたところで見ていた。

「テイテイ君、この後どうするの? 予定ないなら、久しぶりにうちに泊って行かない?」
「ん、そうだな。まだ引っ越したばかりで俺の家も何もないし、そうしようかな」
 

 来人はイリスに今日は友達を泊めたいという旨の連絡を入れた後、テイテイを連れて自宅へと帰って来た。
 
「ただいまー」
「だネ」
「お帰りませ、坊ちゃま。――ああ、そちらの方が――」
「はい、テイテイ君です」

 そう紹介すると、テイテイは静かに小さく頭を下げる。

「坊ちゃまからご連絡は頂いておりますわ。今日はご馳走にしますわね」

 イリスはころころと笑い、そう言って引っ込んで行った。
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