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#EX 昔話

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 とある海辺に、小さな村が有った。
 その村には“タテシマ様”という龍の姿をした神が祀られていた。
 
 タテシマ様は村の民を見守り、時には恵みを与えた。
 民はその寵愛に応えるべく、祭りを開いた。
 舞を踊り、“編み藁”という黒の縦糸の意匠を施した二色の藁を小判型に編みこむお守りを作り、それに想いを込めて奉納する。
 そうやって“神への信仰”という形で、民は神に応えていった。

 しかし、そんな自愛に満ちた神に対して、仇名す者が居た。
 彼女は村の長の娘であった。
 彼女は強欲だった。彼女は傲慢だった。彼女は支配を求めた。彼女は頂点に立ちたかった。彼女は王になりたかった。
 ――しかし、それは叶わない。

 女であるが故に、村長の娘であっても村長にはなれなかった。
 婿を取り、新たな村長を傍で支える。
 そんな彼女の求める物――王を傍で見続ける事しか出来ない、その程度の立場が関の山。

 歯痒かった、悔しかった。憎かった。
 だから、彼女は願った。呪った。

「誰でもいい。誰でもいいから、わたしを王にしてはくれないか」
 
 その願いに応えたのは、異界の神だった。
 どこからやって来たのかも、何故彼女の声に応えたのかも、分からない。それでも、神は降臨した。
 空間を超越する権能を持つその異界の神は“ヨコシマ様”と名乗る、虎の様な獣の姿をした神だった。
 彼女は神にその身を委ねた。

 ヨコシマ様は既にジュウオウ村の座に座るタテシマ様を無理やり追い立て、呪いをかけて海に沈めてしまった。
 村は完全にヨコシマ様乗っ取られてしまった。
 当時の村人たちはタテシマ様のお隠れを大いに悲しんだが、異界の神を相手に抵抗できる者は居なかった。

 彼女はヨコシマ様と共に、ジュウオウ村の頂上に君臨した。
 しかし、その時から村は次第に貧しく衰退していった。タテシマ様の恩寵が無くなったのだから、当然だ。
 
 村に恵みを与え繁栄をもたらせたタテシマ様に対して、ヨコシマ様は民から富と幸福を奪っていったのだ。
 タテシマ様に奉納していた踊りも、編み藁という風習も、次第に形は変わって行った。
 祭りはヨコシマ様が村を管理する為の歪な“儀式”にすげ変わり、編み藁も形骸化し、盗人避けのお守りという違った意味合いを持つ様になってしまった。
 
 こうして毎年の祭りの度に歪な儀式が重ねられ、村の民は少しずつヨコシマ様の排泄物たる“黒いヒル”を植え付けられた眷族にすげ変わっていった。
 眷族となってしまった村人は、洗脳されたが如くヨコシマ様を盲信してしまう。
 この状況を間違っているとも思わない。村から出て行こうとも考えなくなる。
 ジュウオウ村の民たちは、一生をヨコシマ様への信仰を捧ぐ奴隷となってしまった。

 彼女は村の長になった。しかし、それはヨコシマ様の傀儡としてであり、道化でしかなかった。
 そして神をその身の内に宿した彼女は、死ぬ事も許されなかった。
 どれだけ老いようと、どれだけ飢えようと、死という終わりは許されない。
 ヨコシマ様の為に黒いヒルと眷族を産む母体として、村長として縛り付けられてしまった。
 彼女は永遠に続く無限地獄に囚われてしまった。

 彼女は嘆いた。叫んだ。後悔した。
 不幸中の幸いだろうか、彼女はヨコシマ様と一体化していた。
 ヨコシマ様の権能は空間の超越だ。無意識だったのだろうが、彼女はその力に手を伸ばした。
 彼女の歌声の様な悲鳴は海を越えて、空間を越えて、異界にまで響き渡った。

 彼女が悲鳴を上げる度に、何人もの人間が異界から“迷い人”としてジュウオウ村にやって来た。
 しかし、彼女が助けを求めるには遅すぎた。
 ジュウオウ村は既に歪な風習と決まり事で雁字搦めで、余所者がやって来てもすぐに排斥されてしまう。
 誰一人として、彼女の元に辿り着いて、永遠に続く地獄を終わらせてくれはしなかった。


 それから、ある時の事だ。
 もはや村長も村人も、ジュウオウ村の全てがヨコシマ様を細く長く生き長らえさせるためのシステムの一部として完全にヨコシマ様の支配下に置かれてしまった、そんな頃。

 また一人、異界から迷い人がジュウオウ村へとやって来た。
 彼はこれまでの迷い人とは少し違った。ただ、運が良かっただけとも言える。
 
 その迷い人は一人の美しい村の女と出会った。
 男はその美しい女に一目惚れをして、持っていたアクセサリーを一つプレゼントしてプロポーズをした。
 それが偶々“土産物”として認識され、男は村に客人として迎え入れられた。

 男と女は共に時間を過ごし、惹かれ合い、愛し合い――そして、禁忌を破った。
 村に定められた“決まり事”を無視して、番のお役目を貰っていない二人は子を成してしまったのだ。
 狭い村だ、産んだ子を隠し通せはしなかった。

 儀式外で産まれ黒いヒルを植え付けられていないその子は、ヨコシマ様の支配にひずみを産んでしまう。
 その子は村長の代行である司祭によって取り上げられ、海に投げ捨てられてしまった。
 罰として迷い人であった男は首を落とされ、女は足を斬られ自由を奪われた。

 子が海に投げ捨てられる直前、女が絞り出した最後の言葉は、子の名だった。
 力いっぱい、魂の奥底から、彼方まで広がる海へと向かって叫ぶ。

「ナキ――!!!」


 ――海の底で、“タツノオトシゴ”が身体を丸めて、震えて、泣いていた。
 呪いを受け、海から離れられない。
 たった独り、横へ横へと広がる無限にも等しい孤独に暗闇の空間。

 そこに、一つの小さな輝く星が降ってきた。
 赤子だ。可愛い女の子の赤子が降って落ちてきたのだ。
 海に捨てられ、孤独に死にゆく命。

 タツノオトシゴはその赤子に、自分を重ね合わせたのだろう。
 その命を賭して、両者は一つとなって、赤子に新たな命を与えた。
 
 赤子は海の底で、すくすくと成長した。
 誰が見ても見惚れる様な、美しい天女の様な女性となった。
 名を、ナキといった。
 
 しかし、ナキは孤独だった。
 ナキは“誰か”を求めた。自分でもその内に住まう神でもない、傍に寄り添ってくれる他人の誰かを。
 そして、ジュウオウ村の村長は“自分を殺してくれる誰か”を求めた。

 そんな誰かを求める二人の歌声が重なる時、迷い人は海の底へとやって来る。
 空間を超越するヨコシマ様と、時間を駆けるタテシマ様。
 二柱の神の力が交差する、そんな奇跡の様な一瞬だけ、不可侵のはずの深海の世界に迷い人は現れる。

 ナキの前に、一人目の迷い人の男がやって来た。
 それは初めての事だった。
 
 ナキは誰かに会えた事を喜び、こう言った。

「あなたの願いを、叶えてあげます」

 決して離しては、逃してはならないと思った。
 自分の元から離れて行かない様に、傍に居てもらう為に、寂しさを埋めてもらう為に、何か見返りを差し出さなければならないと思った。
 
 男はいくつもの願いを言っていった。それは強欲と言って良かっただろう。タテシマ様はほとほと困り果ててしまった。
 そして数度の晩を経て、その日、男はこう言った。

「あなたが欲しい」

 強欲な男は、ナキの身体を求めたのだ。
 ナキはそれを受け入れようとした。拒否すれば、また一人ぼっちになってしまう。
 ――だけど、駄目だった。

 心も、身体も、男を受け入れる事は出来なかった。
 気付けば、ナキは男を蹴り飛ばしていた。
 男は何か恨み言を呟いた後、深海の世界を去って行った。
 もう二度と、その姿を現す事は無かった。

 ナキの心のざわつきを感じ取った神がその首を刎ねたのかもしれないし、地上で成す術なく野垂れ死にしたのかもしれない。
 どちらにせよ、碌な死に方をしなかっただろう。

 そんな事が有っても、ナキの心の穴は――寂しさは、埋まらなかった。
 暗い深海の世界で、ただ独り生き続けていた。
 だから、求めてしまう。

 ――そして、奇跡は二度起こる。
 波の満ち引きの様に、縦と横の糸が交差した瞬間、また深海の世界に迷い人が現れた。
 名を、空間ジンと言った。
 
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