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#11 推理、捜索

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 さて、厄介な事になった。
 俺は明日の朝までに、つまりたった一日で無くなった石の首飾りを見つけ出さなければならない。
 出来なければ、俺は盗人として告発されて、その噂は瞬く間に村中に広がる事だろう。
 
 証拠も何もあった物ではないが、この村の住民であるあの男たちと、余所者の俺とでは発言力があまりにも違い過ぎる。
 どれだけ弁を尽くしても、立場の弱い俺の言い分が通るはずもない。肩を持ってくれるのもクスノキと数名居るか居ないかくらいだろう。
 瞬く間に爪弾きにあい、最悪の場合命も危ういのは明白だ。

 俺は村の通りを歩きつつ、思考を巡らせる。
 こうやって歩いている内に道端に落ちていてくれればいいのだが、そんな都合のいい展開在るはずも無い。
 地道に可能性を探って、細い糸を手繰るのだ。

 まず、以前に小耳に挟んだ“アニキ”と男の会話を思い出す。
 
 今は祭りの準備期間だ、それ故に他所から客人の出入りも多くなっている。盗人はそれに乗じて犯行を行うのだ。
 そして、その犯行の件数は去年のそれよりも多いのだという。
 来たばかりの俺にはそれがどれほどの違いなのかは分からないが、もしかするとやって来る客人の数自体が多いのかもしれない。
 確かに周囲に視線をやれば、今日も土産物を受け渡ししている見慣れない者の姿が目に入る。

 石の首飾り、それはアニキと呼ばれていた男の奥さんの所持品だという。
 曰く、祭りの日に着飾る為のアクセサリーだったらしく、普段は大事に仕舞っていた物だそうで、おそらくタンスの奥にでも保管していたのだろう。
 ジュウオウ村の村民は男も女もあまり着飾らない。それは着飾る余裕がないとも言える。
 しかしそんな中でも、祭りという特別な日の為にと大事にしていた首飾りだ。きっとかなり高価な品物なのだろう。俺の僅かな給金ではそれに変えられないのは想像に難くない。
 
 現状の手札から、仮説を導き出す。
 
 仮説1、犯人は客人であり、既に首飾りはこの村には無い。
 このパターンは詰みだ。考慮するだけ無駄な事だ。俺は首飾りが手の届く範囲にあるという前提で動かなくてはならない。

 仮説2、犯人はこの村の誰かである。
 最も可能性が高いのは、さっき俺に突っかかってきた男だ。
 俺の事が気に食わなくて、陥れるために自分が首飾りを盗んで俺を盗人に仕立て上げたと考えれば、無い話ではない。
 
 しかしこの仮説は俺の心情から来る側面が強い気がしてならない。
 あの男はアニキと呼んで慕うほどの相手から、首飾りを盗み出せるだろうか?
 それに、以前にこんな話をしていた。――“アニキの家から首飾りを盗み出す事は罰当たりだ”と。
 信心深く、決まり事に忠実で、勤勉に働く。そんなジュウオウ村の村民である彼が、罰当たりと称する行為に手を染めるとは考えにくいだろう。

 仮説3、犯人など居ない。首飾りはその辺に落ちている。
 仮説4、全ては彼らの早とちりである。実は首飾りはアニキ宅のタンスの奥底に有って、よく探せば見つかった。
 
(――ああ、駄目だな……)

 後半の仮説は仮説とも呼べない俺の現実逃避だ。
 考えれば考える程、仮説1が濃厚な気がしてならない。つまり、詰みが見えている。
 そんな無意味な思考を断ち切るように、俺は頭を振る。

 そして、最後の大本命。仮説5。

「――犯人は、迷い人である」

 予てより考えていた、迷い人Bの存在。それはもちろん架空の存在だ。居るかどうかも分からない。しかしこれが最も可能性としては高いだろう。
 俺と同じ様にこの世界に迷い込んできて、“土産物”の決まり事を知らずに腹を空かせて、生きるために盗みに手を染めたと俺は考えていた。
 ただその場合、一つだけ疑問点があった。
 
 それは“何故首飾りなんて物を盗んだのか”という事だ。
 早い話が、首飾りは食えないのだ。生きるために盗み出すなら、首飾りではなく芋や魚や、とにかく腹を満たせる物を盗むはずなのだ。
 その一点だけが、俺の中の迷い人Bの人物像と食い違っていた。

 もちろん高価な首飾りを売れば金になり、金が有れば飯を食える。
 しかし、それはこのジュウオウ村で客人として扱われていた場合の話だ。
 
 前提として、迷い人Bは土産物という決まり事を知らずにジュウオウ村に立ち入れなくなった人間でなくてはならないのだ。
 そうでなくては、わざわざ危険を冒してまで盗みを働く理由がまず産まれない。

 ただ、俺が知らないだけでその首飾りには何か特別な意味があるのかもしれない。
 これ以上は考えても分からない事だ。
 何故首飾りなんて盗んだのか、その理由も犯人であろう迷い人Bを捕まえれば自ずと判明する事だろう。

 
 方針は決まった。
 手始めに、俺は村民たちに聞き込みをする事から始めて行った。

「俺以外の余所者――例えば、迷い人について、何か知りませんか?」

 そんな風に、目に付いた順に声をかけて行く。
 もっとも、この時間帯は仕事中の者も多くそれ程通りですれ違う人も多くはない。
 それでも数名ほどに聞き込みをする事が出来た。

 彼らから得られた情報はこんな感じだ。

「迷い人? 御伽噺だろう?」

 鼻で笑われた。
 
「そりゃ、祭りの時期だからね。余所者なんて何人も見たよ。ほら、土産物でこんな上等な絹を納めて貰ったんだ。これから神殿へ持って行くところさ」

 彼は嬉しそうに絹を抱えて去って行った。
 
「前にもお前みたいな奴が居たかって? いや、どうだかな。もっと年寄りにでも聞けば何か分かるかもしれないが――」

 結果として、聞き込みは空振りに終わった。
 しかし、最後の話は次への取っ掛かりとして充分だった。

 
 俺は次に、村外れの林の方へと向かう事にした。
 この時点でもう昼を過ぎていた。腹の虫が鳴る。
 時期に日も落ちてくる。タイムリミットは、刻一刻と近づいて来ている。

 村で蒸かした芋を遅めの昼飯がてら、手土産がてら調達してから、林を抜けてその先へ。
 そこには、村外れにぽつんと建つ一軒の家が在った。
 編み藁の飾られた玄関口から入って行けば、軒先に目的の人物は座っていた。

「お久しぶりです、シグレさん」

 俺がそう声をかければ、彼女はゆっくりと顔を上げる。

「ああ。あんたかい」

 この世界に来てすぐにジュウオウ村の洗礼を受けて途方に暮れていた俺を助けてくれた、あの老婆――シグレの家だ。
 年寄りに聞けば分かるかもしれないという言葉に従って、俺の知る限りもっとも話が出来そうなお年寄り、つまりシグレの元を訪れたという訳だ。

「その様子だと、その後無事やっていけている様だね」
「はい、おかげさまで。その節はお世話になりました、これ、良かったらどうぞ。お礼にもならないかもしれませんが」

 俺は持ってきていた蒸かした芋を一つ、シグレへと手渡した。
 手に取ってみれば、既に冷めてしまっていた。
 
「ああ、ありがとね。あんたが元気そうで良かった」

 シグレはその芋を受け取って、両の手で包み込む。

「それで、今日はどうしたんだい? ここまで来たって事は、何か用があるんだろう?」
「はい。実は、ですね――」

 俺は自分が今置かれている状況をシグレに話した。
 石の首飾りの窃盗犯として疑われているという事、犯人は自分と同じ迷い人なのではないかと考えている事、そしてそれらについてシグレに話を聞きに来た事。
 シグレは話を聞きながら、芋を小さな口で齧っていた。

 そして、丁度芋を半分ほど食べ終えた頃に俺の話も終わり、その間黙って聞いていてくれたシグレは口を開いた。

「――迷い人、ね」

 そうぽつりと呟いたのだ。
 その瞳は、どこか遠くを見ている様だった。

「何か、知っているんですか?」
「確かに、私は長く生きているからね、以前にも迷い人に会った事はあるよ」
「本当ですか!?」

 当たりだ。俺はそう思って、内心喜んでいた。その心の内は声にも反映されてしまっていたと思う。
 
「その人、今どこに居るのか分かりますか? 村には居ないと思うんですけど――」

 と、そこまで言ってから、シグレの表情が沈んでいるのに気付いた。
 少し考えれば分かる事だったのに、俺は見落としていた。
 シグレという人物を理解していれば、すぐに気づけたはずなのに。

 シグレは答える。

「――もう、死んでしまったよ。私の若い頃にね。だから、どこにも居ない」

 そうだ。俺に対してそうしてくれた様に、シグレが迷い人Bと出会っていれば、“土産物”という決まり事について教えていたはずなのだ。
 そうであれば、迷い人Bは俺と同じ様に客人として村に受け入れられる道が有ったはずなのだ。
 盗みを働く必要が無い。前提が崩れるのだ。
 答えを急くあまり、それを俺は失念していた。

 謝罪と礼を述べた後、俺はシグレの家を後にした。

 
 結果として、シグレの知る迷い人は既に亡くなっていた。
 つまり俺の探している推定窃盗犯の迷い人Bでは無かった。
 他に手掛かりと言える物は何もない。すべて振り出しに戻ってしまった。
 
 シグレの元を発った頃には、空は橙色に染まっていた。もう時間が無い。
 タイムリミットが迫る焦りからか、一度行き止まりに当たってしまうとそこからの道標も無く、思考も回らなくなってきた。
 
 俺は林の中を、村の中を、ただただ無暗に探しまわった。
 もはや自分で可能性が低いと一蹴した、その辺に首飾りが落ちているという仮説に無意識的に縋ってしまっていた。
 しかしそれに賭けるしかない状況というのも事実だった。

 そうやって村中を駆けまわっていると、あの三人組が目に入った。
 同じジュウオウ村に居るのだから、すれ違ってもおかしくはないだろう。
 
 俺は彼らに向かって駆け寄って、感情のままに黒髪の男の胸倉を掴む。

「お前が、お前が盗ったんじゃないのか!?」
「はあ? 急に何言ってんだよ、首飾りはどうした?」
「探したさ。でも、どこにもない。後はお前だけだ。お前が俺を陥れる為にどこかへ隠したんじゃないのか!?」
 
 これもまた、自分で一度は一蹴した可能性だった。
 この男は首飾りの持ち主をアニキと慕っている。そんな相手に迷惑をかけるだろうか?
 そしてその行為を罰当たりだと称した。信心深いこの村の住民がそんな事をするだろうか?
 頭では分かっていた。

「俺が、アニキの家の物に手を付ける訳がねえだろ!」
 
 男は俺を突き飛ばす。
 
「ったく、何言ってるのか分からねえが、明日の朝までだ。それまでに見つけられなかったら、それまでだ」

 おかしな奴でも見るみたいに俺を睨みつけて、そう言い残して男たちは去って行く。
 
 突き飛ばされた衝撃で、少し頭は冷えた。
 俺は服に付いた土を払い、ふらりとまた歩き出す。
 やがて、空は橙から紺へと変わっていった。
 

 ――空はすっかり夜闇へ染まり、無数の星が浮かんでいる。
 こんなに暗くては、落ちている首飾りなんて探しようも無い。
 そんな中、気づけば、自然と俺の足は浜辺へと向かっていた。

 俺は砂を踏みしめて、波打ち際へ。そのままぼうっと水平線の向こうを眺める。
 そうやって冷たい夜の潮風を肌に受けていれば、頭の中にごちゃごちゃと溜まっていた思考のゴミは流されて行き、そこに一つの小さな光が残った。

「――そうだ」

 俺は独り言つ。

「――タテシマ様なら、出来るんじゃないか? “お願い”を叶えて貰えば、首飾りだって見つけられるんじゃないか……?」

 そんな希望の光が、胸の内に輝いていた。
 そうだ。タテシマ様の力なら、失せモノを探すくらい出来るかもしれない。いや、出来ないはずがない。
 その光はだんだんと大きくなって行く。
 
 やがて、何処からか歌声が聞こえて来た。
 それはもう何度も聞いた、俺を誘う美しい音色だ。

 俺はその歌声に身を任せて、足を踏み出す。
 波打ち際を越えて、冷たい夜の海へ。一歩、また一歩、波を分けて進んで行く。

 ――俺の意識は、ここで暗転した。
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