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#21 番のお役目
しおりを挟むそれから、シグレの家を出た俺はジュウオウ村の中心まで来ていた。
というのも、探し人が居たからだ。
――シグレの昔話を聞いた後、俺の脳内には多くの疑問が渦巻いていた。
不思議な事だらけだ。
そこまでして村の皆が守る決まり事、儀式――。
そうして黙り込んでいると、シグレは言った。
「もしこの因習に興味が有るのなら、番を経験した者に尋ねてみると良い」
「え? そんな人が、居るんですか?」
「ああ。今も、一組だけな。番の中には儀式の後ヨコシマ様の世話係としてお傍で一生を終える者も居るが、中には村へと戻って来る者も居る。子を育てる必要が有るからね」
そう言われると、確かにその通りだ。
儀式で成した子は誰が育てるのか――それは、村の者たちだ。
「その人たちがどこに居るのか、教えてもらえますか?」
「構わないよ。しかし、お前さんはもう知っているんじゃないのかい?」
そう言われて、考える。
この村には男性も女性も同じように暮らしている。その中で、誰と誰が番――夫婦なのか。
いや、そうだ。俺は知っている。
たった一組だけ、間違いなく夫婦と呼べる二人を知っている。
――あの石の首飾りを失くした夫婦だ。アニキと呼ばれた男と、その妻。
他の皆、例えばクスノキやイヌガシは独り身の様だ。しかし、あそこの家だけは間違いなく夫婦だ。
確かに男の方が女を“女房”と呼んでいた。
俺の表情を見て、シグレは頷く。
「大丈夫な様だね」
「はい。ありがとうございました」
「ああ。――その、ナキには――」
シグレは口籠る。
「ええ。この話は、秘密に」
「ありがとう。そうしておくれ」
「でも、必ずまた、笑顔で再会出来る事を――いえ、出来る様に、してみせます」
俺はそう言って、強く拳を握った――。
――そういう理由で、俺はジュウオウ村であのアニキと呼ばれた男、もとい首飾りの夫婦を探していた。
村の通りを歩けば、まだちらほらと他所からの客人の姿も残っているが、その殆どは祭りの終わりと同時に散って行った様で、今は通りの端々に数人の村人が見えるだけだ。
「確か、前はこの辺りで見かけたはずだけど――」
そう通りを抜けて中央の井戸辺りを歩いていると、探し人はすぐに見つかった。
そもそも決まり事によってその数が管理されているので、ジュウオウ村には定住する村人自体が少ない。
大きな街で手掛かりも無く探す訳でもなく、それこそ小さな首飾りを探す訳でもない。探すのは人だ。
大体の当たりが付けば、簡単に見つかるのだ。
居たのは首飾りの夫婦の旦那の方、丁度面識のあるアニキと呼ばれた男の方だっ。
籠に入れた魚を担いでいて、丁度家に帰る所の様に見える。
俺は手を挙げて用が有る事をアピールしつつ、アニキと呼ばれた男に近づく。
「すみません」
「おう。あんたは確か、首飾りを探してくれた迷い人の、ええっと――」
「空間です」
「ああ、そうそう。ソラマ君ね。知ってるかもしれんが、俺はスナヅルだ。あんときはあいつらが迷惑かけたな」
男の名はスナヅルというらしい。
初耳だが、どうやらこの村の者なら知っていて当たり前といった風だ。
今思えば、アニキと呼ばれ慕われていたのも、番のお役目から帰ってきたという背景あっての事だったのだろうと推測できる。
「それで、どうしたんだ? 俺はこれから――ほら、こいつ」
と言って、スナヅルは籠の揺すって捕れたての新鮮な魚をアピールしてくる。
「女房が夕飯作ってくれるからな。早く持って帰らねえとどやされちまう」
やはり帰り際で、声をかけたタイミングは悪くなさそうだ。
丁度スナヅルにも、その奥さんにも話を聞きたかったところだ。
俺は少し考えて、それから答えた。
「そうだったんですね。良かったら着いて行っても良いですか? 実は、ご夫妻に聞きたい事が有りまして」
「聞きたい事? ――ああ。もしかして、俺たちに興味でもあるのかい?」
「ええ、そうです。お二人がヨコシマ様に選ばれた番だったのだと聞いて、居ても立っても居られなくなりました。自分もこの村に世話になっている身です。是非偉大なる神について、色々とご教授頂きたいのです」
俺がそう大げさにまるで心から神を敬うかの様に嘯いてみれば、スナヅルは分かりやすく機嫌を良くして、
「おお、そうかそうか! 良いだろう。なんなら夕飯も食っていくか?」
と、俺の背中を片手でばんばんと叩いて、「こっちだ、こっち」とたったかと歩いて行く。
俺もその背中を追って、スナヅルの家へと向かった。
「――おう、帰ったぞ!」
「あら、おかえりなさい――そちらは、お客様?」
スナヅルの妻が迎えてくれた。
すでに祭りも終わった今日は、石の首飾りを付けてはいない。確か、普段はどこかに仕舞っているというような話を以前にしていた。
今日は他の村人たちと同じ様な簡素な着物格好だ。
「どうも、空間です」
俺はお辞儀と共に名乗る。
「前に首飾りを探してくれた、おんじだ。こいつが番のお役目に選ばれた俺たちの話を聞きたいんだってよ」
「まあ、素敵ね。その節は本当にありがとう。是非上がって頂戴」
スナヅルの妻も旦那と同様に、好意的に迎え入れてくれた。
本来であれば迷い人の俺が情報を得ようとすれば足元を見られて土産物の一つでも要求されたのだろうが、首飾りを見つけたという恩が幸いしてか、俺はスナヅル夫妻にすんなりと受け入れられた。
出涸らしの薄い茶を入れてもらい、俺とスナヅルは囲炉裏を囲む。
妻の方はスナヅルから魚を受け取ると、いそいそと土間の方で下処理をしている。
この分だと話を聞けそうなのはスナヅルだけだが、二人でも一人でも聞ける内容自体は然程変わらないだろうし、問題はないだろう。
スナヅルは茶に口を付け喉を湿らせた後、
「それでよ、何から聞きたいんだ? 何でも答えてやるぞ」
と、話を切り出した。
今すぐにでも自分から神への想いを語りたいという気持ちを抑えんばかりに、お願いした側の俺が引いてしまいそうになる程に前のめりだ。
その様子は狂信的で、洗脳されたみたいで、不気味で気持ちが悪い。
しかし下手に言い渋られるよりは協力的な方がありがたいか。
「そうですね――」
と、俺はスナヅルにヨコシマ様と番のお役目について、聞いていった。
「番のお役目を賜った際に、ヨコシマ様に謁見する機会は有ったんですか?」
「いいや」
「お会いする事は出来なかったんですね」
「そうじゃない」
スナヅルは頭を振った。
「覚えていないんだ。神殿の中でのお役目の内容を、出来事を、何も」
「それは――記憶喪失、という事ですか?」
「儀式の日に、神殿の中に入るまでの事は覚えているんだが、それから先の記憶は霞掛かったみたいに朧気でな。
それで、その次の記憶はお役目を終えてこいつと一緒に赤子を抱いて神殿の前に立っていた時だ」
スナヅルは思い出そうとすると頭が痛むのか、こめかみを抑えてうんうんと唸っている。
露骨に真実を隠すように抜け落ちた神殿の中での記憶。
この分では、俺の知りたい事は殆ど聞けないかもしれない。
「では、ヨコシマ様がどういったお姿だとか、神殿の中がどうなっているとか、そういう事も分からないんですね」
「ああ、しかし構いはしないさ。それは当然の事だろう?」
「当然の事、ですか……?」
「だって、俺たちの様なただの村民が、その偉大なお姿を直接拝めるはずもねえんだからよ」
「……ああ。それもそうですね、恐れ多い事でした」
俺はこの場の空気に任せて適当に同調しておく。
「だけどよ、神殿の中って言うなら、覚えてはねえけど知ってる事ならあるぜ」
「本当ですか? 何でも、些細な事でも知りたいです」
俺がそう先を促せば、スナヅルは満足気に答えてくれる。
「神殿の中には村の長も居るんだよ。でも滅多に――というか、産まれてこの方、お姿を見た事はねえ」
「そういえば、確かに長にお会いした事は無かったですね。祭りの日も、お見掛けしなかった様ですが――」
「そうだな。でも祭りには司祭様が居ただろう。あの方が長の代行をしているんだ」
そう言われて、思い出す。
真っ白な装束に身を包んだ、布で顔を隠した司祭。
「では、長の意向も司祭様を通して伝えられるって感じなんですね」
「そうなるな。司祭様も長のお付きとして神殿の中に居られるよ」
俺は「なるほど、ありがとうございます」と頷いて、次の質問に移る。
「スナヅルさんの他にも、帰ってきた番は居るのでしょうか?」
「俺らの時には他にも――確か二組くらいは居たはずだが、帰って来てはいないな。
多分、神殿の中でヨコシマ様の世話係という名誉あるお役目を頂いているはずだ。というか、俺たちの様に帰ってくる番の方が珍しい」
「そうなんですね」
「あんただって、この村に来てそれなりに見てきたはずだ。俺らの様に番で暮らしている奴、滅多に居ねえだろ」
自分たちは神から選ばれた存在だと、他の村人は違うのだと、スナヅルは誇らしげにそう語る。
俺がそれに対しても適当に同調すれば、スナヅルは俺の反応を受けて機嫌を良くして更に軽い口を回す。
「俺たちも本当はヨコシマ様の世話係と成れるはずだったんだろうが――まあ、当時の俺たちに課せられた役目は赤子の世話だったんだろうよ」
「それもまた、神から与えられた大事なお役目ですよね」
「おうよ。神に賜った息子はきちんと育て切って、今は立派に働いているぜ。栗色の髪の若い男だが、あんたも会ったことが有るかもしれんな」
「栗色、ですか……」
俺は違和感を覚えて、スナヅルと土間で働くその妻をちらりと窺う。
スナヅルの方は近くで見れば痛み切ってややくすんで灰色がかって見えるものの、妻共々どちらも和服の似合う黒髪だ。決して栗色ではない。
しかし俺はそれを指摘する事無く、
「覚えておきます。息子さんにお会いした際はきちんと挨拶しておきますね」
と、それだけを答えておいた。
それから、家の中を少し見渡して、
「お子さんは、一人だけですか?」
「おう。俺たちが育てたのは息子一人だけだな。でも、俺たちが神殿から帰ってきた時に、他の家にもヨコシマ様から何人か赤子が届けられたぜ」
おそらくそれはスナヅル夫妻と同じ時期に番となったペアの子だろう。
つまり、他人の子だ。
「他人の子をその他の家の人たちは育てるんですか?」
俺がそう問えば、スナヅルは少し機嫌を悪くしてしまう。
「当たり前だろう? 子供はヨコシマ様からの恵みだ。それを村の皆で育てる。何がおかしい?」
「いえ、そうですよね。変な事を言ってすみません」
俺は慌てて取り繕う。
それから、いくつか雑談を交えつつ質問を重ねた。
しかし、やはりスナヅルもその妻も、あの神殿の中で起こったことに関しては何も覚えておらず、有効な情報は得られなかった。
(――やはり、神殿の中を調べる必要があるか……)
俺は次なる目標を心の内に定め、その日はスナヅルの家を後にした。
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