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#040 スキルホルダー解放戦線②
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白銀の少女、シロ。その正体はスキルホルダー解放戦線のリーダー、アルファだった。
そんな事実を告げられても、記憶を失っている当人は、元戦線メンバー藍原を警戒して俺の後ろに隠れたまま。何かを思い出すような気配すらない。
そんな様子に少し安心したような、胸が痛む様な、複雑な気持ちに苛まれる。
しかし、シロの素性も分かり、犬――ジャクソンも飼い主の元に戻り、納まる所に納まった様に思う。
そんなところで、俺は藍原に気になっていた事を聞いてみた。
「最後に1つだけ、いいですか?」
「もちろん」
「藍原さんは、どうして解放戦線を脱退したんですか?」
すると、藍原は懐かしそうに遠くを見て、
「私は元々、この六専特区の内情を探る為に送られたスパイだったんだ。しかし、ここへ来てからすぐに分かったよ。この特区はプラスエスの様に人体実験を行う非道な場所では決して無い。
私はナンバーツーにそうありのままを報告した。しかし、彼は私の言葉に取り合う事無く、やがて連絡も途絶えてしまった。
その頃には、私には愛する妻と可愛いペットという大切な家族も出来ていて、仕事もぼちぼちと軌道に乗り、もはやスキルホルダー解放戦線なんてどうでもよくなってしまっていた。
だから、数年ぶりに戦線メンバーが訪ねて来た時は驚いたよ。まさか、私の存在を覚えていた者が居たとはね。全く、過去のしがらみからはなかなか逃れられないものだね」
と、教えてくれた。
それを聞いて、気付いた事があった。
「実質的な組織の運営はリーダーのアルファではなく、ナンバーツーが執っていたんですね」
「ああ、そうだね。アルファ様は元々プラスエスの非検体第一号だったらしいんだ。でも、ある時二号ベータと三号ガンマと共に、プラスエスの実験施設を破壊して脱走。その一件がきっかけで、プラスエスは機能を失い解体。アルファ様は迷えるスキルホルダーたちの旗印となった。そのアルファ様を保護したのがナンバーツーで、それから共に解放戦線を作ったらしい。
アルファ様はまだ子供だけど、そんな背景から同年代の子供であるスキルホルダーたちからの信仰は厚い。だからリーダーという旗印としてトップに座り、実務の殆どは大人のナンバーツーがやっていたよ」
プラスエスに反逆したアルファ、ベータ、ガンマの三人。
それがスキルホルダー解放戦線というレジスタンス組織のメンバーの反骨精神と呼応して、彼らを導く旗印となった。
シロの方を見れば、いつの間にか俺の後ろから離れ、同じく藍原の膝の上から離れたジャクソンと少し離れた所で遊んでいた。
なんとも微笑ましい光景だ。
「それでは、他の二人――ベータとガンマについては?」
「さあ、そこまでは分からない」
「そうですか……」
おそらくアルファ以外の二人は組織内には居ないのだろう。
であれば、組織外の人間についての情報は無くても無理はない。
そう話していると、俺の後ろで話を聞いていたシロがぽつりと、
「べーた、がんま……」
と、呟いたのが耳に入ってきた。
シロ――アルファにとって、かつての戦友たちの名前。確か、彼女は前にもその名を口にしていた。
彼若しくは彼女たちは、今どこで何をしているのだろうか。生きているのだろうか。
すると、来海が横から俺の腕を引く。
「桐祐、そろそろ。今戦線メンバーと鉢合わせても面倒だわ」
藍原もそれに頷く。
「そうだね。それじゃあ改めて、ジャクソンをありがとう。それと、迷惑じゃ無ければ、アルファ様の事は引き続き頼んでも良いかな」
「そのつもりよ。でも、解放戦線にはアルファ様の無事を伝えなくて良いの?」
分かっているだろうに、来海がわざわざ試す様に聞くと、藍原は気まずそうに笑う。
「私はもう無関係だからね、先に連絡を絶って来たのは向こうだ、そこまでしてやる義理は無い。それに、死んだことにでもして、それこそシロとして静かに生きてもらった方が良いと、私は思うんだ」
「……そう。でも、今ここに居付いている二人組の戦線メンバーはどうするの? アルファ様を見つけて連れて帰らないと、ずっと居るんじゃないの?」
すると藍原は、今度は少し意地悪そうに笑って、
「そうだね。その内都合よくS⁶でも来て、捕まえていってくれれば良いんだけどね」
来海はそれに、大きな溜息だけを返した。
まあ、ここまで踏み込んでいれば、当然俺たちの正体にも勘付いていた事だろう。
元解放戦線メンバーでありナンバーツーと連絡を取っていた人物だというのなら、秘密組織の存在も知っていて当然だ。
ともかく、これで本当に全て終わりだ。
「それでは、お邪魔しました。失礼します」
「ああ、本当にありがとう。良かったらまた来てくれ、ジャクソンも彼女の事が気に入っているみたいだからね」
「はい。是非」
そうしてお暇しようと腰を上げかけた、その時だった。
「何、これは――!?」
「煙!?」
突如、室内にもくもくと濃い白煙が立ち込める。
それと同時に、キーンとした不協和音が部屋中に鳴り響き、視覚と聴覚を奪われ平衡感覚を失い、畳みに尻もちを討つ。
そうしていると、どたどたと畳を踏みしめる振動が伝わって来る。
そして、
「きゃっ……きりゅ――んーっ!」
「ぐるるる……わんっ! わんわんっ!」
「――シロ!? どこだ!?」
キンキンと鳴る耳に微かに入って来る、シロの声と威嚇するジャクソンの鳴き声。
「シロを離しなさい!!」
来海の声。同時にクナイが俺の真横を過り、壁に刺さる。
「来海、危ない!」
「くっ……」
やがて、白煙が晴れる。
畳に倒れる俺と来海、そして藍原と、威嚇し吠えるジャクソン。
畳の上には土足で踏み荒らした様な靴跡。
俺は部屋中を見回す。しかし――、
「シロ! シロが居ない!!」
「男が二人、入って来たわ。シロを連れ去った! もしかして、あいつらが――」
頭を抑えながらふらふらと立ち上がり、藍原が答える。
「あいつらが、言っていた戦線メンバーだ……」
「スキルホルダーだったのね!」
てっきり藍原と同じ大人だと思っていた。しかし、相手はスキルホルダーだった。
そのスキルは、“煙”と“音”。
「あ、ああ……。あいつら、盗み聞きしてやがったのか、くそ……アルファ様が……」
まだそう遠くへは行っていないはずだ、今すぐ追えば――と、その時。
下から車のエンジン音。
慌てて窓から外を見れば、車庫に泊っていた黒いワゴン車が、猛スピードで発進し、離れて行っていた。
二人組の戦線メンバーが、シロを拉致して藍原の車を盗んで逃走したのだ。
「くそっ、逃げられる! 来海!」
「分かってるわよ!」
走って追いかける。
しかし、車のスピードに追い付けるはずも無い。
あいつらワゴン車が走る方向は――“天の架け橋”。
まずい、特区から出て本島の方へ逃げる気だ。
俺は足を止めて、スマートフォンを取り出して電話を掛ける。
「ちょっと桐祐、何してるのよ!」
ワンコールですぐに出た。
来海の声も無視して、俺は電話越しの相手に捲し立てる。
「林殿! 今すぐ“天の架け橋”の方を見てくれ! 黒いワゴン車が猛スピードで走って行くはずだ、それを限界まで追って欲しい!」
『なっ、えっ、かむっ……わ、承知でござる!!』
電話相手は全く状況が呑み込めないであろう林殿だ。
しかし、さすが我が友。何も聞かずに頷いてくれた。
林殿は言っていた、“特区を越えて、本島の方まで見渡せる様になった”と。
俺はそれを思い出して、電話を掛けたのだ。
「どうだ、見えたか?」
『う、うむ。今、橋の検問を無理やり突破して、抜けた所でござる!』
よし、さすがチート級オーバースペックの遠隔透視だ。
「どこまで追えそうだ?」
『ちょっと集中するから、話しかけないで欲しいでござる! 遠くを見るのは簡単なんでござるが、微調整が難しいでござるが故……』
「ああ、悪い」
つい焦り過ぎてしまった。
ともかく、後は林殿を信じるしかない。
来海の方も俺の意図を察してS⁶本部に連絡を取ってくれている様だ。
林殿に限界まで追跡してもらい、後はS⁶の力を借りて救出に向かう。
大丈夫だ。大丈夫。
待っていてくれ、シロ――。
そんな事実を告げられても、記憶を失っている当人は、元戦線メンバー藍原を警戒して俺の後ろに隠れたまま。何かを思い出すような気配すらない。
そんな様子に少し安心したような、胸が痛む様な、複雑な気持ちに苛まれる。
しかし、シロの素性も分かり、犬――ジャクソンも飼い主の元に戻り、納まる所に納まった様に思う。
そんなところで、俺は藍原に気になっていた事を聞いてみた。
「最後に1つだけ、いいですか?」
「もちろん」
「藍原さんは、どうして解放戦線を脱退したんですか?」
すると、藍原は懐かしそうに遠くを見て、
「私は元々、この六専特区の内情を探る為に送られたスパイだったんだ。しかし、ここへ来てからすぐに分かったよ。この特区はプラスエスの様に人体実験を行う非道な場所では決して無い。
私はナンバーツーにそうありのままを報告した。しかし、彼は私の言葉に取り合う事無く、やがて連絡も途絶えてしまった。
その頃には、私には愛する妻と可愛いペットという大切な家族も出来ていて、仕事もぼちぼちと軌道に乗り、もはやスキルホルダー解放戦線なんてどうでもよくなってしまっていた。
だから、数年ぶりに戦線メンバーが訪ねて来た時は驚いたよ。まさか、私の存在を覚えていた者が居たとはね。全く、過去のしがらみからはなかなか逃れられないものだね」
と、教えてくれた。
それを聞いて、気付いた事があった。
「実質的な組織の運営はリーダーのアルファではなく、ナンバーツーが執っていたんですね」
「ああ、そうだね。アルファ様は元々プラスエスの非検体第一号だったらしいんだ。でも、ある時二号ベータと三号ガンマと共に、プラスエスの実験施設を破壊して脱走。その一件がきっかけで、プラスエスは機能を失い解体。アルファ様は迷えるスキルホルダーたちの旗印となった。そのアルファ様を保護したのがナンバーツーで、それから共に解放戦線を作ったらしい。
アルファ様はまだ子供だけど、そんな背景から同年代の子供であるスキルホルダーたちからの信仰は厚い。だからリーダーという旗印としてトップに座り、実務の殆どは大人のナンバーツーがやっていたよ」
プラスエスに反逆したアルファ、ベータ、ガンマの三人。
それがスキルホルダー解放戦線というレジスタンス組織のメンバーの反骨精神と呼応して、彼らを導く旗印となった。
シロの方を見れば、いつの間にか俺の後ろから離れ、同じく藍原の膝の上から離れたジャクソンと少し離れた所で遊んでいた。
なんとも微笑ましい光景だ。
「それでは、他の二人――ベータとガンマについては?」
「さあ、そこまでは分からない」
「そうですか……」
おそらくアルファ以外の二人は組織内には居ないのだろう。
であれば、組織外の人間についての情報は無くても無理はない。
そう話していると、俺の後ろで話を聞いていたシロがぽつりと、
「べーた、がんま……」
と、呟いたのが耳に入ってきた。
シロ――アルファにとって、かつての戦友たちの名前。確か、彼女は前にもその名を口にしていた。
彼若しくは彼女たちは、今どこで何をしているのだろうか。生きているのだろうか。
すると、来海が横から俺の腕を引く。
「桐祐、そろそろ。今戦線メンバーと鉢合わせても面倒だわ」
藍原もそれに頷く。
「そうだね。それじゃあ改めて、ジャクソンをありがとう。それと、迷惑じゃ無ければ、アルファ様の事は引き続き頼んでも良いかな」
「そのつもりよ。でも、解放戦線にはアルファ様の無事を伝えなくて良いの?」
分かっているだろうに、来海がわざわざ試す様に聞くと、藍原は気まずそうに笑う。
「私はもう無関係だからね、先に連絡を絶って来たのは向こうだ、そこまでしてやる義理は無い。それに、死んだことにでもして、それこそシロとして静かに生きてもらった方が良いと、私は思うんだ」
「……そう。でも、今ここに居付いている二人組の戦線メンバーはどうするの? アルファ様を見つけて連れて帰らないと、ずっと居るんじゃないの?」
すると藍原は、今度は少し意地悪そうに笑って、
「そうだね。その内都合よくS⁶でも来て、捕まえていってくれれば良いんだけどね」
来海はそれに、大きな溜息だけを返した。
まあ、ここまで踏み込んでいれば、当然俺たちの正体にも勘付いていた事だろう。
元解放戦線メンバーでありナンバーツーと連絡を取っていた人物だというのなら、秘密組織の存在も知っていて当然だ。
ともかく、これで本当に全て終わりだ。
「それでは、お邪魔しました。失礼します」
「ああ、本当にありがとう。良かったらまた来てくれ、ジャクソンも彼女の事が気に入っているみたいだからね」
「はい。是非」
そうしてお暇しようと腰を上げかけた、その時だった。
「何、これは――!?」
「煙!?」
突如、室内にもくもくと濃い白煙が立ち込める。
それと同時に、キーンとした不協和音が部屋中に鳴り響き、視覚と聴覚を奪われ平衡感覚を失い、畳みに尻もちを討つ。
そうしていると、どたどたと畳を踏みしめる振動が伝わって来る。
そして、
「きゃっ……きりゅ――んーっ!」
「ぐるるる……わんっ! わんわんっ!」
「――シロ!? どこだ!?」
キンキンと鳴る耳に微かに入って来る、シロの声と威嚇するジャクソンの鳴き声。
「シロを離しなさい!!」
来海の声。同時にクナイが俺の真横を過り、壁に刺さる。
「来海、危ない!」
「くっ……」
やがて、白煙が晴れる。
畳に倒れる俺と来海、そして藍原と、威嚇し吠えるジャクソン。
畳の上には土足で踏み荒らした様な靴跡。
俺は部屋中を見回す。しかし――、
「シロ! シロが居ない!!」
「男が二人、入って来たわ。シロを連れ去った! もしかして、あいつらが――」
頭を抑えながらふらふらと立ち上がり、藍原が答える。
「あいつらが、言っていた戦線メンバーだ……」
「スキルホルダーだったのね!」
てっきり藍原と同じ大人だと思っていた。しかし、相手はスキルホルダーだった。
そのスキルは、“煙”と“音”。
「あ、ああ……。あいつら、盗み聞きしてやがったのか、くそ……アルファ様が……」
まだそう遠くへは行っていないはずだ、今すぐ追えば――と、その時。
下から車のエンジン音。
慌てて窓から外を見れば、車庫に泊っていた黒いワゴン車が、猛スピードで発進し、離れて行っていた。
二人組の戦線メンバーが、シロを拉致して藍原の車を盗んで逃走したのだ。
「くそっ、逃げられる! 来海!」
「分かってるわよ!」
走って追いかける。
しかし、車のスピードに追い付けるはずも無い。
あいつらワゴン車が走る方向は――“天の架け橋”。
まずい、特区から出て本島の方へ逃げる気だ。
俺は足を止めて、スマートフォンを取り出して電話を掛ける。
「ちょっと桐祐、何してるのよ!」
ワンコールですぐに出た。
来海の声も無視して、俺は電話越しの相手に捲し立てる。
「林殿! 今すぐ“天の架け橋”の方を見てくれ! 黒いワゴン車が猛スピードで走って行くはずだ、それを限界まで追って欲しい!」
『なっ、えっ、かむっ……わ、承知でござる!!』
電話相手は全く状況が呑み込めないであろう林殿だ。
しかし、さすが我が友。何も聞かずに頷いてくれた。
林殿は言っていた、“特区を越えて、本島の方まで見渡せる様になった”と。
俺はそれを思い出して、電話を掛けたのだ。
「どうだ、見えたか?」
『う、うむ。今、橋の検問を無理やり突破して、抜けた所でござる!』
よし、さすがチート級オーバースペックの遠隔透視だ。
「どこまで追えそうだ?」
『ちょっと集中するから、話しかけないで欲しいでござる! 遠くを見るのは簡単なんでござるが、微調整が難しいでござるが故……』
「ああ、悪い」
つい焦り過ぎてしまった。
ともかく、後は林殿を信じるしかない。
来海の方も俺の意図を察してS⁶本部に連絡を取ってくれている様だ。
林殿に限界まで追跡してもらい、後はS⁶の力を借りて救出に向かう。
大丈夫だ。大丈夫。
待っていてくれ、シロ――。
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