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#05 一日の終わりに
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デートと言う名の商店街での買い出しを終え、帰路に付いた。
帰っても冷蔵庫の中には碌な物が無いので夕飯の材料も買って帰ろうかと思ったのだが、何分両手に紙袋と荷物も多かったので、今日はもう贅沢ついでに帰ってから出前でも取る事にした。
「ただいまー」
鍵を開けると彼女は横からするりとドアの隙間から入り込み、我が物顔で先んじて帰宅。俺も後に続く。
服の入った紙袋を部屋の端へ置き、本は本棚から溢れ床にまで浸食している積み本の上に新しく積んでおく。
まだ十六時、夕飯まではまだ時間が有る。俺は先輩に出前のチラシを何枚か渡してから、ノートパソコンを立ち上げ、その余暇を小説の執筆の時間に充てた。
「ホームズ君。ねえ、ホームズ君ってば」
「あ、えっと、何ですか?」
「もう、声かけても全然反応ないから適当に頼んじゃったわよ?」
そう言う彼女の手には、宅配ピザの箱が抱えられていた。
時計を見ればもう二時間前後集中してノートパソコンに齧り付いていたらしい。いつの間にか彼女はピザを注文をして、それが届いた後だった。
今日は彼女が居る事なんてすっかり忘れて、いつもの執筆モードに入ってしまっていた。
「ああ、すみません。つい筆が乗って……。先輩の言った通り、少しリフレッシュしたんですかね。なんだか頭が冴えるって言うか、いい感じです」
「そう……。キミは、本当に小説が好きなのね」
「そうですね。それが、俺の夢ですから。……俺の話、聞いてもらえます?」
何となく、そうしたくなった。それは目の前に居るのが憧れの高橋先輩の姿をしていたからだろうか。それとも――、
彼女がピザの箱を置き、頷くのを確認してから続ける。その表情がどこか寂し気に見えたのは、気のせいだろうか。
「本格的に小説を書き始めたのは、先輩が卒業した後からです。それまでも何度か妄想を書き殴ったりした事は有ったんですけど、ちゃんと作品として作り始めたのはその頃からですね――」
そうやって、俺は言葉を、思いを紡ぐ。
先輩が卒業した。図書室へ向かっても、そこに彼女は居ない。虚無感、喪失感、そして何も出来なかった後悔。俺はそれらの感情を小説という作品にぶつける様になった。
もしかすると、小説が売れて有名になれば先輩に届くかな、なんて思いながら『高橋ホームズ』のペンネームを名乗ったりもした。
あの大した話をする訳でも無い静かな図書室で過ごす時間が、あの頃の自分にとっては幸せな時間で、空間だった。
そんな取り留めのない話をだらだらとしているのを、彼女はピザを食べながら黙って聞いてくれていた。もしかするとピザに夢中で大して聞いていないかもしれないが、それでも構わないだろう。
最後に俺は「だらだらと話して、すみません」と言って話を締め、彼女はにこりと微笑んで、それに応えてくれた。
彼女の顔色には話始める前に見た気がした寂しげな表情は見られなかった。やはり気のせいだったのだろう。
話に夢中になって危うくピザを全て食べられそうになったりもしつつ、そのまま就寝の時間。
風呂上がりの彼女は可愛らしい犬の柄のパジャマ姿だった。これは彼女本人のチョイスだ。ガチャガチャのキーホルダーもそうだが、彼女は動物が好きなのかもしれない。
「今日はベッド譲りませんからね?」
「じゃあ、一緒に寝る?」
昨日の件が有り、素直にベッドを譲り渡すのも癪なので一応ポーズとして予め牽制するも、より強烈なカウンターパンチが返って来る。
「あのですね……」
「冗談よ。今日はわたし、これでいいわ」
俺が困っていると、そう言って彼女は座布団を二つに折りたたんで枕代わりとして、ベッドの上から薄手の布団を一枚剥ぎ取る。そしてさっさと横になると、二秒と経たない内にすうすうと寝息が聞こえて来た。昨日と同じだ、余りにも寝付きが良すぎる。
今更揺すり起こして「本当はベッド譲ろうと思ってて」なんて言うのも憚られ、結局今日はそのままベッドで眠りに付いた。
深夜。レム睡眠とノンレム睡眠の間。朧気な意識の中、薄っすらと開いた目に入って来るのは青白い光。どうやら彼女はノートパソコンを開いている様だ。画面に目をやると、そこには小説『仮称:タイムトラベル』。
昨日はいまいちだとか分かりにくいとか設定がごちゃごちゃしているだとか、散々酷評していたというのに、続きが気になるんだろうか、彼女の視線はじっと画面に釘付けだ。暗く静かな部屋にマウスホイールを転がす音だけが響く。あれは照れ隠しとかそんな感じで、きっと楽しんで貰えていたのだろう。
そんな風に思って再び目を閉じ、微睡に身を任せる。そしてぼんやりと薄れ行く意識の中で、ふと気付く。
今続きを読んでいると言う事は、昨日の時点では序盤までしか読んでいなかったはずだ。そもそもあの短時間で最後まで読み切れはしなかっただろうし、今続きを読んでいると言う事はそれは間違いないだろう。
ではどうして、彼女の口から出て来た感想は「設定がごちゃごちゃしている、急な展開に付いて行けない」という物だったのか。
作品終盤の怒涛の展開はそう言った評価を下されても仕方がないかもしれない。しかし、少なくとも序盤の展開にはそういった点は見られないはずだ。小説作品を読み慣れていない人ならばあるいは難しい部分もあるかもしれない。しかし、少なくとも高橋先輩はそれに該当しないだろう。
あれは“作品の内容を最後まで知っている人の感想”ではないだろうか。あの感想は予め用意されていた物ではないだろうか。では、そんな否定的な意見を予め用意しておく理由とは。
そんな想像、妄想の類が脳裏を過る。しかし、睡魔には敵わない。程なくして、俺の意識はゆっくりと沈んでいく。
帰っても冷蔵庫の中には碌な物が無いので夕飯の材料も買って帰ろうかと思ったのだが、何分両手に紙袋と荷物も多かったので、今日はもう贅沢ついでに帰ってから出前でも取る事にした。
「ただいまー」
鍵を開けると彼女は横からするりとドアの隙間から入り込み、我が物顔で先んじて帰宅。俺も後に続く。
服の入った紙袋を部屋の端へ置き、本は本棚から溢れ床にまで浸食している積み本の上に新しく積んでおく。
まだ十六時、夕飯まではまだ時間が有る。俺は先輩に出前のチラシを何枚か渡してから、ノートパソコンを立ち上げ、その余暇を小説の執筆の時間に充てた。
「ホームズ君。ねえ、ホームズ君ってば」
「あ、えっと、何ですか?」
「もう、声かけても全然反応ないから適当に頼んじゃったわよ?」
そう言う彼女の手には、宅配ピザの箱が抱えられていた。
時計を見ればもう二時間前後集中してノートパソコンに齧り付いていたらしい。いつの間にか彼女はピザを注文をして、それが届いた後だった。
今日は彼女が居る事なんてすっかり忘れて、いつもの執筆モードに入ってしまっていた。
「ああ、すみません。つい筆が乗って……。先輩の言った通り、少しリフレッシュしたんですかね。なんだか頭が冴えるって言うか、いい感じです」
「そう……。キミは、本当に小説が好きなのね」
「そうですね。それが、俺の夢ですから。……俺の話、聞いてもらえます?」
何となく、そうしたくなった。それは目の前に居るのが憧れの高橋先輩の姿をしていたからだろうか。それとも――、
彼女がピザの箱を置き、頷くのを確認してから続ける。その表情がどこか寂し気に見えたのは、気のせいだろうか。
「本格的に小説を書き始めたのは、先輩が卒業した後からです。それまでも何度か妄想を書き殴ったりした事は有ったんですけど、ちゃんと作品として作り始めたのはその頃からですね――」
そうやって、俺は言葉を、思いを紡ぐ。
先輩が卒業した。図書室へ向かっても、そこに彼女は居ない。虚無感、喪失感、そして何も出来なかった後悔。俺はそれらの感情を小説という作品にぶつける様になった。
もしかすると、小説が売れて有名になれば先輩に届くかな、なんて思いながら『高橋ホームズ』のペンネームを名乗ったりもした。
あの大した話をする訳でも無い静かな図書室で過ごす時間が、あの頃の自分にとっては幸せな時間で、空間だった。
そんな取り留めのない話をだらだらとしているのを、彼女はピザを食べながら黙って聞いてくれていた。もしかするとピザに夢中で大して聞いていないかもしれないが、それでも構わないだろう。
最後に俺は「だらだらと話して、すみません」と言って話を締め、彼女はにこりと微笑んで、それに応えてくれた。
彼女の顔色には話始める前に見た気がした寂しげな表情は見られなかった。やはり気のせいだったのだろう。
話に夢中になって危うくピザを全て食べられそうになったりもしつつ、そのまま就寝の時間。
風呂上がりの彼女は可愛らしい犬の柄のパジャマ姿だった。これは彼女本人のチョイスだ。ガチャガチャのキーホルダーもそうだが、彼女は動物が好きなのかもしれない。
「今日はベッド譲りませんからね?」
「じゃあ、一緒に寝る?」
昨日の件が有り、素直にベッドを譲り渡すのも癪なので一応ポーズとして予め牽制するも、より強烈なカウンターパンチが返って来る。
「あのですね……」
「冗談よ。今日はわたし、これでいいわ」
俺が困っていると、そう言って彼女は座布団を二つに折りたたんで枕代わりとして、ベッドの上から薄手の布団を一枚剥ぎ取る。そしてさっさと横になると、二秒と経たない内にすうすうと寝息が聞こえて来た。昨日と同じだ、余りにも寝付きが良すぎる。
今更揺すり起こして「本当はベッド譲ろうと思ってて」なんて言うのも憚られ、結局今日はそのままベッドで眠りに付いた。
深夜。レム睡眠とノンレム睡眠の間。朧気な意識の中、薄っすらと開いた目に入って来るのは青白い光。どうやら彼女はノートパソコンを開いている様だ。画面に目をやると、そこには小説『仮称:タイムトラベル』。
昨日はいまいちだとか分かりにくいとか設定がごちゃごちゃしているだとか、散々酷評していたというのに、続きが気になるんだろうか、彼女の視線はじっと画面に釘付けだ。暗く静かな部屋にマウスホイールを転がす音だけが響く。あれは照れ隠しとかそんな感じで、きっと楽しんで貰えていたのだろう。
そんな風に思って再び目を閉じ、微睡に身を任せる。そしてぼんやりと薄れ行く意識の中で、ふと気付く。
今続きを読んでいると言う事は、昨日の時点では序盤までしか読んでいなかったはずだ。そもそもあの短時間で最後まで読み切れはしなかっただろうし、今続きを読んでいると言う事はそれは間違いないだろう。
ではどうして、彼女の口から出て来た感想は「設定がごちゃごちゃしている、急な展開に付いて行けない」という物だったのか。
作品終盤の怒涛の展開はそう言った評価を下されても仕方がないかもしれない。しかし、少なくとも序盤の展開にはそういった点は見られないはずだ。小説作品を読み慣れていない人ならばあるいは難しい部分もあるかもしれない。しかし、少なくとも高橋先輩はそれに該当しないだろう。
あれは“作品の内容を最後まで知っている人の感想”ではないだろうか。あの感想は予め用意されていた物ではないだろうか。では、そんな否定的な意見を予め用意しておく理由とは。
そんな想像、妄想の類が脳裏を過る。しかし、睡魔には敵わない。程なくして、俺の意識はゆっくりと沈んでいく。
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