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#23 嵐の前の
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――肌を撫でる潮風とサラサラと波が砂を洗う音に意識を揺り起こされて、俺は目を覚ました。
(――戻ってきた)
身体を起こし、歩き出す。
白い砂浜を踏みしめ、仮宿であるボロ小屋へ。
その道中、俺は足を止めて海の方を振り返る。
神殿に忍び込むにも、日中は村の者たちも活動していて一目が有る。
何より普段仕事に出て来る俺が現れなければ、それこそ怪しまれるだろう。悟られてはならない。
決行は今晩だ。日が落ちたタイミングで、神殿に忍び込む。
それから先は、それこそ神のみぞ知る事だ。
それから、俺は村人たちに悟られぬように日中をいつもの様にジュウオウ村で仕事をして、そして日の暮れた頃にボロ小屋へと戻ってきた。
食事を適当に胃へと流し込み、準備を整える。
昼の内に村からある程度必要そうな物を調達しておいた。
ロープや、護身用にナイフなど。
もっとも、神を相手取る事になった場合、これらが役に立つとは思えないが。
ナイフは腰に差しておく。
そうして荷造りを終えた頃、とんとんとボロ小屋の入り口戸を軽くノックされる音がした。
「……?」
しかし風の強い日はこの今にも吹き飛びそうなボロ小屋が揺すられて音を立てるなんてよくある事で、今回のノック音に聞こえる物音もその風の所為なのかと、そう思った。
しかし――、
とんとん。と、もう一度戸を叩く音。
風の所為ではない。誰かが訪ねて来たようだ。
俺は警戒し、足音を殺しながらナイフを持ったまま入口戸に近づく。
この浜辺に面した外れのボロ小屋に誰かが訪ねてくる事は、まず有り得ない。これまでそんな事一度も無かった。
だというのに、今日に限って誰かが訪ねてきた。
今日という“神殿へ忍び込もうとしている日”に、見計らった様なタイミングで。
(――村の者に勘付かれたか? だとすれば――)
まずい。
村の者は皆ヨコシマ様への狂信に憑りつかれている。
俺が勝手に神殿に立ち入ろうとした事が知られてしまえば、もう“客人”として丁重に扱ってはもらえない。
村の禁忌を犯す余所者に下される罰なんて――、考えるだけでも恐ろしい。
片手はナイフに、もう片方の手を戸にかけ、勢いよく開け放つ。
「――誰だッ!!」
すると――、
「きゃっ!」
聞き覚えのある、可愛らしい女の声だった。
「へ? あれ? ナキ……さん?」
「もう、空間さん! 急に開けたらびっくりするじゃないですか!」
俺の行動に驚いて尻もちを着いて、頬を膨らませてじろりと睨みつけてくるナキの姿がそこに在った。
俺は慌ててナイフを腰に差した鞘に仕舞う。
「あ、いや、すみません――って、そうじゃなくて! どうしてここに居るんですか!?」
ここは地上だ。
ナキは長く海から離れれば、身体が溶けて液状化して消えてしまう。そういう呪いを受けている。
だから、居るはずがない。居て良いはずがない。
「それが、わたしの“願い”ですから」
「身体は、大丈夫なんですか……?」
手を差し伸べながら、ナキの首筋辺りに視線をやる。
綺麗な白い肌だ。尻もちを着いた衝撃で少しはだけた着物の隙間から鎖骨が覗いている。
俺はすっとそのまま視線を横に逸らした。
「……? どうしました?」
「いえ。大丈夫そうですね」
“まだ”液状化はしていない。
それでも、やがて身体は透けていってしまうだろう。そういう呪いだ。
ナキは俺の手を取って起き上がり、くすりと微笑んで答える。
「はい。しばらく――いえ、一晩ほどは。タテシマ様にお願いしました。きっと、これが最後のお願いです」
「最後、ですか……?」
ナキは首肯する。
「お祭りの日と、そして今日。そのお力で、本来では叶わない願いを二度も叶えてくださいました。ですから、タテシマ様のお力はその分消耗してしまっています。三度目は無いでしょう」
「じゃあ、どうして! それなら、もっと大切な時に――」
「――大切な時じゃないですか」
ナキは俺の言葉を切って、そう言った。
「昨晩空間さんが帰った後、わたしは考えました。わたしはどうしたいのか、わたしの願いは何なのか――。
あなたが簒奪の神に立ち向かうと言うのなら、わたしも共に行きます。隣に立ちます。
あなただけに任せて帰りを待つだなんて、そんな事出来ません」
ナキは起こした際に握ったままの俺の手を、更に力を込めて握り、言葉を続けた。
「――それに、ですね。呪いを解く事が出来れば、最後が最後じゃなくなるかもしれません。
タテシマ様が海に縛られる呪いから解き放たれれば、わたしも自由に地上の世界を歩き回れるかもしれません。一緒に、雪を見られるかもしれません。
ですから、そんなもしもが訪れたら、その時は――昨晩の返事を、させてください」
それは、昨晩俺が言った事だった。
しかし、その意味合いは大きく異なる。
俺の帰りを海の底で待つ彼女の言葉ではなく、隣に立ち共に歩もうとする彼女の言葉。
俺は小さく深呼吸をして、ナキに握られた手に同じように力を込めて握り返す。
「――わかりました。一緒に行きましょう」
「はい!」
俺はとナキは、並び立って共に神殿へと向かう。
タテシマ様の力も弱まっている。おそらくこれが最後のチャンスだ。
もし呪いが解けなければ、ナキは一生海の底だ。
神殿の内に何があるかも分からない。
もしかすると、何の成果も得られずに事が終わるかもしれない。
それでも、そこにしか手掛かりがない。だから、前だけを見て進む。
村に祀られる邪神――ヨコシマ様を討ち、タテシマ様にかけられた呪いを断ち切るのだ。
(――戻ってきた)
身体を起こし、歩き出す。
白い砂浜を踏みしめ、仮宿であるボロ小屋へ。
その道中、俺は足を止めて海の方を振り返る。
神殿に忍び込むにも、日中は村の者たちも活動していて一目が有る。
何より普段仕事に出て来る俺が現れなければ、それこそ怪しまれるだろう。悟られてはならない。
決行は今晩だ。日が落ちたタイミングで、神殿に忍び込む。
それから先は、それこそ神のみぞ知る事だ。
それから、俺は村人たちに悟られぬように日中をいつもの様にジュウオウ村で仕事をして、そして日の暮れた頃にボロ小屋へと戻ってきた。
食事を適当に胃へと流し込み、準備を整える。
昼の内に村からある程度必要そうな物を調達しておいた。
ロープや、護身用にナイフなど。
もっとも、神を相手取る事になった場合、これらが役に立つとは思えないが。
ナイフは腰に差しておく。
そうして荷造りを終えた頃、とんとんとボロ小屋の入り口戸を軽くノックされる音がした。
「……?」
しかし風の強い日はこの今にも吹き飛びそうなボロ小屋が揺すられて音を立てるなんてよくある事で、今回のノック音に聞こえる物音もその風の所為なのかと、そう思った。
しかし――、
とんとん。と、もう一度戸を叩く音。
風の所為ではない。誰かが訪ねて来たようだ。
俺は警戒し、足音を殺しながらナイフを持ったまま入口戸に近づく。
この浜辺に面した外れのボロ小屋に誰かが訪ねてくる事は、まず有り得ない。これまでそんな事一度も無かった。
だというのに、今日に限って誰かが訪ねてきた。
今日という“神殿へ忍び込もうとしている日”に、見計らった様なタイミングで。
(――村の者に勘付かれたか? だとすれば――)
まずい。
村の者は皆ヨコシマ様への狂信に憑りつかれている。
俺が勝手に神殿に立ち入ろうとした事が知られてしまえば、もう“客人”として丁重に扱ってはもらえない。
村の禁忌を犯す余所者に下される罰なんて――、考えるだけでも恐ろしい。
片手はナイフに、もう片方の手を戸にかけ、勢いよく開け放つ。
「――誰だッ!!」
すると――、
「きゃっ!」
聞き覚えのある、可愛らしい女の声だった。
「へ? あれ? ナキ……さん?」
「もう、空間さん! 急に開けたらびっくりするじゃないですか!」
俺の行動に驚いて尻もちを着いて、頬を膨らませてじろりと睨みつけてくるナキの姿がそこに在った。
俺は慌ててナイフを腰に差した鞘に仕舞う。
「あ、いや、すみません――って、そうじゃなくて! どうしてここに居るんですか!?」
ここは地上だ。
ナキは長く海から離れれば、身体が溶けて液状化して消えてしまう。そういう呪いを受けている。
だから、居るはずがない。居て良いはずがない。
「それが、わたしの“願い”ですから」
「身体は、大丈夫なんですか……?」
手を差し伸べながら、ナキの首筋辺りに視線をやる。
綺麗な白い肌だ。尻もちを着いた衝撃で少しはだけた着物の隙間から鎖骨が覗いている。
俺はすっとそのまま視線を横に逸らした。
「……? どうしました?」
「いえ。大丈夫そうですね」
“まだ”液状化はしていない。
それでも、やがて身体は透けていってしまうだろう。そういう呪いだ。
ナキは俺の手を取って起き上がり、くすりと微笑んで答える。
「はい。しばらく――いえ、一晩ほどは。タテシマ様にお願いしました。きっと、これが最後のお願いです」
「最後、ですか……?」
ナキは首肯する。
「お祭りの日と、そして今日。そのお力で、本来では叶わない願いを二度も叶えてくださいました。ですから、タテシマ様のお力はその分消耗してしまっています。三度目は無いでしょう」
「じゃあ、どうして! それなら、もっと大切な時に――」
「――大切な時じゃないですか」
ナキは俺の言葉を切って、そう言った。
「昨晩空間さんが帰った後、わたしは考えました。わたしはどうしたいのか、わたしの願いは何なのか――。
あなたが簒奪の神に立ち向かうと言うのなら、わたしも共に行きます。隣に立ちます。
あなただけに任せて帰りを待つだなんて、そんな事出来ません」
ナキは起こした際に握ったままの俺の手を、更に力を込めて握り、言葉を続けた。
「――それに、ですね。呪いを解く事が出来れば、最後が最後じゃなくなるかもしれません。
タテシマ様が海に縛られる呪いから解き放たれれば、わたしも自由に地上の世界を歩き回れるかもしれません。一緒に、雪を見られるかもしれません。
ですから、そんなもしもが訪れたら、その時は――昨晩の返事を、させてください」
それは、昨晩俺が言った事だった。
しかし、その意味合いは大きく異なる。
俺の帰りを海の底で待つ彼女の言葉ではなく、隣に立ち共に歩もうとする彼女の言葉。
俺は小さく深呼吸をして、ナキに握られた手に同じように力を込めて握り返す。
「――わかりました。一緒に行きましょう」
「はい!」
俺はとナキは、並び立って共に神殿へと向かう。
タテシマ様の力も弱まっている。おそらくこれが最後のチャンスだ。
もし呪いが解けなければ、ナキは一生海の底だ。
神殿の内に何があるかも分からない。
もしかすると、何の成果も得られずに事が終わるかもしれない。
それでも、そこにしか手掛かりがない。だから、前だけを見て進む。
村に祀られる邪神――ヨコシマ様を討ち、タテシマ様にかけられた呪いを断ち切るのだ。
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