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第一章 百鬼夜行編
#4 家庭教師
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客人という事で、来人も一応居住まいを正しておく。
程なくして、イリスの後に続いて、若い女性が入って来た。
年齢は来人ともそんなに変わらない様に見える。
腰まで伸びた長い黒髪が印象的で、紫紺色の瞳を眼鏡の奥に覗かせている。
そして、何よりの特徴はその尖った形をした耳、エルフ耳だ。
この特徴的な容姿、もしかすると――。
その黒髪の女性は部屋をきょろきょろと見回した後、来人を見つけてぱっと表情を弾けさせた。
「――あ、あなたが来人君ですね」
「どうも。えっと……」
「ユウリと申します。ライジン様に頼まれまして、あなたの家庭教師をしに来ました」
そう言って、ユウリと名乗る女性はぺこりと軽く頭を下げる。
そう、来客は家庭教師の先生だ。
父が明日には家庭教師が来ると言っていた。
まさか、女性だったとは。
父が呼んだ家庭教師という事は、この女性も神様だ。
それならば、エルフ耳にも今更驚く事も無いだろう。
来人にとって父親の事をちゃんと“ライジン様”と敬う人に会うのは初めての事で、本当に父は神様なのだと改めて実感させられた。
そして、王の血筋である父が権力を振りかざして、昨日の今日で呼びつけられたのだろうと察する事も出来て、ちょっと可哀想だなとも思った。
「来人です、よろしくお願いします」
「ふふっ」
来人がそうソファから立ち上がり丁寧に挨拶を返すと、何故か笑われてしまった。
果たして、何かおかしかっただろうか。
そう思っていると、すぐにユウリから釈明が入る。
「あ、すみません。見た目の印象と違って、意外と丁寧だなあと思って、つい」
「ああ、そういう……」
来人は少し照れ臭くなって自分の前髪をちょいちょいと指先で触る。
来人がそう勘違いされるのはよくある事で、慣れてはいるがそれでも少しこそばゆい。
一件少しやんちゃに見える派手な髪色の来人だが、いざ口を開けば第一印象にそぐわない物腰で、育ちの良さが端々から漏れ出てしまう。
髪を染めてみたりアクセサリーを身に着けてみたりとしているのも、結局は自分を装う仮面の代わりでしか無い訳で、根は変わらない。
イリスの生暖かい視線を感じるが、気付かなかったことにする。
ユウリは可愛い弟でも見る様ににこりと微笑んで、庭の方を指差す。
「じゃあ早速ですが、始めましょうか。お庭、使ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ。他にも必要な物が有れば、お申し付けください」
イリスは下がり、来人は流されるがままユウリと共に庭へ出た。
「らいたーん、こっちだネー!」
庭へ出れば、ガーネが待っていた。
今にも手を振りそうな勢いだが、振る手は無いので代わりにぴょんぴょんと跳ねている。
「それでは、授業を始めますね」
来人はガーネと並んで体育座りで庭に腰を下ろす。
何となく、それっぽい気がしてそうしてみた。
「よろしくお願いします」
「わたしの事はユウリ先生とお呼びください」
ユウリ先生はわざとらしく眼鏡の端をくいっと持ち上げて見せる。
「はい、ユウリ先生!」
「と言っても、わたしも神様に成ってまだ一〇〇年も経っていない新参者なんですけどね」
来人がお道化てそう呼んでみれば、ユウリ先生は「あはは」と照れ臭そうに笑って見せた。
どういう時間感覚なのか分からないが、その言い方からして一〇〇年という時間は神様からするととても短い物なのだろう。
これまで普通に人間として生きて来た来人にはあまり分からない感覚だ。
「そうなんですね。でも、僕なんて本当に何も知らないんで助かります」
「分かりました。それでは、今日は“神の力について”やって行きましょうか。何事も基本からです」
ユウリはぽんと手を合わせて叩く。
「――ずばり! 神様の力の真髄、それは“想像を創造する”事です」
「つまり、イメージの具現化だネ」
ガーネが横から合いの手を入れる。
「何でも思った通りになる、みたいな……?」
「はい、概ねその通りです。ですが、もちろん何でも無制限無制約に、とはいきません」
ふむ、と来人は思い返す。
つまり、この間鬼と戦った時に神の色が白金に染まったのも、十字架のアクセサリーが剣の形に変化したのも、どこからともなく鎖を産み出せたのも、全て神の力。
来人のイメージが具現化した物だった、という事なのだろう。
しかし、あの時は咄嗟に本能に身を任せるまま力を振るったので、あまりピンと来なかった。
そんな来人の様子を見て、ユウリは少し考えた後、
「そうですね。わたしたちはこの神の力を“絵を描くこと”に例えています」
と言って、指を鳴らす。
すると、どこかからイーゼルに掛けられたキャンバスと、見覚えの有る学校で使う様な絵の具セットが出て来た。
というか、イリスが爆速で持って来た。
よく見れば、来人が昔使っていた奴だ。
「ここにキャンバスが有ります。では、ここに絵を描くには、何が必要でしょうか?」
「筆と、絵の具と、パレット……ですか?」
「その通りです。神の力にもその三点が必要になります」
ユウリは指を三本立てる。
「パレットである『魂の器』と、絵の具である『魂の波動』、そして筆である『魂の柱』。この三つを用いて神は己のイメージを描き、世界を彩るのです」
そして、ユウリはキャンバスへと向き直る。
「まずは『器』――つまりパレットです。その大きさは人によって違います。それが大きければ大きい程、規模の大きい創造が可能となります」
そのままパレットに絵の具を出す。
「次に『波動』――これは絵の具です。魂に血液の様に流れる、力を使う為のエネルギーです。量が多ければ多い程、沢山の創造が可能となります。もちろん、波動が尽きるまで力を使えば倒れてしまいますよ」
そしてその絵の具を先を水で濡らした筆で混ぜ、筆先に馴染ませる。
「最後に『柱』――筆の役割ですね。これは世界と自分の器を繋ぐ橋渡しの役割を果たします。あなたが首に掛けているその十字架や、わたしの指輪がそうですね。この柱が神の力と対応しています」
そしてちらりと十字架と指輪に視線を移した後、白紙のキャンバスにその筆で一匹の鳥を描いた。
すると、絵だった鳥はそこからもこりと浮き上がり、どこかへと飛んで行った。
「こんな感じです」
「おおー」
来人は拍手をする。
まとめると、つまり。
魂に流れる波動をエネルギーとして、心の中で想像したイメージを現実に投影――創造する。
それが、神の力。
「ジンさんとかの凄い神様は柱無しで力を使ったりするけどネ。ちなみにネは刀を使うネ」
ガーネは口の奥からぬっと刀を取り出した。
それはそれでどういう理屈で口の中に納まっているのか気になるが。
しかし、弘法筆を選ばずと言うが、卓越した力を持つ神もまた筆を選ばないという事なのだろう。
柱はあくまで神の力を使う補助の為のツールであり、極めれば筆が無くとも指先で絵は描ける、という様なイメージだろうか。
「そうですね、ライジン様はとてもお強かったと有名です」
あのイリスにデブ呼ばわりされている肉の塊と化した父親が、神様界隈ではとても強かったと有名らしいが、来人にはあまりイメージが湧かなかった。
「僕の器と波動は、どれくらいなんだろう?」
大きい程良い、量が多い程良いと言っていたが、果たして。
「王の血統、ライジン様の実子ですからね。めちゃくちゃやばいと思いますよ」
「やばい……」
「わたしも末端の神の中では悪くない方だと思いますが、あなたとは天と地ほどの差があるはずです」
「実感湧かないなあ……」
現状比較対象が無いので分からないが、神々の王と言うからにはそれだけの力があるのだろう。
「それはまあ、使い方が分からなければ宝の持ち腐れですから。その使い方を学ぶために、わたしが先生として呼ばれた訳です」
ユウリはえへんと言わんばかりに胸を張る。
「確かにそうですね。よろしくお願いします、先生」
「はい、お願いされました! それでは、今日は最後に実践です! 習うより慣れろです!」
「だネ! レッツ鬼退治だネ!」
しばらく座学だけだと思って高を括っていた来人だったが、早速実践――つまり、またあの鬼との戦いに駆り出されるらしい。
多少の不安と緊張を覚えつつも、来人はガーネとユウリと共に、鬼退治へと向かった。
程なくして、イリスの後に続いて、若い女性が入って来た。
年齢は来人ともそんなに変わらない様に見える。
腰まで伸びた長い黒髪が印象的で、紫紺色の瞳を眼鏡の奥に覗かせている。
そして、何よりの特徴はその尖った形をした耳、エルフ耳だ。
この特徴的な容姿、もしかすると――。
その黒髪の女性は部屋をきょろきょろと見回した後、来人を見つけてぱっと表情を弾けさせた。
「――あ、あなたが来人君ですね」
「どうも。えっと……」
「ユウリと申します。ライジン様に頼まれまして、あなたの家庭教師をしに来ました」
そう言って、ユウリと名乗る女性はぺこりと軽く頭を下げる。
そう、来客は家庭教師の先生だ。
父が明日には家庭教師が来ると言っていた。
まさか、女性だったとは。
父が呼んだ家庭教師という事は、この女性も神様だ。
それならば、エルフ耳にも今更驚く事も無いだろう。
来人にとって父親の事をちゃんと“ライジン様”と敬う人に会うのは初めての事で、本当に父は神様なのだと改めて実感させられた。
そして、王の血筋である父が権力を振りかざして、昨日の今日で呼びつけられたのだろうと察する事も出来て、ちょっと可哀想だなとも思った。
「来人です、よろしくお願いします」
「ふふっ」
来人がそうソファから立ち上がり丁寧に挨拶を返すと、何故か笑われてしまった。
果たして、何かおかしかっただろうか。
そう思っていると、すぐにユウリから釈明が入る。
「あ、すみません。見た目の印象と違って、意外と丁寧だなあと思って、つい」
「ああ、そういう……」
来人は少し照れ臭くなって自分の前髪をちょいちょいと指先で触る。
来人がそう勘違いされるのはよくある事で、慣れてはいるがそれでも少しこそばゆい。
一件少しやんちゃに見える派手な髪色の来人だが、いざ口を開けば第一印象にそぐわない物腰で、育ちの良さが端々から漏れ出てしまう。
髪を染めてみたりアクセサリーを身に着けてみたりとしているのも、結局は自分を装う仮面の代わりでしか無い訳で、根は変わらない。
イリスの生暖かい視線を感じるが、気付かなかったことにする。
ユウリは可愛い弟でも見る様ににこりと微笑んで、庭の方を指差す。
「じゃあ早速ですが、始めましょうか。お庭、使ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ。他にも必要な物が有れば、お申し付けください」
イリスは下がり、来人は流されるがままユウリと共に庭へ出た。
「らいたーん、こっちだネー!」
庭へ出れば、ガーネが待っていた。
今にも手を振りそうな勢いだが、振る手は無いので代わりにぴょんぴょんと跳ねている。
「それでは、授業を始めますね」
来人はガーネと並んで体育座りで庭に腰を下ろす。
何となく、それっぽい気がしてそうしてみた。
「よろしくお願いします」
「わたしの事はユウリ先生とお呼びください」
ユウリ先生はわざとらしく眼鏡の端をくいっと持ち上げて見せる。
「はい、ユウリ先生!」
「と言っても、わたしも神様に成ってまだ一〇〇年も経っていない新参者なんですけどね」
来人がお道化てそう呼んでみれば、ユウリ先生は「あはは」と照れ臭そうに笑って見せた。
どういう時間感覚なのか分からないが、その言い方からして一〇〇年という時間は神様からするととても短い物なのだろう。
これまで普通に人間として生きて来た来人にはあまり分からない感覚だ。
「そうなんですね。でも、僕なんて本当に何も知らないんで助かります」
「分かりました。それでは、今日は“神の力について”やって行きましょうか。何事も基本からです」
ユウリはぽんと手を合わせて叩く。
「――ずばり! 神様の力の真髄、それは“想像を創造する”事です」
「つまり、イメージの具現化だネ」
ガーネが横から合いの手を入れる。
「何でも思った通りになる、みたいな……?」
「はい、概ねその通りです。ですが、もちろん何でも無制限無制約に、とはいきません」
ふむ、と来人は思い返す。
つまり、この間鬼と戦った時に神の色が白金に染まったのも、十字架のアクセサリーが剣の形に変化したのも、どこからともなく鎖を産み出せたのも、全て神の力。
来人のイメージが具現化した物だった、という事なのだろう。
しかし、あの時は咄嗟に本能に身を任せるまま力を振るったので、あまりピンと来なかった。
そんな来人の様子を見て、ユウリは少し考えた後、
「そうですね。わたしたちはこの神の力を“絵を描くこと”に例えています」
と言って、指を鳴らす。
すると、どこかからイーゼルに掛けられたキャンバスと、見覚えの有る学校で使う様な絵の具セットが出て来た。
というか、イリスが爆速で持って来た。
よく見れば、来人が昔使っていた奴だ。
「ここにキャンバスが有ります。では、ここに絵を描くには、何が必要でしょうか?」
「筆と、絵の具と、パレット……ですか?」
「その通りです。神の力にもその三点が必要になります」
ユウリは指を三本立てる。
「パレットである『魂の器』と、絵の具である『魂の波動』、そして筆である『魂の柱』。この三つを用いて神は己のイメージを描き、世界を彩るのです」
そして、ユウリはキャンバスへと向き直る。
「まずは『器』――つまりパレットです。その大きさは人によって違います。それが大きければ大きい程、規模の大きい創造が可能となります」
そのままパレットに絵の具を出す。
「次に『波動』――これは絵の具です。魂に血液の様に流れる、力を使う為のエネルギーです。量が多ければ多い程、沢山の創造が可能となります。もちろん、波動が尽きるまで力を使えば倒れてしまいますよ」
そしてその絵の具を先を水で濡らした筆で混ぜ、筆先に馴染ませる。
「最後に『柱』――筆の役割ですね。これは世界と自分の器を繋ぐ橋渡しの役割を果たします。あなたが首に掛けているその十字架や、わたしの指輪がそうですね。この柱が神の力と対応しています」
そしてちらりと十字架と指輪に視線を移した後、白紙のキャンバスにその筆で一匹の鳥を描いた。
すると、絵だった鳥はそこからもこりと浮き上がり、どこかへと飛んで行った。
「こんな感じです」
「おおー」
来人は拍手をする。
まとめると、つまり。
魂に流れる波動をエネルギーとして、心の中で想像したイメージを現実に投影――創造する。
それが、神の力。
「ジンさんとかの凄い神様は柱無しで力を使ったりするけどネ。ちなみにネは刀を使うネ」
ガーネは口の奥からぬっと刀を取り出した。
それはそれでどういう理屈で口の中に納まっているのか気になるが。
しかし、弘法筆を選ばずと言うが、卓越した力を持つ神もまた筆を選ばないという事なのだろう。
柱はあくまで神の力を使う補助の為のツールであり、極めれば筆が無くとも指先で絵は描ける、という様なイメージだろうか。
「そうですね、ライジン様はとてもお強かったと有名です」
あのイリスにデブ呼ばわりされている肉の塊と化した父親が、神様界隈ではとても強かったと有名らしいが、来人にはあまりイメージが湧かなかった。
「僕の器と波動は、どれくらいなんだろう?」
大きい程良い、量が多い程良いと言っていたが、果たして。
「王の血統、ライジン様の実子ですからね。めちゃくちゃやばいと思いますよ」
「やばい……」
「わたしも末端の神の中では悪くない方だと思いますが、あなたとは天と地ほどの差があるはずです」
「実感湧かないなあ……」
現状比較対象が無いので分からないが、神々の王と言うからにはそれだけの力があるのだろう。
「それはまあ、使い方が分からなければ宝の持ち腐れですから。その使い方を学ぶために、わたしが先生として呼ばれた訳です」
ユウリはえへんと言わんばかりに胸を張る。
「確かにそうですね。よろしくお願いします、先生」
「はい、お願いされました! それでは、今日は最後に実践です! 習うより慣れろです!」
「だネ! レッツ鬼退治だネ!」
しばらく座学だけだと思って高を括っていた来人だったが、早速実践――つまり、またあの鬼との戦いに駆り出されるらしい。
多少の不安と緊張を覚えつつも、来人はガーネとユウリと共に、鬼退治へと向かった。
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